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第六章 ダンジョンはお嫌い?
53.ベル
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「!!」
サイコロ状に切られたベーコンの匂いを嗅ぎ、口に放り込むと奥歯で噛み締めた。一度噛んだだけで溢れ出した脂、それに混じる肉の旨味に感動して目を丸くする。
どうやら食というものに欲が出てきたようで、フライパンで焼かれるベーコンに直接フォークを突き立てると、熱いのも気にせずに二つも追加して頬張るので両のほっぺがぷっくりと膨らみリスのよになっている。
それでも幸福絶頂といった顔でとても美味しそうに口を動かすので注意する気にもなれず、その様子を微笑ましげにみんなして見守っていると、何を思ったのか知らないが突然ベルモンテの真似を始めたエレナが膨らんだ頬を雪に触らせているではないか。
「お前……何してんの?」
呆れて見ていたが思わず声が漏れ『年頃の娘がはしたないぞ』と目で訴えかけたのだが『そんなことには気が付きません』とばかりに嬉しそうな顔してほっぺを指差し、俺にまで触れと合図してくる。
こちらもこちらであまりの笑顔に何も言う気になれず、仕方なしに催促に応じれば、それを見ていたベルモンテがあんなに幸せそうに食べていたはずの口を動かすのも忘れてそれを見つめている。物欲しそうな雰囲気にピンときて同じ事をしてやると、エレナに負けないくらいの嬉しそうな顔をしていた。
ベルモンテの無邪気さのおかげでいつもにも増して賑やかな夕食となった。デザートも食べ終わりサラもお疲れの事だし、そろそろ風呂に入って寝るかという時になって問題はやってきた。
「ベルモンテはミカエラと同じテントで良いよな?」
コクコクと可愛らしく頷くベルモンテに対してミカエラが渋い顔をしやがったのだ。
「ウチ、知らない人と一緒やと寝られへんわぁ……」
未だに自分の正体がバレてないとでも思っているのか、いけしゃあしゃあと “知らない人” とか言いやがる。みんなの冷たい視線を浴びてもビクともしないミカエラは、流石長いこと生きているだけあってかなり図太い神経の持ち主らしい。
「んな事言ってもテントはもう無いぞ?文句あるならミカエラは外、ベルモンテがテントでいいか?」
どんな展開を予想していたのか知らないが、そんな事を言われる想定は無かったようで、驚いた顔して アタフタ と意味不明に手を動かして慌てふためいている。
「ウ、ウチはええねんけど、ベル……じゃなかったベルモンテはええの?」
──ほぉ、ベルって愛称……良いね。いただきだっ!
「お忘れですか?私はゴーレムなのです。特に睡眠というものが必要ではありませんので、どのような扱いでも問題ございません。ミカエラ様の良いようにしてください」
「せっかく布団が余ってるんだし、ベルさえ良ければ布団というものを使ってみるのも悪くないんじゃないか?ほら、何事も体験だろ?
