黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第二章 愛する人

11.重なる想い

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 リリィのベッドで寝ていることに恥ずかしさを覚えて起き上がれば、何故だか知らないが服を着ていない。
 不思議に思いつつもベッドから降りようと足を下ろすと柔らかい物にぶつかり慌てて引っ込めた。

 その感触に嫌な予感が背中を駆け抜ける。

 恐る恐る覗き込めば全裸の女性、力無く横たわる身体は無惨にも痛々しいアザで埋め尽くされていた。


「ユリ姉!?大丈夫か?ユリ姉っ!!!!」


 慌てて抱き起こし、頬を叩くも返事がない。焦る頭ではどうしていいのか分からず、揺すってみるもののまるで死んだ人のように反応が無い。


「嘘だろ?ユリ姉っ!ユリ姉ぇ!!!!」


 咄嗟の機転、耳を胸へと押し付ければ トクンットクンッ と静かに脈打つ生命の鼓動。
 倒れそうな勢いで一安心すると自分達がどんな格好をしているのかにようやく気が付き、今更ながらに顔が熱くなるのを感じた。

 そのまま床に転がして置くわけにもいかず、なるべく見ないように心掛けながら抱き上げると、俺の寝ていたベッドに移動させてシーツをかけてあげる。
 薄い布越しに現れる凹凸、自分の意思とは関係なく想像が膨らむが、綺麗な顔にもある引っ掻いたような痣が否応なしに目に入ってしまう。

(!!!!)

 頭を巡る夢での事情、今しがたとは違う意味で胸が高鳴り、それと共に呼吸が荒く、短くなっていく。胸を握り潰される錯覚に苦しくなりながらも、頭の中には一番考えたくない思考があぐらを掻いて居座る。
 二人が裸である事、ユリ姉が傷だらけだという事実。この二つだけでも十分な状況証拠、否定する余地は無い。


『俺がユリ姉に酷いことをした』


 覚えていようがいまいが、そこに自らの意思があったかどうかですら関係はない。

 俺が……俺がヤッた。この俺がユリ姉を傷つけた!!!!

 ユリ姉の横たわるベッドに肘を突き、俯く俺の頬を脂汗が流れて行く。鼓動は更に高鳴り、荒い息だけが吐き出さる。

 どうしよう、どうしたらいい?ユリ姉が目覚めたらなんて言えばいいんだっ!俺は、ユリ姉と顔を合わせる権利なんてあるのか?


──俺は……なんて事をしているんだ!!!!


 いっそ、怒りに燃えるユリ姉が俺を殺してくれたら……そんな考えに至った時、頬を包み込むような柔らかな感触がした。

「!!!!」

「よかったぁ、気が付いたのねぇ。心配かけさせてぇ、駄目な子ねぇ」

 弾かれるように顔を上げれば、差し込む朝日の中でニッコリと微笑む天使のような顔。
 その口から力無く漏れ出た声は、俺を軽蔑するでも、非難するでもなく、ただ俺を心配する優しい言葉だった。

 安堵、後悔、謝罪、自己嫌悪、様々な感情が入り乱れ視界がボヤける中、何はともあれ慌ててユリ姉の手を取る。

「ユリ姉っごめん!俺、俺ユリ姉に酷いことを!!ごめんっ……本当にごめん……」

 謝って済む事ではないと知りつつも謝る事しか思いつかなかった。握り締めた手へと懇願するように擦り付ける額。
 しかし、泣きながら謝る俺の顔を柔らかい物が包み込み、子供をあやすようなゆっくりとしたペースで後頭部が撫でられる。

「レイの所為じゃないわぁ、貴方はなんにも悪くない。私が望んだ事だものぉ、気にすることなんてぇ何一つないのよぉ?私は大丈夫だからぁ、ほらぁ、泣かないで。貴方が傍に居てくれればぁどんな事だって平気よぉ?」

「でも!俺がっ……ユリ姉を……」

 唇に当てられた人差し指が言葉を遮るとベッドに引きずり込まれた。
 何が起こったのか理解できないでいると、息のかかる程の至近距離から琥珀色の瞳が覗き込んでくる。優しい光を宿した宝石には俺の顔だけが写っていた。

「私ぃ、レイの事が好きなの、ずっとずっと好きだったぁ。理由なんて分かんない、分かんないけどぉギルドで初めて見たときに ビビビッ と来たんだぁ。
 覚えてるぅ?森で蜘蛛に捕まった貴方を助けたらぁ、私の胸に顔を埋めて グリグリ したのよぉ?いきなりでビックリしちゃったけどぉ全然嫌じゃなかったわぁ。 不思議よねぇ、ろくに喋った事もなかった人にそんな事されたらぁ絶対にぶっ飛ばすわ。でもぉ貴方は何かが違った。

 チェラーノで一緒にいる間もぉ貴方のことが気になって仕方なかったわぁ。そのとき気が付いたの、私、レイのことが好きなんだって。

 その後が大変だった。師匠の家で同じ屋根の下で一緒に暮らせていたのにぃ、ちっとも私に興味を示さないんだもん。ティナちゃんとわぁずっとベタベタしてるしぃ、エレナとだってイチャイチャしっぱなしぃ、私が入る余地なんて少しも無かったわぁ。
 私じゃダメなのかなぁって思ったけどぉ、貴方ちっとも誰かに絞らないじゃない?もしかしたらぁ女の子に興味無いんじゃないかぁって真剣に考えたのよぉ?フフフッ、そんなこともなかったみたいだけどねぇ?

