黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

4.目的は観光旅行?

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 力強い日差しが降り注ぐ中を舞う一台の魔導車。その向かう先には眩しく輝く太陽があり、もし人目に触れていれば腰を抜かすほど驚いたことだろう。しかし推進力の無い移動はやがて終わりを迎え、重力に引かれてその傾きを徐々に変えていく。
 視界いっぱいに拡がっていた晴天に混じり始める黄土色、昇天の勢いが衰え車体が水平になれば空の一角にてその動きが停止する。

「ねぇ、レイ。私思うんだ。魔物の巣穴からは脱出できたけど、少し高く飛びすぎじゃないかって……」
「あぁ、やっぱりそう思う?」
「お兄ちゃん、私もティナの意見に賛成よ」
「そっかぁ、そうだよね。でも、それってさ、言うの遅くね?」
「そうかもしれませんねぇ、ところでこの後どうするのですかぁ?」
「そうよ、どうするつもりか教えてもらえますか?」
「ん~、どうしたらいい?」
「えっ!無計画なのっ!?」
「駄目駄目じゃない?」
「駄目駄目なのです」
「そう、攻めてやるなよ」

 一面の砂景色の果てに緑色のオアシスらしき物が見えていた。進んでいる方角からしても恐らくアレが目的地であるティリッジなのだろう。そんな思いに駆られて現実から目を逸らしてみても今ある状況が好転するはずもない。

 放物線の頂点に在り並行を保っていた車体は緩やかに地面へと方向を変えると、堰を切ったように勢いよく落下を始めた。

「うわわわわわぁぁぁぁっ!」
「お兄ちゃん!お兄ちゃんお兄ちゃぁぁぁんっ!」
「ひゃ~~っ!ぶつかるっ!ぶつかりますぅぅっ!」
「アハハハハハハッ」
「キャーーーーーーッ!!」

 空一色だった視界の全てが砂に変わると同時、ありったけの魔力を注ぎ込み水魔法を発現させる。世界に充満する精霊達の働きにより、砂漠であるにも関わらず着地地点に直径が五十メートル以上はある超巨大な水玉が顕現した。


「「「「「うわぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」


 車内にこだます叫び声の九重奏を聴きながら、それはそれは大きな水飛沫を上げて魔導車は水玉の中に突っ込む。半分以上は軽く沈み込み、あわや地面にまで到達するのかという一歩手前でどうにかこうにか動きを止めた。
 浮力が働き上へと向かい始める車内では、凄まじいばかりの衝撃が襲ったにも関わらず怪我人はいなかったらしく、皆で一塊になりながらも命拾いしたことに安堵した。

「お、おしっこチビるかと思いました。でも楽しかったですねぇ」
「ぜんっぜん、楽しくないわよっ!あんた馬鹿じゃないのっ!?」
「ティナ~、馬鹿とか良くないわよ?」
「そうね、でも無事で良かったわ。流石レイよね」
「たまたま助かっただけなのです」
「助かったのなら良いじゃない」

 流石に砂漠の真ん中を走るのは危険過ぎるとの判断。空から確認した街道までは気配探知を使い安全を確保しながら慎重に戻ると、他の旅人の迷惑にならないようにとスピードは控えめに走ることにした。


▲▼▲▼


 町を一つ迂回し、走り続けること数時間。少しだけ空が赤くなり始めた頃には目的地であるティリッジの町に到着する事が出来たのだが……


 ~~ようこそ!ダンジョンの町  ティリッジへ~~


 魔導車を降りた俺達は、外壁はもちろん門すら無い町の入り口に掲げられたそれはそれは大きな横断幕に唖然としてしまった。

 前の町から続く街道の終着地点、ちょうどそこに建てられた、それこそが門の代わりをするかのような大きな横断幕のすぐ横には、門番役と思しき派手な半被姿の男が景気の良い掛け声を上げながら道ゆく人に語りかけている。

「いや~そこの美男美女の方々、よくぞ、よくぞおいでくださった!この町はダンジョンを名物とする町 〈ティリッジ〉と申しますっ。この町のダンジョンは初心者から玄人まで幅広い層の冒険者が訪れるスピサ領随一の観光スポットにございます。お兄さんのようなお金持ちの方でも楽しんで頂けるよう、町の全住民、総力を挙げて参りますので何卒っ、何卒ティリッジの町をお楽しみくださいませっ。

 ああっ!そこの道行くお兄さんっ、本日の収穫は如何でしたでしょうか?
 何っ?あんまり良くない?それは申し訳ございませんっ。しかし、しかしですっ!明日のダンジョンはきっと良い事が起きるっ!そう信じてまた明日、ダンジョンをお楽しみいただければ、必ずお兄さんにとって良い事が起こるでしょうっ!
この町のダンジョンは決して貴方を見捨てることはないっ!私はそう断言いたしますっ。