あと、ついでにさ、お風呂ってのも体験してみたらどうかな?流石に俺が一緒に入るわけにはいかないからミカエラが面倒見てやってくれよ、じゃあ頼んだぜ」
二人の猿芝居に付き合うのは些か面倒なので放っておけばいいだろうと思い、勝手にサクサクと決められて呆気に取られるミカエラを放置し、要らぬ抗議が来る前にさっさとコレットさんを連れて仲良く風呂へと向かった。
▲▼▲▼
「レイ様、おはようございますっ」
翌朝、テントから顔を出すとニコニコ顔のベルがすぐそこにいた。どうやら俺が出てくるのをずっと待っていたようだ。
「あぁ、おはよう。初めての布団はどうだった?」
そのために待ってましたとばかりに、昨日ミカエラと一緒に入った初めてのお風呂の話しに始まり、テントの魅力やふかふかの布団、初めて味わった睡眠など事細かに自分の感想を添えて話してくれた。
あまりにも興奮して熱弁するので『何事?』とみんなが集まって来て、全員でベルのお話を聞くこととなった。
どうやらベルの事を妹や娘のように思っているのは俺だけではないようで、自分の想いを熱く語る彼女を見るみんなの目がとても優し気で、綻んだ顔を向けて黙って耳を傾けていた。
「おいしぃっ!コレット様は料理の天才なのですか!?」
興奮冷めやらぬうちに朝食を取り始めると、食べたものに感動し、あっという間に再燃する。食べたもの、と言っても魚の切り身を焼いたものにスープとパンなんだけどな……。
ベルが産まれて何年経つのかは分からないが、少なくとも十年や二十年という単位ではないのだろう。そんな彼女が今、初めて触れる人間の文化というものに刺激を受け、多感な時期を迎えているようだ。
人間にとっては至極当たり前の事でこれだけ感銘を受けて嬉しがるのであれば、一人でフラフラと町に繰り出すのではなく一緒に連れて行ってやれば喜ぶだろうにと何食わぬ顔で朝食を食べる彼女のご主人様をジト目で見てやったが、当の本人がそれに気が付く事はなかった。
「えっとですね、次の第四十五層から第四十七層までは迷宮ではなく力試しの場となっております。階層毎に初級、中級、上級と分かれておりまして、それぞれ五つの部屋がございます。
しかしながら皆様ほどの実力があれば難なく通過する事が出来るでしょう。
そして第四十八層は資料階となっておりますので後ほどご案内致します。
本日は第四十八層の転移魔法陣の部屋にてキャンプとなり、明日、いよいよ最終の第四十九層の探索と相成ります」
「第四十九層が最終?」
ミカエラの話しだとこのダンジョンの最深部は第五十層だったはず、なのに管理人であるベルは第四十九層で終わりだと言う。別に一層減ったとて何も問題はないのだが『この差は何?』とミカエラに視線を送ると素知らぬ顔で口を開きやがった。
「このダンジョンは第五十層までっちゅう噂やけんども第四十九層までしかあらへんの?」
白々しいというみんなの視線にも屈せず平気な顔してベルを見ているので、どうあっても最後まで自分の正体を明かすつもりはないのだろうな。
一方のベルはというと “仕事中” と割り切っているのか食事の時の柔らかな感じではなく、表情は変わりない笑顔なのに昨日会ったばかりの時のような感情の無さげな感じがしている。
それでも昨日よりかは幾分感情があるように思えるのは、たった一日という時間だが共に過ごした事により心を許してくれているからだと思うのは俺の思い上がりだろうか。
「第五十層は私のマスターである “地竜” の住居となっております。ですので、ダンジョンとしては第四十九層が最終となっているのです」
ベルの魔力が魔法陣に染み渡ると足元から発した眩いばかりの光が俺達十二人を包み込み、再び目を開いた時には第四十層までと同じ様子の小部屋に転移されていた。一つだけ違いをあげるならば部屋の出入口には扉が付いている事だ。
「こちらです」
ベルを先頭に部屋から出ると第二十層までのような横幅、高さ、共に三メートルの通路だった。二十メートルほど奥には先程と同じ扉が俺達の到着を待ちわびている。
「あら、真っ暗かと思ったら明るいのね」
「はい、こちらは迷路ではなく通路となっておりますので明かりを落とす必要が無いのです。暗い方がお好みですか?」
