黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第二章 愛する人

3.登山①小さな来客

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 翌朝、チェラーノの町を出ると東へ歩みを進める。半日もすると森に入ったのだが、特に何者にも襲われることなく平和な森だった。

 そして町を出て三日目の昼過ぎ、中間地点だと教えられた川に辿り着いた。
 綺麗な水を湛えたその川はベルカイム北東の森を調査した時に行った川の上流に当たる場所。その幅およそ二十メートル、これを越えねば目的の山には向かえない。

「どうする?泳ぐ?」

 川を前にして飛び越えられなくもないような気もしたのだが、どうせ綺麗な水だし水浴びをしたかったというのもある。
 何気無く口にした疑問にアルが挑戦的な笑みを浮かべた。

「この程度、飛び越えればいいだろ?それとも誰かさんでは無理なのかね?まぁそういう奴は無様に濡れるがいいさ」

 そんなこと言われたら受けないわけには行くまい。「飛んでやる」そう短く吐き捨てると無言でアルに左手を突き出す。

「お前なぁ、お願いしますくらい言えんのか?こっちだって面倒くさいんだぞ?」

 文句を言いつつも火と風の魔法を俺にくれる。

「それはどうもすみませんね」

 魔法は有難く受け取るが口に出るのは憎まれ口、俺とアルとの距離感はこんなもんだな。

 手早く身体強化を施し体内で魔力調整をしていくがアルの方が先に飛ぶらしい。
 川岸から少し離れて助走を付けると、一気に飛び上がり難なく対岸へと着地。俺を見て鼻で笑ったのが遠目にも分かるが……俺だってそのくらい出来るわ!

 呆れ顔で俺達のやり取りを見ていたユリ姉は溜息を吐くと、助走もつけずおもむろに川をひとっ飛び。その様子にアルと俺は目を丸くしてユリ姉を見るが、口を弓なりにした得意げな顔で腰に手を当ててこっちを見てくる……目標はまだまだ遥か先ってことらしい、追いつけるのはいつのことやら。

 そんなユリ姉に驚いているといつの間にかリリィが川の真ん中にしゃがみ込み、上から水の中の様子を覗いている。なぁリリィ、そんな格好したらパンツが見え……

「ねぇっ、魚いるよ!ここで釣りしようよっ、今日こそは私が釣るからね!」

 それはいいんだがパンツが……じゃなかった。何故川の上に立てる!?空中でしゃがめるとかおかしいだろ!!
 よくよくリリィの足元を見てみれば透明な板が微かに光を反射している。あれは……結界魔法!? リリィは自分の足元に小さな結界魔法を作り出しそれを足場にして空中を移動しているのだ。結界魔法、万能だな。けどそうやって自在に操ることが出来るのは日頃の鍛錬の賜物なのだろう。

 改めて気付かされたリリィの凄さに彼女が宙に浮く姿をまじまじと見ていれば、楽しげな表情は鳴りを潜め不機嫌そうな顔へと変わっていく。

「何見てんのよっ、この変態!!そんなことしてないでさっさと飛び越えなさいよ!」

 フンッと反対岸を向くと、腕を組んだままの姿勢で苦もなく川の上を移動して行く。直視させられた現実に改めて驚きはしたが、俺だけこっちに残っているわけにもいかない。

 ちょっとしたハプニングで乱れかけた身体強化を調整し直すと、助走を付けて大地を蹴った。

(っしゃ!)

 アルより奥に着地しドヤ顔を向けるが、既に竿を取り出し釣りの準備をしている。

(この野郎……)

 イラッと来るが気にしない……気にしないように努めて俺も鞄から竿を取り出すと餌の準備まで終えて『早くしろ』と言わんばかりに腕を組み不機嫌そうな顔で監視していたリリィへと手渡した。

「よしよし、今夜は私が釣った魚で魚パーティーよっ!みてなさいっ」

 竿を渡せばコロリと表情が変わる。気合だけは十分入っているが空回りしないと良いなぁと思いつつユリ姉の竿も用意して手渡すと、自分の分も組み立て投げ入れた。

「よし来たわっ」

 かと思いきや、さっそく一匹目をかけたリリィが活き活きとした笑顔を向けてくる。
 二十センチの虹色の魚体が太陽に眩しく輝き、陸に上げられても尚逃れようと必死で ピチピチ と跳ねている。 命がけの抵抗虚しくあっさり捕まえると、針を外して魚籠に入れ、次の餌を付けて笑顔を返す。

