黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

23.油断

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 カナリッジは酷い有様だった。たった十分やそこらで其処彼処に黒煙が立ち登り、今もなお建物が破壊される音と共に逃げ惑う人々の叫び声もかすかに聞こえてくる。

 魔力探知で探った一番近い魔物が暴れる上空まで飛ぶと、降下しながら白結氣と朔羅を抜き放ち、棍棒を振り回して建物の破壊に夢中だった懐かしのオーガの頭に朔羅を叩き込む。

「こんなのに苦戦してたのか、俺ってば弱かったんだな」

 独り言を言い終わるころには脳天から真っ二つにされた一体のオーガが光に包まれ、一瞬の後には赤い魔石へと姿を変えた。すかさず風の魔力を帯びた白結氣を振り上げ魔石も破壊すると、一緒にいた三体のオーガが反応し俺を敵だと認識するや否や、それぞれが手に持つ人間の身体ほどもある棍棒を振り上げ潰しにかかってくる。

 上級モンスターとはいえその中でも下位に値するオーガなど今の俺にとっては物の数ではなく、両手を上げて大きく仰け反る姿勢は「どうぞ、斬ってください」と言ってるようにしか見えない。
 一体の股下から白結氣を振り抜きつつ飛び上がると、それを見たもう一体が空中に舞う俺を目掛けて棍棒を振り下ろして来る。白結氣を合わせると、その反動を利用しもう一体のがら空きになっている胸へと飛び込んで朔羅を突き立て、それを足場に二体目へと舞い戻り首を跳ね飛ばす。

「ンギャーーッ!」

 三体ほぼ同時に光に包まれ魔石へと変わり、砕き終わるや否や、屋敷から見た一メートル程の小さなドラゴンらしき個体が背中に生えた不釣り合いに小さな羽をばたつかせて炎を吐きながら飛んでいるのが目に入る。

「好き放題しやがって!」

 朔羅と白結氣に風の魔力を纏わせると交互に振り抜き、放った風の刃が交差すると回転を始めた。
 小ドラゴンより二回りは大きな風陣が通過すると赤い魔石が落下していく。風の魔力を体に纏わせ飛び込めば、それに気付いたもう一体から炎のブレスが浴びせられる。氷の壁を作り出しそれ防ぎつつ落下する魔石を砕くと、いい気になってブレスを吐き続ける小ドラゴンの頭上に風槍を作り出し、頭から一突きにしてやると断末魔を上げて魔石へと変わった。


 魔物とは違う気配に振り向くと、自分が放った魔物があっさり葬られたことで愕然とする農業をしてましたという服装の細身の男の姿がある。

「黒髪に金の瞳……まさか!レイシュア・ハー……ガハッ」

 魔物が暴れるすぐ側に真っ当な町人が平然と立っている筈がない。俺の容姿は魔族側に伝わっているらしく、有名になったような妙な感じはしたが特段嬉しくもなんともない。町を破壊する任務を受けた過激派の魔族なら容赦する必要もなく、喋っているところを悪いがさっさと肉薄すると有無を言わさず心臓を一刺しにした。
 その魔族が背中から地面へと倒れると、握られていた二つの赤い魔石が地面に転がる。それも砕いておくと、風の魔力を全身に纏わせ何匹もの魔物が集まる次なる場所へと飛び立った。


△▽


 全身を灰色の短い体毛に覆われた体長四メートルの巨大な熊。何を思ってか、硬い爪の生える二本の長い手を鞭のように使い頑丈そうにみえる四階建ての建物を破壊している。

「たっ、助けてくれーーーっ!」

 瓦礫の雨の降り注ぐ熊の足元には逃げ遅れたのだろう恐怖で立つ事さえ出来なくなった一人の若い男。地面を這いずり必死になって逃げようとはしているが、皮肉にも叫び声を上げたことで熊に気付かれてしまう。
 獲物を認識した巨大熊は小さな歯がズラリと並ぶ大きな口を俺でも分かるほどに嬉しそうに ニッ と開くと、身を捻らせて肘を引くと獲物を一突きにしようと腕を突き出した。


