黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
264 / 562
第五章 変わりゆく関係

38.待ち望んだ者

しおりを挟む
「さて、何処から話しましょうか……」

 全員が席に着くとルミアは珍しく少し悩んでいるような感じで話し始める。彼女は天才と呼べるほど頭の回転が早く悩むということが珍しいのだが、それほど話し難い事なのだろうか?

「じゃあ簡単な所からにしましょう……フォルテア村、あの村を造ったのは私と言っても過言ではないわ。

 六十五年前に三国戦争が起き、サルグレッド軍に攻め込まれたルイスハイデ王国とスピサ王国の王家の血を絶やすわけにはいかなかったのよ。
 それぞれの王城が攻め込まれたタイミングで城そのものを崩壊させると同時に、大陸の中心付近に位置する大きな森林地帯、その地脈の交点の一つであるあの場所に、王家と、それに準ずる者達を転移させ生活の場を与えたわ。

 そして十五年前、私の待ち望んだ世界の運命を背負った子供がついに生まれた。

 闇魔法、一般的にそう呼ばれる魔法自体使える者はごく僅か。その特殊性もあるけど光魔法や雷魔法より使用者が少なく、殆ど目にする事はない魔法ね。
 闇魔法とは精神に作用する魔法で、熟練の魔法使いであれば人の心につけ込み、その人間を意のままに操ることが出来る陰湿な魔法だわ。
 けど、同じ黒い魔力色でも『虚無の魔力ニヒリティ・シーラ』とは誰も使うことが出来ない魔法なの。この世で唯一、レイシュア・ハーキースを除いては……ね。

 それは全てを無に帰す禁呪とも言えるモノ。レイの話に出て来た黒い霧、それに触れた物は全てが消え失せるわ。生物であろうが鉱物だろうが、空気や人の魂までもが等しく無と化す。
 レイがもし望んだのならば、この世の生き物全てが居なくなる事でしょう。勿論生き物だけじゃない、ありとあらゆる物が消え失せ、天地開闢時代に逆戻りするでしょうね。

 だから貴方は注意勧告を受けた。

 この世で最も強い種族とされるレッドドラゴン達の長  《ギルベルト》、貴方達が見つけた例の魔族ケネスに傷を負わされたというドラゴンの事よ。
 ドラゴンとは超長寿の種族。彼は五百年前に一度、滅びかけたこの世界を見て来た生きた証人だわ。


 当時の使い手は歴代で最も才能に恵まれていた。より多くの虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使える器を持っていれば、それに比例して他の魔法を扱う事にも長けている。それ即ち他者を圧倒できる強者たりえる者。その男は規模は小さいながらも強国とされていた国に実力を示し、若くして王となった。

 しかし虚無の魔力ニヒリティ・シーラは諸刃の剣でもあるわ。黒い魔力を使えば、それに比例した大きさの闇からの誘惑がくる、己の欲望に従えと囁きかけるのよ。
 彼までの歴代継承者達が大きな事件を起こさなかったのは、扱える虚無の魔力ニヒリティ・シーラの量がそれほど多くなかったから。多量の力を使わなければ闇からの声も少なくて済み、常識的な理性さえあれば抗うのにそれほど大した苦労をすることはなかった。

 扱う能力があっても使わなければ何の問題もない。けど、レイも体験したように怒りとは理性のタガを簡単に外してしまうものなのよ。
 結果として最悪の魔物と成り下がった男は心に巣食う闇に唆されて己の欲望に負けたということ。つまり魔力に飲み込まれて自分を失ったのよ。
 そうなった後に残るのは破壊の権化と化した最強最悪の存在。そこに本来の人格などは無く、自分の気に入らないモノに始まり、目に映る全てのモノを破壊し始めた悪魔の誕生だった。

 こうして地上に生きる全ての者達と破壊の悪魔との戦いが始まったわ。

 人間を擁護する女神エルシィと魔族を擁護する女神チェレッタを中心とし、人間、魔族、獣人、ドラゴン、その他意思の疎通の出来る者達全てが団結し、最悪の魔物を倒すという共通の目的の元に一致団結して戦ったわ。
 今ではもう記録にも残っていない《闇魔戦争》の勃発ね。

 けどそれは戦いというには余りにも悲惨だった。触れた物全てを消し去る虚無の魔力ニヒリティ・シーラの前には多くの戦士達が何も出来ないままにこの世から居なくなって行ったわ。
 唯一対抗出来るのは光魔法のみ。それもまともに扱える術者が少ない上に、魔法の威力が弱ければ容赦なく闇に飲み込まれ消えて無くなるのよ。

 命の使い捨てともとれる蹂躙されるだけの絶望的な戦いの末、とうとう最悪を倒すことに成功した全人類連合軍は虚無の魔力ニヒリティ・シーラを受け継ぐ一族の監視をする事を決めた。

 その担当となったのが他でもない、この私よ。

 私は魔族王家の血筋に生まれ、赤子の頃より強い力を宿していた。
 実力主義である魔族社会とはいえ女に生まれた所為で王になることは出来ない、そこで与えられたのが宮廷魔術師の職。王族として生まれた者達は皆、私の教え子だった。
 人間より長命な魔族にしてみても考えられないほどの長い寿命と、他者を圧倒出来る強い力とが認められ、私に白羽の矢が立ったのね。


 サラのエストラーダ家に受け継がれる癒しの魔法ハイルング・ウィースは薄まりながらも広く世に広がる事となったけど、リリィのコーヴィッチ家に受け継がれてきた結界魔法メジナキアや、魔族の王族であるエードルンド家に受け継がれる重力魔法アトラツィオーネは血で受け継がれる特別な魔法。

 それより更に特異な虚無の魔力ニヒリティ・シーラは、ある一族の直系の男子にしか受け継がれることのないこの世で最も特殊な魔法なのよ。
 その中でも魔法に選ばれて扱うことが出来るようになる者はごく稀にしかいなかった。
 だが魔法に目覚める者が居ない訳では無いので、一族の子供が生まれる度に人知れず訪れては魔法で診断し、虚無の魔力ニヒリティ・シーラの適格者であると判断された場合には魔法そのものを弱める封印を施して監視をしてきた。

 そんな家系にも関わらず、後にその一族は力を得てルイスハイデという大きな国を作るまでと成る、つまりルイスハイデ王国の王族の系譜ということね。

 そうして時は流れ、話は十五年前に戻るわ。

 滅ぼされたはずのルイスハイデ王家の末裔が生きるフォルテア村で一人の男の子が産声を上げた。
 その子は歴代の適格者の中でも特に強い力を持っていた。私の見立てではたった一人で世界を滅ぼしかけたあの男と同等の力を持った子供。待ち望んだ人の到来に歓喜すると共に、その力に恐怖も感じたわ。
 私は生後半年のレイに魔法を完全に使えなくするほどの強力な封印を施して時を待った。

 そして成長した貴方は虚無の魔力ニヒリティ・シーラに耐えうるだけの心を手に入れ、私の目的を達するに見合うだけの成長も遂げた。

 レイ、魔族と人間との争いを終わらせる為、その力を持って女神チェレッタを殺しなさい」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...