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第三章 騎士伯の称号
34.騎士伯
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王宮のメイドさんの手伝で身を包んだタキシード、慣れない衣装とはいえ着るのが三度目ともなれば多少なりとも慣れた気になる。
晩餐会の前座とはいえ叙任式は俺一人が注目を浴びる事を考えるともう既に胃が悲鳴を上げており、お呼びがかかるまで朔羅の手入れをしようと布で拭いていた。
ピカピカの黒い刀身にハァッと息を吹きかけキュッキュッと汚れを落としていく。拭き終わればシャロから貰った油を少しだけ布に染み込ませ、またもやキュッキュッと拭いていく。
うぅ~ん、俺の朔羅ちゃんっ。綺麗になったね。
手入れが終わりピカピカになった朔羅を鞘に戻しキンッと鍔鳴りを楽しんだところでドアをノックする音が聞こえてくる。どうやらお楽しみは終わりらしい、白結氣はまた今度な。
「あれ?珍しいですね、服」
ノックしたのはコレットさんだった。いつものゆったりとした服装ではなく、今は普通のメイド服を着ているのでなんだか新鮮な感じだ。
「似合いませんか?」
「いいえ、美人は何着ても似合うんだなぁって」
「ありがとうございます」
コレットさんに連れられ隣の部屋に踏み込めば、淡い水色のドレスに身を包んだ見違えるほど美しいモニカが俺を待っていた。思わず俺の頬は緩み、笑みがこぼれる。
「モニカ!お姫様みたいだな。可愛いよっ!」
「そんなに褒められると照れるぅ~。ちゃんとエスコートしてくださいねっ、お・う・じ・さ・まっ」
流石に慣れてない事はないだろうが、それでも歩きにくそうなモニカに合わせてゆっくりと広い廊下を歩いていく。すると俺達と同じように女性をエスコートした男達が何組も廊下を歩いている。
皆一様に楽しそうに何やら話しながら歩いているが、やはりこういう時は男から話題を振るのがマナーなのだろうか?残念ながら俺は今それどころではないくらい緊張が高まり、喉がカラカラだ。
モニカも普段履かない踵の高い靴にかなりの神経を使っているようで、平然としながらも腕に力が入っているのが丸わかりだった。なんだか俺達はぎこちないカップルのようだな。
「レイ様、緊張し過ぎではありませんか?叙任式と言ってもすぐに終わります。国王陛下から貴族の証を頂くだけですよ?それが終われば晩餐会です、恐らくそちらの方がお疲れになると思いますよ。
お嬢様もそんなに気を遣わなくともちゃんと歩けるはずですよ、小さな子供じゃないんですからそんなに必死になって歩かないでください。もっと優雅に、気品ある姿勢で、淑女らしくしてくださいまし」
前を歩くコレットさんがお小言をくれる。たぶん半分は俺達を気遣ってだろう。いつもフォローしてもらってばかりで悪いな。
やっぱり貴族社会というのは冒険者にとって窮屈極まりないと思う。断りきれなかったことを今更ながらに後悔するよ。
黒いタキシードの海に咲くカラフルなドレスの花、人で溢れる会場は闘技場にも似た広さ。透明なガラスをふんだんに使った煌びやかな装飾の特大シャンデリアと各所に配置される小さなシャンデリア。色鮮やかに飾り付けられた花は、御婦人方の妨げにならないようにと配慮が甲斐見え、控え目ながらも場を盛り立てるには十分な役割をはたしている。
奥の端には何十人もの楽団が出番を待ち、壁際には各家と王宮のメイド達が騒然と立ち並ぶ。その脇の何箇所かにはテーブルが用意され、コックコートに身を包んだ男達が次々と料理を運び込んでいた。
謁見の間よりも華やかで俺達庶民の暮らす場所とは違う異世界。その入り口たる正門に当たる扉のすぐ横で待つようにとのコレットさんの指示で待機していれば、程なくして数段あるだけの階段の向こう、奥の扉が開き国王陛下と王妃様を先頭にアレクとサラ王女が入場してきた。
途端に静まり返る会場。階段の淵まで寄った国王陛下が会場を見渡せば、それを全員が注視して発せられる言葉を待つ。
「今宵は王宮主催の晩餐会にお集まり頂き感謝の意を表する。既に耳に入れている者もいるだろうが、本日は晩餐会を始める前にある男の栄誉を称えたいと思う。
レイシュア・ハーキースここに」
「はい!」
