黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

11.船長ミレイユ

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 三メートル上から華麗に飛び降りるのは背中を覆うボリュームのある紅い髪を靡かせた女。
 髪と同じ紅い色の膝丈ワンピースに革紐を繰り返し通して前面で留めた黒い革のベストを纏い、アンバランスさを感じさせるような縦長の黒い帽子を顔が見えない程に深く被る。
 そこに右手を当てて スクッ と立ち上がった姿がカッコ良く決まると、女性にしては高身長で俺と然程変わらないように見える。

 姿勢良く踵が揃えられた黒革のロングブーツは外側の側面を下から上まで編み込んで締められており、一番上の履き口部分から蝶々結びで垂らされた派手なピンクのリボンが海賊船の船長というにはお洒落過ぎるように思えた。

「アタイが船長のミレイユだ、この船で好き勝手したいならアタイに勝ってからにしなっ」

 被っていた帽子を持ち上げれば、貴族令嬢かと思うほどに整った顔立ちの美人顔が露わになる。だが切れ長の目から発する視線は鋭く、侵入者である俺達四人の中でも何故か俺だけを射抜くように突き刺さる。

「姐御、ここはあっしが……」
「おだまり!一切手を出すんじゃないよ、これは命令だ」

 副船長のテツと名乗った男の頭に帽子を乗せると、テツが身を引くのと同時に腰に刺していたシミターを音を立てて引き抜いた。曇り一つ無き幅の広い刀身に太陽が反射すると、義賊を名乗っている事を思い出す。
 海賊といえばやりたい放題の至極残忍なイメージがあったのだが義賊とは一体何なんだろう。抵抗さえしなければ暴力に訴えることはないと言うあの綺麗なシミターは、もしかしたら唯の一度も血を吸った事の無い新品なのではなかろうかと勝手な妄想が浮かんでくる。

「なぁ、ミレイユ。お前達リベルタラムズは何故海賊ではなく義賊なんて名乗ってるんだ?義賊なんて中途半端な盗賊をするくらいなら真っ当に働けばいいだろう?」

 表情も変えず、俺の質問を叩き斬るかのように横薙ぎにシミターを振るうと、もう一度持ち上げた切っ先を俺へと向けて静止させた。

「答えが欲しくばアタイに勝って力ずくで聞くんだね」

 言葉を紡ぎながら魔力を高めたミレイユは、言い終わると同時に甲板を蹴った。
 弾丸のように飛び出したミレイユに萎縮し俺を掴む手により一層の力を込める二人の少女。連れてきたのは俺なのだから責任持って無事に帰すと約束するが、敵が向かって来るのにしがみつかれては対処出来なくなってしまうぞ?

「お嬢ちゃん、怪我する前に止めときな」

 だがそんな心配など必要は無く、俺へと襲いかかった銀色の刃は横から伸びた緑色の槍によって行く手が塞がれ届く事はない。

「ひぇぇぇ……」
「!!!」

 目の前十センチの所で拮抗するフォランツェとシミター、睨み付けられる視線は無視して隣にいる最愛の妻へと顔を向ければ彼女も俺を見てニコリと微笑む。

「エレナがやるのか?」

「旦那様に守られるのが妻の仕事なら、旦那様を守るのも妻の仕事ですよ?それにレイさんは朔羅も白結氣も持って来ていません。最初から戦う気が無かったんじゃないですか?」

 エレナの言う通り水着姿の俺は身一つで海賊船に乗り込んだ。別に戦う気が無かった訳ではないが、ここにあるだろう武器でもいいやとか、魔法だけでも行けるっしょとか、適当な考えだったのは間違いなく、片手間に出来るだろう戦闘をすぐ近くで見せる為にお嬢様二名を誘拐して来たのだ。

「そんな事ない、よ?」

 エレナに向かい『バレたか』と舌を出せば、それが気に入らなかったのかミレイユの顔が怒りに満ちて行く。と、同時に、更なる魔力が練り込まれ全身に行き渡り始めた。

「ふざけやがって!生きて帰れると思うなよっ!!」

「貴女の相手は私です。残念ですがレイさんとは戦えませんよ?」

 フォランツェを振り抜きミレイユを後退させると、それを追いかけて行くエレナ。従来の素早しっこさに加えて風魔法を身に纏った動きは一般の冒険者では付いていけないほどに素早い。
 相対しているミレイユも海賊の頭を張るだけはあり、エレナより劣るもののなんとか速さにはついて行けているようで、幾度かの剣戟を重ねても怯む様子はない。

「獣人風情がっ……少し出来るからと言ってアタイに勝てると、思うなよっ!」

 力では優るミレイユのシミターを受け流すと、ミレイユが現れた一段上へと軽やかに飛び上がり、落下の勢いを味方に付けて上から襲いかかる。

「獣人だからと馬鹿にするのは結構ですけど、油断していると怪我をするのは貴女の方ですよ」

 受け止められた反動でミレイユから離れると、空を飛び、マストの陰から再び襲いかかる。
 だがそこは詠まれており、シミターを盾に防がれるものの三度の追撃をした後に再び空へと舞い上がり、一本の矢のように突撃する。

「チッ!」

 かざされた左手から打ち出される炎の槍。向かい来るソレを、軌道を少しだけ変え スレスレ で躱すと何事もなかったかのようにミレイユへと目掛けて宙を舞うエレナ。
 甲板に転がり避けられた事など意に介さず、俺の横を通り過ぎ再び空へと上がって行く。

 数度の攻防で自分に劣らぬ実力があるのを悟ったミレイユは、シミターに風の魔力を纏わせると通り過ぎたエレナに向かい撃ち出す。
 それと同時に、もう一撃を観戦していた俺達に向けて放って来た。


「「キャーーーーっ!」」


 襲い来る魔力を見もしないでエレナが空中で回避する頃、叫び声を上げる二人の頭を撫でると、向かって来た風の刃の前に小さな風壁を作り出して相殺させる。

「大丈夫、君達を連れて来たのは俺だ。俺が責任持って守るから、少々怖くてもしっかり前を向いてエレナの戦いぶりを見てやってくれ」

 俺達からは死角となる船の側面を飛び、大きく回り込んだエレナは背後から襲いかかるものの、勘付いたミレイユが振り上げるシミターに跳ね除けられ奇襲は失敗に終わってしまう。

 壁に足を着き間髪入れずの急反転、再び飛び掛かったものの風魔法を纏うシミターで打ち払われた。ともすればミレイユの次手は自ずと読めてしまう。
 着地と共にすぐに飛び退いたエレナ、するとその壁には一メートル程の穴がパックリと口が開く。

「自分の船を壊すのはどうかと思いますよ?」
「うるさい!それならば素直に当たったらどうなんだ!?」

 船を傷付けるのが気に入らなかったのか、飛び回るのを止めて甲板に足を付け、床を這うような低姿勢で一気に距離を詰めフォランツェを突き入れる。

 その速さに目を見開いたミレイユだったが、苦い顔で後退しつつ体を捻って避けると、続いて突き入れられた三段突きは既のところで転がり避ける。

 しかし、エレナの攻撃はそこで終わらない。

 剣では防ぎ難い突きを中心に甲板を転がり続けるミレイユを責め立てる。
 しかしミレイユもミレイユでそんな最中にも関わらずフォランツェを避けた瞬間を狙い、視界の定まらぬ転がりざまに瞬く間に創り出した炎球をエレナへと撃ち込んだ。


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