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第七章 母を訪ねて三千里
30.獣人の戦士
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「本来であれば私が出向かねばならぬ所をわざわざのご足労ありがとうございます。獣人の館と言われる我が屋敷へようそこおいでくださいました、サラ王女殿下。最近ご婚約されたと……」
出迎えてくれたネコの獣人のメイドさんに連れられて食堂へと案内された俺達は、お茶を楽しんでいたエルコジモ男爵と引き合わされた。
身長百五十センチくらいの中年太りのオッサンはなんだか妙に悪者顔をしていて、どこをどう贔屓目に見ても腹黒さが目立ってしまうという特技を持っているようだ。
大体からして “友好的に微笑んでいる” つもりかもしれないが、他者から見たら明らかに “ニヤニヤしている” ようにしか見えないのは天性からの悪党という事だろうか。
──いや、人は見かけで判断してはいけない……はず
自分にそう言い聞かせるが第一印象とはやはり重要なもので、 “悪党” という固定観念は顔を合わせて三秒で強固なものとなってしまったようだ。
彼の容姿もさる事ながらそれ以上に性格を表していそうなモノも有ったのが良くなかった。
彼の座る椅子の両脇には布地の少ない服に身を包んだ顔もスタイルも抜群に良い四人の獣人の女。来客ということもあってか笑顔で立ってはいるが、その笑顔にも影があるように見え、やらされている感が滲み出ている。
だが残念な事に、そういった人生になってしまったのも全ては大森林という獣人の生活圏を飛び出した彼女達の責任、つまり彼女達の選んだ人生なので俺がどうこう思う事自体もおかしな事なのだろう。
エルコジモ男爵とその後ろに居る獣人に気を取られて気が付くのが遅れたが、食堂に入った扉とは逆方向の奥の隅に隣の部屋へと続く扉があり、家の中だというのに直立不動で目立たないようにして石像の如く立っている身長二メートルはありそうな大柄な男が門番の如く立っていた。
少し距離があるというのに迫力がある、何者も扉に近付けさせないという念の篭った鋭い眼光はこちらを威嚇しているようにも見えるが今はまだ敵意は感じられない。
コイツが屋敷の門番してた方が良くね?とか思ったりもするが、そう出来ない理由が彼の頭に生えるトラの耳なのだろう。
だが、ふと思うことがある。二メートル近い身長で、ムキムキで、茶髪のトラの獣人。そしてその場にいる者全てを威圧するかのような鋭い眼光……何所かで見た事あるような?
俺が会った事のある獣人はベルカイムのギルドにいるミーナに、うちのエレナとその父ライナーツ、後はエマと奴隷商会で会った娘達……
「流石ハーキース卿は近衛三銃士に勝って冒険者から騎士伯にのし上がられただけの事はありますな。サラ王女殿下を射止めた貴方は、私の可憐な花々よりも屈強な戦士であるジェルフォに興味がおありのようだ」
自分の名前が呼ばれた事により物思いから現実へと意識が戻ると、ニコニコというよりはニヤニヤという方がしっくりくるエルコジモの笑顔が俺に向いていた。
「強そうな奴ですね。でも興味があるというか、何処かで見たことがあった気がしただけですよ」
「ほほぅ、彼奴はこの間のアングヒルでのオークションに行った際に購入した比較的新しい奴でして、身体自慢の獣人の戦士と言えどもあそこまで屈強な者もそうはおりますまい。もちろん見た目だけでなく実力も確認済み。
どうでしょう?貴方ほどではないにしろ、それなりの力を持つウチのジェルフォと一度手合わせでもしてみませんか?」
アングヒルのオークションか、どうりで見た事があったわけだ。だが、あの時立ち上がり両手を挙げて競りに勝った喜びを示していたのはエルコジモではなかった。そう、こいつはエレナの競りでランドーアさんと最後まで一騎打ちした貴族。あの時は照明の少ない会場内で顔などはっきりとは見えなかったが、司会の男が口にしていた名前がエルコジモ男爵だった。
