黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第三章 騎士伯の称号

44.動くべき時

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 二人で昼食を取っていればアレクシス王子がやってくる。昨日、お父様の部屋に駆け込んで来た時と同じく焦燥した表情に『悪い知らせだ』と身構え頬が強張る。

「良くない状況だ、相手はコンラハム・パチェコだけでは無かった。パチェコ家を中心としたいくつもの下級貴族が加担しているようだ。更に悪いことに陪審員も半数以上が掌握されている。
 父上がレイを貴族にすると決めてから丸一日しか経っていないのに見事なまでの周到ぶり、出来ることならその力は民のためになる事に使って欲しかったな。
 それで、あの様子だとすぐにでも裁判が開かれ、邪魔が入らない二、三日の内に多少強引にでも刑を執行させるだろうと父上の見解だ。
 と、なると、動くなら今だ。どうする?」

「お兄様は私がどうするかも解ってて聞きにいらしたのではありませんか?ただの確認ならそんなに焦ったような演技は要りません。
 それに、確認も必要ない事くらいお見通しなのではありませんか?」

 溜息を吐いたサラが謎めいた言葉を吐き出せば、ぷっと吹き出したアレクシス王子が声を上げて笑い始める──あの……私にはさっぱり分からないんですけど?一人だけ置いてけぼり……。

「ごめんごめん、サラの気持ちは分かってるさ。でも大事なことだから確認は必要だろ?それで、サラも一緒に行くのかい?」

「私は自分の事が分からなくなってしまったの。どうしたらいいのか、どうしたいのか。
 お父様やお兄様が許可してくださるのなら私は一緒に行きたい、行って確かめたいの……駄目かしら?」

 立ち上がったサラを抱きしめると頬を寄せ頭を優しく撫でる。その姿はお兄ちゃんが私にしてくれるように、愛しい者を、心から愛する者を大事に包み込んでいるように見えた、。

「私達がサラを縛るわけは無いだろう?後始末は我々がする、自分の思う通りにしなさい。
 君の幸せこそが私達の幸せなのだと知っておいてくれ」

「ありがとう、お兄様。大好きよ。私は幸せ者ね。お父様にも愛してると伝えてくださる?」

「あぁ、分かったよ。鍵は夕方までになんとかしておく。今後のためにもサラも少し休んでおくんだ、これは次期国王からの命令だよ?」

 愛を語るように言葉を交わしたアレクシス王子は、サラのおでこにキスをして部屋から出て行った。
 一人ポツーンと取り残された私、サ~ラぁ~、説明っ!

「うふふっ、楽しくなって来たわね。モニカ、今夜貴女のダーリンに会えるわよ、もう少しだけ待ちましょう」

「え?どういう事?ちゃんと説明してよっ!全然わかんないわっ」

「裁判官も陪審員も買収された裁判なんて裁判たり得ない、つまり公正な裁きをさせるには時間が足りないのよ。私達が証拠を集め終わる前に刑が執行されてしまうわ。
 じゃあどうやって時間を稼ぐのか……レイシュア様を脱獄させて王都から逃すわ」

 今まで見たこともないような悪い顔でニヤリと笑うサラ……だ、脱獄ぅ!?そんなことして大丈夫なの?それも犯罪じゃないの?

「まぁ脱獄自体は犯罪だからね、私達がやったと分からないようにはしておくわ。
 決行は今日の夜更け、モニカも一緒に街を出るでしょ?コレットに話して準備をしておいてね。

 良いこと?彼を迎えに行った時は絶対に泣いちゃ駄目。彼の方が精神的に参ってるはずだから、ちゃんと笑顔で迎えに行くの、わかった?
 それと、私も一緒に王都を出るわ。貴女とティナがちゃんと仲良く出来るのかを見届ける。そう決めたわ、良いでしょ?」

 それはもちろん良いんだけど……サラ、貴女の目的はそれだけじゃないよね?
 自分の責任を取る為とはいえ、犯罪まで犯そうとするのはいくらなんでもやり過ぎだもの。

「サラ……サラは本当はお兄ちゃんの事が好きなんじゃないの?好きな人の危機を救ってあげたいんじゃないの?ねぇ、正直に言ってよ。私、サラとならちゃんと上手くやって行けるわ。だがら……」

 言いかけた私の口に人差し指が当てられ、それ以上は喋るなと止められてしまう。当の本人は苦笑いというか、なんとも複雑な顔をしていた。
 もしかして私の為に自分の気持ちを捨てようとか思ってないでしょうね?そんなの絶対に許さないからっ!

