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第六章 ダンジョンはお嫌い?
72.これからの予定と後始末
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「ハグッ!んぐっんぐっんぐっ、んっ、コレも美味しいっ!」
観光ついでに町をぶらついた後、この町に来た時にミカエラに紹介された宿へと向かった。なんでも昨日もここに泊まったらしく、食事も食べ放題だというのでミカエラも連れて来たら目を輝かせてここぞとばかりに食べ始めたのだ。
「おい、ミカエラ。もっとお淑やかに食えないのか?ベルが真似し始めたらどう責任取るんだ?」
聞こえないフリして一向に食べるのを止めようとしないミカエラには今は何を言っても無駄だと悟る。
「なぁベル、やっぱりこんなの置いておいて、俺達と一緒に来ないか?」
鶏の姿焼きに頬を緩ませていたベルは、ミカエラとは違い一旦フォークを置くと残念そうな表情を浮かべて首を横に振った。
「お誘い感謝します。ですが、ご存知の通り、私はここでしか活動する事が許されない身体です。皆様と共に居たい気持ちは山々ですが、それでもミカエラ様をお一人にする訳にも参りませんので申し訳ございません」
座ったままでも丁寧にお辞儀をする姿は教養のあるお嬢様のようだ。どこかの粗野な地竜様とは大違い……どうしてこうなった?
「そんなにベルの事が気に入ったのなら、ベルもお嫁さんにしたら?」
白いフワフワとしたパンに挟んだ蒸し鶏を頬張りつつ驚き発言をしたモニカの顔は悪戯心たっぷりだった。
ベルは雪と同じ意味で “気に入っていた” つもりだったのだが側から見たらそんな風に見えてたのかな……だとしたらみんなに悪い事してたなと思い横に座るサラを見ると『心配しなくても分かってるわよ』と、ニコッ と微笑んでくれたので一安心する。
「それは置いといてさ、この町でやることは終わったのよね?ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「お願い?」
蜥蜴の肉という変わった食材を使ったサラダを食べていたティナがフォークを置くと今度はモニカが話し始める。
「アルさん達には賛同してもらったんだけどね、この先、魔導車で一日半程南に下った所に私達の友達がいるのよ。ほら、私達って四人グループだったって言ってたの覚えてる?最近はなかなか王都にも来れないみたいで、もう何年も会ってないの。せっかく近くまで来たのならって事でお兄ちゃんさえ良ければ会いに行きたいんだけど、ダメかな?」
そんな事ならと二つ返事でオッケーするとモニカは勿論、ティナとサラも喜んでくれた。だが一つ心配な事がある。それは俺が三人を妻としたことだ。
正式には教会で式をしていない以上まだ “妻” ではないのだが、婚約を破棄するつもりはサラサラないので俺の中では既に妻という事になっている。 “婚約者” よりも “妻” のほうが響きが良いという個人的な観点からなのだが、妻と言ったら妻なのだ。
まぁ、それは置いておいて、俺達の中では浸透してしまい違和感など既に感じられないが、人間の常識的に一人で複数の妻を持つという事は異常なのだ。その事が頭を過るとチクチクと胃が痛くなるが、それは俺が選んだ道なので受け入れるしかない。
既に耳にしている可能性もあるが、その事実を知った時、俺はその娘と仲良くしてもらえるだろうかという心配だ。三人の妻の親友、出来ることならば良い関係が築けるようにと祈るばかりだ。
そんな事を顔には出さずに考えていると、隣から無造作に骨に付いたままで美味しそうな色に焼かれたカエルのモモ肉が口の前にやって来た。
差し出した本人も反対の手に持った同じ物にかぶりついており、口の周りを脂で光らせている。その薔薇色の瞳からは『頑張れよ』とエールを送ってくれているように感じられた。
「ありがと、リリィ」
考えても仕方ないかとリリィの真似をして勢いよくかぶりつけばカエルの肉なのに意外とジューシーで脂が滴り落ちた。彼女の口の周りがテカテカになるのも頷けると言うものである。
「ねぇ、私も行きたいとこあるんだけど寄ってくれない?」
綺麗に骨だけになったカエルの大腿骨を振りかざしリリィまで寄り道を希望して来た。珍しく意見したのに驚いたが、それ以上に驚いたのはその骨。行くのは構わないんだが食べるの早くねぇ!?ついさっきまで齧り付いてたよね?
