黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

5.久方のギルド

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 お腹も落ち着きを取り戻したところで店から出ようとしたところ、ミツ爺が不穏な事を言い出すので軽い押し問答をする羽目になった。

「いくらイオネの店だからと言っても、本人も居ないのに食べた物のお金を払わないという訳にはいかないよ。気を遣ってくれてるのかもしれないけど、そこは譲れない」

 通常、飲食店では先払いが基本なのだが、金を払わず逃亡する恐れのない富裕層には煩わしい都度払いではなく後払いのシステムが適応される、こういった高級レストランではよくある事だ。

 入り口の料金表からすると最低でも一人金貨一枚、食材一匹で銀貨五枚からという事から見てもとてもじゃないがそれでは足りないだろうとは分かる。しかもそれが十一人も居ればかなりの金額になるというのに金は受け取れないと言って料金すら教えてもらえない始末。
 結局『イオネに叱られるから』と突き通されて金を支払わないままに店を出る事となった。

「不満そうね」

 隣を歩くサラが分かりきった事をわざわざ聞いてくるが不満が無いわけがない。
 そりゃ、金には困ってない貴族様なのかも知れない。でもだからと言って営利目的のレストランで金を払わないというのはどうなのだ?

 一度こういった実績を作ってしまうと次に行った時も同じになる可能性が高いだろう。そうなってしまえば “知り合いのお店だから行ってみたい” のか “タダメシが喰えるから行きたい” のか分からなくなってしまう。

「今度イオネに会った時に食べた分に見合う何かしらをお兄ちゃんがしてあげたらいいんじゃないの?貴族の友達って、そういうもんよ?」

 納得は出来ないけど『そういうものだ』と言われてしまえば貴族初心者の俺は納得せざるを得ないのが辛いところ。俺がイオネに何かしてあげられることがあるのか気がかりな上に、次はいつ会えるのかも分かりゃしない。

 考えても仕方ないかと貴族の先輩であるモニカのアドバイスを飲み込むと、その隣に居た雪を抱き上げ頬を寄せる。
 何故自分が求められたのかよく分かっている賢い雪は俺の頭を ナデナデ してくれるから嬉しい限りだ。

「トトさま、トトさまが今私を求めるように、世の中の全てが持ちつ持たれつ支え合って生きて行くのですよ。それはいつの時代も変わりありません。イオネ姉様にまたお会いできると良いですね」

 落ち込んでいた訳では無かったが、雪という癒しの存在で心が落ち着くと、少し前から気になっていた事があり、近くにあるというギルドへと歩いて向かった。



 時刻は午後二時近く、お昼時も終わったギルド内は人も少なく割と静かかと思いきや昼間から酒を飲む冒険者が何人もいる。楽し気に談笑していた彼等だが、俺達がギルドに入った途端に静かになるので注目されてしまったのが丸わかりだ。

 まぁ、それも無理も無い事だとは理解している。
 美少女を腕に抱き、五人もの美女を引き連れていては人目を惹かない方がおかしいと言うもの。更に四人の獣人まで従えているとあっては『俺は貴族だ!』と言っているようなもので、興味は唆るものの誰一人近寄って来ることはない。

「冒険者ギルドなんて何年振りかしら」
「いや、アリシア。我々獣人が来るところではないだろう」
「全くだよ。俺も捕まった時以来だから良い印象など微塵も無い。獣人にとってここは地獄の入り口だぞ?」
「そうなのですか?でも私は冒険者登録してますよ?」


「「「えぇっ!?」」」


「そんなに驚く事ですか?ほらっ、見て見てっ」

 エレナがギルドカードを取り出すとすかさずアリシアが奪って行き、まじまじとカードを見つめる。そんなアリシアを挟むように寄り添った二人の獣人もそれを見て驚くばかりだ。


 そんな彼等の微笑ましい光景を見つつ真っ直ぐ掲示板に向かうと張り出されている依頼書を一つ一つ順番に見ていく。

 商人が多い為か町中の荷物運びの仕事が沢山あるので、この町で育った若い子達は安全に仕事が出来るという事だ。
 後は一般的な魔物の討伐依頼が少々と、海の魔物の討伐依頼もあるのだが、海の上では探すのが大変な上に倒し辛いからか報酬はお高めになっている。

 町から町へと移動する商人の護衛任務も多いのだが、変わっているのが任務期間。普通は隣町までなどの四、五日程度なのに対して、この町では王都までの護衛と書かれているので一月近く一緒に旅をする事になる。
 その間ずっと仕事をしていられるというメリットもあるが、この町で暮らすつもりであればまた一月近くかけて戻って来なくてはならない。冒険者も大変だが、商人の仕事も楽ではないのだな。

 そんな依頼の中に一つだけ古びた紙が貼ってある。


『カナリッジを中心に活動する海賊団リベルタラムズの討伐』


 盗賊やら山賊、それは世の中に馴染めず半端者となってしまった者と、楽をして生きようという心無い者達の集まり。そういった集団が大なり小なりどこの町にも居るのは仕方の無い事なのかも知れないが、真っ当に暮らす人達からすれば迷惑極まりない連中。俺はこういった不真面目な奴等が大嫌いだ。

 興味が湧いたので詳しく聞いてみるかとカウンターに向えば、このギルドも例に漏れず可愛い受付嬢が緊張した面持ちで座って居る。

「海賊の討伐について詳しく聞きたいんだけど教えてくれる?」


「ひゃぃっ!」


 何を緊張しているのか知らないけど声を裏返らせて返事をした受付嬢。バタバタと慌てた様子で机の引き出しを漁ると一枚の紙を取り出して軽く目を通した。

「えぇぇぇっとですですね……かかか海賊団リベルタラムズの討伐でででですよ、ね?」

 駄目だこりゃと鞄からグラスを取り出すと水袋から水を入れて差し出した。
 意味が分からず驚いた様子の受付嬢だったが、にこやかに微笑みながら再度「飲みな」と近付けると、グラスの水を一気に飲み干す。

「落ち着いた?」

 空になったグラスを受け取り鞄へと仕舞いながら聞いてみたところ笑顔で頷くのでもう大丈夫……なのか?

「申し訳ありませんでした。貴族の冒険者様がいらっしゃったのは初めてだったもので緊張しておりました」

「あぁ、そういう事? 大丈夫大丈夫、俺は冒険者上がりのしょうもない貴族だから、貴族と思わなくて良いよ。それで、海賊団の事教えてくれる?」

 思惑どおり幾分安心してくれたのか、今度は普通に会話出来るようになった受付嬢が教えてくれたのは義賊を名乗る《海賊団リベルタラムズ》が町近郊の海域に定期的に現れては貿易船から金品を奪って行くのだと言う。

 ただ、義賊を名乗るだけあって根こそぎ奪うのではなく、ある程度の金額を差し出せばそれで満足して帰って行く上に、抵抗さえしなければ暴力行為も一切しないし、船を傷付ける事も無いのだと言う。
 だからといって海賊行為には変わりがないので冒険者への討伐依頼が出されているのだが、数で押し切られたり、冒険者を見ると襲ってこなかったりと討伐する事が出来ずにいるらしい。


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