ベルが指を鳴らすと通路は真っ暗になり、転移魔法陣のある部屋からの灯りのみとなった。こういう姿を見ると、本当に管理人なのだと実感が湧くな。
「明るいままでいいよ、行こう」
再び指を鳴らすと元の通りの明るさに戻る。松明のような物があるわけでもなく、俺の作る光球のような物があるわけでもない。恐らく通路そのものが光を放ち明るさを維持しているのではないかと思うが、何とも不思議な感じがするな。
扉の先はボス部屋のように広い部屋が待っていたのだが、そこには何者も居なかった。
だが俺達が部屋に入ると、次の部屋へと続いているであろう奥の扉を塞ぐように五メートル程の赤い魔法陣が存在を顕示するように淡い光を放ち始める。
そして一瞬 ゾワッ と嫌な感じがしたかと思うと、水面を割って出てくるように魔法陣の中から音もなく静かに一体の魔物が姿を現した。
頭部に目立つ三角形をした二つの耳は状況を把握する為にか忙しなく動き、細長く黒い瞳を内包した金色の大きな目も辺りを見回し著しく動いている。全身を覆い尽くす金色の短い体毛は俺達を敵と見留めると一斉に逆立ち、顔の端から端までと人間のモノより大きく裂けた口を開けるとギザギザとした細かな歯を見せつける。
「シャーーーッ!!」
敵意を剥き出しにして手足の先に伸びる四本の爪でしっかりと床を掴み、細い身体をアーチ状にしならせて臨戦態勢を取ったので今にも飛びかかってきそうだ。
「……可愛い」
「ティナ、可愛いのは否定しないけど、大きすぎない?私はもっとこじんまりとした子がいいなぁ」
「そうね、あんなの大きすぎて抱っこ出来ないわよ」
現れたのは体長二メートルもある金色の猫、背に乗れるようなペットもいいなぁとは思うが、モニカやサラが言うように小さくて可愛い方が好みなのでそんなに唆られない。
「第四十五層、最初の相手を努めますのは《シャドレ》と言いまして、ご覧の通り猫型の魔物です。身軽で素早い動きが特徴でして、鋭い爪と強靭な歯を武器に襲って来ます。注意点と致しましては風魔法を操るという事ですね。ただそれ程得意ではありませんので、忘れた頃に使って来るので油断は禁物です」
「らしいぞ、ティナ。行ってみるか?」
ベルの解説をそのままに視線を流すと微笑みを浮かべながら躊躇無く剣を抜き放ち、自信ありげな歩みで待ち構えるシャドレへと向かう。
「リリィ、何かあればサポートしてやってくれ」
「はいはい、分かってるわよ」
「ティナ、怪我してもサラが治してくれるが、無理はするなよ」
振り返りもしないで剣を持たぬ左手を横に突き出すと親指を立てて返事をしてくる。
リリィとの夜の鍛錬も続けているようだし、やる気があるのは良い事だな。
鍛錬とは、やはり日々の積み重ねが重要なのだ。その成果は実際に戦ってみるとよく分かる上に、実戦の積み重ねは怪我や、命の危機といったリスクがある代わりに、鍛錬の何倍もの経験を得られるものなのだ。
強くなろうとすれば実戦は必須、みんなで見守り安全に経験を積めるのであれば、本人の希望通り可能な限り戦わせてあげるべきだな。
▲▼▲▼
重そうな鎧の魔物が振り下ろす重厚な剣を睨み付けると、宙を舞う四本の剣が絡みつくようにして群がり一太刀入れる毎に見る見るうちに減速して行く。尚も迫る刃に対し自身の左手に握られたダガーで渾身の一撃を放つと見事弾き返すことに成功した。
「ハァッ、ハッ……そこっ!」
体勢を崩した相手の隙を突き細い金の髪を フワリ と浮かせて身体を沈めると、攻めるべき場所を見定め鎧の継ぎ目に右手のダガーを叩き込んだ。
破壊する度に蘇ってきた難攻不落の中身の無い鎧だけの魔物 《カヴォアルマ》の唯一の弱点であるコアを破壊することに成功すると、散々苦戦したにも関わらず、パズルが解けたかのようにいとも簡単に瓦解し残骸と化す。
「流石リリィ、お見事っ」
第四十七層、最後の番人を打ち倒したリリィは背を向けたまま、両手に持ったダガーの重さで両手が ダラリ と垂れ下がり肩で息をしている。
リリィの実力を持ってしても苦戦を強いられたカヴォアルマ、倒し方が分かればそれなりに対抗手段もあるのかもしれないが、俺達以外の冒険者でアレに敵うとはとても思えない程の強さを持つ魔物だった。
このダンジョンに何の意味があるのか分からないが、土竜は最下層まで人を通す気は無いのではないかとすら思えてくる。
