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第一章 動き出した運命の輪
32.ようやく終わったオークション
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「ティナ?何を言ってるんだ?借金が有る無いなんて関係無いだろ?そんな物が無くても俺はティナに会いに行ってたじゃないか、急にどうしたんだ?」
みんなが心配そうに見つめる中、突然涙を浮かべるものだから、どうしていいのか分からなくて焦ってしまう。
「だって、ほらっ、私達……お友達なんでしょ?今は良いけど、そのうちレイに恋人が出来たりしたら……私なんかにわざわざ会いになんて来ないでしょ!? だったら!……だったら家に来る用事が在ればその時は確実に会えるじゃない、そうでしょ?」
未だにしがみ付く抱っこ兎を背中に押し退け、立ち尽くしたまま大粒の涙を溢れさすティナを力強く抱きしめれば、ティナも俺の胸に顔を埋めてくる。
「ティ、ティナッ!?」
「あなたっ!おやめなさい」
「で、でもクレマニー、ティナが……」
「あ・な・た!ちょっとこっち来なさい」
ウインクをしてくるクレマニーさんが、俺とティナの抱擁に取り乱したランドーアさんの耳を引っ張り部屋の隅へと連れて行く。すんませんランドーアさん、娘の緊急事態です。勘弁してください。
──さ、さぁ気を取り直して……
「ティナ、なんでそうなった?そりゃあさ、俺とティナは友達だよ。例えどんなに俺がティナの事を想っていても、ティナが俺を想ってくれていてもその想いが実を結ぶことはない、それはティナも解っているはずだよな。
けど、それと俺がティナに会いに行くのと何の関係があるんだ?俺はティナの事を利用しているだけの奴なのか?用が無くなったらポイ捨てするような奴なのか?そんな風に俺の事を思ってたなら俺は悲しいな」
グスグスと俺の胸で泣き続けるティナ、どうしたらいいのやら……なんでいきなりそんな事を考え始めたんだ?
俺の後ろから伸びた白い手がティナの頭をポンポンと叩き、優しく撫でる。シリアスな場面にも関わらず人の背中に居座るおんぶ兎が俺の肩に顎を乗っけて穏やかな口調で語り始めた。
「私のお母さんね、私が小さい頃に人間に捕まっちゃってね、二度と返って来なかった。その時随分と泣いたわ。だって大好きなお母さんが急に居なくなってしまったのよ?悲しくない訳はないわ。そしてこの間、私もお母さんと同じように人間に捕まった。今度はお父さんとも二度と会えなくなってしまったの。
獣人って悲しい存在よね、少し容姿が違うだけなのに首輪を嵌められ、人間の所有物として虐げられる。あぁ、私もお母さんと同じ運命を辿るのねって人生の全てを諦めてたわ。
そしたらね、レイさんが迎えに来てくれたのよ、素敵だと思わない?大好きだから一緒に居たいと思ってた人がそんな時に迎えに来てくれた。罠に捕まった私を助け、そして今度は人間に捕まった私を助けてくれた。これはもう運命、私にとってレイさんは運命の人なのよ!うふふふっ。
貴女はあのとき盗賊団のアジトにいた子よね?あの場所で出会って、助けてもらって、今も一緒にいる。そんな貴女もレイさんにとっての運命の人なんじゃないかなぁ?だとしたらレイさんが私達の元から居なくなる事なんてことはない、心配する必要なんてないわよ。ね?ほらっ、元気出して?」
目の端に涙を浮かべながらもいつもの笑顔を見せたティナ。たまには良い事言うじゃないか、馬鹿兎のくせに役に立ってくれて褒めてつかわす……ってか、いつもは一人芝居してるみたいにやかましいだけのくせに、普通に喋ることもできたのかコイツは。
▲▼▲▼
馬鹿兎の活躍でティナが落ち着いたところで、口を閉ざしていた我らの食姫様の「お腹すいた」の一言で宿に戻って夕食にしようとなった。
外に出るとすっかり日も暮れていて、暗闇を照らす大きな月が夜空というステージで主役を演じている。
参加者の殆どは帰った後のようで、来たときとは違い馬車乗り場はガラガラだった。
オークション会場のロータリーを出ると、夜なのもあるのだろう、外れの方だとはいえ町中なのに人通りがまったく無い。
「見られてるわねぇ」
胸騒ぎを感じて視線を向ければ、ユリ姉もそれを肯定して頷く。御者席のクロエさんも気が付いているらしく馬車の走るペースがゆっくりになる。
目で合図を送れば、頷いたリリィが馬車を囲うように結界を張ってくれる──さぁ何が来る?
