黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

12.合流

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 居を突き、出来たはずの隙間で体勢を立て直すべく全身のバネをフルに使って床から離れるためのバク転。その最中、天地が逆転する世界でミレイユが見たものは彼女の予想からは大きく逸脱するものだった。

「!?」

 迫る炎球に怯む事なく、逃げるミレイユを追いつつフォランツェを引いたエレナ。先程までと違うと言えば、槍先に キラキラ とした淡い緑の光が纏わり付いていた事くらいか。
 回転しながら離れて行こうとする相手をしっかりと目で追いながら炎球へとフォランツェを突き入れると、最初からそこに存在しなかったかのように消えて無くなる。

 目にも止まらぬ槍先は瞬く間に宙を駆け、ようやく立ち上がったミレイユの鼻先十センチの所でピタリと静止した。


「まだやりますか?」


 女性として成熟した二十代半ばと言った美しい顔を悔しさで歪ませるミレイユ。しかし闘志は衰えていないようで、既に勝敗が喫したのを理解しつつも、向けられた槍先をシミターで払い除けると大きく背後へ飛び退き体勢を整える。

「アタイは負けないっ、負ける訳にはいかないっ!」

 自分に言い聞かせるように小さな声で呟くと更なる魔力を練り始めたミレイユの持つシミターが炎に包まれその長さが三倍近くになるが、黙って見つめるエレナは特に意に介した様子もなく手にしたフォランツェを甲板に突き、ごく自然に立っているだけだ。


 走り始めたミレイユの突き出す左手に魔力が集まると続けざまに火球が放たれる。

 避けると言う選択肢は無いかのように堂々たる姿勢で立つエレナがフォランツェを突き出す度に迫り来る火球が姿を消し、最後に放たれた一メートルを超える特大の火球を一閃すれば斜めに二つに分かれて彼女を避けるように通り過ぎて行く。


「であぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 それを隠れ蓑にエレナに近付いたミレイユ、フォランツェを振り抜いた瞬間を狙い大きく飛び上がると、斜め上空から重力を味方に付けて三メートルに伸びた炎の剣を振り下ろす。

 別たれた火球が海まで抜けて爆破するのとほぼ同時、長く伸びた炎の剣の中程へと突き入れられたフォランツェ。寸分の狂いも無くシミターの切っ先を捉えれば一瞬にして炎の魔力が霧散しただのシミターへと戻ってしまう。

 その事に驚き目を見開くミレイユ。近距離戦の最中に見せた隙はあまりにも多く、打ち返された反動を殺す事も忘れてシミターと共に両腕が上がった頃になってやっと自分の視界に相対するエレナが居ないことに気が付き慌てて視線を戻すものの時既に遅し。

「ぐっ、がはっ!」

 フォランツェの石突がガラ空きになった鳩尾を的確に捉えると、仰け反りかけていたミレイユの身体はくの字に曲がりながら宙を舞った。
 そのまま壁に激突するかと思いきや手を付き甲板を滑ると勢いを押し殺すことに成功しはする。しかし残念なことに、腹を押さえながらエレナを睨んだ時には既に目の前におり、石突が額に当てられたところだった。


「次は容赦しません。負けを認めてください」


 暫し見つめ合った二人だったが、唐突に笑いを漏らしたミレイユが手に持つシミターを甲板へと放り投げると、スカートであることを気にもせず足も腕も組んで ドカッ と座り込む。

「分かった、分かった、アタイの負けだよ。煮るなり焼くなり犯すなり、好きにするといいっ」

 最後の一言に引っかかりを持ったが、半分くらいやけっぱちになっているのだろう事は見て取れる。

 ミレイユが負けを認めると表情の見えないテツが俺の前まで静かに歩いて来て、持っていたシミターを丁寧に甲板へ置いて行く。
 二人の戦いの行く末を固唾を飲んで見守っていた海賊達も己の武器を手に立ち上がると、トボトボとした重い足取りで一人ずつ順番に近寄って来て ガチャガチャ と音を立てて武器を置いて行くので、緊張が解けたセリーナもカンナもその様子を ポカン とただただ見守っていた。



「レイさんっ!見てました?見てましたよねっ!?私、勝ちましたよ?ねぇねぇ、私勝ちましたよっ!?」

「あぁ、もちろん見てたよ。お疲れさん」

 魔力を解きフォランツェを小さくしたエレナが満面の笑みを浮かべて全力ダッシュで飛びついて来る。
 あまりの勢いで半歩ほど押し退がってしまったが、彼女の求めるままに抱きしめて頭を撫でてやると、その場の全員が見守る中、何の躊躇いも無く唇を押し付けられ熱い口付けを交わした。