「この調子でどんどん頼むぞっ」
「まっかせなさいっ!」

 ドヤ顔で胸を叩き、すぐさま餌を投げ入れる。そんなリリィは頼もしく感じ、なんだか今日はいっぱい釣りそうな予感がした。

「ほら!また来たわっ。ふふふっ楽しいわね!」

 餌を入れてすぐ、二匹目もあっさり釣り上げたので魚を外して餌を付けてやると、今度はユリ姉の竿が曲がる。

「レイ~っ、食いついたわぁ!ここの魚わぁこの間の池と違ってよく引くねぇ、あらよっとぉ」

 釣りもまだ二回目だというのに余裕の表情で魚の引きを楽しんだ後、俺の前にぷら~んと活きの良い魚がぶら下がる。

「川の魚は流れの中で成長するからね、泳ぐのが上手くなる上に身体も強く育つんだ。それに、釣り上げるときも流れがあるから抵抗が大きいように感じるのもあるだろうね。流れがある分釣るのは難しいけど、釣れると楽しいんだよ」

「そっかぁ、ならぁ前のより美味しいよね!よしっ、もっとがんばるぞぉ!」

 気合が入ったユリ姉の魚を外しているとリリィの竿がまた曲がってる、絶好調だな。どうやら俺が釣る時間が無いようなので楽しそうにしている二人にまかせて俺は魚をはずす係に専念することにした。

「ほいっ!」
「はぁいっ」
「また来た!」
「あらよっとぉっ」

 リリィとユリ姉に挟まれ左右交互に釣れる魚を外して餌を付けるのに勤しむ。それにしても良く釣れるなぁ。もう二人で二十匹近く釣れているし、アルはアルで一人黙々と釣り上げている。

「楽しそうなとこで悪いけどそろそろ止めようか?悪戯に釣って食べきれなかったりしたら魚が可愛そうなだけだから、あと一匹釣れたら終わりにして飯にしようぜ」


 合計三十匹を超えるレインボーフィッシュは全て腹を出し串に刺すと塩を塗して火の周りに差しておく。焚き火を取り囲む魚の群れ、全部を一度にやったものだから数が数だけになかなか凄い絵面だった。

「んん~っ!自分で釣った魚は格別ねっ!ねぇ、美味しい?」
「あぁ、リリィが釣った魚、美味いなっ。次もまたじゃんじゃん釣ってくれよ?」

 得意げに「そうでしょそうでしょ」と頷くリリィは小さな子供みたいに無邪気だ。いつもの ツンッ とお澄まししている姿からのギャップが良いのかもしれないが、素を理解している俺からするとどちらのリリィも等しく “可愛らしい” んだけどな。

「ねぇ、私が釣った魚も美味しぃ?」

 珍しくユリ姉までそんなことを言ってくる。
新しい串を手に取り魚を頬張ると、ちょうど良い塩加減で魚本来の味と合わさりとても美味い。

「うん、ユリ姉が釣った魚も美味しいよ」

 エヘヘッ と、はにかむように微笑む姿に普段からは感じられない甘えにも似た感じがして ドキッ とする。

 今日の二人はどうしたんだ?今日……というか、常に寄り添うティナと別れ、それに構わず纏わり付いていたエレナも居ない今回の旅では二人共、いつもより距離感が近いような気がする。俺の気のせいなのか?
 嫌ってわけじゃない、むしろウェルカムなんだけど、どんな心境の変化なのかちょっと気になった。



 川から二日間、森の中を歩いた次の日の昼前ぐらい、ずっと平地の森だったがなだらかに登り始めたかと思ったら突然森が終わりを告げた。

「これ、道あるの?どうやって登る?」

 目の前には二十メートルくらいの、絶壁とまではいかないもののそれに近い傾斜の岩壁。身体強化をすれば登れなくはないが、この先何があるか分からないのでなるべく魔力は温存しておきたい。なので、道があるならそっちを選ぶのだが パッ と見た感じそれらしきものも見当たらない。

