黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

45.怒り

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「クックックックッ、小娘が……なかなか良い推理だな。二十年だ、俺がこの商会に入って二十年、ようやく副所長にまで登り自由が利くようになって獣共を売り捌く方法を確立させたというのになぁ。まっ、あの男の資金も尽き、次のパトロンを探さねばならぬタイミングだったからな、潮時と言えば潮時か」

「ジェイアス!!貴様ぁっ!?っっ!!」

 自分の指揮する商会に泥を塗られ怒り心頭で飛びかかろうと立ち上がったバスチアスの目の前に奴が腰に刺していた細身の剣が突き付けられた。その速さと正確さは感嘆が漏れるほどで、動く相手の目の前数センチでピタリと止めて相手を制する様子に改めて出来る男だと認識せざるを得ない。

「まぁまぁ座りたまえ、バスチアス所長殿。商会の名で売り付けたとは言え、このお嬢ちゃんが商会そのものに罪は無い事は証明してくれたんだ、良かったじゃねぇか。まぁ少しばかりの罰則はあるだろうが、それくらいお前に仕えてやった礼として受け取ってくれや。

 それにしても、前回ちょっかいかけられた時にはまんまとあしらわれてくれたというのに今回は行き着いちまったな。行動力、想像力、美貌も含めて一級品とは恐れ入る。どうだ俺の女にしてやろうか?クククッ」

「確かに獣人登録の裏を取ったのは私だ。だがそれ以外、身を呈しての情報入手から貴様のやっていた事の推察に至るまでの道を切り開いたのは間違いなくそこに居る男のやった事。口惜しいが私がやった事と言えば渡された剣を貴様の首元に突き付けただけだ、求婚は受け取れぬよ」


──あれ?今のって……褒められた?


 イオネは特に表情も変えず至極冷静な目で俺を見つめるが、その目が何を訴えたかったのかは分からない。

 冗談であっただろうが振られたジェイアスは再びクククッといやらしい笑いをすると今度は俺の方を向く。

 密売に関する事件が明るみになったというのに主犯であるコイツは『隠し事がバレちゃった』程度にしか思っていない様子で明らかに余裕がある。昨晩の攻防で俺から逃げられると踏んでいるのかもしれないが、それにしても余裕があり過ぎなのが気になって仕方がない。

「これは全てお前の仕業だとよ、レイシュア・ハーキース。俺の涙ぐましい努力の積もった二十年、返せよ馬鹿野郎」

「何人の組織で事に及んでいたのかは知らないが、大森林で平和に暮らしていた獣人を無理矢理攫って金に換えていたんだ。十分過ぎる程の豪華な暮らしは出来ただろ?
 夢の時間は終わりだ、幼気な少女達の人生を滅茶苦茶にした罪を償ってもらおう」

 ニヤニヤとした笑いを浮かべていた奴は俺の言葉に口角を吊り上げ鼻で笑うと挑戦とも取れる一言を発した。

「やなこった」

「なにぃっ!?」

 その場の全員が動かないながらも身体の内側では戦闘態勢に入ったところに、戦闘に関しては素人のバスチアスは再び怒りを露わにして立ち上がった。
 しかし、今度は止められる事なく飛び出したが片手で軽く押し戻されて椅子へと舞い戻る。

「ぐっ!痛ぅ……」

「座ってろって言っただろう?だいたい、たかが獣を捕まえて売り捌いたぐらいでいちいち大袈裟なんだよ。あんな奴ら、貴族から金を奪う道具に過ぎんだろ?
 貴族と言えばあの男爵、自分が買った獣の記憶がおかしいのに気付いていながらも自分の物欲に勝てずに俺から買うのを止めなかったんだぜ?困ったオヤジだよな。俺にとっては都合の良い客だったんだが、流石に最後に持ち込んだ有翼種には尻込みしていたな」

「有翼種だと!?馬鹿なっ!その種族の目撃報告はあるが捕まった前例などないぞ!?」

「だから嬢ちゃんの推察どおりに登録せずに男爵邸に持ち込んだんだろぉが、話聞いてたか?
 まぁ、いい。男爵の密売と密売の方法までバラしてやったんだ、これで嬢ちゃんの顔も立つだろ。長いこと商人なんてやってたから気を遣うなんて事覚えた俺は優しいもんだな。
 そういう訳で俺はそろそろお暇するぜ?」

