黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

55.昔々あるところに……

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「昔々、この世界には海しか有りませんでした。そんな何も無い、何者も居ない世界にやって来たのは《創造の女神》と《破壊の男神》。二つの神は互いの力を混ぜ合わせる事でこの世界に命を吹き込んで行ったのです。


 微笑み合う二つの神が互いの手を合わせると指を絡めて握り合いました。すると大きな陸地が海の底から競り上がり様々な植物が一斉に顔を覗かせ緑豊かな大地が出来上がったのです。

 握り合った手から眩いばかりの強い光が発せられると、出来上がったばかりの六つの大地を包み込みました。

 しばらくして大地に染み込むように光が消えて行くと、今度は逆に大地から光の柱が立ち昇ったのです。
 各大陸に一本ずつそびえ立ったそれぞれ色の違う六本の光の柱、やがて光は球となり更に形を変えると、各大陸の上空に一頭ずつ六色の竜が現れたのです。これが今でも存在する属性竜と呼ばれる存在です。

 そして創造の女神は竜達に告げました。

⦅貴方達にはこの世界を支える柱となってもらいます。その力を存分に使い、これから生まれてくる生命を見守り、時には助けてあげて下さい。私の子供達をよろしくお願いします⦆

 六頭の竜の見守る中、創造の女神が両手を胸の前で組んで目を瞑ると、小さな光の玉がシャボン玉のように大量に飛び出し、風に乗って漂うようにして大地へと降りて行ったそうです。
 その光の中に居たのは様々な種類の動物達、こうしてこの世界に初めての命が誕生することになりました。

 そしてにこやかに微笑む女神の肩に男神が手を置くと顔を見合わせて頷き合いました。

 再び女神の両手が光を放つと、柔らかく儚げな二つの光の玉が現れたそうです。その中に居たのは後に人間と呼ばれる事になる二神の分身のような姿をした動物。二つの玉は惹かれ合うようにくっ付くと一つとなり、やがて無数の玉へと分裂しました。
 そして六つの集団に分かれると、顔見せをするようにそれぞれの竜の元へと飛んで行き、やがて大地へと降りて行ったそうです。

 こうして始まった世界の営みは人間を中心に繁栄して行き、人間社会は陰ながら竜に見守られて栄華を極めて行くこととなりました。


 そして時は流れ事件は起こります……そう、今から遡ること二千年前、この世界をお造りになった二つの神は人間として転生し、皆さまが今居るこの街で子を育み幸せに暮らしていました。
 ですが、突如として破壊の男神の力が暴走を始めると、長い年月をかけて創り育ててきた世界を無へと還したのです。

 それを良しとしなかった女神は己の肉体が滅びるのも顧みず必死になって破壊の力に抗いました。その結果がこの無傷の街であり、無事とは言い切れないまでも消え去ることのなかったこの大地なのです。

 運良くこの街に居た人間以外の居なくなった不毛の大地に、力だけの存在となった創造の女神は再び生命の種を蒔きました。
 今度は一神であった為か、それとも他の要因が有ったからなのか、それ以前のような無害な動物ばかりではなく、現在でも存在する魔物と呼ばれるモノが大陸に広がることとなったのです。

 そこで困るのはこの街に生き残った百万の人間。何不自由の無い平和な世界に生きてきた人が突然危険な魔物が存在する世界に放り出されるのは想像を絶する恐怖だったことでしょう。

 彼等の使っていた科学という魔法を行使するための魔力は外部から供給されるモノだったようですが、それを断たれたことにより一切の魔法が使えなくなったようです。こうなると食料や水さえ満足に確保出来なくなり、やがて死者が出始めると、人々はある程度の集団を作り住みよい環境を求めて散って行くことを決めたそうです。


 そんな彼等を不憫に思い、女神は自身が存在していくために残されていた最後の力を分け与えました。
 それが今、皆様のお使いになる魔力です。

 魔力とは世界を支える六頭の竜の使い魔である精霊の力を間借りする為のモノ、つまり女神は人間という種族そのものの格を上げ精霊を行使する権限を与えたのです。

 それに伴い弊害も起こりました。
魔力というものに対する適性の格差です。

 大きく分けると三つのパターンになります。
適性の低かった者、適性の高かった者、女神の想定通りの適性だった者、です。

 現在の魔法が使えるようになった文字通り適性だった者が殆どで、新たな力を得た人間達はそれぞれで徒党を組み、魔法を駆使して新天地を目指しました。

 全体の一割と少数ながらも特別に適性の高かった者は後に《魔族》と呼ばれるようになり、強靭な力で新たな生活を始めました。

 三割ほどいた適性の低かった者は、魔力を魔力として操れない代わりに身体能力の高い肉体へと変化し、後に《獣人》と呼ばれる種族へと変貌を遂げると、その身体的特徴を生かして新たな生活を始めました。

 そして自分達の担当だった大陸を失った五頭の竜はこの大地に集まり、各地にそれぞれの居場所を決めると新生活を始めた人間達を見守ることにしたのです。

 こうして始まったのが、今、皆様が生活する世界でございます。

 そして余談となりますがレイ様の持つ虚無の魔力ニヒリティ・シーラは元々は破壊の男神の有する力、それを引き継ぐレイ様は二神の末裔、つまり神の血を引く方という事になります」