俺が気が付いたのが分かったティナがエルコジモに見えない方の目でウィンクしてくるので彼女も分かっているのだろう。
「手前の実力がどの程度なのか知りたいので是非一戦お願いしたい」
さて、どうしたもんかなと当のジェルフォと視線を合わせて考え始めた時に、他ならぬ彼の方から声が上がった。四十代ですがまだまだ現役ですといった印象の歴戦の勇士然とした風貌の彼の喉から出たのは低いが良く通る声で、不思議と親しみが持てるような感じすら与えてくる。
イオネに視線を移しても別の方向を向いて我関せずなので、エルコジモのところで奴隷として生活している以上は娯楽など無いだろうジェルフォの希望であればそれくらい聞いてやってもいいかなと思い了承した。
「得意な武器はないのか?」
中庭に移動すると肩までの金髪の間からキツネ耳の生えた笑顔の可愛いメイドさんが二メートルの棒切れをそれぞれに渡してくれる。ここのメイド服は特注なのか、獣人としてのもう一つのシンボルである尻尾が外から見える造りになっており、フサフサの気持ち良さそうな尻尾がゆらりゆらりと揺れていた。
渡された棒切れの握りの感触を確かめると、それを眺めていたジェルフォに声をかけてみたのだが小さく首を振るだけ。
「武器など使ってハーキース卿に怪我でもされては私が殺されてしまう。これでも武術の心得はあるつもりだし、貴殿も得意な得物ではないだろう?これで大丈夫だ、お気遣い感謝する」
朔羅と白結氣をモニカに預けると雪がニコリと微笑み「頑張ってください」とエールをくれたので、それだけで負けることはないだろう。それに笑顔で応えると水色の髪を一撫でして中庭の真ん中付近へと歩いた。
「いつでもいいぞ」
槍など使ったことは無いし慣れない長物にどう扱ったら良いのかサッパリわからないが、エレナの真似でもして見るかと肩幅に両手で持った棒の先端をジェルフォに向けて構えらしいポーズを取ってみた。
「では、参ります」
対するジェルフォは心得があると言うだけあってなんだか様になっている構えを取ると、魔力が膨れ上がる。
獣人は魔法が使えないとか聞いた気がしたが、元は同じ人間、つまり良く良く考えれば使えない筈がないのだ。今感じただけでもギルドランクBは軽く凌ぐ実力はありそうだと段々ワクワクしてきた。
「はっ!」
突き出された棒を避け、振り下ろされるのを弾き返し、隙を見て俺も棒を突き入れてみる。だがそんなモノは当たらないとばかりに ギリギリ のところで軽やかに躱すと、逆に三倍の棍撃が返って来る。
「やるなぁ……ハッ!」
やはり言うだけあって棒の扱いはジェルフォの方が遥かに上手いようで、小手調べといった感じで遊ばれているようだ。だが俺にもちっぽけながらプライドというものがある。いくら相手の方が体格が良く、見た目で負けてしまっているとは言え、勝負にまで負けたとあらばイオネとエルコジモに見下されるのがオチだ。
「せいっ!」
考え方を変え槍のような物では無く、アルの持つセドニキスの剣のような大きくて長い剣、白結氣より更に長い刀をイメージし棒の端の方を両手で握って振り抜けば、テコの原理で重たくは感じるがさっきより格段に扱いやすい。
「これだな、覚悟はいいか?」
「フッ、ご冗談を」
巨体にも関わらず足元目掛けて振り抜いた棒を軽々とジャンプで躱し、着地と共に棒を突き入れてくる。
棒の遠心力を利用しその場から離れるとジェルフォの棒先が地面を抉った。
遠心力をそのまま使い、体を一回転させつつ下から振り上げるが、地面に突いた棒を盾にして防ぐと同時に棒を支点に空中に浮いた巨体が蹴り込んでくる。
咄嗟に出した左手の防御を水魔法で強めると、足を踏ん張り奴の蹴りを受け止め逆に押し返した。
俺の手を足場に飛び退いた形となったジェルフォだが、空中で一回転する間も俺から視線を逸らすことなく華麗に地面に降り立つ。
「せいやっ!」
だが俺も黙って見てるだけの訳がない。ジェルフォを押し返すとすぐに奴を追って地面を蹴り、着地を狙って棒を振るうがしっかり視認されていたので簡単に防がれてしまった。
