黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

10.爆走天使降臨 パートⅢ

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「綺麗ね、エレナの癖に……ちょっと悔しいわ」
「そこはちゃんと褒めてやれよ」
「褒めてるじゃないっ」

 軽やかに宙を舞う風の妖精を見続けていると第五層への階段が見えて来た。
 そのまま階段を降りてみるが代わり映えのない景色。また同じだろうなと思い、働き詰めのエレナを休ませる事にする。

「エレナ、凄く綺麗だったよ。魔法もかなり洗練されてたし良い感じだなっ、また今度見せてくれよ。
 まだまだやれるかもしれないけど一先ず休憩しようか。リリィも交代な、サラっ、順番だよ」

 今度は俺がエレナの真似をしようと風の刃をなるべく細かく、そして沢山出そうと試みるが思うようには上手くいかない。あんなに細かくキラキラと輝くような塊を作るにはもっと頑張らないと駄目だな。

「あれあれ~?レイさん、私の真似ですかぁ?」

 俺とサラの間に顔を突っ込んで来たエレナがここぞとばかりに優越感に浸りに来る──うむ、悔しいが我の負けじゃ……。

「エレナの方が上手くなっちゃったな、頑張り過ぎじゃねぇ?もっと練習しないとあんなに綺麗に出来ないよ、俺の負けだな」

 もの凄い笑顔で俺の頬にキスをすると嬉しげに離れて行き、手近にいたモニカと手を繋ぐと “ご機嫌” が滲み出るように軽やかなステップを踏みながら俺達の後ろを歩いて来る。
 魔法で負けた事にちょっとだけ悔しくなったので気分転換に風魔法は止めて火魔法に変えようと魔力を練った。

 俺達の前方五メートルの所に、天井、壁、床、通路全面を這うように現れた炎の紐。暗闇に映える青色が綺麗だと思えたが観賞用に出した炎ではない。立ち上がった青炎が一枚の板のように通路を塞ぐと「行けっ」という合図と共に人が走るほどのスピードで奥へと移動して行く。

「ええっ!?ちょっとレイっ!」
「ひぇぇぇっ」
「お、お兄ちゃん、それは……」

 青炎の壁が走り抜けた後には白骨と化した魔物が残されている。
 よしっ、殲滅作戦成功。これって楽じゃね?

「レイ……」

 魔法の効果に満足していた俺にアルが声をかけてくるのでドヤ顔で振り向くと、何故かみんな呆れ顔。あれ?なんで?

「お前さぁ……その魔法、威力は凄いし効率も良いぜ?チマチマとあんなのを倒すより、そりゃあ早くて便利だよ。けどな、もしアレの向かった先に人が居たらどうするつもりなんだ?」

「やり過ぎなのです」

──なんだとっ!?

 あぁ……考えてもいなかったよ。そうだよな、ここにいるのは俺達だけじゃない。サラに暴走するなとか言えたもんじゃないな……反省。

「すみませんでした」
「分かればいいんだよ。さぁ、キリキリ働けっ」
「さっさと行くのです」

 え?何?俺ってばアル王子とクロエ王女の手下なわけ?まぁ……いいけどさ。別に、気にしてないよ?気にして……

「失敗は誰にでもあると思うの。でも、その経験をどう生かすかで、その人がどういう風に形作られて行くのか決まるのではないかしら?」

 真っ直ぐ見つめてくる青紫の瞳が俺に元気をくれる。そうだな失敗したらそこから学んで成長すればいい。同じ失敗を繰り返すような事はしないよ。

 落ち込んだ俺を見透かすように、心配そうな顔をして握った手を胸に抱いてくれる。そんなサラに『ありがとう』のキスをすると一瞬にして顔が赤く染まってしまった。


「サラは火魔法がわりと得意だよな?風魔法を付与させて火を操る事は出来るか?ほら、こんな風に」

 モニカの水蛇の要領で火で蛇を作ると風魔法を乗せて自在に操って見せる。長さ五十センチ程の小さめの火蛇だが、この辺りでは十分過ぎる大きさだろう。
 ちょうど灯りの下に出てきたネズミちゃんに突っ込ませると、火蛇の通過した後に残るのは黒焦げになった黒い物体だけ……の筈だった。

