黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

19.実力診断テスト

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「よし、じゃあ五匹ほど良さげな奴を通してくれる?」
「何するの?」
「この間捕まえたボレソンはレカルマに取られて食い損ねただろ?船の上でしか食べれないって言う魚、味わってみたくないか?」

 なるほどと了解を得たモニカから離れると名残惜しそうにしていたが、今はこれでも魔物との戦闘中なのだ。

「ミレイユ、テツ、ちょっと来い」

 呼ばれた二人は何事かと慌てて駆け寄ってくると仲良く並んで俺の前に立つ。それぞれに向けて差し出されたシミターに、これから何をさせられるのかは予測したことだろう。

「魔物討伐隊の隊長と副隊長に初仕事だ、ボレソンがどんな奴なのかと倒し方は知っているよな?一人一匹ずつだ、俺が合図したら三秒後には目の前にいると思え」

「わかったよ」
「わかりやした」

 素直な返事をした二人は俺に付いて船縁へと向かうと、早速一匹目が俺達を目掛けて弾丸のように飛び出してくる。

「行け、ミレイユ!」
「はぁっっ!」

 流石は船長を名乗っていただけの事はあり、すれ違いざまに口から尻尾までを見事に真っ二つにされたボレソンが飛び出した勢いのままに海中へと帰ろうとするので、風の魔力を鞭のようにして捕まえ甲板へ落とすと美味しそうなピンク色の身を晒して ピクピク と痙攣している。

「素晴らしい、これなら魔物退治も大丈夫そうだな。 次、テツ、やったれっ!」
「がってんでっさ、黒髪の旦那!」

 旦那ってなんだかくすぐったい呼ばれ方だなと頬を掻くと、すぐにテツの為に飛び出させられた哀れなボレソンが向かって来る。ナイスタイミングとモニカに感謝したところでテツのシミターがミレイユと同じく縦真っ二つに斬り裂いたので、甲板には四枚の切り身が ピクピク する事となった。


「グッジョブだ、これなら夫婦二人で隊員達を引っ張って行けそうだな。腕試しは終わり、後は休んでていいよ。モニカ、後三つは連続でもいいよ」

「はいは~い、かしこまりました旦那様っ」

 モニカがニコリと笑うとすぐに次が来たので、封印から解放されたばかりだったあの頃と比べて自分がどれくらい成長しているのか試してみることにした。

 海面を割って飛び出したソイツはつぶらな瞳で俺を視認すると、直径五十センチ程に開いた口で俺を咥えて海に引きずり込もうと企みやがる。
 やれるものならやってみろと火魔法で身体強化すると腹の底が燃えるようなチリチリとした感触がし、それを冷静に感じ取れば全身に力が漲って行くのがよく分かる。

 海面直下に姿が見えてからのおよそ十メートルの距離を三秒で飛んで来ると言うが、それだけの時間が有れば身構えるだけなら十分過ぎるほど。目の前に来た分厚い唇をしっかり握り締めると、腰を落として足を踏ん張り、力任せに勢いを殺す。

「こんなろぉっ!」

 伝わってくる勢いは凄いが耐えきれないようなモノじゃない。二メートルほど甲板を滑ると勢いは止まり、思わず吊り上がった口角はそのままに「俺の勝ちだぞ」と呟いて一人で勝ち誇ってから、細くて長い風の針を眉間に叩き込んで息の根を止める。
 しかし、甲板に放り投げるとすぐに次の挑戦者が飛び込んで来る。自分で言っておいてアレだけど、本当に連続して見逃して来たモニカに一瞬だけ視線を向ければ今日は機嫌が良いらしく、悪戯成功とばかりに ニィッ と目を細めて笑っているのが目に入る。

 その顔に笑顔で応えて二匹目のボレソンも力で捩じ伏せると、一匹目同様風の針を叩き込み、痙攣する魚体を甲板に投げ捨てた。

 さてさて、後一匹いれば全員分は確実にあるだろうと甲板に横たわる四匹を確認したところで光を纏ったオレンジ色の影が視界に入り込んだかと思えば、モニカがわざと撃ち漏らした最後の一匹へと向かって行くではないか。

「はぁぁぁっ!」

 気合いと共に俺の真似をしてボレソンの口を力一杯握り締めたティナは、予測とは違う勢いの強さに歯をくいしばって踏ん張るものの押し殺すことが出来ずに凄い速さで甲板の上を滑って行く。

「このぉっ!!」

 雷魔法を手に入れて速さを手に入れた彼女だが、力勝負をするにはそれだけでは能力が足りてない。火魔法での身体強化が次の課題だなと認識するがこのままでは海に落ちそうだ。ティナには見えないように気を遣いながら風魔法で紐を作り、鞭のようにしてボレソンの尻尾へ絡めると背後から引っ張り勢いを殺してやる。