「私……さ、自分の気持ちが分からなくなったの。
 最初、あの人に会った時はティナが一緒に居たわ。でも友達だと彼は言い切った。その時、どれほど嬉しかったことか。一目で心を奪われるなんて馬鹿みたいでしょ?可笑しいよね。
 その後、帰ってからもずっと彼の事が気になって仕方なかった。

 でも再び現れた彼の隣には婚約者だと言う貴女が居た。正直な話、ショックだったわ。でも彼は何も悪くない。
 聞けばその後、ティナとも関係を結ぶって言うじゃない?それをモニカまで了承してるって。何を言っているのか分からなかったわ。その時からよ、自分で自分の気持ちが分からなくなったのは。

 王宮という鳥籠から連れ出されて見るもの全てが新鮮に思えたのね、たまたまそこに今まで見た事のないタイプの殿方がいた。でもその人とは考え方も違えば住む世界も違うのよ。たぶんそれを理解し始めてる、もう少しすれば落ち着くわ。だから、モニカが気にすることは何一つない。
 私は友人である貴女達二人の結末を見届けたら大人しく王宮に帰る、それまでは一緒に居させて、ね?」


──嘘よ、あからさまな嘘。


 間違いなくサラはお兄ちゃんの事が好き。気の迷い?冗談じゃないわ。一度好きになった人をそんなちんけな言葉で塗り替えるなんて不可能よ。よほどの理由がない限り心に巣食った人は居なくなりはしない。
 きっと、人とは違う生き方に戸惑っているだけね。その証拠に、隈を作ってまで頑張っていたじゃない。責任?プライド?私のため?……違う。そんなんじゃ犯罪まで犯す理由にはならない。だって彼女は外聞が全てである貴族の頂点たるサルグレッド王家のお姫様なんだもの。

 私はサラを抱きしめた。サラもそっと抱きしめ返してくれる。

 身を挺して努力したサラ、私が彼女にしてあげれることはお兄ちゃんとの仲を取り持ってあげることくらいしかない。
 正直、お兄ちゃんを取られてしまわないかと不安には思うけど、きっとサラとなら仲良くやれる、気心の知れたティナとなら仲良くお兄ちゃんを愛していける。

「お兄様にも言われたし、流石に夜中まで起きてるのも辛いわ。少し寝ていいかしら?モニカはご両親への挨拶をしておいでよ」



 ソファーで横になった途端に寝息を立て始めたサラ、それはそうだ、寝る間も惜しんで頑張り続けてたんだもん。
 起こさないよう気をつけながら毛布をかけ、静かに部屋を後にする。


──もう少しでお兄ちゃんに逢える!


 そう思うと足取りが軽くなり、気が付いたら優雅な時の流れる王宮の廊下を全力で駆け抜けていた。
 そんな私を『何事!?』とみんなが見ていたが構ってなどいられない。

 息を切らせてたどり着いた部屋の前、呼吸を整える時間も惜しくなり踊り出しそうな気持ちを扉へとぶつければ、派手な音と共に私の行く道を開いてくれる。

「お父様!お母様!私、旅に出るわっ!!」

 当然、びっくりして振り向く部屋の中に居た人達。そんな事にも構わず言いたい事だけを大きな声で明瞭かつ簡潔に伝えれば、しれっとした顔のコレットは置いておいて、全員が目を丸くして驚いていたのは言うまでもないわね。


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