黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
381 / 562
第七章 母を訪ねて三千里

34.獣人達の楽園

しおりを挟む
 羨望の眼差しで見つめるミミに再度口止めの約束を取り付けると、何故か彼女の尻尾がくねくねと不可思議に動いていた。
 あれは一体どういう意味があったのか……謎だ。

 そんな彼女も置き去りに一人で庭をぷらぷらしていると、多種多様な綺麗な花が太陽に向かい元気に花弁を広げている。水を貰ったばかりの花達は陽の光を キラキラ と反射する水滴を青々とした葉に宿し、地面に撒かれた肥料の多さからも愛情を持って育てられている事を語ってくれる。

 暖かな午後の日差しが降り注ぐ中そんな花壇を眺めていると、ここの獣人達も男爵が厳選したとはいえ、それぞれ違う場所から集められた色とりどりの花のように思えて来た。

 男爵の方に非があるからとて彼女達を世話する存在を奪ってしまおうとする俺は、彼女達からすれば悪にしか見えないのだろうな。

──男爵の存在はそのままに密売を止めさせる、そんなに上手く事が運ぶのだろうか?

 って言うか、俺はこの町に何しに来たんだろう?

 レクシャサに言われるがままに目的も分からずパーニョンに来てはみたが、成り行きとはいえジェルフォの望み通りエルコジモ男爵の密売を暴く為にこの屋敷に留まり、今度は獣人達の生活を守ろうとしている。

──まぁ、目的が無いというのもたまにはいいか。思うがままに、したい事をしよう。


 庭いじりがひと段落したようで、キャッキャッと楽しげな声を上げて追いかけっこを始めた人間と獣人の女の子達の姿を庭に生えている大きな木を背もたれにして物思いに耽りながら ボーッ と眺めていると平和だなぁとしみじみ感じてしまう。

 ジェルフォの言ったように、ここが獣人にとっての楽園だというのもこの光景を見ていると頷けると言うもの。

 彼女達獣人は基本的に大森林で生活している。だから人間の暮らす町では個体数が少なく殆ど見かける事がない。
 それならばいっそ全ての獣人達が人間と共に暮らすようになり物珍しさが無くなれば、捕まえて奴隷にしようなどと考える事も無くなるのではないだろうか?

 そうすれば彼女達がこんな人数の限定された狭い楽園で生活する必要もないのでは?とかなんとか考えてみるものの、言うは易し行うは難し、現実はそう簡単には行かないのだろうな……。


▲▼▲▼


「レイ様っ!レイ様ってばっ!起きてください、レイ様ぁ~~っ!」

 いつのまにか降りていた重い瞼を少し上げれば茜色の空を背景に手をついて俺を覗き込むノアの姿がそこにある。一眠りして酔いが醒めたのか慌てた様子で俺の肩に手を置きユサユサと揺らしているので、起きてるぞと、そっと頬を撫でた。

「お~、起きたか酔っ払いキツネ。二日酔いで頭が痛いとかはないようだな」

 ホッ とした顔で俺の手に自分の手を重ねると頬をすり寄せてくるので、程よく膨よかなほっぺを プニプニ と摘んでみれば嬉しそうに目を閉じた。

「ハッ!違うっ、違うんですっ。先程は申し訳ありませんでしたっ!まさか酔っ払って寝てしまうなどメイド失格です。お許し戴けるのであれば何かしら埋め合わせを……」

 ジュースとは違い、葡萄を発酵させたワインとは酔う為に飲むものであって、逆に言えば酔わなければワインを楽しんだとは言えないと俺は思う。それなのにワインを渡した俺に「酔ってゴメン」とか意味不明も良いところだ。

 木にもたれて四肢を投げ出す俺に覆いかぶさるようにして覗き込んでいるノアを引き寄せると、突然の事に可愛らしい小さな悲鳴をあげて俺の胸を枕にすっぽりと収まる。

「じゃあ、ちょっとだけこうしてて」
「…………はい」

 それ程までに罪悪感を感じているのか、はたまたメイドとして逆らってはいけないと我慢しているのかは知らないが、身動ぎもせずにただ黙ってなすがままされるがままの彼女に『悪い事したかな』とは思ったが後の祭りなので『まぁいいか』と軽い感じでそれを振り払うと、目の前でピンと立つキツネ耳に触れてみたのだが ビクッ としたので俺もびっくりして手を引っ込める。

 エレナもそうだが獣人にとっての獣耳とは敏感なようでエレナのなら御構い無しで触り放題なのだが、例え嫌でも拒否しそうにないノアの耳は触らない方が良いのかもしれない。
 物凄く触りたい欲望に駆られながらも我慢して頭を撫でると緊張して堅くなっていた身体から力が抜けて行くのがよく分かる。

「レイ様……」

 十分くらいそうしていただろうか。可愛い妹を愛でる感覚で柔らかな金の髪を撫で続けていたらノアから小さく呟くような声がかかる。

「そろそろ夕食の時間です。きっとご主人様はお待ちになってますよ」

 もう少し堪能したかったが人を待たせるのもあまり良くないだろうし、何よりノアは俺を呼びに来たのだからいつまでも戻らないとノアが叱られてしまう。

「あっ……」

 じゃあ最後にと思い両手で抱きしめてキツネ耳の間に顔を埋めると、日差しをいっぱい受けてふかふかになった布団のような、太陽の匂いがした。

「よし、行こうか」

 彼女の肩に手を置くと身動ぎすらしなかった体が動き始めてゆっくり起き上がると、顔が目の前に来たところで動きが止まる。
 丸い目の中にある俺と同じ金色の瞳に見つめられドキリとしてしまったが……ノアは俺のものではない。

「ほら、行くぞっ」

 俺の声で再び動き出して立ち上がると、その横に並び屋敷の入り口へと歩き始めた。

「夕食も一緒食べてくれる?」
「え?でも……私はメイドですよ?獣人ですよ?」
「男爵だって四人の獣人と一緒に食事するんだろう?みんな怒って帰っちゃったし、俺だけ一人ぼっちとか寂しいじゃないか。ノアは俺と食事するのは嫌か?」
「いえいえっ!とんでもありませんっ!ただ……私はただのメイドなのに、あんな贅沢な料理を私だけ食べて、なんだかみんなに悪い気がするのです」
「そう、ノアは優しいんだな。じゃあこうしよう、お客様の命令だ!な~んてなっ」
「ぷっ、あははっ。何ですか?それ」
「いけないか?」
「いいえっ。かしこまりました、お・きゃ・く・さ・まっ」

 にこやかに微笑むノアの手を取り食堂へ向かえば彼女の言う通り男爵は俺達を待っていた。ノアを昼食と同じように隣に座らせると苦笑いを浮かべたが、それ以外は特に気にする様子もなく、彼の得意分野である獣人についての話を聞きながら楽しく食事をした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換スーツ

廣瀬純一
ファンタジー
着ると性転換するスーツの話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...