お行儀悪く人を指す骨を取り上げると、手を拭き、口元のテカテカも拭ってやると、取り敢えずでコップを持たせておいた。
「んで?リリィはどこに行きたいんだ?」
「《クレルトル》よね?」
コップに口を付けたところで代わりにサラが答えると、リリィは中身を飲みながら『それ!』と指を指して応える。
「クレルトル?」
「旧スピサ王国の跡地にある町よ。レイ、勉強不足じゃないの?王宮自体は片付けられて大きな公園になってるって話だけど、末裔としては見に行きたいって事じゃないの?」
コップを傾け中身を口へと流し込んだリリィは頬を膨らませたまま顔を戻すと、解説してくれたティナに向けて再び『それ!』と指を指す……お行儀がよろしくない。
「行くのは良いんだけど、それも道中にあるのか?別の方向?」
「ここティリッジからは南南西の方角になります。魔導車なら半日と言ったところですね。クレルトルから《アンシェル》までは南に向かって一日程で到着出来るでしょう。ちなみにアンシェルは港町ですよ、レイ様」
アンシェルというのがティナ達の友達がいるという町らしい。 “港町” とわざわざ強調したコレットさんの意味深な笑顔が怖い……何かを企んでいる、そう如実に伝えてくるが、残念ながら何を企んでいるのかまでは俺には読み取れない。
「そうよ、お兄ちゃんっ!海よっ!」
「海ですかぁ!?あっ、水着買わないとですねぇ。可愛いの選んでくださいね、レイさんっ」
水着……そういう事かと恐る恐るコレットさんに視線を送ると満面の笑みを浮かべてペロリと舌舐めずりをするので背中に ゾクリ としたものが走って行った。メイドだからと一歩離れて見ていられるよりは良いが、両極端なんだよな、この人。
「ウェーバーいっぱい借りてみんなで競争とか面白そうじゃない?」
両手を胸の前で合わせ キラキラ と輝く目をした青紫色の瞳の乙女は、既に海の上で一人で爆走を始めているのだろう。まぁ、やり過ぎなければ楽しめるだけ楽しめばいい、前回の事で反省はした筈…………筈だ。
「そういう訳だ。明日の朝、俺達はティリッジを発つよ。ミカエラとベルはこの町に残るのか?それともダンジョンに戻る?」
比喩では無く、本当にポッコリと膨らんだ出産間近の妊婦のようなお腹を撫で回し、苦しそうにしながらもデザートに目が行っていたミカエラは自分に話題が振られて ギクッ とすると、慌てて視線を向けて来る。
「しばらくはダンジョンに戻るよ?せやけど兄さんとの約束もあるさかい、ベルを連れて町に出んとあかんなぁ。ベル目当てに変なのが寄って来そうで心配やけど、タチの悪そうなのは粗方兄さんが片してくれはったから少しは安心出来るわぁ。ありがとぉさん」
ペコリと頭を下げた珍しいミカエラは、言わばこの町の創始者。この町のチンピラ共を掃除した事に対して少なからず感謝してくれているようだった。俺としては売られた喧嘩を買っただけなのだが、それが結果として町の人の役に立てたのならそれはそれで嬉しい事だな。
「そうか、まぁこんな時間だ。今日はここに泊まって行ったらどうだ?」
「ええん!?なら、今日も一緒に……」
目を輝かせて立ち上がったミカエラの頭に、隣に座っていた青筋を浮かべたティナの手刀が叩き込まれたが、それでもめげずに頭を押さえつつ俺に期待の眼差しを向けて来る。タプンと揺れる、どうなっているのか不思議でならない謎のお腹が俺の手を誘うが、今触りに行くのは彼女の誘いに乗ったと捉えられかねない。
