黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第一章 動き出した運命の輪

25.予約された焼肉パーティー

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 ベルカイムで一泊し次の宿場に着くと、以前来た時にユリ姉が作った石の調理台が無事に在るのを確認してから森に入った。
 俺達四人は二手に分かれて獲物を狩って戻ってくると早速調理に取り掛かる。そう、今夜は俺達四人の主催による焼肉パーティーだ。普段お世話になりっぱなしなのでこうした時にしか味わえない雰囲気というものを楽しんでもらおうと思い、ベルカイムで食材の準備をしてきた。

 今夜だけは普段動き回ってくれているメイドさん達もお客様になってもらう。

「それではぁ参ります」

 ユリ姉が手際良く解体を始めると、鹿だった物の皮が剥がれてあっという間に肉の塊に変身して行く。
 その様子をカミーノ家の面々は思い思いの様子で見つめ、無駄のない動きでナイフが踊るたびに感嘆の声があがる。クレマリーさんはちょっと顔をしかめてたけど、それでもちゃんと見ていてくれた。

 部位ごとに切り分けるユリ姉の隣、並んで立つリリィが肉の塊を食べやすい大きさに切っていく中、俺とアルは焼き場の準備を整える。

「俺は向こう手伝うから、あとよろしく」

 薪を組んで例の焼肉セットを設置してからアルに火興しを頼み、俺は鉄串を片手にリリィの横へと並んだ。
 小分けにされた肉と野菜とを串に刺し、塩と胡椒で味付けをしたら早速焼き台に乗せて火にかける。辺りに漂い出す食欲を誘う美味しそうな匂い。この為に用意したグラスにワインを注ぎお客様方に手渡すと、ユリ姉とリリィも作業を終えて火の方にやって来た。

「日頃お世話になっているカミーノ家の人達に、冒険者である俺達からのささやかな感謝の気持ちを持って今晩の夕食をご馳走します。どうぞ思う存分食べてください。
 では、皆様の幸せと健康を祈り、乾杯!」

 そこからは持て成す俺達も持て成されるカミーノ家の人達も関係なく心行くまで肉を食べ漁った。
 安眠くんで結界を張っている以上まず間違いなく大丈夫なのだが、じゃんけんで負けた俺は万が一に備えて酒は控えたのだが、それでも楽しくみんなと食事が出来た。

「たまにはこういうのも良いなぁ!そうだ、屋敷でも時折外でこういった焼肉パーティーなどやったら楽しいと思わんかね?」

「お父様っそれいいっ!みんなを誘って今度早速やりましょうっ」

 二人で大盛り上がりの貴族の親子。屋敷の広い庭で大人数、楽しいかもしれないなぁ。

「それにしてもこの肉は美味いな、鹿のようだったが何の肉なのかね?」
「モルタヒルシュと言う鹿よ。私が仕留めたんだから美味しいのは当然よねっ」

 リリィの返事に「そうかそうか」と上機嫌に頷くランドーアさん。メイドさん達も美味しそうにお肉を食べてくれているみたいで一安心だ。いつ見ても働いているからたまにはお世話される側に回って欲しかったんだ。

 小ぶりのモルタヒルシュだったがそれでも結構な量の肉があったはず。けど、みんなで食べたら半分以上無くなっていた。その内の大部分をリリィが食べていたような気がしたがたぶん気のせいだろう。あのポッコリと膨らんだ妊婦さんのようなお腹を見たとしても、それはきっと気のせいなのだという事にしておいた。

 残った肉は半分は生のまま明日の夜用にしまっておき、もう半分は例のごとく燻製にした。燻製というのも始めて見るようで、どうせならと解説をしながら作業に当たった……と言っても吊るして燻すだけなのだが。

 翌朝、完成した鹿肉ベーコンも好評で、ベルカイムで買ってきたパンでサンドイッチにして美味しく頂くと宿場を後にし馬車を走らせた。


▲▼▲▼


 魔晶石が程よい遊び道具になり十日間に及ぶ馬車の旅もわりと楽しく過ごす事が出来た。
 そうして空の色が変わり始めた頃、ベルカイムから北の町、オークションが開かれるというアングヒルへと辿り着く。

