黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第一章 動き出した運命の輪

26.魔法ってすげー!!

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 翌日のオークションに参加する為、朝から注文してあった服の仕上がりを確認しに行った。正確には一回着てみて最終仕上げをその場でするのだそうだ。

 馬車で向かった服屋は俺達が行ったことのある店とはまるで違い、所狭しと服が並んでいるようなことはなかった。
 明らかに高そうで豪華な服を着せられた人形が外から見えるよう窓際に何体か置いてあるのみの店内。扉を開けてもらうというこれまた慣れない対応をされた後に通されたのは、ソファーと机が置いてあるだけの席数の少ない静かな喫茶店みたいな部屋だった。

 自己紹介を兼ねて少し話した後に男女別室へと案内され、部屋の中で佇む人形に着せられた立派な服を見て呆然としてしまう。
 それは見た感じ執事さん達が着ているような パリッ とした黒い服。厚手のしっかりとした生地の上着にアイロンの効いたストレートのズボン。その内に着るのは真っ白なシャツで首元に黒い小さなリボンまで付いたタキシードと呼ばれる貴族様方の正装だそうだ。

 こ、これが上流階級の服なのか……でも何でリボン?

 丁寧に服の説明をしてくれるが唖然とするあまり右耳から左耳へと通り抜けて行く。
 あからさまに場違いな俺とアルなど知った事かとそんなイレギュラーにも慣れた感じで話しは続けられ、あれよあれよといつのまにか試着させられる運びとなっていた。

「い、いいよ、自分で……」
「そうはまいりません!この服は今着ておられる普段着とは違い繊細な服なのです。レイシュア様に合わせた細かい部分を見るためにもお手伝いさせていただかないと調整ができませんっ」

 俺達の相手をしてくれたのはそこそこ可愛いくて若い女性、手伝いを拒否したにも関わらず逆にそれを拒否され、恥ずかしながらも店員さんに服を脱がされ人生初の高級な服を着せられていく。

 肌に触れる布地の感触はツルスベで着心地が良かったのだが、首元ギリギリまで締める白シャツに圧迫感を覚えてちょっと苦しい。「慣れれば大丈夫」と軽く言われ渋々そのままにしていれば、そこに例のリボンが取り付けられることとなる。
 このリボンは正式な衣装を着るときは必須らしく『要らない』と言う俺の意見は一秒にも満たない間に瞬殺されてしまった。

 アルも着替え終わったらしく俺と同じ格好になっている。正確には違うデザインらしいのだが俺にはまるで区別がつかない。アルもアルでやはり違和感があるらしく微妙な顔つき。

 店員さんが何やら俺達の着ている服をいじくり回しているのにジッと耐え、やっと脱いでも良いと許可が降りたので “服の着せ替えを手伝われる” という軽い拷問を味わいながらもようやく元の服に着替える事ができた。
 やっぱりこっちの方が落ち着く……が、明日はアレを一日中着ていなきゃならないのか。


 隣の部屋からは何やら キャッキャ と楽しそうな声が聞こえていたが、最初の部屋に案内された俺達は出されたお茶で心を癒すことにした。
 だがしかし、待てども待てども待てども一向に女性陣が戻って来る気配はない。四杯目のお茶をおかわりしたところでようやく扉が開き、和気藹々と店員さんを含めた五人の美女達が戻ってくる。

「おっまたーっ!」

 ご機嫌で帰還を告げるリリィだが待ちくたびれた俺達とは温度差が激しい。
 なんとか顔には出さず「どうだった?」と聞けば白い歯を見せて満面の笑みを浮かべる。お気に召す物が出来上がっていたようでなによりだ。ユリ姉も似たような感じで頬を綻ばせていたので一安心、散々駄々こねたけど作ってもらって良かったろ?



 明日の朝、完成した服と共に宿まで着付けをしに来てくれるらしく、服屋を後にした俺達はそのままの足で楽しみにしていたご飯を食べに行くことにした。

 クロエさんがオススメだと言うこぢんまりとしたお店、目に付くのは机の上の大部分を鉄板が占めるという変わったテーブルだった。
 どうやら具材を頼んで自分達で焼くスタイルらしく、店内にいた他の客が掌大の鉄製のコテを両手に柔らかな分厚い煎餅みたいな物を器用にひっくり返してる。

「このお店で食べられるのは〈お好み焼き〉と言って、細かく刻んだキャベツに小麦粉を水で溶いた生地を混ぜ合わせて焼いた物なのです。自分のお好みの具材をトッピングすることが出来るのが名前の由来で、この店では卵、ソーセージ、海老、肉などが入れられるのです。
 お好み焼きは自分達で焼くのが楽しみの一つで、これが簡単なようで奥が深いのです。みんなでやるのですっ」