「今日はわったっしっのっ番なんですぅ!昨日はあくどい作戦で仕方なく譲りましたが、二日連続とかっ!あっりっえっま~~せんっ!」
いつの間にかミカエラの背後に回り “譲らないから座れ” とムキになって肩を押さえ付けるエレナに対し “今日を逃すものか” と意地になって立ち続けようと頑張るミカエラ。そんな二人の拮抗した意地の張り合いは、再び振り落とされたティナの手刀によって敢え無く決着を迎えた。
▲▼▲▼
「ねぇ、レイさん」
エレナと二人で部屋に入ると、早速お風呂へ向った。「今日は逆」そう言われてエレナが湯船に入ると俺はその前に座らされたのだ。つまり今日は俺がエレナに背後から抱きしめられている形となった。背中に当たる柔らかな感触が俺の意識の殆どを奪って行く中、耳元で囁かれたエレナの声に応えた。
「ミカエラさんとの夜はどうでした?」
何を聞くんだと一瞬驚いたが、女のエレナが聞きたいのは “身体の具合” とかそういう事ではない筈だ。彼女が聞きたい事が何なのかサッパリ分からず、どう答えたら良いのか迷ってしまうとクスリと笑われた。
「レイさんはやっぱりエッチですよねぇ。あ、それがダメとかじゃないんですよ。ただ、好きでもない人と過ごす夜ってどうなんだろうと不思議に思っただけなんです。私はやっぱり愛がないと嫌なので、レイさんに捨てられてない限りレイさんとしかしないと思います。レイさんは私をずっと愛して下さいますよね?」
「もちろん」とハッキリと答えて唇を求めて首を回すと、甘い吐息が漏れるほどの濃厚な口付けを交わした。
「レイさん……レイさんは私達の中で誰が一番好きなのですか?やっぱり今のところ唯一の妻であるモニカさんですか?それとも一番綺麗なサラさん?それとも元気いっぱいのティナさんですか?それとも生まれた時から一緒のリリィさんですか?
それとも……私ですか?」
俺の脇から回した手に力が込められ首筋に顔を埋めると小さな舌がチロチロと刺激を与えてくるのでゾクゾクとしたものが背筋を走っていく。
「一番とか……みんな同じだけ大好きだよ」
「そこは私って答えるところじゃないですか?レイさんはケチですねぇ……でも正直で嬉しいです。でもでもっ、今は……二人きりの夜の間だけは私を一番好きでいて下さい」
「あぁ、もちろんっ。愛してるよエレナ」
「私も愛してます……レイシュア」
再び熱い口付けを交わすと耳元で「今日は私からしてあげます」とエレナの甘い声が聞こえる。すると胸にあった彼女の手が スススッ とゆっくり焦らすように俺の下半身へと降りて行った。
▲▼▲▼
気が付くと冷たい床に正座をさせられていた。
目の前には黒いレースの天蓋が垂れ下がるベッド、その端に手も足も組んで ムスッとした顔で座る黒いシースルーのネグリジェに黒い下着姿のセクシーな黒髪の女が俺を見下ろしていた。
「レイシュア……言うことはないの?」
うわぁ、またこのパターンだよ。俺ってば何したっけ?などと考えていると朔羅の細い眉が ピクッ と動いたのが分かった……ヤバイ。
「何したっけ、じゃないよね?忘れたとか酷くない?大体さぁ、レイシュアが助けてって言ったから力を貸してあげたのに、お礼も無しにポイ捨てとか酷くない?人としてどうかと思うけど?」