はっきり言ってジェルフォは強い。判断能力、戦闘の運び方、武器を取り扱う腕、どれを取っても一流と言えるほどだろう。抑えているのかもしれないが身体強化の魔法がもっと強ければ良い勝負が出来たかもしれない。
雪にもエールを貰った手前、慣れていない棒だからと無様を晒すわけにはいかないのでもう少し身体強化を強める事にした。これで、ジェルフォにまだ余裕があるのなら更なる彼の実力が見えるだろう。
「くっ……」
さっきまでとは段違いに速さの増した俺の振り下ろしに目を見開くと、棒を受け止めたジェルフォがその威力に表情を歪めた。僅かに態勢が崩れた事により反撃が遅くなると、俺の攻めの一撃を再び受ける事となる。
「くぁぁっ!」
ただの棒を力任せに振り下ろしているだけだが、結構強めに力を入れているので打ち合う度に棒がミシミシと音を立てている。避ける事もせず真っ向から受け続けるジェルフォの額には汗が吹き出し、俺の繰り出す棒に対応するのに一苦労している模様。
獣人は元々身体能力に優れた種族だ。元来の身体能力に加えて、不得意ながらも身体強化の魔法を使われると並みの人間では太刀打ち出来ない者が殆どだろう。
──鍛錬された獣人とは恐ろしいものだな
だが、自分で言うのもなんだが、俺はそこらの人間に負けるつもりは毛頭無い。ジェルフォも獣人の中では上位の強さを誇っていそうな感じはするが、それでも属性竜の力まで取り込んだ俺を抑え込む程ではない。
「どうした?もう終わりか?」
「まぁだまだぁっっ!」
気合いと共に再び攻撃に転じるジェルフォ、振り上げた棒を受ければ何のつもりか知らないが鍔迫り合いのようにして棒同士が交差したまま押し合いの力比べが始まった。体格差からすれば俺なぞ一捻り、しかし俺にはそれを補えるだけの魔法が使える。
身体強化を更に強め気合いを入れ直したところで至近距離に突き合わせたジェルフォの表情がおかしい事に気が付く。
「ハーキース卿、貴方を見込んでお願いがあります」
歯を食いしばり額に浮かべた汗を流しながらも、迷いのある曇った表情で俺にしか聞こえない小さな声で語りかける虎の獣人。
「お願い?」
もしかしてそれが言いたくて俺との戦いを希望したのかと思いつつも、奴隷として飼われているジェルフォが一番自然に思いを打ち明けられる形だと理解し、力が拮抗していると見えるように少しずつ位置を移動しながら彼の話を聞いた。
「あの男は密売人と繋がっている。奴を止めたからといって大森林から攫われて来る者が減るわけではないが、我々の生活を犯す者達の事を断じて許す訳にはいかないのです。
奴はただ金を払うだけなのかも知れないが、奴のように密売人から獣人達を買い取る者がいなくなれば密売人達の勢いも治まっていく事でしょう。
獣人の戦士であるにも関わらず不覚にも人間に捕まってしまった私はどうなっても構わない。だが人間との協定を守り大森林から出てもいないのにも関わらず無力な娘達が不条理にも蹂躙される姿を見るのは我慢ならんのです。
人間の法では獣人の密売は売る方も買う方も重い罰が与えられると聞きました。だからお願いです。奴の密売を暴き、奴に正義の鉄槌を……」
静かな怒りの篭った目で真っ直ぐに俺を見つめるジェルフォは獣人の戦士として人間に捕まった事が相当に悔しいのだろう。これほど優秀な奴を捕まえたのがどんな奴なのか会ってみたくもあるが、まぁそれはいい。
彼の純粋な思いには共感出来るし救えるものならジェルフォも含めてこの館にいる獣人達を救ってやりたいとも思うが、はてさてどうやって密売などと言うものを暴いたら良いのやら……頭のキレるイオネですら密売人を捕まえるのには失敗しているしな。
それにしてもジェルフォは人を信用し過ぎ、つまりお人好しが過ぎるんじゃないか?今日初めて会った相手にそんな事を口走るとは軽率にも程がある。一般常識のある者でも、普通に無理って断るだろうが、下手をすればエルコジモにチクられて自分が無駄に殺される可能性だってあるはずだ。それが彼の言う「どうなっても構わない」と言うことなのか?