まさかあの姫様の護衛じゃないよな?こんな格好ってことで武器は置いてきてしまった。まぁ、そんなものが有ってもアレには勝てる気はしないのだが……。
あとは最後まで馬鹿兎を争った貴族か?競りで負けたから力ずくで奪う……なんて事もあり得ない話ではない。なんにしても魔法頼りになってしまうな。
破れないよう上着を脱ぎ、リボンを外して窮屈だった首元を解放する。ユリ姉に火魔法を貰い覚えたての身体強化をして襲撃に備えた。
「貴方が護衛なのです。しっかり働くのです」
馬車が止まったのは少しばかり広い場所。御者席の出入口から顔を出せば、特に緊張もない様子のクロエさんが眠たげな紅い目で俺を見る。
素手で勝てる相手だと良いんだけどな、初めての魔法がどこまで役に立つのか楽しみで ワクワク してくる。
静寂のひととき。 暫くして馬鹿兎が長い耳を ピクピク させながら「あら?」とか間の抜けた声を出すのと同時、建物の屋上から降ってくる黒い影。
「!?」
だが透明な壁に阻まれ馬車には近付けない。素早く地面に降り立ち再度突撃してくるが、その程度ではリリィの結界は破れない。
「リリィッ」
言葉を残して馬車を飛び出すと、タイミングを読んで俺が通る部分だけ結界を開けてくれる。
強襲者に向かい飛び込むと同時、勢いを味方に全力で拳を叩き込む。当たったのはクロスさせた両腕。相手もそれなりに出来る奴らしく、未熟だとはいえ身体強化した拳を難なく受け止められてしまった。
「チッ!」
黒いマントに深く被ったフード、顔を隠しているがどうやら男のようだ。単身のようだが目的はなんだ?
「ハッ!」
回し蹴りを放つも片手で防がれカウンターで拳が飛んでくる。しゃがんで躱すと同時に足払いを狙うが読まれていたようで俺を飛び越え背後に立たれてしまった。振り向きざまの裏拳、これもまた片手で防がれ、逆に顔を目掛けて拳が迫る。
芯をズラしたバク転の置き土産に脚で狙ったヤツの顎、寸前で躱されはしたが相手のフードが外れて顔が露わになる。
「「!!」」
その姿に驚く俺と『しまった!』と顔をしかめる壮年男。
だが、静かなる怒りを内包する彼の動きは目的を達するまで止まることはない。
「待て待て!ちょっと待った!」
さっきより速さの増した拳、それを受け止めればすぐさま強烈なサマーソルトが俺の顎を目掛けてやって来る。
「待てって……言ってるだろうが!」
彼の怒りはもっともだ、俺が同じ立場だったとしても同じ事をしているだろう。
仕方なしに拳を叩き込めばまたもや両腕をクロスさせての防御の姿勢。やはりそう来るかと読み通りの行動に、当たる寸前で拳を解いて腕を捕まえ、動きを封じる。
「待てって!娘さんを取り返しに来たんだろ?落ち着けよ!俺達はあんたの娘の友達だっ」
「お父さんっ、やめて!その人は大丈夫だからっ!お父さん!」
馬鹿兎も馬車から顔を出して止めに入る。頭から生える長い耳を見れば一目瞭然だが、やはり父親だったか。
それにしても武器も持たず単身で娘を取り戻しに来るなんて凄い父親だな。家族のために必死になるのも分からなくはないが、捕まったら自分も危ないだろうに。
「エレナ……」
馬鹿兎の声に驚きの表情を浮かべると暫くして男の腕から力が抜けたので、もう大丈夫だろうと俺も手を離した。
「俺達はあんたの娘がオークションにかけられると知って助けに来たんだ。結果、無事に落札する事が出来て今こうして一緒に居る。よかったら一緒に馬車に乗らないか?ここで話すより安全だろう」
「お父さん、心配かけてごめんなさい。レイさん達なら大丈夫だから、一緒に来て?」
一足飛びで俺の隣に来た馬鹿兎。獣人は魔法が不得意な分、身体能力が優れているとは知っていたけど、父親にしろコイツにしろ、驚いたな。
心底安堵した表情で娘を抱き締め、しっかりとその存在を確かめる。馬鹿兎がもう一度口にした提案に無言で頷くと、俺に深々と一礼して馬車に乗り込んで行く。
そして走り出した馬車はオークションという長い一日を終えた俺達を乗せて宿へと向かうのだった。