朔羅が足を組み替えるので、ちょうど目線の高さにある黒い下着に釘付けになると、いつのまにか握られていた白いハリセンが振り下ろされパコーーンッ!と軽快な音と共に衝撃が走る。
「いてっ」
「ちょっと聞いてるの?僕は真剣に抗議してるんだけど?エロいことなんてオアズケだよっ、オアズケ!」
朔羅が不服を訴えるのは水壁を抜けてモニカの顔が見えた時、白結氣と共に朔羅も手放しモニカ達に抱きついたからだろう。もちろん捨てたつもりはさらさら無いのだが、キチンと仕舞わなかったという事は彼女的には捨てたのと同義だと言う事らしい。
「そんなつもりはありませんでした。ごめんなさい」
膝の前の床に指を揃えた手を着き、床に額が着くまで深々と頭を下げた。師匠に教わった最上級の謝罪の体勢、身体が小さく折り畳まれて辛い姿勢ではあるが、それだけ反省していますと示しているのだそうだ。
何も応えない朔羅の前でしばらくそうしていたが、辛さが我慢できなくなり頭を上げようとすると再びハリセンで殴られる。
構わず頭を上げて朔羅を見ると プイッ とそっぽを向いてしまった。
「朔羅、モニカ達を助けてくれてありがとな。本当に感謝してるよ」
「今更遅いよっ!」
ご機嫌斜めな朔羅の隣に座ると身体ごと俺の反対を向いて座り直してしまい、それだけでは許せないと如実に語っている。
「あの時は咄嗟だったんだ、もうしないよ。ごめんってば……なぁ、機嫌直してくれよ」
俺とは反対を向く朔羅の頬に手を当て少しだけ力を入れると抵抗も無く向きが変わり、間近で黒い瞳を覗き込んだ。
そこから感じられるのは怒りより不安。自分は捨てられるのではないか、本当に必要としてもらえているのか、彼女はそんな事を考えているのではないだろうか。
そんな朔羅に俺の気持ちを分かってもらうには……と考えた時には既に身体は動き出しており、唇を重ねたままで指を絡めて両手を繋ぐと、そのままベッドに押し倒した。
「またそうやって身体を奪って僕を支配しようとする……」
「違うよ。俺の思考が分かる朔羅なら言葉よりこの方が俺の気持ちが伝わると考えただけだ。愛してるよ、朔羅」
そして、再び唇を重ねると気持ちが伝わったようで朔羅もそれに応えてくれる。
──ごめんな、朔羅
観光ついでに町をぶらついた後、この町に来た時にミカエラに紹介された宿へと向かった。なんでも昨日もここに泊まったらしく、食事も食べ放題だというのでミカエラも連れて来たら目を輝かせてここぞとばかりに食べ始めたのだ。
「おい、ミカエラ。もっとお淑やかに食えないのか?ベルが真似し始めたらどう責任取るんだ?」
聞こえないフリして一向に食べるのを止めようとしないミカエラには今は何を言っても無駄だと悟る。
「なぁベル、やっぱりこんなの置いておいて、俺達と一緒に来ないか?」
鶏の姿焼きに頬を緩ませていたベルは、ミカエラとは違い一旦フォークを置くと残念そうな表情を浮かべて首を横に振った。
「お誘い感謝します。ですが、ご存知の通り、私はここでしか活動する事が許されない身体です。皆様と共に居たい気持ちは山々ですが、それでもミカエラ様をお一人にする訳にも参りませんので申し訳ございません」
座ったままでも丁寧にお辞儀をする姿は教養のあるお嬢様のようだ。どこかの粗野な地竜様とは大違い……どうしてこうなった?