大きく息を吐いたリリィはようやく息が整ったようで、両手のダガーを鞘に納めるとゆっくり振り返った。その顔は珍しく達成感に満たされており、自分でも満足の行く結果に落ち着いたらしい。
「お疲れ様」
佇むリリィに近寄り拳を差し出せば ニコリ と微笑みそれに合わせてくる。
汗で張り付いた金の髪が普段のツンケンしたリリィと違う装いを見せていたので、みんなの前だったが気にせず腰に手を回し奥の扉へと歩き出す。
素直に俺の横を並んで歩き始めた彼女の頭におもむろにタオルを乗っけてやると一瞬 キョトン としたが「ありがと」とにこやかに受け取り汗を拭き始めたので、頃合いを見て水袋も渡してやった。
「この先にあります第四十八層は資料階となっております。端から端まで徒歩で約二時間ほどの大きさの滅びた都市がそのまま保存されているのですが、見学する、しないは皆様に委ねます。如何なされますか?」
黄色の転移魔法陣の上に立ち、振り返ったベルは感情の篭らぬ笑顔で俺達にそう投げかけた。
やはり感情というのは大事なモノのようで、絶賛仕事中の今のベルよりもみんなと和気藹々としている時のベルの方が好きだなぁと感じさせられる。
「わざわざ保存するって事は何か意味があるんだろう?元々それも込みでの今日の予定だったよな、行ってみればいいんじゃないか?」
「そうだな、二度と見る機会が無いかもしれないしな、見ておいて損はないだろ。ベル、第四十八層に行こう」
「かしこまりました」と告げたベルの元にみんなが集まると魔法陣が光を放ち始める。
フワリ とした転移独特の浮遊感の後、目を開けると小さな丘の上にいた。少し先に広がるのはベルの言った通り人気の無さそうな建物が立ち並ぶ町のようなモノ。だがソレは俺達が普段目にする町とはまるで違う姿をしており、全員が一様に ポカーン と間抜け面を晒したのは仕方がなかったのかも知れない。
サイコロ状に切られたベーコンの匂いを嗅ぎ、口に放り込むと奥歯で噛み締めた。一度噛んだだけで溢れ出した脂、それに混じる肉の旨味に感動して目を丸くする。
どうやら食というものに欲が出てきたようで、フライパンで焼かれるベーコンに直接フォークを突き立てると、熱いのも気にせずに二つも追加して頬張るので両のほっぺがぷっくりと膨らみリスのよになっている。
それでも幸福絶頂といった顔でとても美味しそうに口を動かすので注意する気にもなれず、その様子を微笑ましげにみんなして見守っていると、何を思ったのか知らないが突然ベルモンテの真似を始めたエレナが膨らんだ頬を雪に触らせているではないか。
「お前……何してんの?」
呆れて見ていたが思わず声が漏れ『年頃の娘がはしたないぞ』と目で訴えかけたのだが『そんなことには気が付きません』とばかりに嬉しそうな顔してほっぺを指差し、俺にまで触れと合図してくる。
こちらもこちらであまりの笑顔に何も言う気になれず、仕方なしに催促に応じれば、それを見ていたベルモンテがあんなに幸せそうに食べていたはずの口を動かすのも忘れてそれを見つめている。物欲しそうな雰囲気にピンときて同じ事をしてやると、エレナに負けないくらいの嬉しそうな顔をしていた。
ベルモンテの無邪気さのおかげでいつもにも増して賑やかな夕食となった。デザートも食べ終わりサラもお疲れの事だし、そろそろ風呂に入って寝るかという時になって問題はやってきた。
「ベルモンテはミカエラと同じテントで良いよな?」
コクコクと可愛らしく頷くベルモンテに対してミカエラが渋い顔をしやがったのだ。
「ウチ、知らない人と一緒やと寝られへんわぁ……」
未だに自分の正体がバレてないとでも思っているのか、いけしゃあしゃあと “知らない人” とか言いやがる。みんなの冷たい視線を浴びてもビクともしないミカエラは、流石長いこと生きているだけあってかなり図太い神経の持ち主らしい。
「んな事言ってもテントはもう無いぞ?文句あるならミカエラは外、ベルモンテがテントでいいか?」
どんな展開を予想していたのか知らないが、そんな事を言われる想定は無かったようで、驚いた顔して アタフタ と意味不明に手を動かして慌てふためいている。
「ウ、ウチはええねんけど、ベル……じゃなかったベルモンテはええの?」
──ほぉ、ベルって愛称……良いね。いただきだっ!