 昨日のレイは、おばさま達の悲惨な死とぉ怒りとでぇ心が耐えられなかったみたい。意識が自分の殻に閉じこもってしまってぇ、廃人になりかけてたわぁ。だからぁ私のナイスバディで目覚めさせてあげたって訳なのよぉ?

 最初はものすっごく怖かったわぁ。だってぇ初めてだったんだもの。怖くて怖くてたまらなかった、あんなに震えたのは生まれて初めてかも知れない。
 それでも平気だったぁ。だってぇ大好きなレイに抱かれるんですもの、怖いからなんて言ってられないわぁ。そんなこと言ってたらぁ、いつまで経っても貴方が私に振り向いてくれる事なんてなさそうだったんだものぉ。 私ってぇズルい女よねぇ……振り向いてくれないからってぇ身体で興味を惹かせたのよぉ?軽蔑するかしら?
 だからねぇ、私が私の欲望の為に望んでレイに抱かれたのよぉ、貴方が気にする事なんて何一つないわぁ」

 ユリ姉はずっと前から俺の事を思ってくれてた。俺はユリ姉の事を綺麗で可愛い人だとは思ってたけど……好きだったのかな?よく分からない。俺、そういうの疎いな。

「でも……それでも俺がしでかした事には変わりないよ、ごめん……謝って済むことじゃ、取り返しの付く事じゃないのは分かってる。けど、それでもユリ姉に償いがしたい。償いなんて偉そうな事言っても何も出来ないだろうけど、何か……何か俺の出来る事をしてあげたいんだ。
 なんでもいいっ、何でも言ってくれよ!たとえ死ねと言われれば俺はそれを受け……」

 言葉を遮るように重ねられた唇、柔らかな舌が口の中へと入り込み俺の舌へと絡みつく。鼻から溢れる甘い声と熱い息、頭の奥が心地良く痺れて何も考えられない……否、何も考えたくない。混じり合う唾液は二人が一つになったような錯覚をさせる。
 最初はあった戸惑いもすぐに鳴りを潜ませ、求めに応じていただけのつもりがいつの間にか俺の方がユリ姉の内へと攻め入り、本能の赴くままに口内を貪っていた。

 名残惜しそうに離れたユリ姉は、今まで見たことの無かったうっとりとする艶っぽい表情。崩れ落ちるように俺の胸へと顔を押し付けると、身体を丸めて動かなくなる。

「レイってぇ変なところで真面目よねぇ?それはそれでぇ良いところでもあるけどぉ……私の話ぃ聞いてたぁ?レイを正気に戻す為にしたのにぃ死ねなんて言うわけないじゃない。
 でもぉ……そんなレイが好きなのよ。真面目でぇ、真っ直ぐでぇ、何に対しても一生懸命……それでもレイが気に病むのならぁ償いの機会をあげるわぁ。
 何でも良いのよねぇ?何でもしてくれるのよねぇえ?」

「勿論だよ、何でも言ってくれ。俺は何したらいい?どうしたらいい?」

 俺の視線から逃れるように少しだけズリ退がったユリ姉は、顔は離さぬまま向きを変えて視線を向けてくる。
 耳まで染め上げた真っ赤な顔に上目遣い、琥珀色の瞳には涙を潤ませていた。

 小刻みに震えながら力無く腕を掴む様子は、姉弟子として俺達を引っ張ってくれていた面影など微塵もない。そこにいるのはか弱き乙女、五年もの間一緒に過ごした中で一番可愛く見えた瞬間だった。


 思い返せばギルドの酒場、ユリ姉を初めて見た時はこんなにも綺麗な人がいるんだとその姿が頭から離れなかった。

 二人きりの馬車旅、あんなに心躍る出来事はかつてない。膝枕を誘われた時なんて心臓が爆発するんじゃないかというほど物凄くドキドキし、ユリ姉の匂い感じる柔らかな太腿の上では時が止まれば良いとさえ思った。

 頼もしく在りながらお茶目で、他に並ぶ者が無いほどに綺麗なくせに可愛いユリ姉。思い返せばいつも俺の視線はユリ姉を追っていた気がする。

 そうか……俺は、ユリ姉のことが好きだったんだ。

 いつも一緒に居て、それが当たり前に思えて、鈍感な俺は自分の気持ちに気が付かなかった。
 ティナの気持ちにも『身分が違う』と言い訳をし、エレナの思いも『コイツはこういう奴』と見て見ぬフリをしてきた。

 それは俺の中がユリ姉で一杯だったからなんだな。


『ユリ姉のことが愛おしい』


 気が付いてしまえば堰を切ったように溢れ出てくる感情、狂おしい思いが俺の中で暴れまわる。

「私を抱いて? 今度はちゃんと優しくしてねぇ……愛してるわ、レイシュア」
「俺も愛してるよ、ユリアーネ」

 再び重なり合う唇。

 俺達は朝日の煌めくベッドの上、互いの気持ちを知らしめようと絡み合い一つに溶けて行った。


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