「そんなにベルの事が気に入ったのなら、ベルもお嫁さんにしたら?」
白いフワフワとしたパンに挟んだ蒸し鶏を頬張りつつ驚き発言をしたモニカの顔は悪戯心たっぷりだった。
ベルは雪と同じ意味で “気に入っていた” つもりだったのだが側から見たらそんな風に見えてたのかな……だとしたらみんなに悪い事してたなと思い横に座るサラを見ると『心配しなくても分かってるわよ』と、ニコッ と微笑んでくれたので一安心する。
「それは置いといてさ、この町でやることは終わったのよね?ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「お願い?」
蜥蜴の肉という変わった食材を使ったサラダを食べていたティナがフォークを置くと今度はモニカが話し始める。
「アルさん達には賛同してもらったんだけどね、この先、魔導車で一日半程南に下った所に私達の友達がいるのよ。ほら、私達って四人グループだったって言ってたの覚えてる?最近はなかなか王都にも来れないみたいで、もう何年も会ってないの。せっかく近くまで来たのならって事でお兄ちゃんさえ良ければ会いに行きたいんだけど、ダメかな?」
そんな事ならと二つ返事でオッケーするとモニカは勿論、ティナとサラも喜んでくれた。だが一つ心配な事がある。それは俺が三人を妻としたことだ。
正式には教会で式をしていない以上まだ “妻” ではないのだが、婚約を破棄するつもりはサラサラないので俺の中では既に妻という事になっている。 “婚約者” よりも “妻” のほうが響きが良いという個人的な観点からなのだが、妻と言ったら妻なのだ。
まぁ、それは置いておいて、俺達の中では浸透してしまい違和感など既に感じられないが、人間の常識的に一人で複数の妻を持つという事は異常なのだ。その事が頭を過るとチクチクと胃が痛くなるが、それは俺が選んだ道なので受け入れるしかない。
既に耳にしている可能性もあるが、その事実を知った時、俺はその娘と仲良くしてもらえるだろうかという心配だ。三人の妻の親友、出来ることならば良い関係が築けるようにと祈るばかりだ。
そんな事を顔には出さずに考えていると、隣から無造作に骨に付いたままで美味しそうな色に焼かれたカエルのモモ肉が口の前にやって来た。
差し出した本人も反対の手に持った同じ物にかぶりついており、口の周りを脂で光らせている。その薔薇色の瞳からは『頑張れよ』とエールを送ってくれているように感じられた。
「ありがと、リリィ」
考えても仕方ないかとリリィの真似をして勢いよくかぶりつけばカエルの肉なのに意外とジューシーで脂が滴り落ちた。彼女の口の周りがテカテカになるのも頷けると言うものである。
「ねぇ、私も行きたいとこあるんだけど寄ってくれない?」
綺麗に骨だけになったカエルの大腿骨を振りかざしリリィまで寄り道を希望して来た。珍しく意見したのに驚いたが、それ以上に驚いたのはその骨。行くのは構わないんだが食べるの早くねぇ!?ついさっきまで齧り付いてたよね?
お行儀悪く人を指す骨を取り上げると、手を拭き、口元のテカテカも拭ってやると、取り敢えずでコップを持たせておいた。
「んで?リリィはどこに行きたいんだ?」
「《クレルトル》よね?」
コップに口を付けたところで代わりにサラが答えると、リリィは中身を飲みながら『それ!』と指を指して応える。
「クレルトル?」
「旧スピサ王国の跡地にある町よ。レイ、勉強不足じゃないの?王宮自体は片付けられて大きな公園になってるって話だけど、末裔としては見に行きたいって事じゃないの?」
コップを傾け中身を口へと流し込んだリリィは頬を膨らませたまま顔を戻すと、解説してくれたティナに向けて再び『それ!』と指を指す……お行儀がよろしくない。
「行くのは良いんだけど、それも道中にあるのか?別の方向?」
「ここティリッジからは南南西の方角になります。魔導車なら半日と言ったところですね。クレルトルから《アンシェル》までは南に向かって一日程で到着出来るでしょう。ちなみにアンシェルは港町ですよ、レイ様」
