黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
372 / 562
第七章 母を訪ねて三千里

25.犯罪を犯した者達

しおりを挟む
 奴隷と言うとどうしても悪いイメージしか湧いてこない。そんな俺がイメージした奴隷市場など、良いものの訳がない。
 暗くジメジメとした地下にある鉄格子嵌る部屋に入れられた十人くらいの首輪を着けられた人々が身を寄せ合って震えているのを見て回る、そんな感じだと思い込んでいたのであまり気が進まなかった。

 だが着いた建物はどこかのお屋敷のような四階建ての広い建物で、場所間違えてない?と不思議に思うほどだった。

「お兄ちゃん、どんなのイメージしてたの?」

 魔導車から降りポカンと建物を見上げる俺を呆れた顔して突ついたモニカは、腕を取ると「早く行こう」と建物の入り口へと引っ張って行く。

 五段程の階段を登ると、普通の家にしては大きな扉の横で待機していた簡易的な貴族服のような格好の二人の兵士が俺達に一礼して扉を開けてくれる。

「ようこそおいでくださいました。イオネ姫様御一行でございますね?お話は伺っております、本日は当店をご利用くださいましてありがとうございます。奥の方でお茶のご用意がありますので、こちらへどうぞ」

 通されたのは貴族の部屋かと思うほどの高そうなソファーとテーブルの置かれた部屋で、エレナがしているようなファッション性のある首輪を着けた女の子がワゴンにお茶の用意をして待っていた。

 進められるがままに三人掛けのソファーに分かれて座ると女の子がお茶とお茶菓子とを並べてくれたので、せっかくなのでと口を付けたところでノック音がし、二人の男が部屋に入って来る。

「姫様のご来店、パーニョン奴隷商会一同、心より感謝致します。姫様には失礼かと存じますが人数の関係上、上座に座らさせて頂きます」

 そう言って唯一空いていた一人掛けの椅子に座ったのは三十歳くらいの英気に満ちた目をし、白シャツに上等なズボンの爽やかな印象の男。その喋り方といい、雰囲気といい、やり手の若き商人といった感じか。
 その斜め後ろに立った男は、物腰の柔らかそうな座った男とは正反対の護衛のような鋭い感じで、白毛混じりの黒髪をオールバックに纏めた四十を超えたくらいの上級冒険者の風格のある執事風の男。

「社交辞令など要らんよ、久しいなバスチアス。景気も良いようで何よりだよ」

「ハハハッ、これはこれは恐れ入ります。姫様の意に反し、お陰様で商会は順調に利益を伸ばしております」

「私とて奴隷というシステムの全てが嫌いな訳ではないぞ?身寄りの無い者、途方に暮れた者達の最後の拠り所である貴様等は必要であるとは思っている。だがな、それが犯罪の隠れ蓑、ひいては悪党共の資金源になるのは我慢ならんのだよ」

「勿論心得ております。我が商会は困った人々の助けになる事で利益を得ているのです。自分達の利益を優先して自らが人々を困らせるなどあってはならぬ事、それは商会に登録する全ての商人に徹底しておりますのでご安心下さい」

 特に嘘の感じられない人を惹きつける暖かな笑顔でイオネを真っ直ぐに見つめるバスチアスと呼ばれた男。後ろに立つ男が同じ事を言っても信じられないだろうが、この男が言うと不思議とすんなり心に響いてくる。これが奴隷商会という人を扱う者の上に立つ男の力なのか?

「それで、本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?ご存知の通り我が商会はお客様のニーズにお応えする為、老若男女優秀な人材を多数揃えております。必ず皆様のご希望に沿った……」

 イオネのかざした手により「おや?」と不思議そうな顔をして言葉を中断したバスチアス。

「いや、すまない。今日は見に来ただけなのだ。この者は私の知人なのだが、奴隷というモノをあまりよく分かってなくてな。どこで得た知識なのかは知らないが良くないイメージしか持ち合わせてないので、現実というモノを見せたくてここならばと思い連れて来たのだ。
 建物内の見学だけでも良いか?」

「勿論でございます。諸々の事情で奴隷となってしまった者達がどのようにして第二の人生を歩み出すのか、それを手助けしている我々の仕事振りをご覧になれば奴隷という存在が決して忌避されるべき者達ではない事がお分かりになりましょう。それでは早速ご案内致します」



 連れて来られたのは重々しい感じを与える鉄製の扉の前、顔の辺りに覗き窓がありバスチアスが扉をノックするとそれが開いて中からギョロリとした目が覗くが、ハッとした様子ですぐに閉まると今度は扉が開かれた。

「地下に行く、鍵をくれるかい?」

 ガタイの良い強面の如何にもと言った男から鍵の束を受け取ると、部屋の奥に見えている鉄格子に差込みその扉を開けて振り向いた。

「まずハーキース卿のイメージ通りの連中が実際に居るのをお見せしましょう。奴隷と一重に言っても「それはさっき説明した、すまんな」……滅相もございません、お陰で手間が省けました。

 この先に居るのは犯罪者奴隷です。その犯罪者奴隷も二つに分けられ、謂れなき殺人をしたり盗賊団に加担したりと人々を苦しめた許されざる重犯罪者と、詐欺や窃盗といったまだ許される余地のある軽犯罪者とに分かれます。

