54 / 562
第一章 動き出した運命の輪
8.不穏な空気
しおりを挟む
一日目の夜は何事も無く明けたようだ。
顔を洗うと燻製の出来具合を確かめる為に燻製器の蓋を開けた。見た目は良い色に燻されたシビルボアのベーコン、試しに端を削り味見してみれば、ちょっと薄味だがちゃんと美味しいベーコンとなってたので朝食はこれで決まりだな。
朝食を食べ終われば一宿の後片付け、『来た時よりも美しく』は常識だ。
しばらく馬車の揺れに身を任せているとエリーとドロシーがこっちを見てニコニコしている。
「飴ちゃん食べる?」
「「たべるーっ!」」
二人のほっぺにはぽっこりとしたお揃いの膨らみ、隣のユリ姉までほっぺがぷっくりしていたので ツンツン 突ついてみると当然のように硬い。
そんなやりとりを ジーッ と見られていたので嬢ちゃん二人にもツンツンしてあげると、嬉しそうに笑ってくれる。
「ユリ姉ちゃんはレイ兄ちゃんのお嫁さんなの?」
「え?違うよ」
「じゃあ、いつお嫁さんになるの?」
深い考えのない無邪気な眼差しで尋ねてくるが、どうしてそうなった!?そんなに仲良く見えたのかな?
「いつなるの?」
ニヤニヤしながら冗談のつもりでユリ姉に聞いてみたのだが一瞬にして顔が真っ赤に染まった──あれ?軽い冗談のつもりだったんだが、そんなに恥ずかしい質問だったのか?
「そ、そそそ、そのうちにだよっ」
プイッ とそっぽを向かれてしまった……もしかして満更でもなかったりするのか?あれあれ?女心はわからん。こんな美人で強くて性格も良い人がお嫁さんに来てくれたら俺としてはとても嬉しいな、今まで考えたこともなかったけど。
「ふ~~ん」
不思議そうな顔で ジーッ とまっすぐ見てくる純粋な眼差しに耐えきれなくなったのだろう。
「そ、そ、そうだっ、干し芋食べる?干し芋!」
「飴ちゃん食べてるから今いらないよー」
ユリ姉が アタフタ とテンパっている。なかなかに可愛らしい姿なので忘れないよう目に焼き付けておくとしよう。
そんなこんなで賑やかに楽しく過ごしてると、お昼を過ぎたくらいだろうか、静かに馬車が停止する。どうやら襲撃みたいだな。
またシビルボアだったらいいなとか考えつつ御者席に顔を出すとサシャが険しい顔をしていた。
「何が来た?」
「ハングリードッグだと思う。数が多いからここ頼める?私も出るわ」
「それはいいけど、大丈夫なのか?」
「黒犬程度でかい?舐めんじゃないよ」
軽い握り拳が俺の胸に当てられる。笑顔に余裕があるからきっと大丈夫なのだろう。なら俺は万が一に備えて御者席に陣取る事にした。
「お仕事行ってらっしゃいませ、お嬢様」
執事のように胸に手をやり一礼を送ると、白い歯を見せて笑ったかと思ったらカッコよく飛び降り、颯爽と駆け出して行く。
「ユリ姉、後ろの入り口を頼む」
「はいはぁい」
俺達が居る限りただの犬っころなんかには遅れは取らないつもりなので馬車の安全は確保されたと言えよう。
御者席から様子を伺っていると、そんなに遠くない森の中からガウガウキャンキャンと鳴き声が聞こえる。順調だろうか?もっともポピュラーな魔物だとはいえ相手は群れる性質を持つ面倒なヤツら、怪我なく片付けられるようにと祈るばかりだ。
自分も行きたい衝動を抑えつつ森を見てると、黒い物体が街道まで飛んで来てワンバウンドして止まる。大きさは一メートル。全身が真っ黒の短い毛で覆われており、眉間から鼻までの間にかけて茶色くなっている。予想通りおなじみのハングリードッグだったようだ。
四、五匹程度の小規模な群れならランクCに上がったばかりの初心者でも狩れるだろう。しかし大きな群れになると五十匹を越えるという。こうなると集団戦闘を得意としているやつらに分があり、ランクB間近のパーティーでも数に押されて逃げ帰らざるを得なくなるケースも稀にあるらしい。
飛んで来たハングリードッグは胸の辺りに風穴が空いており的確に急所を突いた事が分かる。割と素早い犬系の獣を、槍や棍棒の様な振りの遅い武器を使って一撃で仕留めてることからしても余裕そうなので一安心、流石ベテランパーティーだな。
少しすると森が静かになり護衛の四人が戻って来たが、特に怪我もなさそうだ。
「お疲れ様、問題無しか?」
「もちろんっ」
親指を立ててウインクするサシャ。ビルとクリスも戦闘が無事に終わり安堵の表情だ。
だが、ケネットだけは何か考え込んでる感じで浮かない顔で眉間に皺を寄せていた、なんだ?
