黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

11.天に代わってお仕置きよっ!

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「はいは~い、中庭はコッチだよ~」

 イオネの鋭い視線を受けつつ抱っこしていた雪をモニカに渡したと思ったらティナが俺の手を引いてオーキュスト家の屋敷を先導して歩く。
 到着したのは花や木など何も無い殺風景な中庭。二十メートル四方の空間は土の地面が硬く踏み固められており動くにはもってこいの状態、鍛錬場のような使われ方をしている空間らしく決闘をするにはうってつけの場所だな。

「ねぇサラぁ~、イオネは何で着替えに行ったの?」
「ご飯が沢山食べられるように運動するんだって」
「そっかぁ、ドレスじゃ動きにくいもんね。ところでさぁ、あの人は私と同じ獣人だよね?お友達なら紹介してくれなぁい?」

 俺達の自己紹介をする前に『表に出ろ』と喧嘩を売られて連れて来られたという事に今更気が付いたのだが、当の本人は “準備” と称して姿を消している。主役である彼女が欠けた状態で自己紹介してしまうのもなんだか可笑しな気がするし、火に油を注ぐような事はしたくないので待ち惚けするしか手がない。

 一方ご指名を受けたエレナは獲物を狙うかのように目を細めて見られた事に一瞬だけ ビクッ としていたが、向けられた視線に害意は無いと悟ったのか、自分からエマへと近付きベルの真似をして深く腰を折り丁寧にお辞儀した。

「私はエレナと言います。見ての通りウサギの獣人……って、うゎぉっ!?」
「エレナ姉さまぁ~っ!」

 顔を上げて話し始めた直後にエマがエレナに飛びかかり、両腕を首に回すと愛しいモノにするように頬を擦り寄せた。サラの二の舞となって押し倒されるところをエレナの得意な風魔法で宙に浮かぶと、二人の獣人が抱き合ったまま空中を漂うという光景にオーキュスト家側の人間は目を丸くしていた。

 獣人とは大半の者が魔法を上手く使えない。そんな中、人間でも魔法で宙を舞う事が出来る者はほんのひと握りしかいないだろうに、獣人であるエレナがそれをやってのけるというのは “奇跡” と呼べる事かも知れない。

「姉さま!空を飛んでるわっ!何これっ、すっごぉ~~いっ!!!」

 エマの歓喜する声に気分が良くなったのか、スピードを上げて右へ左へと気の赴くままに広い空間を縦横無尽に飛び回る姿を眺めていると、ようやく扉から出て来たお待ちかねのもう一人が呆気に取られて固まってしまう。

「イオネっ、やっほ~!キャハハハハハッ」

 背後からエレナに抱きかかえられる形へと姿勢を変えたエマは、広げた両手を翼に見立てて自分自身の力で飛んでいるような気分に浸っている。
 そんな時にイオネが戻り、自分の顔見知りが突然空を飛び始めたように見えてしまい思考が追いつけないでいたようだ。

「ちょっと!エマ!お前は何をしている!!」
「何って、空飛んでるっ!」

『そう言う事じゃないだろ』と、誰もが心の中で突っ込みを入れるセリフをサラリと言ってのけたエマは皆の心の内など知らずに空中遊泳を心から楽しんでいる。全く悪気を感じさせないこの子は普段から裏表のない恐ろしく素直な娘なのだろうと思う。
 それでも近しい仲の人間には伝わるモノもあったようで、その時初めてエマの背後にエレナが居る事に気が付き納得がいったらしい。

「一先ず降りてこい」

 イオネの一言で地上に降り立った獣人二人はとても満足げに互いの顔を見ると、久しぶりに会った友達同士のように微笑み合っている。

 未だ扉の前にいたイオネはそれを見届けると、ようやく歩き出す。

「着替える」と言い残して姿を消した彼女だったが、 “王族” と言う風格のあった美しいドレス姿から動きやすいラフな格好になっていた。

 薄い桃色の半袖シャツの上には短いケープが羽織られているのだが、肘までしかない丈なので動くのに支障がなさそうだ。髪の色に合わせた真紅の布地は艶々とした上質な物で、それだけで一般人とは違う高貴な風格を醸し出している。
 留め具には桃色の宝石が光り、その周りには白いファーが飾ってあってとても可愛らしい。

 主張の少ない大きなリボンが特徴的な白色のホットパンツからはほんのり日焼けした健康的なおみ足がスラリと伸び、それに合わせたハイカットの白いブーツはお洒落で履くものとは違い実用的な厚底になっており細かな傷が使い込まれていることを物語っている。

 体型、服装共に人目を惹きつける素晴らしい容姿なのは間違いないのだが、俺の興味を唆るのはそこではなかった。

 先程とは違い、左手に握る白塗りの鞘から伸びる剣柄には柄糸が規則正しい模様を描くように巻かれており、それが刀だと一目で分かる。
 ただただ貴族のお嬢様の癇癪に付き合うつもりでいた俺としては乗り気でなかった決闘だが、最初に見せた切っ先の静止技術と今持ち込んだ刀とを見て少しだけテンションが上がってきた。