 いつものクールな感じを装ってはいるものの、少しばかり荒くなった鼻息から興奮している感じが滲み出ているクロエさん。テーブルの鉄板は広く、みんなで一斉に焼いても大丈夫そうなので、じゃあということで各々が一枚ずつ焼いてみる事にした。


「冷えたエールうまっ!」

 飲み物を冷やそうとすれば魔導具に頼るしかない。当然コストが掛かるため普通はそんな事しないのだが、熱い鉄板があるテーブルは当然のように暑く、少しばかり割高ではあるものの冷たい飲み物は最高に美味しかった。

 エールを片手に言われた通りに海老、ソーセージ、ベーコンを鉄板に乗せ先に焼く。ベーコンの食欲をそそる香りが鼻につき涎が出てくる……我慢出来ず一切れ口に放り込だ。
 ん~っ!濃い塩味と肉の旨味、苦味のあるエールとよく合いますなぁ。

「あぁっ!つまみ食いしたなっ」

 目ざといリリィに見つかった!いいじゃないか、俺のなんだし……。

 程よく火が入ったところで卵を焼き始める。卵の表面が白く固まりだしたので塩を振り、本命の小麦粉生地を上からかけて平たく伸ばし、円形に整えて焼けるのを待つらしい。

「生地の表面が乾いてきたら下側が焼けた合図なのです。ちゃんと焼けると鉄板から生地が離れ易くなるので頃合いを見計らってひっくり返すのです。
 生地は柔らかいので左右両側からコテを入れたら上手いこと一気にひっくり返さないと崩れるので注意なのです。しかし、そこが腕の見せどころなのです」

 言われた通り表面の色が変わり乾いてきたので様子を見つつ鉄板と生地との間にコテを滑り込ませてみると見事鉄板から離れて動くようになった。
 よし、そろそろ行くぞぉ!


──三、二、一、せいっ!


 気合いを入れて両手に持ったコテを同時に振るい、くるりんぱっ!見事な空中前転ワンエイティーが決まり、お好み焼きは無事着地を決める。

「ぃよっしゃっ!」

 ガッツポーズと共に ニタリ とアルに視線を送れば、俺の華麗な技を見ていたようで対抗意識を燃やし気合いを入れてコテを握る。

「ふんっ」

 アルのお好み焼きも見事な着地を果たし、綺麗な小麦色の焼けた表面が見えている。したり顔で俺を見てくるが俺は既に成功してるぞ?

 そんな俺達を余所に発せられた只ならぬ気配、二人同時に『なんぞっ!』と振り向けば、怪しげな笑みと共に怪しげに目を光らせたリリィが、獲物にトドメを刺すかの凄い勢いでお好み焼きの下にコテを差し込んだ所だった。


「とりゃーーっ!」


 いや、お前、そんなに気合い要らんから!
あまりの勢いにしなりの入ったお好み焼きは空中で三回転半の宙返りを決めると、軽やかに着地……出来なかった。


(ズシャッ)


 顔面で着地したような痛々しさ。側面から鉄板ダイブした事で平たい原型など留めず、こんもりと山のようになり、何だか分からない物になってしまった。

「あぁぁっ!私のお好み焼きちゃんがぁぁ……」

 力無く項垂れる姿に哀れみを感じるが完全に自業自得、誰がそんな技を披露しろと言った?馬鹿なのか、お前は。

「よっと!」

 リリィのすぐ横で軽快な掛け声と共にティナのお好み焼きがクルンッと反転し見事に着地する。
 笑みを浮かべ嬉しそうに俺を見てくるので親指を立てて『良くやった』と合図を送った。隣のキャベツ山とはえらい違いだな。恨めしそうな目でティナのお好み焼きを見るが、お前のはその山だからな?つかそれ、ちゃんと焼けるのか?生焼けの小麦粉は腹痛の元だぞ?

 誰かさん以外は綺麗に裏返ったお好み焼き、しばし焼いた後〈お好み焼きのソース〉なる物凄く食欲をそそる匂いを醸し出す特製のタレを塗料でも塗るかのように刷毛でペタペタと塗りたくる。ソースがどんな味かと少し舐めてみると、ほんの少しの酸味と甘塩っぱいような初めて味わう美味しいタレだった。

 少し勢いをつけたコテを真上から押し付け八枚に切り分ける。最後に鰹節という カチカチ に乾燥させた魚を薄く削ったものを パラパラ と振り掛け、青のりというこれまた乾燥させた海藻のみじん切りをかけたら完成だ。お好み焼きの上で クネクネ と踊る鰹節が見ていて楽しい。

 一口頬張れば フワッ と鰹節の香りが広がったかと思いきや、すぐにお好みソースの猛攻が始まる。単体では濃かったソースの味は無味に近い生地と合わさると緩和されて美味しくマッチする。んん~っ、これは美味い!

