黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第三章 騎士伯の称号

35.晩餐会はたらい回し

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 やはり晩餐会などというものは庶民の俺には向いていない。同じ人の多い場所ならギルドの食堂で荒くれ者達の中で騒いでいる方がよほど性に合っていると思う。

 陛下の合図で晩餐会が始まると、堰を切ったようにご婦人方が押し寄せてきた。しかし救いがあったのは彼女達が求めていたのが “話の種” だったという事だ。
 今話題の俺がどういう人なのか、どんな容姿なのか、どんな活躍をしたのか、彼女達は今夜以降の話題作りの為に俺という最新の情報を求めていた。
 これがもし俺に取り入るつもりで来ていたのなら、たぶん俺は逃げ出していただろう。貴族になったばかり、金も権力も持たない俺にはそんな思いを抱く者など殆どいなかった。

 そう……殆ど、だ。

 つまり何人かのご婦人は遊び相手として話題性の有る俺に迫って来たのだ。もちろん人目がある手前、あからさまなことはなかったのだが、それでもを思わせるねちっこい視線は正直気持ちのいいものではなかった。


「よぉ英雄!ちょっと面貸しなっ」

 背後から肩を叩いたのは闘技場で戦った近衛三銃士の一人、ガイアだった。
 流石にこの会場では上半身裸とはいかなかったようで、ちゃんと白シャツに黒いジャケットを着ている。まぁ上から二つのボタンは外されており、オマケに蝶ネクタイもしてなかったんだけどね。

 ご婦人の荒波から解放されホッとして付いて行けば、場に浮いている感じのする二人の男女が待っていた。

「あぁっ来た来た。貴族に揉まれてあんたも大変だねぇ。あたしはエリザラ、その戦闘狂と同じ近衛三銃士の一人だよ。ふぅ~ん、あんた良い男だねぇ。今夜空いてるかい?」

 腰まである茶色の髪を左右で三つ編みにして縛る褐色の肌の女性、薄い黄色のドレスを身に纏っているが一応着ているだけといった感じでかなり着崩しており、健康的な肌が露出している。その中でも一際目を引くのがはち切れんばかりの豊満なお胸様だ。張りのある双丘は彼女が動くたびにプルプルと揺れ、俺の視線を奪って離さない。

「んん~~?あんたもこの胸が気に入ったのかい?なんなら今から何処かにしけ込むか?」

「やめんかっハシタ無い。お前、それでも栄誉ある三銃士か?もっと誇り高くいるべきだろう。すまんねハーキース卿、こいつはいつもこんな感じなのだ。気を悪くせんでくれ。儂もこの二人と同じく近衛三銃士の一人でバルダニロ・エスクルザと言う者だ、宜しく頼む」

 見た感じ四十代半ばくらいだろうか?堀の深い威厳に満ちた顔に、近衛騎士として鎧を身に纏ったのなら騎士の中の騎士と言える見応えある体格。残念なことに今は場所が場所なだけに、その鍛え上げられた大きな身体はタキシードに押し込められている。しかし、やはりと言うか当然と言うか、服から悲鳴が聞こえそうなほどパツンパツンになってしまっている。

 その一方、オールバックに纏めたグレーの髪は、色からして目立たないものの結構な数の白髪が混じっている。それは年齢からくるものなのか、この二人の面倒を見るというストレスからくるものなのか、俺には判断がつかなかった。

「それにしてもさ、昨日のあんたは凄かったね。王子様はさておき、手を抜いていたとは言えガイアとあれだけ打ち合えるんだ。あたしゃアレを見てただけで濡れてきちゃったよ」

「やめろと言っておるだろ!ったく……貴殿から見てうちの隊長はどうだった?あの人に勝てる見込みはあったかね?」

「アイツは化け物だろ。俺は無理だぞ?あんなのに勝てるのは神くらいじゃないのか?やるだけ無駄無駄。それより俺とのリベンジはいつやるんだ?俺はいつでもウェルカムだぜ?」

 俺の肩に手を置きワクワクした顔で見てくるガイア──リベンジなんてまた今度でいいだろ?まったくこの戦闘狂は……そういえば魔族だったな。そんなこと忘れるくらい自然に話してた。