恥ずかしくないようにと腹の底から出した声は一切の物音がしない会場に響き渡った。
──大きな深呼吸を一つ。
小声で「お兄ちゃん、しっかり!」と囁くモニカとコレットさんに見送られて歩き出せば、床を叩く靴音だけが妙に耳に届く。早鐘のように高鳴る鼓動、同時に上り詰める緊張、頭が真っ白になる一歩手前の極限とも言える状態で、何百人という視線を浴びて歩む道はとてつもなく長く思えた。
息も絶え絶えでようやくたどり着いた国王陛下の前、段取り通りに階段のすぐ下で跪き陛下を見上げれば、実に愉しそうな笑顔で満足気に頷く。
「この男は先日起こったゾルタイン襲撃事件に居合わせた冒険者だ。そして元凶となった魔族に果敢に挑み見事撃退するに至った。かの事件はこの者の働きにより被害を最小限に抑えることが出来たと言っても過言ではない。また、先にもたらされた魔族に関する重要な情報もこの者がもたらしたものであり、この国、ひいては人間社会全体に対する貢献度は計り知れないものである。
よって議会の承認を得た上で、冒険者レイシュア・ハーキースに騎士伯の称号を与える事とする」
陛下は階段を降りると横に控えていた騎士から儀礼用の煌びやかな剣を受け取り俺の右肩に剣先を乗せた。
「レイシュア・ハーキース。貴殿は一般人でありながら栄誉ある騎士伯の称号を受け取り、貴族たる我らの仲間入りをする覚悟があるか?」
「はい、あります」
「ならば、いついかなる時も全身全霊を持って、この大地に暮らす全ての民が平和に暮らせるよう更なる貢献と努力を未来永劫続けられると誓えるか?」
「はい、誓います」
「ではここにメルキオール・エストラーダ・ヴォン・サルグレッドの名においてレイシュア・ハーキースに騎士伯の地位と名誉を与えよう。
貴殿のこれからの活躍に女神メルシィの祝福があることを願わん」
割れんばかりの拍手に包まれる会場、立つように促されそれに従うと、国王陛下が俺の胸に小さな鎖に吊るされたコインのようなものを付けてくれた。これが俺が騎士伯である事の証らしい。
「皆の者、ここに我等貴族の仲間入りを果たした若者が居る。今夜はこの者を称え、存分に楽しむがよいっ」
国王陛下の言葉を皮切りに音楽が流れ始めれば静かだった会場は喧騒に包まれる。
つまり俺の役目は終わり、晩餐会の開始となったのだ。
晩餐会の前座とはいえ叙任式は俺一人が注目を浴びる事を考えるともう既に胃が悲鳴を上げており、お呼びがかかるまで朔羅の手入れをしようと布で拭いていた。
ピカピカの黒い刀身にハァッと息を吹きかけキュッキュッと汚れを落としていく。拭き終わればシャロから貰った油を少しだけ布に染み込ませ、またもやキュッキュッと拭いていく。
うぅ~ん、俺の朔羅ちゃんっ。綺麗になったね。
手入れが終わりピカピカになった朔羅を鞘に戻しキンッと鍔鳴りを楽しんだところでドアをノックする音が聞こえてくる。どうやらお楽しみは終わりらしい、白結氣はまた今度な。
「あれ?珍しいですね、服」
ノックしたのはコレットさんだった。いつものゆったりとした服装ではなく、今は普通のメイド服を着ているのでなんだか新鮮な感じだ。
「似合いませんか?」
「いいえ、美人は何着ても似合うんだなぁって」
「ありがとうございます」
コレットさんに連れられ隣の部屋に踏み込めば、淡い水色のドレスに身を包んだ見違えるほど美しいモニカが俺を待っていた。思わず俺の頬は緩み、笑みがこぼれる。
「モニカ!お姫様みたいだな。可愛いよっ!」
「そんなに褒められると照れるぅ~。ちゃんとエスコートしてくださいねっ、お・う・じ・さ・まっ」
流石に慣れてない事はないだろうが、それでも歩きにくそうなモニカに合わせてゆっくりと広い廊下を歩いていく。すると俺達と同じように女性をエスコートした男達が何組も廊下を歩いている。
皆一様に楽しそうに何やら話しながら歩いているが、やはりこういう時は男から話題を振るのがマナーなのだろうか?残念ながら俺は今それどころではないくらい緊張が高まり、喉がカラカラだ。
モニカも普段履かない踵の高い靴にかなりの神経を使っているようで、平然としながらも腕に力が入っているのが丸わかりだった。なんだか俺達はぎこちないカップルのようだな。
「レイ様、緊張し過ぎではありませんか?叙任式と言ってもすぐに終わります。国王陛下から貴族の証を頂くだけですよ?それが終われば晩餐会です、恐らくそちらの方がお疲れになると思いますよ。