「はぁはぁはぁっ、レイっ!どぉ?私でも出来たわ!……うへ、手が生臭っ!?」

 久しぶりに見た褒めて褒めてと尻尾を振る幻視に微笑みながら近付くと、モニカがカエルの目玉をほじくり出して同じように手が臭いと言っていた事を思い出す。

「ほらっ、手を出せ」

 バッタンバッタンと甲板を飛び跳ねるうるさいボレソンの眉間に風針を叩き込むと、自分の手なのに捨ててしまいたいと言うように顔を背けて差し出してくるので笑えたが、浄化の魔法をかけてやるとそれでも疑うように臭いを嗅いで確かめていやがる。

「ねぇっ!私凄かったでしょ?……ご褒美わ?」

 臭いが無くなった事で気分が盛り返したのか、俺の手を取り嬉しそうにご褒美の催促をするのでそれが目的かよと微笑ましく思いながらもご希望に沿ってキスをしてやると、今度はモニカがにこやかに近付いてくる。

「お兄ちゃん、終わったよ。私にはご褒美無いの?」

 両手をお尻で組んで少し離れた所で立ち止まるので、どうやら俺の方から近寄って来て欲しいらしい。

 仕方なしにティナから離れようとすると『あっ』て顔をするもんだから頭を撫でて誤魔化してからモニカに近寄り催促のキスをしたところ、両手で頬を掴まれしっかり十秒ほど熱い口付けを交わす事となった。

「ズルっ娘モニカ」
「ティナは一匹、私は二百匹、私の方がご褒美が多くて当然よね?」

 ぐぬぬっと唇を噛みしめるティナの肩をモニカが ポンッ と叩けば、深い溜息を吐き出し負けを認めたようで肩から力が抜けて脱力する。

 そんな二人の頭を撫でると鞄から鉄の塊を取り出したので、雪と共に近寄ってきたサラが不思議そうに首を傾げている。構わず土の魔力を流し込み形を整えると朔羅のような長さの、大きな魚を卸す為の包丁が出来上がった。

「エレナっ」

 離れて見ていたエレナを呼ぶと一緒にリリィも寄って来て「何するの?」と大凡の予想は付いているだろうにわざわざ聞いてくる。

「ボレソンは陸に持ち帰る前に駄目になるほど足の早い魚らしいんだ。だから今、この場で食う!美味いらしいぞ?っつうわけで、捌いて」

「私がですか!?」

 出来上がった大きな包丁を渡すと、料理上手なエレナでもボレソンの大きさに尻込みしてしまったようであたふたしている。
 近くにいたメイドさんに切り分けたボレソンを入れる為の器を頼むと早速走って行ったので、そこまで急がなくてもと思いながら調理台を取り出した。

「私がやりましょうか?」

 恐る恐るボレソンを見るエレナを見かねてコレットさんが助け舟を出してくれるが「やりますっ!」と気合いの入った返事がくる。

「とりゃーっ!」

 何を思ったのか刀のように長い包丁を両手で握り締め、天高く振り上げたエレナ。大きさは違えど魚を捌くだけなのに何をテンパってるんだ!と慌てて止めに入ったのは言うまでもない。

 コレットさん用にもう一本包丁を作るとエレナを指導しながらコレットさんの魚捌き講座が始まったので、俺用にもう一本包丁を作り、見守るサラ、モニカ、ティナに「やる?」と聞いてみたのだが引き攣った顔で遠慮されてしまう。
『頑張れ、女の子!』とも思ったが、三人ともお嬢様なのを思い出してまぁいいかと自分で捌くことにした。


 エレナとコレットさんが捌いてくれた二匹は全部刺身にして、俺の捌いたのは厨房に運んでもらい調理をお願いした。残った二匹分は余りそうな感じだったので頭と背骨だけ取り除くと、物は試しで氷漬けにして保冷庫にいれておく。

 解体が終わり巨体の全てが刺身へと早変わりし、早速とばかりに醤油を付けて一切れ口に放り込むとモチモチとした初めて味わう感覚。

「おお、変わった食感」

 みんなも味見がてら用意された箸を手に取り食べ始めると、ケヴィンさんや船長達も『もう食べれる?』と寄ってきて各々箸を手に取る。遠巻きに見守っていた隊員達にも手招きして呼んでやれば待ってましたとばかりに慌てて飛んで来るので、時間的にはちょっ早いが昼食代わりにボレソンの立食パーティーが始まる。
 ほどなくして唐揚げになった物や塩焼き、煮付けなど数種類に調理されたボレソンも登場し、メイドさん達も全員呼びに行かせるとケラウノス号に搭乗している全員で海の珍味を楽しんだ。


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