 ここから先はお子様やご婦人方にお見せするには少々過激な所です。心に自信が無ければここでお待ち頂いても構いませんが、覚悟の程はよろしかったですか?」

 雪を抱っこすると「大丈夫だ」とイオネの返答で扉の先に歩き始めたバスチアスに続けば、暗くて狭い螺旋階段を地下へと降りて行く。
 しばらくすると再び鍵のかかった鉄格子の扉が現れ、それを抜けると隣にあった別の鉄格子に鍵を挿していた。再び狭い螺旋を降り鍵のかかった鉄格子を開けると目的地に着いたらしく、振り返り皆が降りてくるのを待った。

「地下二階、重犯罪者奴隷が居る場所です。通常の取引ではここにお客様が入る事はございません。何故ならばここに居る者達は既に物と言っても過言では無いので必要な人数だけが告げられ売買が成立すると、こちらで用意した鉄格子の馬車に揺られて鉱山等の人目に付かない隔離された職場まで護送されるのです。

 良いですか?鉄格子の前に白い線が引かれています、それ以上は近づいたら身の安全は保障しかねますのでくれぐれもご注意ください。この階の中などどれでも同じなので出来れば一つ目の檻の中を覗いたらお戻りください」

 話は終わりだなと、一人で歩き出したイオネに続き歩き出そうとするとティナとモニカが俺の手を取る。二人ともこの雰囲気だけで怖いのか若干引き攣った顔で苦笑いを浮かべている。たとえ襲われたとしても余裕で撃退するほどの魔法を扱えるのにと不思議に思ったが、逆に自分では魔法も碌に使えない筈の雪は平然としていた。

「おいっ!女だ、女がいるぞっ!!」
「うぉいっマジかよ、なんでこんな所に!?」
「しかもべっぴんさんばかりじゃねぇか、うへへっ」
「おい、お嬢ちゃん。もっと近くに来いよ、俺達と遊ぼうぜ?」
「何!?ほんとだ!良い匂いがする、良い匂いがするぜ!!」
「何だと!?見えねえっ見えねえぞ!?」
「なんて上玉なんだ、たまんねぇな」
「おいっ、こっち来いって!」

 覗いた鉄格子の中は牢獄のように暗く、五人の汚らしい服を着て頑丈そうな黒い首輪を着けられた男達が暇そうにゴロゴロしていたので部屋そのものも汚いように感じる。

 奴等は俺達の存在に気が付くと下卑た笑いを浮かべて鉄格子に飛び付いて手を伸ばし、まるで救いを求めるように女に縋りつこうとする。その騒ぎを聞きつけた他の檻からも手が伸び、一列に並んでいる鉄格子から無数の手が生え蠢いている様子は気持ちの良いものではない。それに加えて彼女達に向けて上げられる罵倒とも取れる声に恐怖し、怯えて、モニカとティナが ギュッ としがみ付いてきたのも仕方のない事だろう。

「恐らくハーキース卿のご想像の奴隷はこのような者でしょう?ですがこれは最下層の奴隷、あまりお見せ出来るモノではない事は見て頂ければ一目瞭然です。もう十分かと思いますので上へと参りましょう」

 バスチアスの声で引き返し階段へと戻ると、彼と一緒に部屋に来ていた執事風の男が扉の脇で立っており『あれ?居たの?』と思ったが気にせず階段を登った。



「さて地下一階軽犯罪者奴隷のフロアですが、ここにもお客様は入られません。ただ稀にモノ好きな方や人選をご自分でなさりたい方は足を運ばれることはございます。
 軽犯罪者奴隷は努力次第で更生を認められる事もある奴隷ですが、その実例はとても少ないというのが現実です。と言うのは、人間は一度楽な道を覚えてしまうと歯止めが効かなくなり、自分では駄目だと分かっていても楽をしようとする心理が働いてしまうのです。

 ここも先程と同じで白線より近付かないようにお願いします」

 そう言って今度は自ら先頭に立ち、牢屋とも言える鉄格子の部屋の前を歩き始めた。

 地下二階と同じ作りなのに内に居る人の雰囲気でこうも印象が変わるモノなのかと思い知らされるほど静かな地下一階は、奴隷の身なりも先程よりは全然マシで、綺麗とは言えないが一週間洗ってない服を着ている、といった程度だ。
 五人一組で部屋に居る奴隷達の表情は様々で、絶望感漂う顔や、明らかに暇だと訴える余裕そうな顔、中には目を瞑り瞑想に耽っている者もいた。

 俺達が遠巻きに中を覗きながら通って行っても声をかけてくる者も少なく、先程のような下品な言葉も掛からない。たまに良い暇つぶしくらいに思った奴が野次を飛ばして来るぐらいで静かなものだった。

「まぁ、見てもさして面白いものではないのでこのような感じと受け取って頂けたら私としてはそれで満足です。

 犯罪者奴隷は重、軽共に売買するのに特別な許可が必要となります。一番の要因としては人々を困らせた犯罪者を再び世間に逃がしてしまっては平和に暮らす民の生活が脅かされるからです。ですからそのような配慮をしつつ適切に取引の出来る者にだけ許可が与えられるのです。

 それぞれ厳選な審査が行われるのですが、私は重犯罪者、軽犯罪者の両方を取り扱う事をサルグレッド王国から許可を頂いて営業を行っております。
 その私を筆頭としたパーニョン奴隷商会が奴隷という身分に陥ってしまった人々をどのように扱っているのか、また、奴隷とはどのような存在なのかを見て頂く為に、まずは最上階である四階へと参りましょう」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

処理中です...