お嬢様もそんなに気を遣わなくともちゃんと歩けるはずですよ、小さな子供じゃないんですからそんなに必死になって歩かないでください。もっと優雅に、気品ある姿勢で、淑女らしくしてくださいまし」
前を歩くコレットさんがお小言をくれる。たぶん半分は俺達を気遣ってだろう。いつもフォローしてもらってばかりで悪いな。
やっぱり貴族社会というのは冒険者にとって窮屈極まりないと思う。断りきれなかったことを今更ながらに後悔するよ。
黒いタキシードの海に咲くカラフルなドレスの花、人で溢れる会場は闘技場にも似た広さ。透明なガラスをふんだんに使った煌びやかな装飾の特大シャンデリアと各所に配置される小さなシャンデリア。色鮮やかに飾り付けられた花は、御婦人方の妨げにならないようにと配慮が甲斐見え、控え目ながらも場を盛り立てるには十分な役割をはたしている。
奥の端には何十人もの楽団が出番を待ち、壁際には各家と王宮のメイド達が騒然と立ち並ぶ。その脇の何箇所かにはテーブルが用意され、コックコートに身を包んだ男達が次々と料理を運び込んでいた。
謁見の間よりも華やかで俺達庶民の暮らす場所とは違う異世界。その入り口たる正門に当たる扉のすぐ横で待つようにとのコレットさんの指示で待機していれば、程なくして数段あるだけの階段の向こう、奥の扉が開き国王陛下と王妃様を先頭にアレクとサラ王女が入場してきた。
途端に静まり返る会場。階段の淵まで寄った国王陛下が会場を見渡せば、それを全員が注視して発せられる言葉を待つ。
「今宵は王宮主催の晩餐会にお集まり頂き感謝の意を表する。既に耳に入れている者もいるだろうが、本日は晩餐会を始める前にある男の栄誉を称えたいと思う。
レイシュア・ハーキースここに」
「はい!」
恥ずかしくないようにと腹の底から出した声は一切の物音がしない会場に響き渡った。
──大きな深呼吸を一つ。
小声で「お兄ちゃん、しっかり!」と囁くモニカとコレットさんに見送られて歩き出せば、床を叩く靴音だけが妙に耳に届く。早鐘のように高鳴る鼓動、同時に上り詰める緊張、頭が真っ白になる一歩手前の極限とも言える状態で、何百人という視線を浴びて歩む道はとてつもなく長く思えた。
息も絶え絶えでようやくたどり着いた国王陛下の前、段取り通りに階段のすぐ下で跪き陛下を見上げれば、実に愉しそうな笑顔で満足気に頷く。
「この男は先日起こったゾルタイン襲撃事件に居合わせた冒険者だ。そして元凶となった魔族に果敢に挑み見事撃退するに至った。かの事件はこの者の働きにより被害を最小限に抑えることが出来たと言っても過言ではない。また、先にもたらされた魔族に関する重要な情報もこの者がもたらしたものであり、この国、ひいては人間社会全体に対する貢献度は計り知れないものである。
よって議会の承認を得た上で、冒険者レイシュア・ハーキースに騎士伯の称号を与える事とする」
陛下は階段を降りると横に控えていた騎士から儀礼用の煌びやかな剣を受け取り俺の右肩に剣先を乗せた。
「レイシュア・ハーキース。貴殿は一般人でありながら栄誉ある騎士伯の称号を受け取り、貴族たる我らの仲間入りをする覚悟があるか?」
「はい、あります」
「ならば、いついかなる時も全身全霊を持って、この大地に暮らす全ての民が平和に暮らせるよう更なる貢献と努力を未来永劫続けられると誓えるか?」
「はい、誓います」
「ではここにメルキオール・エストラーダ・ヴォン・サルグレッドの名においてレイシュア・ハーキースに騎士伯の地位と名誉を与えよう。
貴殿のこれからの活躍に女神メルシィの祝福があることを願わん」
割れんばかりの拍手に包まれる会場、立つように促されそれに従うと、国王陛下が俺の胸に小さな鎖に吊るされたコインのようなものを付けてくれた。これが俺が騎士伯である事の証らしい。
「皆の者、ここに我等貴族の仲間入りを果たした若者が居る。今夜はこの者を称え、存分に楽しむがよいっ」
国王陛下の言葉を皮切りに音楽が流れ始めれば静かだった会場は喧騒に包まれる。
つまり俺の役目は終わり、晩餐会の開始となったのだ。
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