 ああっ!そちらの美しいお姉さんには、いつもいつも大変お世話になっております…………」

 ここで何をしてるのか理解し難い。延々と喋り続ける半被男は無視して町へと入れば、なんだか町全体がお祭りのような雰囲気。至るところに赤や黄色、緑、青、紫に桃、様々な色の魔導照明が設置され、暗くなり始めた町並を キラキラ と派手に照らしていた。

 其処彼処には所狭しと屋台が並べられ、大勢の人が楽しげに町を練り歩いているのが足を踏み入れたばかりのこの場所からでも容易に見て取れる。

 こんな中でアリサを見つけられるのか?と心配になったが、取り敢えず宿を探そうとメインストリートらしき通りを歩いて行くと大きな広場に出た。
 中心部にはちょっとした噴水が設置されており、周りには沢山の椅子やテーブルが置かれている。それを取り囲むようにして食べ物を中心に屋台がズラリと建ち並んでいるので、あそこで買って食べろと言うことなのだろう。

「先に何か食べる?」
「うーん、美味しそうな匂いはするわね」
「じゃあ適当に買ってくる?」
「俺は席を用意しておくよ。みんな好きなもの買って来てくれる?」
「了解っ!エレナ、行くわよっ!」
「あ、待ってくださいっ。リリィさ~んっ!」

 二人ずつくらいにバラけて屋台へ繰り出すみんなを見送ると、残った俺は空いている場所を探して机を適当に並べ替え食事の場所を確保した。


 今宵の夕食を求めて行き交う雑踏を眺めて皆のの帰りを待っていると、見る人見る人が剣や斧、盾に槍に弓にと何かしらの武器を持っているのに気がつく。この町には冒険者しか居ないんじゃないかというほど冒険者が多いように思えた。
 ダンジョンで栄えた町ならば商人さん達も居てもおかしくないのに、それらしき人が歩いてないのは今が稼ぎ時だからだろうか?

 そんな中、彼女こそ地元の子だと思えるような健康的に焼けた小麦色の肌の少女が何かを探すように キョロキョロ として歩いていた。もしかして迷子だったりして……と見ていたら偶然にも目が合ってしまう。
 流れのある人波の中で立ち止まった少女。しばらくの間 ジッ と視線を合わせたままでいたかと思いきや、何を思ったのか トコトコ と俺の座る方へとやって来る。

「兄さん、初めてこの町に来はったんやろ?見たところ冒険者みたいやけども、ダンジョンはもう入ったん?」

 あれ?迷子じゃないのか?それにしても変わった喋り方をする子だなぁ。この辺はこんな喋り方なのか?

「いや、まだこの町に着いたばかりだよ。なんでだい?」

「おぉっ!兄さん、ラッキーやなぁ。ほんなら、まだ案内ガイドとか探してへんやろ?兄さん強そうやし、ウチを雇ってくれへんやろか?」

「案内?どういうことだ?町の案内なら要らないぞ?」

 軽やかな笑い声を上げると俺の隣の椅子に勝手に座り、人の太腿に手を置いて ズイッ と身を寄せ少し下から覗き込んでくる。

「兄さん、カッコいいなぁ。なんならウチをうてくれてもいいんよ?」

 小麦色の肌にあつらえたかのような濃い茶色の髪。それにブラウンの瞳が合わさり、なんだかチョコレート菓子みたいで美味しそうな子だなと思い、勝手に “チョコレートちゃん” と名付けてみた。

 見た感じ十歳そこそこにしか見えない小さな身体なのに薄手の服から覗く膨らみはそこそこ立派なもので、女性としては成熟していることを物語っている。
 くりっくりの大きな眼と小さな鼻にぷっくりとした唇。全体としても整った顔立ちをしており、キチンとした身なりをすれば何処かのお金持ちのお嬢様ですと言っても通りそうな美貌の持ち主だ。

「買ってくれって、生活に困ってるのか?でもそういうのはあまり感心出来ないぞ?
 これくらい賑やかな町なら、仕事なんて探せばいくらでもあるだろう?真っ当に働いて生きて行けよ」

「ぷっ、アハハハハハハッ。まさかお説教されるとは思わへんかったわ。ねぇ兄さん、やっぱウチの事、買わへん?」

 人の話聞いてたか?と言おうとした時だった。

「あーーっ!レイが浮気してる!」
「あら、レイの分のご飯は要らなかったのかしら?モテる人は大変ですね」

 まぁそう言われても仕方のない状況ではあるが、ティナは俺の事を何だと思ってるんだ?サラもかなり不機嫌そうだし、こりゃ不味ったかと感じて何て言おうか考えていると、チョコレートちゃんがとんでもない事をしでかしてくれる。


「「!!!!!」」


  人差し指を唇に当てて悪戯チックに微笑んだかと思えば近くにあったチョコレートちゃんの顔が更に寄り付き、こともあろうか唇を重ねるという暴挙にでたのだ。

「レ、レイ……?」
「ちょっとあんたっ!何してんのよっ!!」


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