「ゔっ……」
「うわぁ、何この匂いっ」
「臭いですっ!」
「うぐぐ、これはキツイわね」
「ウチ、この臭い駄目やわぁ」

──そこで発生する大問題。

 切り裂く分には問題なかったが、焼くとなると広くない空間内に臭いが篭るのだ。それも美味しいお肉を焼いたような良い匂いであれば文句は無いのだろうが、そんな上手いこと行くわけもなく、悪臭と分類される吐き気を催すような死体を焼いたとき特有の気持ちの悪い臭いが立ち込めた……これはたまらんな。

「サラの魔法の練習も必要だろ?ちょっとだけ我慢しろよ」

 言った本人である俺も我慢するのは苦痛なので、思い付きを形にしてみる。

 取り敢えずアルの後ろから風を送り臭いを奥へと吹き飛ばすと、俺達の歩くすぐ前に、さっきの炎の壁と同じやり方で通路いっぱいに広がる薄い風の膜を作り出した。
 常に一定の距離を保ち俺達と一緒に進んで行く薄緑の膜、これなら臭いは壁のこちら側には来ないので安心だ。他の人に危害が加わる心配もない……まぁ臭いの方は我慢してもらわなくてはならないが、そこまでの配慮は必要ないだろう。

「臭くなくなった!」
「ほぉ、いいじゃないか。思う存分練習してくれたまえ」

 くれたまえって何だよとアルに突っ込もうかどうか迷ったが、まぁいいかと放っておくことにしてサラの指導に集中する。
 慣れるまでの間は俺が魔物処理をして行くとして、サラの練習だな。

「蛇の形にこだわる必要はない。その方が動いている様子がイメージしやすいかと思ったからあの形にしてるだけなんだよ。火玉のままで構わないから、風魔法で操ることに集中してみろ」

 火の玉を蛇の形に変える事に集中していたサラに自在に操る事を目標とさせると、手の上に浮かんでいた火の玉はフワリフワリと前進を始める。第一関門であるさっき俺が作った風の幕に煽られつつも無事に通り抜けると、通路の隅を走るネズミの集団に向けてゆっくりと飛んで行った。

「いいぞ、そのまま頑張れ」

 火の玉が近付き慌てて逃げ出すネズミの群れの周りを俺の操る火蛇をグルグルと旋回させて行く手を塞ぐ。身動きが取れくなったところにサラの火玉がようやく突入し群れを焼き尽くした。後に残ったのは炭と化した物体のみ、威力の方は悪くないな。

「まだちょっと練習が必要だと思うの。進むのが遅くなるからまた今度にしませんか?」
「うーん、それもそうだな。じゃあサラの好きにやってみろよ。魔力が減って辛くなったら交代しよう」
「はい、そうしますね」

 同意を得られてにっこり笑い、大きめの飴玉ほどの火の玉をいくつも浮かべると、目に付いた魔物に向かって次々と飛ばして行く。
 代わり映えのない小さな魔物達、魔物というのも躊躇うような奴らだが放置するのもよろしくないらしいので、サラの取りこぼしでも倒しながら行くかと思ったのだが、俺の読みはこの間食べた羊羹のように甘過ぎた。

「ひぃぃっ!」
「きゃっ!」
「えぇぇっ!?」
「お、おい……」
「嘘っ……」

 耳を突く轟音と太陽のように明るい爆炎とが瞬時に広がり通路を埋め尽くす。

 さっき張った風の幕のおかげで俺達に被害が及ぶ事はなかったが、その幕のお陰で音も抑えられているというのに、聞こえて来たのは耳を塞ぎたくなるような大音響。サラの一撃はものの見事にパーティー全員の表情を奪い、唖然とさせるのに成功したようだ。

 スースーと寝息を立てて気持ち良さそうに寝ていた雪も突然のことに何事かと寝惚け眼で顔を上げる。半分しか開いてない眼で辺りを キョロキョロ と見回していたので頭を撫でてやると安心したのか、また コテン と俺の胸を枕にして眠りの世界に引き返して行くのだった。


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