「お前……さ、馬鹿なの?何故俺が獣人の為に動かなきゃならないんだ?あのデブの密売を暴いて捕まえたとして俺になんのメリットがあるんだ?そこんとこ明確にしない限り「よし、任せとけ」なんて言う奴はいないだろ。
大体さ、会って三十分の相手にそんなこと打ち明けてさ、死にたいだけなわけ?せっかく楽しい相手だと思ったのに興醒めだよ。どうせ死にたいのならせっかくだから俺がこの手で殺してやる」
手に持つ棒に火魔法を付与させると棒が炎を纏い、それを見たジェルフォの目が見開いた。話を断られたショックと突然の魔法とで呆然とする彼の腹に蹴りを入れると、巨体が地面を滑って行く。
「レイ!?」
俺が何をするのか察したサラが驚いた顔をしているのを横目で見ながらジェルフォにかざした左手に魔力を送った。
力無く横たわるジェルフォを中心に炎の円が描かれると、そこから渦巻いた炎が立ち昇る。
「ぐぁぁぁぁぁっ!!!」
その場にいた全員が唖然として炎の柱を見つめる中、彼の絶叫が中庭を突く。エルコジモが愕然として口を開けたまま立ち尽くす様子に少々の笑いが込み上げたが、その脇に居た奴のお気に入り四人の青い顔を見るとそれも何処かへ行ってしまう。
パチンッ と指を鳴らすと炎は消え、中庭には静寂が訪れたが、慌てて駆け出したサラの足音だけがその場に響き渡った。
出迎えてくれたネコの獣人のメイドさんに連れられて食堂へと案内された俺達は、お茶を楽しんでいたエルコジモ男爵と引き合わされた。
身長百五十センチくらいの中年太りのオッサンはなんだか妙に悪者顔をしていて、どこをどう贔屓目に見ても腹黒さが目立ってしまうという特技を持っているようだ。
大体からして “友好的に微笑んでいる” つもりかもしれないが、他者から見たら明らかに “ニヤニヤしている” ようにしか見えないのは天性からの悪党という事だろうか。
──いや、人は見かけで判断してはいけない……はず
自分にそう言い聞かせるが第一印象とはやはり重要なもので、 “悪党” という固定観念は顔を合わせて三秒で強固なものとなってしまったようだ。
彼の容姿もさる事ながらそれ以上に性格を表していそうなモノも有ったのが良くなかった。
彼の座る椅子の両脇には布地の少ない服に身を包んだ顔もスタイルも抜群に良い四人の獣人の女。来客ということもあってか笑顔で立ってはいるが、その笑顔にも影があるように見え、やらされている感が滲み出ている。
だが残念な事に、そういった人生になってしまったのも全ては大森林という獣人の生活圏を飛び出した彼女達の責任、つまり彼女達の選んだ人生なので俺がどうこう思う事自体もおかしな事なのだろう。
エルコジモ男爵とその後ろに居る獣人に気を取られて気が付くのが遅れたが、食堂に入った扉とは逆方向の奥の隅に隣の部屋へと続く扉があり、家の中だというのに直立不動で目立たないようにして石像の如く立っている身長二メートルはありそうな大柄な男が門番の如く立っていた。
少し距離があるというのに迫力がある、何者も扉に近付けさせないという念の篭った鋭い眼光はこちらを威嚇しているようにも見えるが今はまだ敵意は感じられない。
コイツが屋敷の門番してた方が良くね?とか思ったりもするが、そう出来ない理由が彼の頭に生えるトラの耳なのだろう。
だが、ふと思うことがある。二メートル近い身長で、ムキムキで、茶髪のトラの獣人。そしてその場にいる者全てを威圧するかのような鋭い眼光……何所かで見た事あるような?
