黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

71.謝罪

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 腹の底から怒りが湧き上がってくるのが分かる。ドロドロとした黒い感情は湧き出た瞬間に俺の心に勢い良く拡がり、まるでそれは全てを呑み込み押し流して行く津波のようだ。

「魔族は……」

 魔族との戦いは俺の周りの人間に危害を及ぼす。

 フォルテア村を壊滅させユリアーネを殺したケネスに始まり、モニカを傷付けた盗賊団ブラックパンサーのボス、リーディネの町で戦ったペレはフラウを人質に取った。

──そして今、テレンスはティナを狙って移動を始めた


【(やはり、魔族など消えてしまえばいいっ!
殺せっ!殺せ殺せ!死ね死ね死ね死ね死ねっ!)】


【「テレンスゥゥゥゥッ!!」】


 憎しみを織り交ぜて吐き出された奴の名前は、怒りに任せて全力で振り切られた朔羅から発した風の刃に乗せて打ち出された。
 十メートルを超える緑色の三日月は、端に付着した黒いモノに侵食され色を変えながらもボタボタと血を流しながら尋常ではない速度でティナへと一直線に向かうテレンスの背後に迫ると、その色が完全なる漆黒へと染め上げられる。


「なんだとっ!?うゎぁっあっ、あぁぁぁっ!!!」


 全力で走りながらもドス黒い気配に後ろを振り返ったテレンスの驚愕する顔が見えた瞬間、黒い風の刃が胴を通過すれば、そこにこびり付いた闇が奴の身体を侵食して行く。


「何だ!?ぎゃぁああぁあぁぁぁ……」


 腹を中心に拡がる漆黒は奴の身体を分断した。それだけに留まるはずもなく、二つに別れた身体は地面に崩れ落ちる前に喰い尽くされ、断末魔もそこそこにテレンスという魔族そのものが消滅する。


──それは良かったのだ


 テレンスを通り抜けた虚無の魔力ニヒリティ・シーラに犯された風の刃はそのまま直進を続ける。
 向かう先には突然の事に驚き、表情を堅くするモニカ達。心に闇が溢れ返り完全に埋め尽くされてしまうかという瀬戸際で、その顔が遠く離れていたにも関わらずはっきりと見て取れた。

 瞬く間に展開された巨大な水壁によりみんなの顔が見えなくなる直前、俺の心を完全に支配しかけていた闇は急速に昇った太陽に照らされるようにして一瞬にして消えて無くなる。


「ヤバイ!?モニカ達がっ!朔羅ぁ!!!」


 心に巣食っていた闇から解放された瞬間、今、目にしていた筈の事態をようやく理解した。
 相棒である朔羅に助けを求めると同時に魔力で繋がったままだった虚無の魔力ニヒリティ・シーラと化した風の刃の操作に全身全霊をかけて行うが勢いが止まらない。

 最後の砦たる水壁と接触し、これから破壊が始まろうとした瞬間、朔羅が黒い光を強く放つのと同時に白結氣も眩いばかりの白い光に包まれる。
 ともすれば虚無の刃と繋がる細い細い魔力の糸を二つの光が争うように猛然と駆け抜けて行くのが感覚として分かった。


──たのむ!!


 一縷の望みを賭けて固唾を飲む。
すると次の瞬間、水飛沫を散らせて上空へと飛び出した漆黒の三日月。それが目に入った途端に形が崩れ去り、霧のように消えて行くではないか。


──みんなは?みんなは無事なのかっ!?


 全力で駆け寄りながらも気配探知でみんなが生きているのは確認出来た。だが、それだけではどうしても不安で、水壁の向こうにいる筈のみんなの顔が見たくて堪らない。

 水壁の支配権を無理矢理奪い取ると、魔法をキャンセルして消滅させるが俺の到着より遅い。風を纏い、思ったより分厚い水の中を突き抜けると、モニカの驚いた顔がそこにあった。

「お、お兄ちゃん?」

「モニカ!!無事でよかった、ティナもっ!」

 朔羅も白結氣も手放し ポカン とした顔で並んでいた二人に飛び付くと二人の間に顔を押し込め無理矢理に頬を寄せ、力の限りきつく抱きしめた。

「レイ、痛いっ!突然何なの?」

 何も答えず、ただ グリグリ と二人の頬を堪能すると涙が溢れてくる──俺が……俺自身がみんなを殺す所だった、無事で良かった。
 

 文句を言いつつもされるがままの二人から顔を離すと驚いた顔を二人共がしているのが目に入る。
 そりゃそうだろう。いきなり魔法が飛んできて、防いだと思ったら今度は俺が飛び出してきた。そしたらいきなり抱きしめられて、顔を離したと思ったら思ったで俺は泣いていたのだ。自分でも逆の立場だったら説明を求める……が、今はそれより己の欲求を満たしたい。

「ひゃうっ!」
「ちょっ……レイ?」

 同じようにエレナとサラにも抱き付くと、二人の存在を確かめるように グリグリ と頬を寄せた。優しいサラは理由も聞かずに頭を撫でてくれるし、エレナは自分の欲求に従い グリグリ とやり返してくれる。

「ちょっ、ちょっと……止めてよ?」

 引きつった笑顔で後退るリリィにも有無を言わせず強引に飛び付き、嫌がるのも気にせずに頬を寄せると『何だか分からないけど仕方ない』と諦めた感じでそっと抱きしめ返してくれた。


▲▼▲▼


「……と、言う訳なんだ。みんなすまない」

 雪を膝に乗せて キュッ と抱き、俺の真似をして頬を寄せて遊ぶ愉しげなベルに背後から抱きしめられる形で座った俺は、みんなに事の経緯を説明した。

「そうだったのね、噂を聞いて来てみたら何となく不味いのが飛んで来てる感じがしたから咄嗟に水壁を作ったんだけど、正解だったようね」

「正解正解、大正解だよ。アレが無かったら本当にヤバかった。ありがとう、モニカ」

「レイもまだまだ修行が足りないわね、私が稽古つけてあげようか?」

「ティナさんもまだまだじゃないですか。ちょっと新しい魔法が使えるようになったからって威張らないで下さいよぉ」

「はいはい、喧嘩しないの。私もだけどエレナももっと頑張らないとでしょう?」

「そうよ、サラ。もっと頑張りなさいよ?」

「リリィもな?師匠に勝てるようになるまで頑張ろうぜ」

「おい、レイ。そりゃまた大きく出たな」

 皆に笑顔が溢れるのを見れるだけで俺は幸せだ。故意ではないにしろ、この笑顔を消し去ろうとしてしまった自分には反省するしかない。
 失敗は誰にでもあるが、取り返しのつかない事もあるのだ。二度とこんなことの無いように小手先の技や魔法よりも、精神面の修行が必要だと痛感させられる出来事だった。


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