アンシェルというのがティナ達の友達がいるという町らしい。 “港町” とわざわざ強調したコレットさんの意味深な笑顔が怖い……何かを企んでいる、そう如実に伝えてくるが、残念ながら何を企んでいるのかまでは俺には読み取れない。
「そうよ、お兄ちゃんっ!海よっ!」
「海ですかぁ!?あっ、水着買わないとですねぇ。可愛いの選んでくださいね、レイさんっ」
水着……そういう事かと恐る恐るコレットさんに視線を送ると満面の笑みを浮かべてペロリと舌舐めずりをするので背中に ゾクリ としたものが走って行った。メイドだからと一歩離れて見ていられるよりは良いが、両極端なんだよな、この人。
「ウェーバーいっぱい借りてみんなで競争とか面白そうじゃない?」
両手を胸の前で合わせ キラキラ と輝く目をした青紫色の瞳の乙女は、既に海の上で一人で爆走を始めているのだろう。まぁ、やり過ぎなければ楽しめるだけ楽しめばいい、前回の事で反省はした筈…………筈だ。
「そういう訳だ。明日の朝、俺達はティリッジを発つよ。ミカエラとベルはこの町に残るのか?それともダンジョンに戻る?」
比喩では無く、本当にポッコリと膨らんだ出産間近の妊婦のようなお腹を撫で回し、苦しそうにしながらもデザートに目が行っていたミカエラは自分に話題が振られて ギクッ とすると、慌てて視線を向けて来る。
「しばらくはダンジョンに戻るよ?せやけど兄さんとの約束もあるさかい、ベルを連れて町に出んとあかんなぁ。ベル目当てに変なのが寄って来そうで心配やけど、タチの悪そうなのは粗方兄さんが片してくれはったから少しは安心出来るわぁ。ありがとぉさん」
ペコリと頭を下げた珍しいミカエラは、言わばこの町の創始者。この町のチンピラ共を掃除した事に対して少なからず感謝してくれているようだった。俺としては売られた喧嘩を買っただけなのだが、それが結果として町の人の役に立てたのならそれはそれで嬉しい事だな。
「そうか、まぁこんな時間だ。今日はここに泊まって行ったらどうだ?」
「ええん!?なら、今日も一緒に……」
目を輝かせて立ち上がったミカエラの頭に、隣に座っていた青筋を浮かべたティナの手刀が叩き込まれたが、それでもめげずに頭を押さえつつ俺に期待の眼差しを向けて来る。タプンと揺れる、どうなっているのか不思議でならない謎のお腹が俺の手を誘うが、今触りに行くのは彼女の誘いに乗ったと捉えられかねない。
「今日はわったっしっのっ番なんですぅ!昨日はあくどい作戦で仕方なく譲りましたが、二日連続とかっ!あっりっえっま~~せんっ!」
いつの間にかミカエラの背後に回り “譲らないから座れ” とムキになって肩を押さえ付けるエレナに対し “今日を逃すものか” と意地になって立ち続けようと頑張るミカエラ。そんな二人の拮抗した意地の張り合いは、再び振り落とされたティナの手刀によって敢え無く決着を迎えた。
▲▼▲▼
「ねぇ、レイさん」
エレナと二人で部屋に入ると、早速お風呂へ向った。「今日は逆」そう言われてエレナが湯船に入ると俺はその前に座らされたのだ。つまり今日は俺がエレナに背後から抱きしめられている形となった。背中に当たる柔らかな感触が俺の意識の殆どを奪って行く中、耳元で囁かれたエレナの声に応えた。
「ミカエラさんとの夜はどうでした?」
何を聞くんだと一瞬驚いたが、女のエレナが聞きたいのは “身体の具合” とかそういう事ではない筈だ。彼女が聞きたい事が何なのかサッパリ分からず、どう答えたら良いのか迷ってしまうとクスリと笑われた。
「レイさんはやっぱりエッチですよねぇ。あ、それがダメとかじゃないんですよ。ただ、好きでもない人と過ごす夜ってどうなんだろうと不思議に思っただけなんです。私はやっぱり愛がないと嫌なので、レイさんに捨てられてない限りレイさんとしかしないと思います。レイさんは私をずっと愛して下さいますよね?」
「もちろん」とハッキリと答えて唇を求めて首を回すと、甘い吐息が漏れるほどの濃厚な口付けを交わした。
「レイさん……レイさんは私達の中で誰が一番好きなのですか?やっぱり今のところ唯一の妻であるモニカさんですか?それとも一番綺麗なサラさん?それとも元気いっぱいのティナさんですか?それとも生まれた時から一緒のリリィさんですか?
