黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第三章 騎士伯の称号

45.鉄格子と白い手

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 メイドさんの証言があればすぐに出られるだろう、そんな甘い考えをしていた自分を情け無く思う。
 嵌められたのではと言われた時点で気が付くべきだった。

 当たり前のようにそんなメイドなど見つからなかったそうで、二日経った今も俺は薄暗い地下牢で一人、馬鹿な頭を冷やしている。


──いつまでここに居なければならない?
──いつになったらモニカに会える?


 不安ばかりが頭を過る中、賑やかな二人が俺の元を訪れた。

「よぉレイシュア、やらかしたそうだな。どうしようもないドジだな、お前」

「王女なんか止めてアタイの誘いに乗っとけば良かったんじゃないのかい?何なら今ここでする?流石にここではしたことないからねぇ、アタイの初めてをあんたにあげられるねぇ。嬉しいだろ?ねぇ、どうする?」

 ニヤニヤと俺の姿を嘲笑うガイアと、何か勝手な想像をして恍惚の表情を浮かべるエリザラ。近衛三銃士の二人だった。

「この万年発情期女が、ちょっと黙ってろよ。
レイシュア、お前は御前試合の時のお嬢ちゃんとデキてる、そうだよな?それで今度は王女殿下もか?お盛んなのは結構だが、何考えてんだ?
 アリサの事はどうするつもりなんだよ」

 エリザラも居るのに堂々とそんな話をするのか。まぁ、名前だけじゃ魔族かどうかなんて分からないから構わないのか?

「なんだいなんだい?色男はやっぱり女にだらしがないのかい?それなら早くアタイも抱いておくれよ。
 あぁでも、もう遅いか。せっかくの色男なのに死んじまったら何にもならないもんな。やっぱり今がラストチャンスだね、人生の最後にこのアタイと、なんてどうだい?」

 先程やって来た数人の男達。彼等の言う『略式裁判』はどうやら正式なもので、明日の昼に行われると告げられた “斬首” も本当の事のようだ……。


──死ぬ?俺はこのまま首を斬られて死ぬのか?


「んな顔すんなや、お前はまだ死なねぇ。お前の運命がこんな所で終わるはずがねぇ、俺はそう思ってる。
 お前の事を買ってやってるんだぜ?この俺が。お前はきっとここから出て、強くなって再び王都に帰って来る。その時は再戦と行こうじゃないかっ、今度はお互い全力でなっ!

 アリサの事はお前に任せる。あいつは寂しがり屋だ、糞のケネスじゃなくお前が傍にいてやれ。

 じゃあなレイシュア。お前が戻るのを待っててやる、俺の期待を裏切るんじゃねぇぞ?」

「ガイアの奴は何が言いたかったんだ?まぁ、あんたが死なずに戻ってくるってんならアタイも待っててあげるよ、その時はちゃんと相手してくれよな!
 じゃあ、がんばんなっ!」

 言いたい放題言って去って行った個性的な二人。エリザラの“待ってる” はちょっと怖いけど、ガイアは何を根拠にあんな事を言い出した?

 俺の運命とはやはり王家の血の事か?でも、そんな事をあいつが知るはずもない……じゃあ、なんだ?

 静寂を取り戻した地下牢、物音すらせず、一人だけ世界から取り残された感じさえしてくる。

「王家の血……か」

 サルグレッド王家の象徴である『癒しの魔法』は王家だけが独占している力ではない。それでも直系の者達には桁違いの回復力が備わっており “死んでさえいなければ癒せる” “手足の欠損でさえ完治させる” と噂されるほどだ。

 サラ王女、彼女にもその血が流れているということは奇跡的な癒しの魔法を使えるということか。
 もしもあの時、彼女があの場所に居たのならユリアーネは……いや、もしもの話は考えても仕方がないな。

 何故だか分からないが彼女の事が妙に気になる。単に容姿に惹かれているだけだろうか?
 サラサラの銀の髪、マシュマロみたいだった柔らかな頬、星空を写す青紫色の瞳。整った顔は人を惹きつけるに十分な魅力がある──しかしだ。
 可愛らしいというまた別の要素を含んだ美しきモニカが俺を慕い結婚まで口にしてくれている。それでも尚、俺は美しい者を求めると言うのか?