「なぁ、一応確認なんだが、これは何の為にやるんだ?」
「不届きな貴様に天誅を与える為だ」
「イオネが勝ったら……」
「その時はお前に死が訪れているだろう」

 何のためらいもなく言い切る彼女の意志は堅そうだ。それほど友人を蔑ろにされたことに怒りを感じているという事なのだろうが、俺に勝つ気でいることに益々テンションが上がって行く。

「じゃあ俺が勝ったらどうするんだ?」

 空いている右手を顎に当てて考え始めたイオネは自分の勝利を確信しており、負ける心配など微塵も無いのだろう。

「その時はこの身体を好きにすればよかろう。だが、たかが騎士伯程度が由緒正しき我がオーキュスト家の人間に勝てるなどと思わぬ事だ。命乞いするなら今が最後だが後悔しないのだろうな?もっとも、命を取らぬとも四肢を切り落として人並みの生活など出来なくするがな。
 準備が良ければかかってくるがいいっ!」

 広場の中央で露わになった美しき刃紋、キチンと手入れされた刀身は照明の光を受け輝いてさえ見える。それを目にして頬が緩む俺とは真逆に、燃えたぎる怒りを押し込めた赤い瞳に笑みなどはない。
 真っ直ぐ切先を向けてくるイオネは気合い十分といった様子。しかし時刻はもう既に、いつ腹ペコクィーンが出動してもおかしくない頃合いを迎えているので、申し訳ないが今日のところはお手並みを拝見したらさっさとカタを付けさせてもらおう。

「お兄ちゃんっ」

 歩き出そうとした時を狙いモニカに呼ばれた。振り返れば雪を抱っこしたのとは反対の手を俺の肩に添え、背伸びをすると激励のキスをくれる。

「頑張ってねっ」
「トトさま、私も応援してます」

 エールをくれた雪の頬にキスをして、行ってきますと手を挙げると剥れたティナの姿が目に入ったが構わずイオネの方を向く。しかしそこには再び降臨した般若面に存在を主張するように青筋が脈打っている。反射的に ビクッ! としてしまったがここは退いてはいけない場面、ちょっとだけ怖いのを我慢しながらイオネの前まで行くと気持ちを落ち着かせるために朔羅を抜いた。

「別れは済んだようだな。心置きなくあの世に逝くがいいっ!」

 言い終わった瞬間に動き出したイオネ。この間の魔族ほどではないにしてもそのスピードは目を見張るものがあり、冒険者ランクB以上の実力があるのがすぐに分かる。

 響き渡る剣撃音、だがそれが連続することはなかった。なかなかに力強い打ち込みではあったが、防いだ時点で無理だと悟りそうなものを力任せに押し切ろうとしてくる。
 最初から首を狙って来る辺り彼女の怒りは本物のようだ。しかも初撃を防がれた事に イラッ と来たのか青筋がもう一本増えたのが間近で見えてしまい内心『おいおい』と思ったが敢えて口にはしなかった。

「少しは出来るようだなっ」

 俺の首元で交差したままのイオネの刀と俺の朔羅。そのまま首を取ろうと力任せに押してくるが、頭一つ分の距離に迫る見るも無惨に歪み切った美人顔が面白くて力が抜けそう。
 見開かれた赤い瞳には殺意の炎を揺らし、噛み締められた白い歯は軋み音を響かせる。しかしなんと言っても ピクピク と主張する青筋が気にしないようにと思っていても視線を奪い、せっかくの姐御風美人が台無しで勿体ないと思いつつも人間の顔はこうまで変化するものかと笑えて来るのだ。

「頼むっ、その顔を止めてくれ」

 思わず出てしまった一言は火に油を注いだだけ、怒りのボルテージを引き上げるのに強力した形となる。
 イオネを包み込むようにして燃え上がる赤いオーラ、そんな幻視が見え始めたかと思えば、拮抗していた筈の刀に更なる力が加わり無理矢理押し剥がされた。


「貴様に好かれる為の容姿ではないっ!さっさと死ねぇ!!!!」


 怒りとは力を引き出すトリガーの一つだとは知っていた。
 感情のままに打ち込んでくるイオネ、刀は更に鋭さを増しスピードもパワーも上がっているように感じられる。長いポニーテールを揺らし一心不乱に刀を叩きつけてくるが、俺が期待した闘いとはこういうものじゃない。

 “感情のコントロールを失ったら負け” ユリアーネが教えてくれた事が今のイオネを見ているとよく分かる。彼女は恐らく普段以上に力も速さも出ているのだろう。だがそれと引き換えに “技” と言えるものが全く見受けられず、子供が棒切れを振り回しているようにしか思えない。
 心の弱い俺が言えた義理ではないかもしれないが、やはり彼女の教え通り戦闘中は心を乱してはいけないのだ。

「なにっ!?」
「怒るのも分からんでもないが、もう少し冷静になったらどうだ?」

 イオネの斬撃を小さな風壁で止めてやると、金属である朔羅とは全く異なる柔らかな感触に驚きその動きが止まってしまう。実戦でそんな事をすれば致命傷になるぞと心の中で呟きつつも、イオネが反応出来るであろうスピードで今度は俺から打ち込み始めた。