「先を急ごう。休憩は移動しながらだ」
そう言うと自分の馬に乗りさっさと歩き出す。何かを感じたみたいだが確信が無いからか、何も口にすることはなかった。
「何かおかしい事があったのか?」
「いや、特には無かったよ。ハングリードッグが二十匹くらいの集団でいたから討伐しただけだ」
その態度が気になり馬車が出発したところでサシャに聞いてみたが、実際に見たわけでもないので考えても分からないか。気になると言えば少しずつだが “瘴気” が多くなって来てる事くらいかな。
瘴気とは自然が発する魔力みたいなもので、濃淡はあれどそこら中に漂っている。モンスターはこの瘴気が集まり生まれるので、瘴気の濃い場所にはモンスターが居る事が多い。勿論、一概に言える事ではないが可能性の話だ。
それからおよそ一時間後、またしてもハングリードッグの群れに遭遇する事になった。
「サシャさん!馬車止めてっ!右から来るよっ。数、さっきと同じくらい!」
ウトウトしていたユリ姉が突如として大きな声を挙げる。何時もの口調とは打って変わり早口だ。静かだった馬車の中は突然の事に緊張が走る。
馬車は急いで停止したのでおっとっとと前のめりになるが、先ほどのように御者席から顔を出し外の様子を観察する。
護衛の四人は直ぐさま戦闘態勢を取るが、気付くのが遅れたことにより打って出ることが出来ずに街道で迎え撃つ形となった。馬車を守りながらの形になってしまった為、行動が制限され不利ではあるがもう遅い。
馬車と森との間に護衛の四人が並んで立ち、森から奴等が出てくるのを待つ。
「ガウガウッ!」
少しするとついに一匹目のハングリードッグが森の中から走り出て来てクリスに飛びかかった。
身を捩り躱しつつも手に持つ短槍で横っ腹を突き刺しアッと言う間に一匹目の処理を終えたのだが、それを皮切りに黒い影が続々と森から飛び出して来る。
「来やがったな!」
「油断するんじゃないよっ!」
ケネットとサシャの剣がそれぞれに襲いかかったハングリードッグの喉元を切り裂くのは同時だった。その隙を狙い、更に一匹がサシャに嚙みつこうと足を狙って飛び付きに行くが間一髪、寸前で気付いたサシャがその足を軸にして反対の足で蹴り飛ばし事無きを得た。
森から出て来たばかりの四匹のハングリードッグは人間を見るなり唸り声を挙げて立ち止まる。そこにビルが切り込み一匹を仕留めるのに成功するが、残りの三匹は一度飛び退いたもののすぐに体勢を立て直し、単身となったビルへと反撃に出る。
だがビルはそんな事では焦りもせずバックステップで三匹の襲いかかるタイミングをズラすと、一匹ずつ確実に剣を叩き込んでいく。そこにケネットが加勢に入り一匹の横っ腹に剣を叩き込むと、振り向きざまに森から飛び出してきたばかりの黒犬の首を吹き飛ばした。
更にそこに二匹が森の中から飛び掛かる。軽やかなサイドステップで避けてみせると、横から近付いたビルが剣で突き、また一匹を仕留める。
見れば森に向かって左側には新たに六匹のハングリードッグが出て来ていた。ケネット達護衛パーティーは見事な連携を保ち、一匹たりとも馬車に近付けまいと奮闘するものの倒しても倒しても後から続々と湧いてくる。
「クソったれがっ!」
叫びながら切り掛かって行くものの完全に見切られ空振りに終わる。増え続けるハングリードッグに『抜かれては駄目』というプレッシャーを感じつつ、背後を気にしながら戦わなくてはならない為に思うように動けず苛立つケネット。
馬車が目に付かない場所での戦闘ならもっと自由に立ち回れたのだろうが、気付くのが遅れたので仕方がない。
サシャは右手側に新たに出て来た三匹に切り掛かり一匹の片足を斬り落とした。
「文句言うんじゃないよっ!」
叫びながらも飛び掛かって来る奴の腹を切り裂く。それにクリスがトドメを刺すと残りの二匹が駆けて行き飛びかかったのだが、見事な剣裁きを見せたサシャが二匹とも斬り裂き返り討ちにした。
「このぉ!」
ビルが気合と共に斬りかかり、それにケネットが続く。ビルが隙を作りケネットがトドメを刺すという二人の見事な連携で一気に四匹を仕留めている。
森から後続が出てこなくてなり、終わりを感じ取ったケネットが苛々を握りしめて一気に畳み掛けにかかる。
「おらぁっ!」
気合と共に斬り込み一匹を両断すると、そこに飛び掛かってきた奴をギリギリで躱しつつ首元を捕まえ、勢いそのままに顔面から地面へと叩きつけた。イライラの所為なのかその威力は強く、ゴキッ という嫌な音と共に首があらぬ方向へと曲がる。
サシャとクリスが割って入り二匹を仕留め、ビルも飛び込んで来て一匹の首が宙を舞う。ケネットは叩き伏せた奴にトドメを刺し、残りの二匹に切り掛かるが剣が空を切る。そのままもう一度踏み込み一匹を斬り伏せ、ビルとクリスが残りを片付けたところで全てのハングリードッグの討伐完了となった。