「ゎあぁぁぁあああぁっ!!!!」


 しかし長かった筈の熊の腕は目と鼻の先に居た獲物を捕らえること叶わず、肘から先だけが男へと向けられると赤い血が男の頬を濡らしただけに終わる。

 背後に降り立ち余分な脂の無い筋肉で出来た胴体を白結氣で輪切りにすると、固い筈の頭部も難なく叩き割り朔羅が上から下へと熊の肉体を縦断した。

「落ち着いて立てたら、町の外へと逃げろ」

 大きな痙攣をした熊が光に包まれると現れる赤い魔石、それを砕きながら男に告げた。
 涙を浮かべながらもヨロヨロと立ち上がり、覚束ない足取りで言葉も無く走り去っていく。彼はたまたま死なずに済んだが、きっとそうでない人など山ほどいただろう。なんの罪も無い平和に暮らしていただけの人々を恐怖のどん底へと突き落とし、それでは飽き足らず命までをも奪い去る。悪逆非道とは奴等そのものだ。


 男の走り去った方向を見つめていると良く知る気配が混沌としたカナリッジの町中に発見出来た。それは再会を約束した彼女達のモノではなく最近知りあった男のモノ。町を守る為に逃げずに戦うという選択をした彼等の副リーダーは魔物と交戦中のようだが、一般の冒険者より腕が立つとはいえ複数の上級モンスター相手では部が悪い。

 再び風の魔力を纏い彼の元へ急ぐと状況は思ったよりも悪かった。
 至る所に傷を負い血を流しながらも闘志に満ち溢れた鋭い目で、胴体だけでも一メートルを超える巨大な鳥型モンスターが上空から飛来するのを睨んでいる。


「ギュェェェェェェーーッ」


 身を細めて急降下してくるが地上付近で唐突に翼を広げてタイミングを狂わすと同時に、片側四メートルにも及ぶその内側から無数の羽根を撃ち出すと、身を翻して躱したテツの背後にあった建物がその部分を中心に倒壊を始める。

「くっ」

 避けた先にも魔物が待ち構えていた。アスルアルマのような中身の入っていない紺色の騎士鎧が二メートルはあろうかという巨大な剣を振り回すと両手で構えたテツのシミターと火花を散らす。
 そんなテツの背後の建物から五十センチほどの鼠が顔を出せば、剣撃の直後で隙の出来た所を狙い澄まし五つもの火玉を作り出し解き放った。

「「兄貴!」」
「!!!」

 距離を置き離れて見守るだけになっていた数名の隊員達の声で魔法に気が付くが、崩れた態勢では避けるだけの時間が無い。あわや直撃かと目を瞑ったところに俺の風壁が間に合い、火玉を打ち消すと同時に、空から一気に突撃すると魔法を放った鼠の頭に朔羅を叩き込む。

「油断するな!次が来るぞっ!!」

 鍔元まで地面に埋まった朔羅が魔石へと姿を変えた鼠をそのまま破壊するとテツの隣へと急ぎ、追撃をかけるべく振り降ろされた巨大な剣の腹へと白結氣を叩き込んで軌道を逸らせた上で朔羅でその腕を叩き斬る。

「旦那……くっ!」

 テツも負けじと目の前の鎧に飛び込みシミターを振るうが、力も速さも、そして武器の切れ味も違うテツの剣では分厚い鎧に跳ね返されただけで終わってしまう。

 だがそのおかげで鎧の中に充満する瘴気にも似た黒い霧のようなものが漏れ出した事によりコアの位置が一瞬だけ分かった。
 迫って来た大きな盾を力任せに蹴り返し足元へ飛び込むと、鎧の接合部分の僅かな隙間に光を纏った白結氣を差し込み、念の為、光の魔力そのものを奴の内側に放った。

「油断するなって言ってるだろ!」

 瓦解する鎧に見惚れて硬直していたテツに喝を入れた直後、凄まじいスピードで肉薄してきたソイツは朔羅とぶつかり、横薙ぎにした白結氣から飛び退くと ニヤリ と口角を吊り上げる。


「お前がな」


 細身の剣を携えた若い男の魔族、確かにソイツが言うように俺に油断があった事に後悔したのは一瞬後だった。

 離れ行く魔族から解き放たれた五本の風の槍の内の三本は僅かに軌道を逸らして俺ではなくテツへと向って行く。しまったと思った時には既に遅く、スピードまで調整された風槍は、テツを守る為の風壁を発動させながらも自分へと向かってきた二本を叩き落とした時には既にテツの腹を貫通している。

「ぅぐっ!!」


「テーーーツっ!!!!」


 突き刺さった二本の槍を中心にくの字に折れ曲がると、その勢いのまま後方に飛ばされて行くのが目に映る。

 腹の底で蠢き始めた闇の存在により無意識に緊張が走るが、そんな事より、ついこの間一緒になったばかりのミレイユの悲しむ顔が思い浮かび目の前の光景に叫ばずにはいられなかった。


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