 みんなホクホク顔でお好み焼きを頬張る中、一人不貞腐れた顔で頬杖を突きながら、お好み焼き擬きの小麦粉山をちびちびと突つく奴がいる。
 あまりにも哀れな姿に一切れ小皿に取って目の前に置いてやると両手を組み神でも拝むかの如く キラッキラ とした目で見返してくる……いいから早ょぉ食え。

 物凄い勢いで齧り付くと目を見開き「んんーっ!」と唸ってる。材料も作り方も同じなんだから味も同じはず、でも見た目って重要だよな。次はアホな事するなよ?



 明日の服に合わせた靴を買うとの事で靴屋さんに行ったのだが、何でも良い俺とアルはサイズだけ測ってもらいクロエさんに選んでもらった。
 俺達はものの五分で完了したのだが……女性陣の姿が見えない。どこ行った?と探してみると、奥の方から キャッキャ と楽しそうな声が聞こえたので店の中にいるのは確かなようだ。

 デジャヴを覚えた俺とアルは顔を見合わせると示し合わせたかのように店の外に出てベンチに座わり、いつ終わるとも知れない彼女達の買い物を大人しく待つことにした。

「なぁアル、身体強化ってどうやるんだ?」
「どうって……難しい事聞くなぁ。そうだな、身体全体に魔力を満たしてる感じか?身体って全身に血が流れてるだろ?それを魔力に変えるみたいな……全身に流れる血液に満遍なく魔力を流すみたいな……すまん、口で説明するのは難しい。ほれっ、そんな感じでチョットやってみろよ」

 アルの手の上に現れる小さな炎を早速貰い受ける。魔法はイメージが大事だと言われるので目を瞑り、全身を流れる血液を想像した。そこに今、手にある火の魔法が姿を変えて流れ込んで行っているはずだ。右手から入り心臓へ、心臓から順番に右足、左足、左手、そして頭へと拡がっていく。

──仄かに感じる身体に宿した熱。

「ん?もしかして出来てるんじゃないか?ちょっとジャンプしてみろよ」

 言われるまま立ち上がり膝を曲げて思いきりジャンプしてみた。
 一瞬ぼやける視界、焦点が合えば向かいの店の二階にいた人の驚く顔が見え、自分が五メートルくらいまで飛び上がった事に気が付く。

「なんだ?」

 そうなると当然、道行く人の目にも留まる。
だが、不思議そうな顔で見られる事に恥ずかしさを感じようとも、空中にいてはどうにもならない──ってか、こんなに飛べるの!?

「お前、いきなりやり過ぎだって。考えてやれよな……ったく、こっちまで恥ずかしいわ。
 でも呆気なく出来ちまうんだ、やっぱり魔力操作が上手いのは本物だな。俺もうかうかしてるとお前に抜かれるかもな」

 小言を言いながらも笑いながら肩を叩いてくる。
 でもなぁ、他力本願というか何というか、可能性が広がったのは嬉しいが俺自身で魔法使えたらどんなにいいか……今更ながらに魔法を使えないことを悔しく思うよ。


 その後、何度も魔法をもらい身体強化の練習をしていて分かったことがある。人に魔法を貰うのであれば本当に小さなモノでいいって事だ。

 魔法は発動させるのに一番多く魔力が必要で、コントロールするだけならそれほどの魔力消費はない。もちろん魔法自体を大きくするのにはそれ相応の魔力が必要にはなるが、魔法の発動ほどではないのだ。

 他人の魔法を乗っ取るのにも魔法発動と同じだけの魔力が必要ならば、奪う魔法が小さければ小さいほど魔力消費が少なくて済む。
 つまり作戦としては、戦闘前に小さな魔法を貰っておき俺の魔力で維持しておいて、いざという時に威力を上げて使えばいいってことだ。

 店の前でそんな鍛錬をしていれば店の人に見送られてホクホク顔の美女軍団がようやくお出ましになる。お気に召すものがあったみたいですね、と言うか既にリリィは履いている靴が違う気がするんだが……まぁ自分のお金だ、好きに使えばいいさ。

 さて、忘れかけていたが明日はいよいよオークションだ。待ってろよ、馬鹿兎っ。



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