 惹かれると言えばリリィだ。赤ん坊の頃から一緒の彼女だから女性として意識した事は殆どなかった。たが、ふとした拍子に心が吸い寄せられるような感覚を覚えることが何度かありはした。

 確かに彼女も容姿は抜群だ。大きな目の中に咲く薔薇色の瞳、背の高い小鼻と桃色の唇は整った顔を更なる高みへと導き、腰まであるプラチナブロンドの髪はすれ違う男達を振り向かせる魅力に溢れていた。
 バランスの取れたナイスバディは常日頃の鍛錬で余計な肉を寄せ付けず、思った事をストレートに口に出す性格はキツく感じるときもあるが、黙ってさえいればサラ王女と並んでも遜色がない、というよりリリィに軍配があがってもおかしくはない。

 そのリリィはスピサ王家の力を受け継いでおり、一族にしか相伝されることのない特殊な『結界魔法』が使える。

 そういえば、俺の身体に在るだろうルイスハイデ王家の力とは一体なんなのだ?
 旧国の事などおいそれと他人に聞ける話ではないし……ルミアに会ったら聞いてみるとしよう。


 ルミアで思い出したが彼女は一体何者なんだ?
陛下とストライムさんの話しによると、教会にある転移装置を代表とする様々な凄い魔導具を世の中にもたらした人物だという。

 魔法を使いこなす技術とそれに見合うだけの桁違いの魔力。それに加えてどう見てもまだ十二、三歳というあの容姿。
 さらに言えば、あの時見た、背中から生える蝙蝠の羽の形をした大きな翼は間違いなく魔族の証だろう。アリサの事も知っているような態度からすると、彼女も穏健派の魔族といった所なのだろうか?


──俺には分からないことだらけだな。


 ここから出られたら家に帰ろう。そして物知りなルミアに色々と聞いてみよう。

 きっといつもの無表情な顔にニタリといやらしい笑みを浮かべ「知りたい?」と俺を挑発してくる事だろう。
 そんな想像が着くくらいは付き合いもある。俺の中では “幼い容姿の頼れる姉ちゃん” だ。


△▽


 ガチャッという鍵の開く音で目が覚めた。いつのまにか寝ていたらしく、高い所にある小さな換気窓からは月の灯りが入り込んでいた。

 入り口の扉が開いたのは、俺がここに入ってから四度目だ。
 一度目は初日の朝、裁判官を名乗る人物とそれに従う二人のお供。弁明の余地もなく、ただ淡々と俺の罪を告げられ事実確認をされた。

 二度目は今日の午前、再び現れた裁判官とぞろぞろついて来た七人の陪審員。簡易裁判だと告げ、僅か数分で『死刑』を言い渡しさっさと帰って行った。
 その後には近衛三銃士の二人が訪れ、やかましく茶化して帰って行った。あれはあれで沈んだ心の助けになったし、ガイアの言った俺の運命とやらに少しばかり希望が持てるようになった。

──そして、今……

 静かに開いた扉から入って来たのは、黒いマントに身を包み、深々と被ったフードに顔を隠した三人組。

 思わず『死刑前に始末に来たか!?』と身構えたが、俺を見るなり小走りに寄って来た一人は女だと直感した。

「お兄ちゃんっ!大丈夫だった?迎えに来たよ」

 鉄格子に飛びついたのは他ならぬモニカ、逢いたいと願って止まなかった人に逢える事がこんなにも嬉しいのだと実感したのは初めての事だった。

「モニカ、すまない。俺は……」
「もう大丈夫だよっ、助けに来たからね!コレットお願い」

 歓喜に涙が出そうになりながらも近寄り、鉄格子越しに手が触れ合う。

「!?」

 途端に思い出される、これと似た映像ビジョン。暗闇の鉄格子、触れ合う白い手、柔らかな感触は同じなれど碧い瞳をした彼女は……誰だっけ?

ガチャッ

 解錠の音に我に帰ればコレットさんが鉄格子の扉を開けてくれる。


⦅大人になった貴方が、私をココから出してくれる夢を見たのよ⦆


 少女の声が頭の中に響く、脳の一番深いところまで染み入る恐ろしく澄んだ声。

「お兄ちゃん!辛かったんだね……」

 牢の中に入ると慌てて駆け寄って来るモニカ。いつのまにか膝立ちになった俺の頭を抱き寄せ、頭を撫で始めた。
 熱を帯びた目頭からは不安だった思いと共に涙が溢れ出し、それとは逆に、鼻からはモニカの匂いが入り込んで安心感を与えてくれる。晩餐会で別れてからずっと求めていたモニカ……


──やっと逢えた!


「もう大丈夫よ。もう、離さないからっ」

 しばらくぶりのモニカに甘え、空っぽになっていた “モニカ” を補給していれば、コレットさんだろう、浄化魔法が掛かり淡い光が俺達を包み込む。
 まる二日も風呂に入れず身体も拭けてなかったから汚かったというのに、そんな事は少しも気にせず俺を包み込んでくれたモニカ。

「さぁさぁ、イチャイチャするのはもう少し我慢してくださいね。先ずはレイ様、さっさとお着替えを。時間がかかるようでしたら手伝いますが、どうなされますか?」

 顔だけ離して力一杯首を横に振るが、こんな夜更けに姿を隠すマントまで羽織って来たのだ、その意図は聞くまでもない。
 時間をかけるのは良くないと結果を生むと渋々モニカから離れると、羊の皮を被った狼さんが我慢の限界を迎える前にさっさと服を脱ぎ捨てた。


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