「くぅっ……」

 スピードよりもパワーを重視し力量を分からせる為の打ち込みを続けるが、多少なりとも冷静さを取り戻したイオネは歯を食いしばって負けじと朔羅を捌いていく。

「魔法は不得意か?」

 その直後、言われて思い出したかのようにイオネの背後に三本の火矢が浮かび上がったので、一旦後退すると、それに合わせて飛んで来た火矢を三本同時、一撃の元に打ち払った。


 どうやら彼女は負けず嫌いな性格のようで、『魔法を使いこなせる』と誇示するよう続けざまに拳大の火球がバンバン飛んで来るので、なんだか危険な感じがして入り口とは反対の壁に背を向けるよう位置取りすると、念のためにこの中庭に風壁を張り巡らせておく。

 火矢、火槍、火球と火魔法のオンパレードかと思いきや、刀に纏わせた風の刃も飛ばしてくる。威力はそれほどではないにしても、なかなかに連射力もあり『ランクA確定』などと勝手な評価をしていたら、驚く事に氷の槍まで飛んで来た。

 魔法で氷を作るには火魔法をよく理解し使いこなさなければいけない。火魔法は熱量をコントロールする魔法なのだが、火とは “熱いもの” という連想がすぐ出来るよう温度を高めるのは比較的容易だ。だがそのイメージが先行し過ぎて火魔法で “温度を下げる” というのは難しいことなのだ。

 魔法とはイメージを形にするもの、逆に言えばイメージ出来なければ形にはならない。

 氷を作るのにも長い鍛錬が必要だろうが、それを戦闘で使うとなるとかなりのセンスと努力が必要になる。剣の腕は見られなくて残念だったが、強者たる魔法を見せてくれただけでも取り敢えず満足だ。

「ハァハァハァハァハァハァ……」

 魔力を使い過ぎたのか、氷槍を撃ち終えたイオネは右手を添えた左手を俺に突き出したままの格好で肩で息をしている。
 しかし、そろそろ終わりしようかと思った時、今まで大人しかったソイツはとうとう桃色の唇を割り禁断の呪文を唱えてしまった。

「……お腹空いた」

 空気を読まない発言にオーキュスト側の面々は唖然としたが、俺達サイドからは「早く!」と急かすオーラが湧き出たのは言うまでもない。

「リリィっ、分かった!分かったから後五分……いや三分待ってくれ」
「……んっ」

 腕を組み、仁王立ちの金髪娘は指を トントンしながらも俺の懇願に同意を示してくれる。モンスターが暴れ出す前に早いとこカタを付けないとだが、これってどうやったら終わりになるんだ?

「三分で終わらせる、だと?」

 既に疲労感が漂うイオネだが、負けず嫌いっぽい彼女は俺の一言で再びスィッチが入ってしまったらしく、ヤベッと思ったのは後の祭り。

「ならば三分経つ前に貴様が消えて無くなるがいいっ!!」

 やはり魔力が尽きてきているようで、魔法ではなく刀を振り上げ切り掛かってきた。毎日鍛錬している俺達とは違い、貴族のお嬢様があれだけ魔法を連発出来れば上出来だろう。それでもプライド一つで動き続けるのは、もう流石としか言いようがない。

 迫る刀を朔羅で弾き返すと、それに耐えられず刀ごと手が上がり姿勢が崩れた。それでも足を一本退いて力を込め直すと、円を描くように刀を戻して下段から斬撃が襲いかかる。

「なっ、なんだと!?」

 その斬撃を弾いたのは朔羅ではなかった。

 突如二人の間に現れた透明な壁、リリィの結界魔法メジナキアに刀を弾かれつつも目を見開いてそれを凝視するイオネは驚愕の表情を浮かべると、全ての思考が停止したかのように両手で握る刀に身体全部を持って行かれて背後に飛ばされ地面を滑る。

「エレナ!おやつ!」
「はぁ~いっ」

 鞄から取り出したカップケーキをすかさずリリィの口に叩き込んだエレナに『グッジョブ!』と親指を立てれば、ウインクしながら同じように親指を返してくれる。
 思いのほか早かったリリィの限界、三分ってのは万国共通の筈なんだがと思いつつも腹ぺこモンスターには常識など通用しない。いつからこんなのに変わり果てたのかは分からないが、夢の中に引き篭もっているよりかは百倍マシだ。


バンッ!


 倒れ込んだままのイオネの手を取り立ち上がらせて、今日の所は引き分けとして後日再戦の約束をする。そんなシナリオを思い描いて歩き出した時、入り口の扉が壊れそうな勢いで開け放たれると所々汚れた白いコックコートを着た小柄な女の子が両手を腰に当てて頬を膨らませた。

「こんな所で遊んでないでさっさとご飯食べなさいよ!サラが来るって聞いたから頑張ったのに、せっかく作った食事が冷めてしまうわ!!」



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