みんなが心配そうに見つめる中、突然涙を浮かべるものだから、どうしていいのか分からなくて焦ってしまう。
「だって、ほらっ、私達……お友達なんでしょ?今は良いけど、そのうちレイに恋人が出来たりしたら……私なんかにわざわざ会いになんて来ないでしょ!? だったら!……だったら家に来る用事が在ればその時は確実に会えるじゃない、そうでしょ?」
未だにしがみ付く抱っこ兎を背中に押し退け、立ち尽くしたまま大粒の涙を溢れさすティナを力強く抱きしめれば、ティナも俺の胸に顔を埋めてくる。
「ティ、ティナッ!?」
「あなたっ!おやめなさい」
「で、でもクレマニー、ティナが……」
「あ・な・た!ちょっとこっち来なさい」
ウインクをしてくるクレマニーさんが、俺とティナの抱擁に取り乱したランドーアさんの耳を引っ張り部屋の隅へと連れて行く。すんませんランドーアさん、娘の緊急事態です。勘弁してください。
──さ、さぁ気を取り直して……
「ティナ、なんでそうなった?そりゃあさ、俺とティナは友達だよ。例えどんなに俺がティナの事を想っていても、ティナが俺を想ってくれていてもその想いが実を結ぶことはない、それはティナも解っているはずだよな。
けど、それと俺がティナに会いに行くのと何の関係があるんだ?俺はティナの事を利用しているだけの奴なのか?用が無くなったらポイ捨てするような奴なのか?そんな風に俺の事を思ってたなら俺は悲しいな」
グスグスと俺の胸で泣き続けるティナ、どうしたらいいのやら……なんでいきなりそんな事を考え始めたんだ?
俺の後ろから伸びた白い手がティナの頭をポンポンと叩き、優しく撫でる。シリアスな場面にも関わらず人の背中に居座るおんぶ兎が俺の肩に顎を乗っけて穏やかな口調で語り始めた。
「私のお母さんね、私が小さい頃に人間に捕まっちゃってね、二度と返って来なかった。その時随分と泣いたわ。だって大好きなお母さんが急に居なくなってしまったのよ?悲しくない訳はないわ。そしてこの間、私もお母さんと同じように人間に捕まった。今度はお父さんとも二度と会えなくなってしまったの。
獣人って悲しい存在よね、少し容姿が違うだけなのに首輪を嵌められ、人間の所有物として虐げられる。あぁ、私もお母さんと同じ運命を辿るのねって人生の全てを諦めてたわ。
そしたらね、レイさんが迎えに来てくれたのよ、素敵だと思わない?大好きだから一緒に居たいと思ってた人がそんな時に迎えに来てくれた。罠に捕まった私を助け、そして今度は人間に捕まった私を助けてくれた。これはもう運命、私にとってレイさんは運命の人なのよ!うふふふっ。
貴女はあのとき盗賊団のアジトにいた子よね?あの場所で出会って、助けてもらって、今も一緒にいる。そんな貴女もレイさんにとっての運命の人なんじゃないかなぁ?だとしたらレイさんが私達の元から居なくなる事なんてことはない、心配する必要なんてないわよ。ね?ほらっ、元気出して?」
目の端に涙を浮かべながらもいつもの笑顔を見せたティナ。たまには良い事言うじゃないか、馬鹿兎のくせに役に立ってくれて褒めてつかわす……ってか、いつもは一人芝居してるみたいにやかましいだけのくせに、普通に喋ることもできたのかコイツは。
▲▼▲▼
馬鹿兎の活躍でティナが落ち着いたところで、口を閉ざしていた我らの食姫様の「お腹すいた」の一言で宿に戻って夕食にしようとなった。
外に出るとすっかり日も暮れていて、暗闇を照らす大きな月が夜空というステージで主役を演じている。
参加者の殆どは帰った後のようで、来たときとは違い馬車乗り場はガラガラだった。
オークション会場のロータリーを出ると、夜なのもあるのだろう、外れの方だとはいえ町中なのに人通りがまったく無い。
「見られてるわねぇ」
胸騒ぎを感じて視線を向ければ、ユリ姉もそれを肯定して頷く。御者席のクロエさんも気が付いているらしく馬車の走るペースがゆっくりになる。
目で合図を送れば、頷いたリリィが馬車を囲うように結界を張ってくれる──さぁ何が来る?
