黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
68 / 562
第一章 動き出した運命の輪

22.リリィの魔法

しおりを挟む
「レイが着る服こんなのはどお?似合うと思うんだけどなぁ」

 人形のように立たされ採寸してもらってる俺の前に来てはいくつもの見本絵を見せてくるティナ。俺としては服に興味が無くぶっちゃけると何でもいいんだが、女にとってはそうではないらしい。早く終わってシュテーアに会いに行きたいんだけどなぁ、などと考えながら窓から見える綺麗な青い空に浮かぶ雲を眺める。

「ティナはどんなの着るんだ?」
「え?私?」

 顎に人差し指を当てて考え込むところを見るとまだ決めてないのか?
 アルはクロエさんと楽しそうに喋りながら採寸してもらってる。昔からあいつはクロエさんと仲が良いな、気が合うのかな?

 採寸と言う名の軽い拷問が終わり出されたお茶を片手に一息ついていると、ユリ姉とリリィも採寸とドレス決めが終わったみたいで楽しそうな顔で戻って来た。

「二人はどんなドレスにしたの?」

 顔を見合わせた二人はフフッと笑い合うと声を合わせて『内緒』と言いやがった。なんで秘密なのさ!別にいいけど。



「ウォルマーさんお久しぶりです。シュテーア元気してます?」

 ようやく解放されてやって来た牧場、厩舎の中を見回してもシュテーアが見当たらなかったが……どこ行った?

「やぁ元気そうだね、また何日かコッチに居るのかい?アイツは今、外だよ」

 お礼を言って外に出ると青空の下、緑の草原を自由に駆ける焦げ茶色の馬がいた。遠くから見ていると仲間の馬達と楽しそうにしている。
 そう上手くはない指笛だが無事聞こえたらしく、外でのんびりしていた全ての馬が一斉にこちらを向いて小さな耳を ピクピク 動かしてる。いや、呼んだのはシュテーアだけなんだけど……聞こえたら『なんだ?』って思うよね、ゴメン。

「シュテーアっ!」

 名前を呼ぶと俺が分かったみたいで物凄い速さで一目散に駆けてきた。おぉっヨシヨシ可愛い奴め、そんなに俺が恋しかったか。ゴメンなぁ、たまにしか来れなくて。本当はずっとここに居たいんだけどそれは無理なんだよ。

 擦り付けてきた首や身体を撫でてやると気持ち良さそうにブルブル言って甘えてくる、んん~っお前はこの世で一番可愛いよ!

「寂しい思いさせてごめんな。でもまた遠くに旅に出なきゃならなくて今回は今日しか会えないんだ」

 その一言でシュテーアの動きが ピタリ と止まり、つぶらな黒い瞳が俺を見つめる──ああっ、そんな目で見ないでくれよ、俺だって寂しいんだ。でもなドジで間抜けな兎娘が俺達の助けを待ってるんだ。終わったらまたすぐに会いに来るから待っててくれよぉ。

 気持ち冷たい目になると鼻頭でビシビシと俺をド突き「プシュブルルッ」と抗議の声を挙げ始めたシュテーアは、俺の腕にかぶりつき ハムハム とし出す……痛いです、加減してくれてても痛いですっ!ごめん、なるべく早く来るから許してくださいっ。
 健康的な歯でしばらく消えないだろう痛々しい痕を付け終わると、フンッとそっぽを向いてしまった。耳をパタンと後ろに倒し『私怒ってるんだからっ!』とアピールをしてる。

「ごめんな、今度ちゃんと埋め合わせするから許してくれよぉ、な?」

 鼻を鳴らして返事をすると、軽く鼻頭をぶつけて来たので優しく抱き留めてオデコにキスをする。首を スリスリ してきたので、一先ず許してくれたのだろう。よかったよかった。また今度、目一杯遊ぼうな!




 早朝、カミーノ邸の玄関前には黒くて大きな馬車が止まっていた。
 流石は貴族様の持ち物、車輪のついた木の箱なのは同じなのに細かい細工が至る所に施されていて乗合馬車とは雰囲気からして段違いだ。

 外観で大きく異なるのは、外の景色が眺められるように開閉式の窓が設置されていることだ。馬車で移動するときってやること無いもんな、俺はいつも寝てる気がする。
 中に入れば六つも取り付けられた小さなシャンデリア、恐らくあれは魔導具なのだろう。艶々に磨かれた壁板も凄いが、黒革の張られた椅子がフッカフカ!これなら車輪から伝わる振動も軽減されるので長時間乗っていてもお尻が痛くならないかもしれない。