「お忘れですか?私はゴーレムなのです。特に睡眠というものが必要ではありませんので、どのような扱いでも問題ございません。ミカエラ様の良いようにしてください」
「せっかく布団が余ってるんだし、ベルさえ良ければ布団というものを使ってみるのも悪くないんじゃないか?ほら、何事も体験だろ?
あと、ついでにさ、お風呂ってのも体験してみたらどうかな?流石に俺が一緒に入るわけにはいかないからミカエラが面倒見てやってくれよ、じゃあ頼んだぜ」
二人の猿芝居に付き合うのは些か面倒なので放っておけばいいだろうと思い、勝手にサクサクと決められて呆気に取られるミカエラを放置し、要らぬ抗議が来る前にさっさとコレットさんを連れて仲良く風呂へと向かった。
▲▼▲▼
「レイ様、おはようございますっ」
翌朝、テントから顔を出すとニコニコ顔のベルがすぐそこにいた。どうやら俺が出てくるのをずっと待っていたようだ。
「あぁ、おはよう。初めての布団はどうだった?」
そのために待ってましたとばかりに、昨日ミカエラと一緒に入った初めてのお風呂の話しに始まり、テントの魅力やふかふかの布団、初めて味わった睡眠など事細かに自分の感想を添えて話してくれた。
あまりにも興奮して熱弁するので『何事?』とみんなが集まって来て、全員でベルのお話を聞くこととなった。
どうやらベルの事を妹や娘のように思っているのは俺だけではないようで、自分の想いを熱く語る彼女を見るみんなの目がとても優し気で、綻んだ顔を向けて黙って耳を傾けていた。
「おいしぃっ!コレット様は料理の天才なのですか!?」
興奮冷めやらぬうちに朝食を取り始めると、食べたものに感動し、あっという間に再燃する。食べたもの、と言っても魚の切り身を焼いたものにスープとパンなんだけどな……。
ベルが産まれて何年経つのかは分からないが、少なくとも十年や二十年という単位ではないのだろう。そんな彼女が今、初めて触れる人間の文化というものに刺激を受け、多感な時期を迎えているようだ。
人間にとっては至極当たり前の事でこれだけ感銘を受けて嬉しがるのであれば、一人でフラフラと町に繰り出すのではなく一緒に連れて行ってやれば喜ぶだろうにと何食わぬ顔で朝食を食べる彼女のご主人様をジト目で見てやったが、当の本人がそれに気が付く事はなかった。
「えっとですね、次の第四十五層から第四十七層までは迷宮ではなく力試しの場となっております。階層毎に初級、中級、上級と分かれておりまして、それぞれ五つの部屋がございます。
しかしながら皆様ほどの実力があれば難なく通過する事が出来るでしょう。
そして第四十八層は資料階となっておりますので後ほどご案内致します。
本日は第四十八層の転移魔法陣の部屋にてキャンプとなり、明日、いよいよ最終の第四十九層の探索と相成ります」
「第四十九層が最終?」
ミカエラの話しだとこのダンジョンの最深部は第五十層だったはず、なのに管理人であるベルは第四十九層で終わりだと言う。別に一層減ったとて何も問題はないのだが『この差は何?』とミカエラに視線を送ると素知らぬ顔で口を開きやがった。
「このダンジョンは第五十層までっちゅう噂やけんども第四十九層までしかあらへんの?」
白々しいというみんなの視線にも屈せず平気な顔してベルを見ているので、どうあっても最後まで自分の正体を明かすつもりはないのだろうな。
一方のベルはというと “仕事中” と割り切っているのか食事の時の柔らかな感じではなく、表情は変わりない笑顔なのに昨日会ったばかりの時のような感情の無さげな感じがしている。
それでも昨日よりかは幾分感情があるように思えるのは、たった一日という時間だが共に過ごした事により心を許してくれているからだと思うのは俺の思い上がりだろうか。