「お兄ちゃん、神様なの!?」
「レレレレ、レイさんが神様ですか!?」
「嘘でしょ!?」
「私は神様のお嫁さん!?」

 俺自身、開いた口が塞がらないという状態を体現していたにも関わらず、そんな事は『だから?』と跳ね飛ばす心の強い二人が呆れた顔して俺達を見ていた。

「別になんでもいいじゃない。レイがレイだというのに変わりはないわ」
「リリィお姉さまの仰る通りです。たとえ神様でも悪魔でも、トトさまはトトさまです」

 実際その通りだし、そう言ってもらえるのは嬉しい事だが、働き出した思考を巡らせると別に俺一人だけが神の末裔という訳では無い事に気が付いた。
 俺がそうだというのなら当然俺の兄であるミカ兄もそうだ。更に言えば俺の父や、ルイスハイデの血筋の人間は全てこれに当たるのだ。

 大体、王族の血筋と言われた時もそうだったが、それを聞いたからと言って何かが変わるわけでもない。それに気付かせてくれた雪を抱き上げるとグリグリと頬ずりをした。
 すぐ横でそれを見ていたリリィにもやろうと近付くと「寄るんじゃないわよっ!」と先に拒絶されてしまったので項垂れると、雪が頭に手を回し ヨシヨシ と慰めてくれた。


▲▼▲▼


「ねぇ、ベル……」

 鏡のように姿を写す大きなガラス窓に手を付き、それに写るベルを見ながらティナが呟く。

「はい、なんでしょう?」

 街を中程まで歩いた俺達はベルの衝撃的な話からも立ち直り、そろそろこの異質な建物群も見慣れてきた所だった。

「破壊の男神は何故突然暴走などしたのかしら?それに二神はどうなったの?力を使い果たした女神は死んでしまったの?」

「暴走の理由と男神がどうなったかについては不明です。
 創造の女神に関しては力が無くなった為に深い眠りについておいででしたが、千年程前に一度目を覚ましてみえます。そのときに産まれたのが皆様のよく知る《人間の女神エルシィ》と〈魔族の女神チェレッタ》です。
 当時世界を二分していた二つの種族が争う事の無いようにと、二人の女神を種族の代表とする為に創られたと言う話でございます。
 その後、創造の女神は再び眠りについたそうです」

 千年に一度目覚める女神……かぁ、それならばそろそろ目を覚ましていたりしてな。祖先と言うのであればお目にかかってみたいという好奇心は湧いてくる。

「それはそうと……この辺、なんか気持ち悪くない?なんか、こう……背筋がゾクゾクするような、そんな感じがしない?私だけ?」

「あらお嬢様、背中がゾクゾクと言えば “気持ち悪い” のではなく、 “気持ち良い” のではありませんか?」

 困った人ですねと言いたげな顔でモニカの背後に立つと、背中の下から上へと つつーっ と撫でるように指先を滑らせていく。
 一瞬、悩ましげな顔を見せたモニカだったが慌ててその場から飛び退くと背中から俺にぶつかって来たので、肩に手を置き受け止めると「キャーーーッ!」と大きな声で悲鳴をあげられた。

「お、おいモニカ?」
「もぉっ!ビックリさせないでよっ!」

 いやいや、ぶつかって来たのは貴女ですから……そう言おうと思った時、突然驚愕した顔で目を見開き、口に手を当てると カタカタ と見た目にも震えているのが分かる反対の手をゆっくり挙げて俺を指差してくる。

──俺?

 疑問に思うものの、モニカの視線が俺を向いていない事に気が付いた時、皆の様子がおかしくなったのが目に入った。

「うそ……うそうそうそっ!」
「あれって……あれってもしかして……」
「もしかしなくてもアレじゃないかしら?初めて本物を見ましたわ」
「アレって何ですかぁ?」
「無理なのですっ!無理なのですっ!無理なのです!!」

 振り向けばモニカが指を指していたモノが目に飛び込んでくる。
 ソレは十歳くらいの小さな女の子の姿をしており、黒髪のオカッパ頭に白いシャツと赤いスカートを履いている。それだけなら普通の女の子であったのだが、普通ではないから皆が一様に驚いているのだ。


 その女の子はなんと、半透明で向こう側にある建物が透けて見えるのだ。


「アレはかつてこの街に住んでいた住人だったモノです。世界が変わり果て、それに適応出来なくて肉体が滅んだにも関わらず、未練がましくこの地にしがみ付いているのです。
 あの様な存在は二千年経った今でもこの街に千体近く存在しています」

「に、に、に、肉体が滅んだって……つ、つま、つまり?」

 右手にはモニカが、左手はリリィにかつてないほど ギュッ としがみ付かれ若干両腕が痛いくらいだ。モニカとリリィはもしかしたら気が合わないのかと思っていたが、意外とそうでもなかったようで少しだけ安心した。

 ベルはそんな二人の目の前に ズイッ と迫ると、さっきまでの感情の篭らぬ仕事モードとは違い何処か愉しげに人差し指を ピン と立ててトドメの一言を言い放った。

「霊魂だけの存在ですね、言い換えると幽霊とかオバケと呼ばれる存在です」


「「キャーーーーーーーーーーーッ!!!!」」


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