 この豪華な馬車にカミーノ家のランドーアさん、クレマリーさんにティナ、お世話係兼御者でクロエさんとメイドさん三人、それに俺達四人で乗り込みベルカイムを経由してオークションの開催されるアングヒルへと向かうことになった。


 ゴトゴトと街道を進んでいくカミーノ家の馬車、御者はなんとこの俺。馬に乗れるようになったのでやってみたいと言い出したらクロエさんが指導してくれる運びとなったのだ。
 街道は殆ど真っ直ぐで人通りなど皆無なので、御者と言ってもお馬さん任せでただ手綱を持って座っているだけの簡単なお仕事だ。

 暖かな日差しの中、長閑な平原を真っ直ぐに進んで行く……やべっ、平和すぎて眠くなってきたぞ?

「レイ、眠いんでしょ」

 なぜか俺に付き合い、一緒に御者席に座ったティナが横っ腹を突ついてくる。だが言われているのは否定する余地がないこと、ぐうの音も出ず肯定するしかない。

「何もすることないからな、御者さんはこれに何日も耐えてるなんて凄いよ、尊敬するわ。あ~あ、これなら何か襲ってこないかなぁ」

「こらっ!御者がなに不謹慎な事言ってるのよ。そういうのをフラグって巷では言うらしいわよ?そういう事言ってると本当にそんな事が起きちゃうんだって」

 棒突きの飴ちゃんを咥えたリリィが馬車の出入り口から顔を覗かせ最近仕入れた知識をひけらかす──へぇ、そんな事があるんだ。なら、早く襲って来てくれよ。眠くて死にそうだ……。

「アンタが言い出したんだから今日一日くらいはちゃんとやりなさいよ?ぷぷぷっ、口は災いの元とはよく言ったものね~」

 飴ちゃんを振りかざして俺を指し、馬鹿にしたように見てくる──くぁぁぁ!反論できねぇっ!こんな事なら御者やるなんて言わなければ良かったぁっ。

 しかしそんな折、ビビビッと俺の第六感が何かの襲撃を感知した。内にいる人達に負担をかけないよう緩やかに馬車を減速させつつ、何が出て来るのかなと期待に胸を膨らませる。

「何で止めるのよ?」

 出入り口に掴まり不満げな顔つきで文句を言ってくるが、まず馬車を止めないと降りれないから襲撃に対応出来ないぞ?

 森から出てきたのは街道ではお馴染みのハングリードッグちゃん、十匹ちょっといるかな?
 よしよし、丁度良い目覚ましになるぞと意気込み馬車から飛び降りようとしたとき、仄かに光る透明な板が何枚も現れる──これは……結界魔法メジナキア

 即座に後ろを振り返れば澄まし顔で咥えていた飴ちゃんの付いた棒を音楽の指揮を執るかのように クルクル と振り回している。俺の視線に気付きはしたが『文句ある?』って顔をされた……文句有り有りだぞ!俺の運動するチャンス、返せ!

 宙を舞う透明な板は合計十二枚。人を襲い餌とする為にやって来た犬達ではあったが空飛ぶ不可解なモノに逃げ惑う羽目となり、元来た場所へ戻ろうとするも行手を阻まれ行き場を失う。
 器用に一所ひとところに集め終わると形を変えて部屋のようになり、外敵から身を守るための結界を形作るが、その内にいるのは倒すべきハングリードッグ達。

「なにしてんだ?」

 何でわざわざ捕まえたんだろうと疑問を口にするが、飴ちゃんを口に入れたリリィは答える気がないようだ。
 仕方なくそのまま見ていると、右往左往する犬達のすぐ上、結界の中心に現れる小さな青い炎──かと思った次の瞬間、全ての犬達が突然弾け飛び、透明な結界の壁が血とミンチになった肉片とで赤く染まった。それは凄惨という表現がピタリと当てはまるほど見るも無残で、魔物の死体など見飽きた俺でも吐き気を催すほどの光景だ。

 隣でそれを目の当たりにしてしまったティナは「キャッ!」と見開いた目を顔ごと手で覆い、クロエさんですら驚きを隠せない様子でいつもの眠たげな目が大きく開かれている。

 結界を作る透明な板が消えると辺り一面に濃い血肉の匂いが漂い、弱った胃腸に追い打ちをかけてくる。

「行きましょ」

 短く言い放ったリリィはいつもと変わらぬ様子で何事もなかったかのように馬車の中へと戻って行った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

処理中です...