「ヒュ~ッ!妬けるねぇ」

 テツの冷やかしに物も言わずに頷くだけの可愛らしい反応をする五十人の海賊達。間近にいた少女二人も両手を口に当てて見ちゃイケナイものでも見てしまったかのような顔で少しばかり頬を染めている。

「ちょっとぉ~っ、エレナ!みんなの前ではイチャイチャ禁止だって忘れたの!?」

 ようやく到着したがまだ少し距離のあるケラウノス号の手摺を蹴り海を飛び越え海賊船へと渡って来たティナは、俺の背後へと回り首にしがみ付きながらも「べ~っ」と舌を出したエレナに怒りを露わにして立ち止まると、こめかみには青筋を立てつつ肩には稲妻を迸らせるのだから困ったものだ。

「そんな事くらいでいちいち怒らないの」

 背後霊のエレナはそのままにしてティナに近寄ると、軽くしたキスだけで怒りが収まるのだから可愛いものだ。ティナの “構って構って病” には参ってしまうが、それも偏に愛するが故の行動なのだと知ると、それすら可愛く見えるのだから俺自身も大概にしないといけない。

「ありがとう、ご苦労様。このまま二隻を固定してくれるか?」

 ティナの肩に手を回して海賊船の船縁へと向かい、五メートル離れて並び合ったケラウノス号にいるモニカに仕上げのお願いをすると、親指を立てて了解の合図をくれる。

「リリィ、橋を架けてくれ」

 名前を呼んだ時点で架け終わっていた結界魔法メジナキアで作られた船の縁同士を繋ぐ透明な橋。リリィの手に引かれたサラがその上に上がれば、自分の行動に後悔したのか「げっ」と声が聞こえんばかりの物凄く嫌そうな顔をする。
 それもそのはず、いくら落ちないと知っていても五メートル下の海が目に入れば尻込みしてもおかしくはない。

 橋自体を分かり易くする為と下が見える恐怖を無くす為にリリィの作ってくれた橋の下側に濃度を濃くした風の壁を貼り付けると、下を見て固まっていたサラがあからさまに ホッ としたのが分かり笑えてしまった。

 軽く飛び降りたリリィに続き、最初に見た高さが拭い切れずに恐る恐る渡りきったサラに手を貸すと、淡い緑のビキニに巻かれた水色の腰巻きを翻して飛び降りた。

「笑われた」

 拗ねたように呟く文句を頭を撫でながら笑って誤魔化すと早々に話題を逸らしにかかる。

「ミレイユの腹を見てやってくれるか?エレナに良いのを貰ったから強がってはいるけど動けないくらい辛い筈だ」

 未だに腕も足も組んで座り裁きを待つかのように動かないミレイユは、一瞬の間に人体急所の一つである鳩尾に三連発入れられているので普通なら床に転がり身悶えしていてもおかしくない筈なのだ。

「はいはい」

 軽い返事をすると、テツを先頭にお行儀良く並んで座る海賊達の前を通り過ぎてミレイユの前に立つと、それを見つめる彼女は気にせず頭に向かい手をかざす。

「お?」

 ミレイユの身体が白い光に包まれたかと思った次の瞬間には治療が終わったようで、不思議そうな顔で自分の腹を触る彼女に背を向けると、再び海賊達の前を通り俺の横へと戻って来る。

 何がそこまで惹きつけるのか分からないがサラへと注がれた海賊達の視線は完全に固定されており、ミレイユの前に行って俺の元に帰って来るまで全員がシンクロしたかのように首を動かして見つめているので笑いが込み上げてしまう。

「終わりましたよ?私にはご褒美は貰えないのですか?」

 可愛らしく両手を後ろ手に組んで見上げて来るので、彼女が何を欲しているのかなどすぐに分かる。それは鈍い俺でも分かるようにした彼女の気遣いなのだろうが、自分の事を分かってくれている事を嬉しく思いつつサラの要望に応えてキスをすると、背筋がゾワッとするほどに強い殺気が一斉に沸き起こった。

『コレは俺のだ!』と、お行儀良く座りながらも憎しみの篭った視線を飛ばしてくる集団を睨み返したとき、ケヴィンさんが海賊船へと乗り込んで来たかと思えばあちこちを見回し始める。

「こっ、この船はまさか……」

 腹の痛みが引いて立ち上がったミレイユへと靴を鳴らして物凄い剣幕で歩み寄ると、ケヴィンさんらしくない険しい顔で手を伸ばし、彼女の肩を掴む。

「この船が何故ここにある?記録では沈んだ事になっているこの船を何処で手に入れたんだっ!言えっ!何処で手に入れた!?」


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