まさかあの姫様の護衛じゃないよな?こんな格好ってことで武器は置いてきてしまった。まぁ、そんなものが有ってもアレには勝てる気はしないのだが……。
あとは最後まで馬鹿兎を争った貴族か?競りで負けたから力ずくで奪う……なんて事もあり得ない話ではない。なんにしても魔法頼りになってしまうな。
破れないよう上着を脱ぎ、リボンを外して窮屈だった首元を解放する。ユリ姉に火魔法を貰い覚えたての身体強化をして襲撃に備えた。
「貴方が護衛なのです。しっかり働くのです」
馬車が止まったのは少しばかり広い場所。御者席の出入口から顔を出せば、特に緊張もない様子のクロエさんが眠たげな紅い目で俺を見る。
素手で勝てる相手だと良いんだけどな、初めての魔法がどこまで役に立つのか楽しみで ワクワク してくる。
静寂のひととき。 暫くして馬鹿兎が長い耳を ピクピク させながら「あら?」とか間の抜けた声を出すのと同時、建物の屋上から降ってくる黒い影。
「!?」
だが透明な壁に阻まれ馬車には近付けない。素早く地面に降り立ち再度突撃してくるが、その程度ではリリィの結界は破れない。
「リリィッ」
言葉を残して馬車を飛び出すと、タイミングを読んで俺が通る部分だけ結界を開けてくれる。
強襲者に向かい飛び込むと同時、勢いを味方に全力で拳を叩き込む。当たったのはクロスさせた両腕。相手もそれなりに出来る奴らしく、未熟だとはいえ身体強化した拳を難なく受け止められてしまった。
「チッ!」
黒いマントに深く被ったフード、顔を隠しているがどうやら男のようだ。単身のようだが目的はなんだ?
「ハッ!」
回し蹴りを放つも片手で防がれカウンターで拳が飛んでくる。しゃがんで躱すと同時に足払いを狙うが読まれていたようで俺を飛び越え背後に立たれてしまった。振り向きざまの裏拳、これもまた片手で防がれ、逆に顔を目掛けて拳が迫る。
芯をズラしたバク転の置き土産に脚で狙ったヤツの顎、寸前で躱されはしたが相手のフードが外れて顔が露わになる。
「「!!」」
その姿に驚く俺と『しまった!』と顔をしかめる壮年男。
だが、静かなる怒りを内包する彼の動きは目的を達するまで止まることはない。
「待て待て!ちょっと待った!」
さっきより速さの増した拳、それを受け止めればすぐさま強烈なサマーソルトが俺の顎を目掛けてやって来る。
「待てって……言ってるだろうが!」
彼の怒りはもっともだ、俺が同じ立場だったとしても同じ事をしているだろう。
仕方なしに拳を叩き込めばまたもや両腕をクロスさせての防御の姿勢。やはりそう来るかと読み通りの行動に、当たる寸前で拳を解いて腕を捕まえ、動きを封じる。
「待てって!娘さんを取り返しに来たんだろ?落ち着けよ!俺達はあんたの娘の友達だっ」
「お父さんっ、やめて!その人は大丈夫だからっ!お父さん!」
馬鹿兎も馬車から顔を出して止めに入る。頭から生える長い耳を見れば一目瞭然だが、やはり父親だったか。
それにしても武器も持たず単身で娘を取り戻しに来るなんて凄い父親だな。家族のために必死になるのも分からなくはないが、捕まったら自分も危ないだろうに。
「エレナ……」
馬鹿兎の声に驚きの表情を浮かべると暫くして男の腕から力が抜けたので、もう大丈夫だろうと俺も手を離した。
「俺達はあんたの娘がオークションにかけられると知って助けに来たんだ。結果、無事に落札する事が出来て今こうして一緒に居る。よかったら一緒に馬車に乗らないか?ここで話すより安全だろう」
「お父さん、心配かけてごめんなさい。レイさん達なら大丈夫だから、一緒に来て?」
一足飛びで俺の隣に来た馬鹿兎。獣人は魔法が不得意な分、身体能力が優れているとは知っていたけど、父親にしろコイツにしろ、驚いたな。
心底安堵した表情で娘を抱き締め、しっかりとその存在を確かめる。馬鹿兎がもう一度口にした提案に無言で頷くと、俺に深々と一礼して馬車に乗り込んで行く。
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