黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

8.ダンジョンの不思議

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 十メートル四方の質素な部屋、その真ん中に直径三メートル程の青白く光る魔法陣が一つだけ存在しており、窓も何も無い。

 部屋唯一の出入り口、そこを通り抜けたすぐ脇には先程顔を覗かせた身長二メートルのマッチョが厳つい顔で鋭い眼光を光らせ立っており、俺達が全員部屋に入り終わるのを腕を組んだまま黙って見ていた。

「あんまり俺の娘をイジメんでくれ」

 渋い声の第一声は意味を理解するのに時間がかかる内容だった。みんながポカンとする中、一番最初に理解が追い付いたのがエレナ。いつもおっとりな彼女が一番と言うのはちょっとばかり意外だと、みんなの視線が物語っていた。

「さっきの受付の女性は、貴方の娘さんなのですか?」

 どこからどう見ても似ても似つかない、どこをどうしたら貴方からあの綺麗なお姉さんが生まれるのか、その神秘を解き明かしたい、そう思わせる風貌の大男だったが、人間とは時に不思議な力を持つものなのだと適当に納得することにしてダンジョン最初の試練をなんとか乗り越えた。

「そうだ、それを聞いた奴はこぞって驚くが正真正銘の娘だよ。見た目は美しい娘だろぅ?何が原因なのか知らんが人目に触れる仕事だというのに男の一人も出来なくてな、ほとほと困ってるんだよ。
 こんな綺麗なお嬢さん方を連れているお前に貰ってくれとは言わないが、誰か良い奴がいたら紹介してやってくれ。

 まぁ雑談はこの辺にしておいて、お前達は初めて潜るんだな?
 ガイド連れなら特に口うるさく言わないが、あまり無理はしてくれるなよ。生きてこその金だという事を頭に置いておけ。
 まぁ精々稼いで来るこった、頑張れよ」

 結局雑談しかせず、何の為に居たのか分からないマッチョ親父の指示で狭い魔法陣に九人で入ると、太い腕が挙げる。
 すると魔法陣がゆっくりと明滅を始めたかと思ったら徐々にそのスピードを速めて行き、魔法陣の外円から光が立ち昇ると、全身を眩しいばかりの光が包み込んだ。


▲▼▲▼


 転移独特の少しばかりの浮遊感を感じた後には、先程までの空気とは違う、湿気の多い重苦しい空気に変わっていた。
 光に奪われた視界が戻ってくると、見た感じ先程と同じ部屋。違う事と言えば入り口に扉が無く、その先には天井、壁、床、全てが赤茶色のレンガで覆い尽くされた通路が真っ直ぐ伸びているのが壁にかけられた松明に照らされている。

「ここがダンジョンなの?」
「いや~、私ぃ狭いの苦手なんですよぉ……」
「じゃあ一人で帰れば?」
「えぇっ!リリィさん冷たい……レイさ~んっ」
「これがエレナの甘える作戦なのね」
「ハッ!バレてる!?でも別にいいか~っ」

 ここから見た感じ通路の幅は三メートルはあるし、天井までも三メートルくらいありそうだ。どう見ても狭くないだろ……。
 そんな事実は御構い無しに サッと皆を掻き分けて近付くと、俺の腕を取り ピタリ と寄り添った。

「エレナっ!ずるいぞ!」
「知りませ~ん、早い者勝ちですぅっ」
「私もレイの隣が……」

「分かった分かった、順番にしてくれ。遊んでないでさっさと行くぞ」

 いつまで経っても出発出来そうになかったので少々強引にでもスタートすることにして転移部屋を出て歩き始める。しかし五十メートルも行けばその先は松明が無くなっており何も見えない真っ暗な空間だった。

「なんで灯りがないのよ!」

「入り口やから松明が備え付けられてただけなんよ。ここからが本当のダンジョン、灯りはセルフサービスなんやけど、松明かランタンって持ってるんよね?」

「んなもん無いけど、見えればいいんだろ?魔法じゃ駄目なのか?」

「魔法?大丈夫やけど、それこそ逆に大丈夫なん?ほら、魔力とか節約して行かなあかんのと違うん?」

 たかだか灯りくらいでヒーヒー言う魔力量ではないし、出ても中級モンスターという三十層くらいまでなら仮に魔法などなくても戦えそうだ。それに加えてこの人数、俺がサボっても問題あるまい。

