黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

44.意地っ張り

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 火と水の魔法は生活でよく使うため全ての人が普通に扱うことが出来る。そんなに得意でない人もいるが風魔法が使えるのも一般的で、多かれ少なかれ誰しもが使えるものだ。
 だが土魔法というのは生活する中であまり必要とされず、大工さんや建築家などが建物の基礎工事や地盤改良に使ったり、鍛冶師などが専門で使う程度で一般的とは言えるはずもなく、扱えない人の方が圧倒的に多い。現に俺達十一人の中で使えるのは俺とミカエラの二人だけの筈。

 それに加えて手も触れずに遠くにある岩を瞬時に元に戻すとなると、相当な魔力量と特別な鍛錬が必要になる……筈だ。

 一般人では有り得ない芸当をお気楽に ヒョイッ とやって退けたミカエラは最早 “ただのガイドの少女” ではないのは明らか。

 では、彼女の正体は……


「ほ、ほら……あの岩が壊れたままやと、次に舟で来はった人が目印無くて困るやろ思てやなぁ、気になって直しただけやさかい気にせんといておくれやすぅ」

「ふぅぅぅぅん……そぅ」

「な、なんや……ウチが悪い事したみたいな目で見るのやめてくれへんかなぁ。さぁ、ほら、はよぉ先行かんとまたどデカい烏賊が来よるかもしれへんで?」

「そうだねぇ……そうしよっか」

「な、なぁ、兄さん……前向いて運転せぇへんと何かにぶつかるかもしれへんで?」

「うん、そうだねぇ。でもそれは魔力探知で大凡分かるからこのスピードなら大丈夫だよ」

「な、なんや……そない見つめられると照れてまうやんっ……兄さん、とうとうウチの魅力に侵されて惚れてまったんやろか?ウチならいつでもカモンベイべーやで?」

 俺の視線から逃れようと必死になって前を向かせようとするが、自白する気は今のところ無いようだ。

「そっかぁ~、カモンベイべーかぁ。それなら……」

 右手は操作球から外すことは出来ないのでそのままに、あらよっとミカエラの前へと身を乗り出し左手を綺麗に日焼けした小麦色の頬に当てると「えっ!?」と驚いた顔をする。

「じゃあ、今ここで……しようか」

 ブラウンの瞳をまっすぐに見つめながら、なるべくヤラシイ指使いでゆっくりと首を伝い鎖骨を撫でると『ホゥッ』と甘い吐息を吐き出し、心なしかうっとりした表情をしている。
 それに構わず肩にかかる服紐に指を掛け少しだけズラしたところで ハッ とすると、ようやくにして正気に戻ったようだ。

「わーっ!わーっ!わーっ!に、に、に、兄さん!?堪忍やっ……ウチが悪かった!悪かったってばっ!許してっ、なっ?なっ?
 ちぃとばかり土魔法が得意なだけの美少女ってだけやねんっ、そのへんで堪忍してくれへんか?なっ?なっ?お願いっ!」

 それ以上はやるつもりはなかったが、焦る本人は気付きもしないだろう。大慌てで肩に掛かる俺の手を押さえて謝り出したので、イジメるのはこれくらいにしておかないと後ろからの視線が強くなりそうで怖い。現にティナと思しき視線は既に痛いくらいに刺さってるので、膨れっ面で俺を見てるのが確認しなくても分かる状態だ。

 ここまでしても何も言わないということは隠し通すつもりなのだろう。まぁミカエラが何者であっても一緒に最下層まで行くことには変わりないので、後ろ髪惹かれる思いだったが追求はここで一旦終わりにしておいた。



 サラがレカルマを爆破して以来、たまに襲って来る海の魔物をエレナの魔法が難なく撃破し、至って平和に海中散歩をしていると海の中だというのにピンク色の壁が見えてきた。

「あれ、なんだろう?」
「なんだろね、まさかの行き止まり?」
「海の中でか?そんな馬鹿な事ある?」

 近付いて分かったのは、それは壁などではなく、海の色そのものがピンク色に変わっている海域だった。水の中、なんの仕切りも無い筈なのに切り立った崖のように突然色の変わっている不思議な場所。何の抵抗もなくピンク色の海域に突入出来たが、一体ここは何なんだろうか。