俺が会った事のある獣人はベルカイムのギルドにいるミーナに、うちのエレナとその父ライナーツ、後はエマと奴隷商会で会った娘達……
「流石ハーキース卿は近衛三銃士に勝って冒険者から騎士伯にのし上がられただけの事はありますな。サラ王女殿下を射止めた貴方は、私の可憐な花々よりも屈強な戦士であるジェルフォに興味がおありのようだ」
自分の名前が呼ばれた事により物思いから現実へと意識が戻ると、ニコニコというよりはニヤニヤという方がしっくりくるエルコジモの笑顔が俺に向いていた。
「強そうな奴ですね。でも興味があるというか、何処かで見たことがあった気がしただけですよ」
「ほほぅ、彼奴はこの間のアングヒルでのオークションに行った際に購入した比較的新しい奴でして、身体自慢の獣人の戦士と言えどもあそこまで屈強な者もそうはおりますまい。もちろん見た目だけでなく実力も確認済み。
どうでしょう?貴方ほどではないにしろ、それなりの力を持つウチのジェルフォと一度手合わせでもしてみませんか?」
アングヒルのオークションか、どうりで見た事があったわけだ。だが、あの時立ち上がり両手を挙げて競りに勝った喜びを示していたのはエルコジモではなかった。そう、こいつはエレナの競りでランドーアさんと最後まで一騎打ちした貴族。あの時は照明の少ない会場内で顔などはっきりとは見えなかったが、司会の男が口にしていた名前がエルコジモ男爵だった。
俺が気が付いたのが分かったティナがエルコジモに見えない方の目でウィンクしてくるので彼女も分かっているのだろう。
「手前の実力がどの程度なのか知りたいので是非一戦お願いしたい」
さて、どうしたもんかなと当のジェルフォと視線を合わせて考え始めた時に、他ならぬ彼の方から声が上がった。四十代ですがまだまだ現役ですといった印象の歴戦の勇士然とした風貌の彼の喉から出たのは低いが良く通る声で、不思議と親しみが持てるような感じすら与えてくる。
イオネに視線を移しても別の方向を向いて我関せずなので、エルコジモのところで奴隷として生活している以上は娯楽など無いだろうジェルフォの希望であればそれくらい聞いてやってもいいかなと思い了承した。
「得意な武器はないのか?」
中庭に移動すると肩までの金髪の間からキツネ耳の生えた笑顔の可愛いメイドさんが二メートルの棒切れをそれぞれに渡してくれる。ここのメイド服は特注なのか、獣人としてのもう一つのシンボルである尻尾が外から見える造りになっており、フサフサの気持ち良さそうな尻尾がゆらりゆらりと揺れていた。
渡された棒切れの握りの感触を確かめると、それを眺めていたジェルフォに声をかけてみたのだが小さく首を振るだけ。
「武器など使ってハーキース卿に怪我でもされては私が殺されてしまう。これでも武術の心得はあるつもりだし、貴殿も得意な得物ではないだろう?これで大丈夫だ、お気遣い感謝する」
朔羅と白結氣をモニカに預けると雪がニコリと微笑み「頑張ってください」とエールをくれたので、それだけで負けることはないだろう。それに笑顔で応えると水色の髪を一撫でして中庭の真ん中付近へと歩いた。
「いつでもいいぞ」
槍など使ったことは無いし慣れない長物にどう扱ったら良いのかサッパリわからないが、エレナの真似でもして見るかと肩幅に両手で持った棒の先端をジェルフォに向けて構えらしいポーズを取ってみた。
「では、参ります」
対するジェルフォは心得があると言うだけあってなんだか様になっている構えを取ると、魔力が膨れ上がる。
獣人は魔法が使えないとか聞いた気がしたが、元は同じ人間、つまり良く良く考えれば使えない筈がないのだ。今感じただけでもギルドランクBは軽く凌ぐ実力はありそうだと段々ワクワクしてきた。
「はっ!」