「はいはい、魔力温存したいから近くに来なさいよ」

 言われるがままにリリィの近くに寄れば、思わず手でバランスを取りたくなるような フワリ とした奇妙な感覚がすると同時、目の前の岩壁が流れ始める。

 何事!?と足元を見れば陽の光を反射する透明な板、リリィの作り出した結界魔法が地面の代わりとなり四人を上空へと押し上げる。
 遥か下に見える地面、背筋を ゾクゾクッ と悪寒が走り高さへの恐怖が脳を支配する。リリィがやる事の想像が出来なかった俺が悪いが、やる前に説明をくれても良かったのではなかろうか。

「まさか、高いの怖いの?顔色悪いわよ?」

 弱みを見つけた悪ガキみたいな顔で下から覗き込んで来るが、いきなりでビックリしただけだ……たぶん。

 何食わぬ顔で澄ましていれば岩壁の上へと到着、地に足が付くと ホッ とする自分がいる事に気が付いたが当然のように黙っておく──高いところがあまり得意ではないという事を始めて知ったよ。

「あ~っ!ホッとしてるでしょ?やっぱ高いとこ駄目なんじゃん。あははっ」

 それでもリリィには分かってしまったらしく、俺を見るなり指を指しての大笑い……くそぉ、誰にでも苦手な物くらいあるだろ、笑っちゃ駄目でしょ!


 岩壁の上に降り立つと草木の殆ど生えていない寂しい場所で、続く山もどうやらこんな感じらしい。

 なだらかに登る荒地、ルミアはこの山に火竜が居るとは言ったが山の何処に住んでるのかまでは教えてくれなかったので一先ず山頂を目指すことにした。
 だが、山に入ってからというものあきらかに瘴気が増した。通常ではあり得ないほどの濃度にいつモンスターが現れてもおかしくないように思う。坂をゆっくりと滑り降りてくるような感じに、なんだか山頂から溢れ出している印象を受けた。

「おい」

 アルが俺の肩を叩く。振り向けば手に浮かべる小さな炎、意図を察して素直に手を出すと火に引き続き風と水の魔法を渡してくれる。

「最弱状態でいいから常に持っとけ。こりゃ、出るぞ」

 貰った魔法を種火の状態で維持する。低級のモンスターならば魔法無しでも倒せるだろうが中級出た時点でこの間みたいにアウト。魔力は常に使うが、こうしておけばモンスターが現れた時すぐさま対応が出来るって寸法だ。


 緩やかな坂道を山頂目指して進んで行く。気が付けば左手が朔羅の柄頭にあり、そこにぶら下がる勾玉を弄っていた。思えば朔羅で戦ったことってまだないんだよな。やっと初陣出来そうな雰囲気で自分でも気付かぬ内に気持ちが高ぶって ワクワク しているみたいだ。

「何にも襲って来ないな」

 そんな俺の気持ちとは裏腹に襲撃はなかった。
人間が隠れられる程の大きな岩がポツリポツリと転がっており、そこから何か飛び出して来てもおかしくない雰囲気ではあったのたが何事も無く日暮れとなり、もやもやとした気持ちのままに岩陰でキャンプする事になった。

ドンッ!

 安眠君で結界を張り夕食を摂っていると、それを邪魔するかの如く大きな音がする。 なんぞ?と見れば五十センチはある大きな鼠が転がるすぐ隣に、その仲間と思われる三匹が結界の壁に手を突き物欲しそうに此方を見ていた。

「低級のモンスターねぇ、アレならほっといて大丈夫よぉ。焚き火の光に惹かれて来たのね、きっと」

 見た目は可愛らしいがモンスターらしい。よく見ると少し後ろの闇には小さな赤い光がいくつもあり、鼠らしく団体様でお出ましのようだ。
 コイツら全部がモンスターなら倒せば魔石ががっぽりで大儲け? 自然と顔がニヤケてくるがそこに水を差すリリィの声。

「目隠しして彼奴らを倒す自信があるのなら止めないからどうぞ行ってらっしゃいな」

 昼間ならなんの問題も無く倒せる自信は有るが暗闇の中での戦闘か……うん、怪我する前に止めておこう。
 鼠達も結界に阻まれ近づけない事を悟るとそれ以上何かをすることもなく大人しく外からジッと見てるだけだったので『見られている』という不快感はあるものの気にしないように努めて眠りについた。


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