「第五十層は私のマスターである “地竜” の住居となっております。ですので、ダンジョンとしては第四十九層が最終となっているのです」
ベルの魔力が魔法陣に染み渡ると足元から発した眩いばかりの光が俺達十二人を包み込み、再び目を開いた時には第四十層までと同じ様子の小部屋に転移されていた。一つだけ違いをあげるならば部屋の出入口には扉が付いている事だ。
「こちらです」
ベルを先頭に部屋から出ると第二十層までのような横幅、高さ、共に三メートルの通路だった。二十メートルほど奥には先程と同じ扉が俺達の到着を待ちわびている。
「あら、真っ暗かと思ったら明るいのね」
「はい、こちらは迷路ではなく通路となっておりますので明かりを落とす必要が無いのです。暗い方がお好みですか?」
ベルが指を鳴らすと通路は真っ暗になり、転移魔法陣のある部屋からの灯りのみとなった。こういう姿を見ると、本当に管理人なのだと実感が湧くな。
「明るいままでいいよ、行こう」
再び指を鳴らすと元の通りの明るさに戻る。松明のような物があるわけでもなく、俺の作る光球のような物があるわけでもない。恐らく通路そのものが光を放ち明るさを維持しているのではないかと思うが、何とも不思議な感じがするな。
扉の先はボス部屋のように広い部屋が待っていたのだが、そこには何者も居なかった。
だが俺達が部屋に入ると、次の部屋へと続いているであろう奥の扉を塞ぐように五メートル程の赤い魔法陣が存在を顕示するように淡い光を放ち始める。
そして一瞬 ゾワッ と嫌な感じがしたかと思うと、水面を割って出てくるように魔法陣の中から音もなく静かに一体の魔物が姿を現した。
頭部に目立つ三角形をした二つの耳は状況を把握する為にか忙しなく動き、細長く黒い瞳を内包した金色の大きな目も辺りを見回し著しく動いている。全身を覆い尽くす金色の短い体毛は俺達を敵と見留めると一斉に逆立ち、顔の端から端までと人間のモノより大きく裂けた口を開けるとギザギザとした細かな歯を見せつける。
「シャーーーッ!!」
敵意を剥き出しにして手足の先に伸びる四本の爪でしっかりと床を掴み、細い身体をアーチ状にしならせて臨戦態勢を取ったので今にも飛びかかってきそうだ。
「……可愛い」
「ティナ、可愛いのは否定しないけど、大きすぎない?私はもっとこじんまりとした子がいいなぁ」
「そうね、あんなの大きすぎて抱っこ出来ないわよ」
現れたのは体長二メートルもある金色の猫、背に乗れるようなペットもいいなぁとは思うが、モニカやサラが言うように小さくて可愛い方が好みなのでそんなに唆られない。
「第四十五層、最初の相手を努めますのは《シャドレ》と言いまして、ご覧の通り猫型の魔物です。身軽で素早い動きが特徴でして、鋭い爪と強靭な歯を武器に襲って来ます。注意点と致しましては風魔法を操るという事ですね。ただそれ程得意ではありませんので、忘れた頃に使って来るので油断は禁物です」
「らしいぞ、ティナ。行ってみるか?」
ベルの解説をそのままに視線を流すと微笑みを浮かべながら躊躇無く剣を抜き放ち、自信ありげな歩みで待ち構えるシャドレへと向かう。
「リリィ、何かあればサポートしてやってくれ」
「はいはい、分かってるわよ」
「ティナ、怪我してもサラが治してくれるが、無理はするなよ」
振り返りもしないで剣を持たぬ左手を横に突き出すと親指を立てて返事をしてくる。
リリィとの夜の鍛錬も続けているようだし、やる気があるのは良い事だな。
鍛錬とは、やはり日々の積み重ねが重要なのだ。その成果は実際に戦ってみるとよく分かる上に、実戦の積み重ねは怪我や、命の危機といったリスクがある代わりに、鍛錬の何倍もの経験を得られるものなのだ。