突き出された棒を避け、振り下ろされるのを弾き返し、隙を見て俺も棒を突き入れてみる。だがそんなモノは当たらないとばかりに ギリギリ のところで軽やかに躱すと、逆に三倍の棍撃が返って来る。
「やるなぁ……ハッ!」
やはり言うだけあって棒の扱いはジェルフォの方が遥かに上手いようで、小手調べといった感じで遊ばれているようだ。だが俺にもちっぽけながらプライドというものがある。いくら相手の方が体格が良く、見た目で負けてしまっているとは言え、勝負にまで負けたとあらばイオネとエルコジモに見下されるのがオチだ。
「せいっ!」
考え方を変え槍のような物では無く、アルの持つセドニキスの剣のような大きくて長い剣、白結氣より更に長い刀をイメージし棒の端の方を両手で握って振り抜けば、テコの原理で重たくは感じるがさっきより格段に扱いやすい。
「これだな、覚悟はいいか?」
「フッ、ご冗談を」
巨体にも関わらず足元目掛けて振り抜いた棒を軽々とジャンプで躱し、着地と共に棒を突き入れてくる。
棒の遠心力を利用しその場から離れるとジェルフォの棒先が地面を抉った。
遠心力をそのまま使い、体を一回転させつつ下から振り上げるが、地面に突いた棒を盾にして防ぐと同時に棒を支点に空中に浮いた巨体が蹴り込んでくる。
咄嗟に出した左手の防御を水魔法で強めると、足を踏ん張り奴の蹴りを受け止め逆に押し返した。
俺の手を足場に飛び退いた形となったジェルフォだが、空中で一回転する間も俺から視線を逸らすことなく華麗に地面に降り立つ。
「せいやっ!」
だが俺も黙って見てるだけの訳がない。ジェルフォを押し返すとすぐに奴を追って地面を蹴り、着地を狙って棒を振るうがしっかり視認されていたので簡単に防がれてしまった。
はっきり言ってジェルフォは強い。判断能力、戦闘の運び方、武器を取り扱う腕、どれを取っても一流と言えるほどだろう。抑えているのかもしれないが身体強化の魔法がもっと強ければ良い勝負が出来たかもしれない。
雪にもエールを貰った手前、慣れていない棒だからと無様を晒すわけにはいかないのでもう少し身体強化を強める事にした。これで、ジェルフォにまだ余裕があるのなら更なる彼の実力が見えるだろう。
「くっ……」
さっきまでとは段違いに速さの増した俺の振り下ろしに目を見開くと、棒を受け止めたジェルフォがその威力に表情を歪めた。僅かに態勢が崩れた事により反撃が遅くなると、俺の攻めの一撃を再び受ける事となる。
「くぁぁっ!」
ただの棒を力任せに振り下ろしているだけだが、結構強めに力を入れているので打ち合う度に棒がミシミシと音を立てている。避ける事もせず真っ向から受け続けるジェルフォの額には汗が吹き出し、俺の繰り出す棒に対応するのに一苦労している模様。
獣人は元々身体能力に優れた種族だ。元来の身体能力に加えて、不得意ながらも身体強化の魔法を使われると並みの人間では太刀打ち出来ない者が殆どだろう。
──鍛錬された獣人とは恐ろしいものだな
だが、自分で言うのもなんだが、俺はそこらの人間に負けるつもりは毛頭無い。ジェルフォも獣人の中では上位の強さを誇っていそうな感じはするが、それでも属性竜の力まで取り込んだ俺を抑え込む程ではない。
「どうした?もう終わりか?」
「まぁだまだぁっっ!」
気合いと共に再び攻撃に転じるジェルフォ、振り上げた棒を受ければ何のつもりか知らないが鍔迫り合いのようにして棒同士が交差したまま押し合いの力比べが始まった。体格差からすれば俺なぞ一捻り、しかし俺にはそれを補えるだけの魔法が使える。
身体強化を更に強め気合いを入れ直したところで至近距離に突き合わせたジェルフォの表情がおかしい事に気が付く。
「ハーキース卿、貴方を見込んでお願いがあります」
歯を食いしばり額に浮かべた汗を流しながらも、迷いのある曇った表情で俺にしか聞こえない小さな声で語りかける虎の獣人。