 特に魔力を練るでも無く、戦闘をする気配すらない。ゆったりとした身のこなしで振り向き何食わぬ顔で扉から『はい、さようなら』と出て行こうとドアノブに手を掛けたので、あまりにも自然過ぎて止めるのが遅れた。

「馬鹿なのか?何故お前を逃がさないといけない?それとも昨日のように逃げられるとでも思っているのか?」

「なんだよ、女ならまだしも男に追いかけられても嬉しくねぇなぁ。つまり何か?俺を見逃す気は無い、と?」

「何ふざけたこと言ってるんだ?主犯を見逃す訳がないだろう、大人しく捕まるんだな」

「あぁ、そうかそうか、やっぱりそう来るよなぁ。でもな、俺だって何の準備も無く、ただお前達が来るのを待っていた訳じゃない事くらい想像着くよなぁ。クククッ。お前がそういう態度を示すなら俺を見逃したくなるような手札を切るとしようか」

「何!?」

 何をするつもりか知らないが扉に体を向けたまま横目で振り返り喋るジェイアスの言葉にどうしようもなく嫌な予感がする。大物取りの最終局面で主犯を逃したくなるだと?そんなの有り得ないだろう。

「お前の愛でていたキツネ、無事だといいな。クククッ!ククハハッ!ハーハッハッハッハッハッ!!!」

 一瞬理解出来なかった言葉の意味は奴の笑いと共に急速に頭に拡がると、今朝の別れ際に見たノアの笑顔が頭に浮かんで来た。
 だか次の瞬間には崖から落ちていくように俺に向かって手を伸ばしながら悲鳴と共に下へと遠ざかって行く。

 言葉の意味を理解し愕然とする俺を見ながら自分の勝ちに笑いが堪え切れないのか奴の高笑いが部屋に木霊す。その場に居る者も人質を取られた事を理解して唇を噛み締め誰一人動けずにいた。

「まぁ、真偽も気になるだろう?男爵邸で待っててやるから見に来い、それまでは逃げずにいてやるよ。クククッ」

 ドアノブに手を掛けたくせに扉など開ける事なく一瞬にして姿を消したジェイアス。その光景に驚きイオネが立ち上がるとリリィが一言「転移ね」と呟いた。



 予測はしていた。昨晩の見事なまでの逃げっぷりは並の人間では不可能なレベル。高速で逃げ出したのなら魔法探知に引っかからない方が可笑しいのだ。と、なれば別の方法という事になる。

 “転移” とはある程度上級の魔族が使う移動手段でどの程度遠くに飛べるのかは知らないが、もしそれを使って逃げたのだとしたら、逃げ足の速さにも咄嗟の魔法の発動速度にも、人間より遥かに能力の高い “魔族だから” と言う言葉でしっくり来るのだ。

 リリィの一言が起爆剤となり沈んでいた俺の感情に火が付いた。


「ジェイアスゥゥゥゥゥッ!!!!!」


「レイっ!!待ちなさい!レイっ!?」

 誰かが止める声が耳に届くが右から左へと抜けて行き理解することは無かった。
 胸の奥底から黒いものが噴き上げると同時にノアの笑顔が視界一杯に拡がり目に映る筈の他の物は全て消え失せる。頭の中では魔族に対する殺意とノアの無事を祈る想いとが入り混じり、ドロドロと掻き回されて何も考える気になれない。


──ただひたすらに愛しいノアを求める心だけが俺を突き動かした


「レイ!止めて!あいつは待つと言ったわ、皆で行きましょう!レイ!!!聞いてっ、レイッ!」

 隣に座っていたサラが肩を押さえて俺を押し留めようとしている……というのが、自分で見てる筈なのに何故か他人事のように客観的に見える。しかしそんな事をされても今の俺を止められやしないだろう。

 膨大な量の風の魔力が湧き出すと視認するのが容易なほどに濃い魔力が体を包み込む。すると俺に触れていたサラは吹き飛ばされ床を滑って行く。
 あぁ、ごめんよサラ……痛かっただろ?

「キャッ!……くぅっ、リリィッ!!」

 離れていても分かるほどに求めるノアのか弱き魔力から向かうべき方角を感じ取ると、サラの求めで張られたリリィの結界も、それを補強するようにして展開されたモニカの水壁ですらそこに存在すらしないかのようにあっさりと突き破り、奴隷商会の建物などまるで気にもせず壁も天井も破壊して外へと飛び出し、男爵邸へと……いや、ノアの元へと全速力で飛行した。


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