それとも……私ですか?」
俺の脇から回した手に力が込められ首筋に顔を埋めると小さな舌がチロチロと刺激を与えてくるのでゾクゾクとしたものが背筋を走っていく。
「一番とか……みんな同じだけ大好きだよ」
「そこは私って答えるところじゃないですか?レイさんはケチですねぇ……でも正直で嬉しいです。でもでもっ、今は……二人きりの夜の間だけは私を一番好きでいて下さい」
「あぁ、もちろんっ。愛してるよエレナ」
「私も愛してます……レイシュア」
再び熱い口付けを交わすと耳元で「今日は私からしてあげます」とエレナの甘い声が聞こえる。すると胸にあった彼女の手が スススッ とゆっくり焦らすように俺の下半身へと降りて行った。
▲▼▲▼
気が付くと冷たい床に正座をさせられていた。
目の前には黒いレースの天蓋が垂れ下がるベッド、その端に手も足も組んで ムスッとした顔で座る黒いシースルーのネグリジェに黒い下着姿のセクシーな黒髪の女が俺を見下ろしていた。
「レイシュア……言うことはないの?」
うわぁ、またこのパターンだよ。俺ってば何したっけ?などと考えていると朔羅の細い眉が ピクッ と動いたのが分かった……ヤバイ。
「何したっけ、じゃないよね?忘れたとか酷くない?大体さぁ、レイシュアが助けてって言ったから力を貸してあげたのに、お礼も無しにポイ捨てとか酷くない?人としてどうかと思うけど?」
朔羅が足を組み替えるので、ちょうど目線の高さにある黒い下着に釘付けになると、いつのまにか握られていた白いハリセンが振り下ろされパコーーンッ!と軽快な音と共に衝撃が走る。
「いてっ」
「ちょっと聞いてるの?僕は真剣に抗議してるんだけど?エロいことなんてオアズケだよっ、オアズケ!」
朔羅が不服を訴えるのは水壁を抜けてモニカの顔が見えた時、白結氣と共に朔羅も手放しモニカ達に抱きついたからだろう。もちろん捨てたつもりはさらさら無いのだが、キチンと仕舞わなかったという事は彼女的には捨てたのと同義だと言う事らしい。
「そんなつもりはありませんでした。ごめんなさい」
膝の前の床に指を揃えた手を着き、床に額が着くまで深々と頭を下げた。師匠に教わった最上級の謝罪の体勢、身体が小さく折り畳まれて辛い姿勢ではあるが、それだけ反省していますと示しているのだそうだ。
何も応えない朔羅の前でしばらくそうしていたが、辛さが我慢できなくなり頭を上げようとすると再びハリセンで殴られる。
構わず頭を上げて朔羅を見ると プイッ とそっぽを向いてしまった。
「朔羅、モニカ達を助けてくれてありがとな。本当に感謝してるよ」
「今更遅いよっ!」
ご機嫌斜めな朔羅の隣に座ると身体ごと俺の反対を向いて座り直してしまい、それだけでは許せないと如実に語っている。
「あの時は咄嗟だったんだ、もうしないよ。ごめんってば……なぁ、機嫌直してくれよ」
俺とは反対を向く朔羅の頬に手を当て少しだけ力を入れると抵抗も無く向きが変わり、間近で黒い瞳を覗き込んだ。
そこから感じられるのは怒りより不安。自分は捨てられるのではないか、本当に必要としてもらえているのか、彼女はそんな事を考えているのではないだろうか。
そんな朔羅に俺の気持ちを分かってもらうには……と考えた時には既に身体は動き出しており、唇を重ねたままで指を絡めて両手を繋ぐと、そのままベッドに押し倒した。
「またそうやって身体を奪って僕を支配しようとする……」
「違うよ。俺の思考が分かる朔羅なら言葉よりこの方が俺の気持ちが伝わると考えただけだ。愛してるよ、朔羅」
そして、再び唇を重ねると気持ちが伝わったようで朔羅もそれに応えてくれる。
──ごめんな、朔羅
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