「なんだかへんな感じですね~。ジュースの中に居るみたい」
「それ、いい表現ですね。確かにそんな感じがします」
「確かにね~、飲んでみたら美味しかったりして?」
「モニカっ、行って来なさいよ」
「そういうのはティナに任せるわ」

 車内は和気藹々とピンク色の海に大盛り上がりだが、問題なのはどうやらここがボスの部屋らしいということだ。
 海の中で部屋とか意味分からんし……。

「楽しむのは良いけど、デカイのが来るぞ?」

「そうみたいですね。再戦と行きますか、リリィ?」

 返事は無かったものの結界を張る事でサラに応えたリリィ……まさか、まだ拗ねてるのか?

 そんなリリィの様子に クスリ と笑い、コルペトラを光らせ魔力を集中させ始めたところでソイツはやってきた。

 白地に黒の縞模様の入った長い身体、それを器用にクネクネと動かして泳いで来るので分かり辛いが、推定体長五十メートル、太さ一メートル以上はある超巨大な海蛇だ。こんな奴と小舟の上で戦えとは酷な事を言うものだと思いつつも俺達には関係ないかと思い至り、サラの魔法の発動を心待ちにする。

「モニカの水蛇と戦わせるのも面白かったかもしれないな」

「んん~?やる?私が勝つけどねっ」

 冗談と分かりつつもシュレーゼを持ち上げてニコリと微笑むモニカ。実戦してもモニカの言う通りあんな奴に負けはしないだろうが、それにしてもやけに自信満々だな。

 そんなやり取りをしていると、眩い光が チカッ と光るのが目に入って来る。軽い振動が海底を伝って来ると再び辺り一面が無数の泡に覆われ、まるでピンク色のシャンパンの注がれた透明なグラスの中に閉じ込められたかのようだ。

「やっぱり美味しそうですぅ」
「ほんと、益々美味しそうになったわね」
「エレナ、ちょっと外行って飲んでみてよ」
「はいっ!かしこまりましたっ!」

 本気で行こうとするエレナを慌てて席に戻したサラは疲れた顔をして振り返り、険しい顔をしたリリィと視線を合わせた。

「今度は負けちゃったわね」
「アンタ、ワザと手を抜いたでしょ?さっきより威力が落ちてるのくらい気付かないとでも思ってるの?」

 勝っても負けても結局文句言うのかいっ!と突っ込みたくもなったが、ここは婚約者として二人をフォローをしておくべきところだと判断した。

「あのなぁリリィ、サラの顔見れば分かるだろ?さっき全力で魔法ぶっぱなしてどれ程も経っていないのに、同じ威力のモノを撃てる筈がないじゃないか。魔力切れだよ……それはリリィも同じ事なんだから、お互い様だろ。同じ条件で勝敗が見えたんだから素直に喜べばいいんじゃないのか?」

「そんな事わかってる」と言いたげに拗ねたフリして頬を膨らませると口まで尖らせている顔がちょっと可愛い。

「わ~かったわよっ。でもちっとも納得いかないからまた今度白黒付けるわよ、いいわよねっ、サラ?」
「リリィ様の仰せのままに」
「何よそれっ、感じ悪ぅ~」

 俺も人の事をとやかく言うことは出来ないが、感情の変化が激しく、尚且つ捻くれ者のリリィの手綱を握るのは大変だ。それでも嫌な顔一つせずに付き合ってやってくれるサラには頭が下がる思いでいっぱいだ。

 もののついでに言っておくと、巨大海蛇は最初から存在しなかったかのように跡形も無く消え去っていた……ついでにみんなの頭からも消え去っていた……この階層のボスだと言うのに出番は一瞬、哀れなり……。


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