 俺は人通りの多い街中での御者経験を積むべく鬼教官クロエ先生が目を光らせる隣で多少ビクつきながらも手綱を握らせてもらっている。
 町の中心部は人通りも多くて気を配らなければならない事がいっぱいだと釘を刺されたので、人通りのまったく無い街道しか走ったことのなかった俺からしたら町に入る前から緊張で手に汗をかいてしまっていた。

 何事もなく検問を終え町の玄関である門を潜ると、様々なお店の立ち並ぶメインストリートへと馬車を進めた。
 道行く人達が溢れる夕方の街中は活気に満ちており色々な喧騒が聞こえ、その通りの真ん中を人を轢かないように気を付けながらゆっくりと突き進めば、煩わしそうにしながらも俺達の馬車を人々が避けて行く。この町は見たところ飲食店が多いようで、どんな料理が食べられるのか今から楽しみだ。



 カミーノ家の手配した宿はアングヒルの中心部に程近く、清潔感のある白い壁が五階まで伸び、各部屋にあるオシャレな形の窓が街中を向いている。流石貴族が使う宿、佇まいからしても高級な感じのする建物だった。

 クロエさんの指示の元、大きな扉の前に馬車を停めてカミーノ家が着いた旨を伝える。すると受付にいた宿の女将さんが大声で従業員を呼びつけ慌てて外に飛び出したかと思いきや、十人ぐらいが入り口に並び立ち、素早くお出迎えの体勢を完了させた。

「ようこそおいでくださいました、お早いお付きでしたね。道中は大丈夫でしたか?今年は馬車でお越しとの事で心配しておりました。お疲れになったでしょう、どうぞ中の方へ。まもなく夕食の時間ですが、今、お茶の準備をさせております」

 恰幅の良い女将さんは人の良さげな笑顔を浮かべるとカミーノ夫妻を中に招き入れる。夫妻に続きティナと並んで扉を潜ると『おや?』と不思議そうに見てくる。たぶん俺が最初に顔を出したことから護衛か何かだと思ったのだろうな……護衛で合ってるんだけど。


 入り口正面にある受付のすぐ隣、客室の準備ができるまでの間に過ごすための部屋に通さると出された紅茶を頂いた。
 カミーノ邸で飲んでいた物と似た感じの味がするのは女将さんの配慮から来るのだろう。その女将さんはカミーノ夫妻と楽しげに談笑している。毎年オークションのときは此処を利用しているようで何年も前からの顔見知りらしい。

「なぁティナ、いつもは馬車じゃないなら何でここまで来るんだ?」

 背筋を伸ばし、澄ました顔で白いカップを手にする姿は貴族の娘として申し分ない振舞い、優雅に紅茶を飲んでいたティナは俺に向き直ると驚きの答えを返してくる。

「魔導車よ?馬車より凄く速いの。今回ここまで十日かかったけど、魔導車なら一日で来れなくもないわ。
 いつもはお昼頃出てベルカイムで一泊するから二日かけて来るかな」

 なんだって!?十日の距離を一日で着くとか嘘でしょ?アルもリリィも驚きのあまり動きが止まり、ティナへと向けられた目が大きく開かれている。

 そんな俺達を見かねたユリ姉が解説をしてくれた。

「魔導車はねぇ風魔法を利用して地上から少し浮いた状態で空を飛ぶ乗り物よぉ、見た目もカッコいいんだからぁ。ただねぇ、馬で引く代わりに魔石を消費するんだけどぉ、その消費量が半端無いからぁお金持ちにしか乗る事が出来ないのよねぇ。私も見た事はあるけど乗った事はないわぁ」

「オークションに参加するような人達は富裕層しかいないから、もしかしたら誰かが乗っているのが見えるかもしれないわよ?」

 クッキーを手で割りながらティナが凄い情報をくれる、見たい見たいっ!是非!

「ただ、ほとんどの人は私達みたいに前日までに町に入るから、馬車で会場入りする人ばかりで、魔導車が見えるかどうかは分からないよ?期待はしないでね」

 その後、各自の部屋に案内され一息入れた後、夕食となった。
 いつもオークションの前後数日間はこの宿を丸々貸し切るのだそうだ、貴族って凄いなっ!貸切とかマジかっこいいです!

 魔導車も見れるといいなぁ、などと考えてる俺は、当初の目的など頭から抜け落ちていた。


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