「隊長さんは強かったですね、会った瞬間から勝てると思ってませんでしたけど、それでも強かった。確かに神でないと勝てないレベルですよね」


「あらあら、騎士伯様はやっぱり戦いがお好きななのかしら?」

 濃い緑色に白をあしらった落ち着いた印象を与えるドレス、品の良さげな笑顔を浮かべるご婦人は昼間とは見違えるほど美しいお姿だった。

「イルゼ・サザーランド伯爵夫人、相変わらずお美しいですな。貴女はそういった話題に振り回されるような方ではなかったと記憶しておりましたが、今回ばかりは話題の騎士伯に興味がおありなのですか?」

 バルダニロさんの紳士的対応、他の二人はもっぱらの戦士で、この人は唯一の節度ある騎士って感じ。
 三銃士は俺と同じ騎士伯だと聞いた。戦いが本業の近衛といえども社交の場にも顔を出さなくてはならないとは、それはそれで大変な職務だよな。

「ほほほっ、ハーキース卿は人目を惹きますものね。少しお借りしてもよろしいですか?主人に紹介したいのよ」

「勿論ですとも」

 オッケーされ俺は早速イルゼさんに腕を組まれて連れられて行く。たらい回しとはこういう事を言うのだろうと実感したよ。
 貴族様の相手より三銃士の彼等との触れ合いの方が気が楽だったんだが……。


「レイシュア、社交の場はどうですか?慣れないから疲れてしまったかしら?」

 隣を歩くイルゼさん、温かみのある笑顔は他の御婦人方の仮面・・とは違い、本心から心配してくれているのが伝わってくる。
 俺って気を遣われるほど疲れた顔してたのか?一応自分なりに営業スマイルを保ってたつもりだったんだけど……。

「貴女だから正直に言いますけど、早く帰りたいですね。俺のような冒険者風情が居る場ではないでしょう」

「あらあら、心を許してくれるのは嬉しいけど、もう少し頑張って頂戴。これも騎士伯としての仕事よ?今後、王都から出てしまえば参加する事も少なくなるでしょうから、今だけの我慢ね」

 ワクワクした顔で待っていたのは、長い金髪をオールバックにして首のあたりで紐で纏め、頭から馬の尻尾を生やしたような長髪の男だった。印象としてはやり手の商人、キビキビとした身振りは賢そうな印象を与え、それでいてなんとなく神経質そうな感じかした。

「やぁ、やっと会えたね。ケヴィン・サザーランドだ。昨日、妻に先を越されてしまったからね、早く会いたい思ってたんだよ。いや~、噂以上に色男だね。ご婦人方も放って置かないだろう。
 聞いてるよ?ティナちゃんとも婚約するんだって?なんとも羨ましいねっ!私ももう少し若ければ君に対抗してティナちゃん獲得に名乗りを上げるん……いや、失言した」

 よく喋る人だ、でも少しも棘がなく好感は持てる。ランドーアさんの義理弟に当たる人だもんな、悪い人なわけはない。
 要らない事まで喋りすぎてイルゼさんに睨まれてるけど、これでバランス取れてる夫婦なんだろうか?

「こんな主人だけど、よろしくね。私達は王都ではなく、もっと西の海の街 《カナリッジ》に住んでるのよ。もし近くに来たら遠慮なく寄って頂戴ね、いつでも大歓迎するわっ。もちろんその時はティナも連れてきてくれることを願ってるわよ?」

「そうだな、昔から君の事を話してたもんな。ほら、例の誘拐事件以来ずっとさ。彼女の思いが実る事を私も願っているよ」

 昔からって、たぶん攫われたティナをレピエーネへ送り届けた辺りの話だろう。五年も断り続けているのに未だ彼女の意志は変わらない。
 でも今は身分という意味では問題なくなったのに、モニカという新たな問題を俺自身が作ってしまった。惚れた晴れたなどコントロールできるものではないだろうが、ある意味酷い扱いをしているだろう俺をティナは受け入れるのだろうか。


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