「お願い?」
もしかしてそれが言いたくて俺との戦いを希望したのかと思いつつも、奴隷として飼われているジェルフォが一番自然に思いを打ち明けられる形だと理解し、力が拮抗していると見えるように少しずつ位置を移動しながら彼の話を聞いた。
「あの男は密売人と繋がっている。奴を止めたからといって大森林から攫われて来る者が減るわけではないが、我々の生活を犯す者達の事を断じて許す訳にはいかないのです。
奴はただ金を払うだけなのかも知れないが、奴のように密売人から獣人達を買い取る者がいなくなれば密売人達の勢いも治まっていく事でしょう。
獣人の戦士であるにも関わらず不覚にも人間に捕まってしまった私はどうなっても構わない。だが人間との協定を守り大森林から出てもいないのにも関わらず無力な娘達が不条理にも蹂躙される姿を見るのは我慢ならんのです。
人間の法では獣人の密売は売る方も買う方も重い罰が与えられると聞きました。だからお願いです。奴の密売を暴き、奴に正義の鉄槌を……」
静かな怒りの篭った目で真っ直ぐに俺を見つめるジェルフォは獣人の戦士として人間に捕まった事が相当に悔しいのだろう。これほど優秀な奴を捕まえたのがどんな奴なのか会ってみたくもあるが、まぁそれはいい。
彼の純粋な思いには共感出来るし救えるものならジェルフォも含めてこの館にいる獣人達を救ってやりたいとも思うが、はてさてどうやって密売などと言うものを暴いたら良いのやら……頭のキレるイオネですら密売人を捕まえるのには失敗しているしな。
それにしてもジェルフォは人を信用し過ぎ、つまりお人好しが過ぎるんじゃないか?今日初めて会った相手にそんな事を口走るとは軽率にも程がある。一般常識のある者でも、普通に無理って断るだろうが、下手をすればエルコジモにチクられて自分が無駄に殺される可能性だってあるはずだ。それが彼の言う「どうなっても構わない」と言うことなのか?
「お前……さ、馬鹿なの?何故俺が獣人の為に動かなきゃならないんだ?あのデブの密売を暴いて捕まえたとして俺になんのメリットがあるんだ?そこんとこ明確にしない限り「よし、任せとけ」なんて言う奴はいないだろ。
大体さ、会って三十分の相手にそんなこと打ち明けてさ、死にたいだけなわけ?せっかく楽しい相手だと思ったのに興醒めだよ。どうせ死にたいのならせっかくだから俺がこの手で殺してやる」
手に持つ棒に火魔法を付与させると棒が炎を纏い、それを見たジェルフォの目が見開いた。話を断られたショックと突然の魔法とで呆然とする彼の腹に蹴りを入れると、巨体が地面を滑って行く。
「レイ!?」
俺が何をするのか察したサラが驚いた顔をしているのを横目で見ながらジェルフォにかざした左手に魔力を送った。
力無く横たわるジェルフォを中心に炎の円が描かれると、そこから渦巻いた炎が立ち昇る。
「ぐぁぁぁぁぁっ!!!」
その場にいた全員が唖然として炎の柱を見つめる中、彼の絶叫が中庭を突く。エルコジモが愕然として口を開けたまま立ち尽くす様子に少々の笑いが込み上げたが、その脇に居た奴のお気に入り四人の青い顔を見るとそれも何処かへ行ってしまう。
パチンッ と指を鳴らすと炎は消え、中庭には静寂が訪れたが、慌てて駆け出したサラの足音だけがその場に響き渡った。
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
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領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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