 どうせなのでと白結氣に魔力を通し、覚えたての光魔法で小さな玉を四つ作ると、前に二つ、後ろに二つ飛ばして一番端にいる者から二メートルの間を空け、高さも二メートルの所で両方の壁に一つずつ配置する事で、なるべく広い範囲を明るく出来るようにした。

「おおっ!めっちゃ明るいなぁ、これなら見やすくてええんちゃう?兄さん、凄いなぁ」

「モニカ、雪を呼んでやれよ。もういいだろ?」
「りょうか~いっ」

 モニカがシュレーゼをトントンと指で叩くと仄かに青色がかった光の粒がフワリと大量に溢れ出し人の姿を形作る。あっと言う間に水色髪の女の子の姿になると両手を挙げて俺に向かって嬉しそうに走ってきた。

「おかえりっ」
「はいっ、ただいま戻りました」

 抱き上げて頬ずりすると、押し付けられた頬に片目を瞑りながらも喜んだ顔をしている。

「不思議なお嬢ちゃんやね~、まるで剣の精みたいやわ」
「ん?そのままじゃないか?」
「えっ!?そ、そうなんや……」
「それより、案内しっかり頼むよ」
「オッケー、任せときぃっ!」

 アルと腕を組んで歩くツンと澄ました様子のクロエさん、なぜもっと嬉しそうにしないのかと不思議だったが一先ず気にせず二人に殿を任せると、腕に絡み付いて離れそうにないエレナと共に先頭を歩き出した。

「光魔法って便利だな、火魔法で灯りを作るより見やすい。モニカ、光の玉を一つでいいからもう少し先の方に飛ばしておいてくれないか?」

 軽い返事と共に十メートルくらい先に飛んで行き周りを照らし出す光の玉。視界が狭いというのは思った以上にストレスを感じる。やっぱり先の方が見えるというのは安心出来ていいな。


 暗い通路をしばらく歩けば俺の魔法探知に小さな反応がたくさん出てきた。
 これは……魔物なのか?

 かなり小さいのが大量に固まり過ぎてて何なのかよく分からない。警戒しながらも歩みを進めて行けば二十匹近い小動物の集団が ダーーッ と足元を通り過ぎて行った。

「「「キャーーーッ!」」」
「うわわわわっ!なになになにっ!?」
「いや~ん、レイさん、怖いですぅ~」
「ただのネズミだろ?」
「ビックリし過ぎなのです」

 初めての人間意外の生き物との邂逅は小さなネズミの群、雰囲気に気圧されているのもあるかもしれないが見えないというのはそれほどまでに恐怖を掻き立てる。

「あれでもれっきとした魔物やで?アレくらいの数なら放置しても問題ないねんけど、百匹とかの集団に一斉に襲われると小さいから対処が大変なんよ。生きたままネズミに齧られるとか嫌やろ?他の人の為にもなるべく倒したってなぁ」

 そういうことならばと歩いて行く先々に現れるネズミの集団に、三センチ程度の小さな風の刃が無数に乱舞する移動空間を作り出した。
 魔法探知で気配を感じ取りソレを向かわせているのでモニカの灯りに照らされると無残に切り刻まれて肉片と化したネズミだった物が転がっているのだが、不思議なことにそれを外れて一旦暗闇に落ち、俺の照らす灯りが届く頃にはその姿が無くなっている。

「死体が無くなるってどういうことだ?」
「ダンジョンやから、そういうもんなんよ」
「不思議ですね~」

 どうなっているのか確かめたくなり一匹だけを残すとすぐ近くに来るまで待った。
 みんなが見守る中やってきた独りぼっちのネズミ君、あーもすーもないままにサヨナラを告げて何が起こるのか観察していると、まるで床が沼にでもなったかのように音もなく沈み込んで消えてしまったではないか!?

──マジで! これがダンジョン!?

 つまり、倒した魔物の皮を剥ぐとかは不可能なのね。

「綺麗好きなダンジョン、なのかな?」
「モニカ?ポジティブね……」
「えへへっ」

 全ての死骸を即刻掃除してくれるのならモニカの感想も強ち間違いではないだろう。魔物の死骸が放置されて腐って悪臭の立ち込める密閉空間よりかなり快適な環境であると言える。
 益々もってダンジョンとは不思議なところだな。


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