強くなろうとすれば実戦は必須、みんなで見守り安全に経験を積めるのであれば、本人の希望通り可能な限り戦わせてあげるべきだな。
▲▼▲▼
重そうな鎧の魔物が振り下ろす重厚な剣を睨み付けると、宙を舞う四本の剣が絡みつくようにして群がり一太刀入れる毎に見る見るうちに減速して行く。尚も迫る刃に対し自身の左手に握られたダガーで渾身の一撃を放つと見事弾き返すことに成功した。
「ハァッ、ハッ……そこっ!」
体勢を崩した相手の隙を突き細い金の髪を フワリ と浮かせて身体を沈めると、攻めるべき場所を見定め鎧の継ぎ目に右手のダガーを叩き込んだ。
破壊する度に蘇ってきた難攻不落の中身の無い鎧だけの魔物 《カヴォアルマ》の唯一の弱点であるコアを破壊することに成功すると、散々苦戦したにも関わらず、パズルが解けたかのようにいとも簡単に瓦解し残骸と化す。
「流石リリィ、お見事っ」
第四十七層、最後の番人を打ち倒したリリィは背を向けたまま、両手に持ったダガーの重さで両手が ダラリ と垂れ下がり肩で息をしている。
リリィの実力を持ってしても苦戦を強いられたカヴォアルマ、倒し方が分かればそれなりに対抗手段もあるのかもしれないが、俺達以外の冒険者でアレに敵うとはとても思えない程の強さを持つ魔物だった。
このダンジョンに何の意味があるのか分からないが、土竜は最下層まで人を通す気は無いのではないかとすら思えてくる。
大きく息を吐いたリリィはようやく息が整ったようで、両手のダガーを鞘に納めるとゆっくり振り返った。その顔は珍しく達成感に満たされており、自分でも満足の行く結果に落ち着いたらしい。
「お疲れ様」
佇むリリィに近寄り拳を差し出せば ニコリ と微笑みそれに合わせてくる。
汗で張り付いた金の髪が普段のツンケンしたリリィと違う装いを見せていたので、みんなの前だったが気にせず腰に手を回し奥の扉へと歩き出す。
素直に俺の横を並んで歩き始めた彼女の頭におもむろにタオルを乗っけてやると一瞬 キョトン としたが「ありがと」とにこやかに受け取り汗を拭き始めたので、頃合いを見て水袋も渡してやった。
「この先にあります第四十八層は資料階となっております。端から端まで徒歩で約二時間ほどの大きさの滅びた都市がそのまま保存されているのですが、見学する、しないは皆様に委ねます。如何なされますか?」
黄色の転移魔法陣の上に立ち、振り返ったベルは感情の篭らぬ笑顔で俺達にそう投げかけた。
やはり感情というのは大事なモノのようで、絶賛仕事中の今のベルよりもみんなと和気藹々としている時のベルの方が好きだなぁと感じさせられる。
「わざわざ保存するって事は何か意味があるんだろう?元々それも込みでの今日の予定だったよな、行ってみればいいんじゃないか?」
「そうだな、二度と見る機会が無いかもしれないしな、見ておいて損はないだろ。ベル、第四十八層に行こう」
「かしこまりました」と告げたベルの元にみんなが集まると魔法陣が光を放ち始める。
フワリ とした転移独特の浮遊感の後、目を開けると小さな丘の上にいた。少し先に広がるのはベルの言った通り人気の無さそうな建物が立ち並ぶ町のようなモノ。だがソレは俺達が普段目にする町とはまるで違う姿をしており、全員が一様に ポカーン と間抜け面を晒したのは仕方がなかったのかも知れない。
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それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
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