「お疲れ様、犬ばっかりだな。何時もこんなに何回も襲われるのか?」
街道に散らばった犬の後片付けが終わって一息付くケネットに近付き声をかけてみる。
「いや、いつもなら町に着くまでに多くても二回とかだぜ?今回は二日目で既に三回目、もう来ないと思いたいよ。まぁそんなこと言ってても仕方ないから早いとこ宿場に着いちまおうぜ」
その後は何事もなく無事に二日目のキャンプ地へ辿り着くと、護衛四人はお疲れだろうと言う話になり馬車の内に居た人だけで食事の用意をした。今夜は昨日作ったベーコンを炙り、町から持って来ていたパンに挟む。あとは女性陣の作った乾燥野菜を使ったスープだ。
こういう旅での食事は保存の効く乾燥野菜や干し肉なんかでスープを作り食べるのが一般的だなのだが、昨晩の特別メニューを除くと、炙っただけで食べられるベーコンのサンドイッチがあるだけでも豪華な食事と言える。
出来上がった夕飯を護衛組の所に持って行ってやる。ケネットに手渡しながら俺も隣に腰を下ろした。
「なぁ、最初の襲撃の後、何考えてたんだ?なんか違和感があったんじゃないのか?」
俺は戦闘に加わってないから何か分からない、だからストレートに聞きたいことを聞いてみる。馬車旅は一蓮托生なので些細なことでも情報は共有しておきたい。
「あぁ、それなんだがな……あのときハングリードッグの群れが二ついたような気がしたんだ。二つの群れの共存なんて聞いた事も無いし、俺の気のせいだったのかもしれないが、リーダーっぽい奴が二匹いたように感じてな。確信は無いんだけどよ、こういう時の直感って当たる気がするんだよな。だから早くあの場を離れたかったのさ」
「なるほどな~。で、進んだ先に二十匹近い群れか、なんか気になるな。瘴気も少し多い気がするからモンスターが出る可能性が有る事だけは頭に置いておいてくれ」
「了解だ。夜もいつも以上に気を配ろう」
俺とユリ姉も独自に警戒をする為、一番危険な時間帯である夜中に備えて早めに就寝する事にした。
顔を洗うと燻製の出来具合を確かめる為に燻製器の蓋を開けた。見た目は良い色に燻されたシビルボアのベーコン、試しに端を削り味見してみれば、ちょっと薄味だがちゃんと美味しいベーコンとなってたので朝食はこれで決まりだな。
朝食を食べ終われば一宿の後片付け、『来た時よりも美しく』は常識だ。
しばらく馬車の揺れに身を任せているとエリーとドロシーがこっちを見てニコニコしている。
「飴ちゃん食べる?」
「「たべるーっ!」」
二人のほっぺにはぽっこりとしたお揃いの膨らみ、隣のユリ姉までほっぺがぷっくりしていたので ツンツン 突ついてみると当然のように硬い。
そんなやりとりを ジーッ と見られていたので嬢ちゃん二人にもツンツンしてあげると、嬉しそうに笑ってくれる。
「ユリ姉ちゃんはレイ兄ちゃんのお嫁さんなの?」
「え?違うよ」
「じゃあ、いつお嫁さんになるの?」
深い考えのない無邪気な眼差しで尋ねてくるが、どうしてそうなった!?そんなに仲良く見えたのかな?
「いつなるの?」
ニヤニヤしながら冗談のつもりでユリ姉に聞いてみたのだが一瞬にして顔が真っ赤に染まった──あれ?軽い冗談のつもりだったんだが、そんなに恥ずかしい質問だったのか?
「そ、そそそ、そのうちにだよっ」
プイッ とそっぽを向かれてしまった……もしかして満更でもなかったりするのか?あれあれ?女心はわからん。こんな美人で強くて性格も良い人がお嫁さんに来てくれたら俺としてはとても嬉しいな、今まで考えたこともなかったけど。
「ふ~~ん」
不思議そうな顔で ジーッ とまっすぐ見てくる純粋な眼差しに耐えきれなくなったのだろう。
「そ、そ、そうだっ、干し芋食べる?干し芋!」
「飴ちゃん食べてるから今いらないよー」
ユリ姉が アタフタ とテンパっている。なかなかに可愛らしい姿なので忘れないよう目に焼き付けておくとしよう。
そんなこんなで賑やかに楽しく過ごしてると、お昼を過ぎたくらいだろうか、静かに馬車が停止する。どうやら襲撃みたいだな。
またシビルボアだったらいいなとか考えつつ御者席に顔を出すとサシャが険しい顔をしていた。
「何が来た?」
「ハングリードッグだと思う。数が多いからここ頼める?私も出るわ」
「それはいいけど、大丈夫なのか?」
「黒犬程度でかい?舐めんじゃないよ」
軽い握り拳が俺の胸に当てられる。笑顔に余裕があるからきっと大丈夫なのだろう。なら俺は万が一に備えて御者席に陣取る事にした。
「お仕事行ってらっしゃいませ、お嬢様」
執事のように胸に手をやり一礼を送ると、白い歯を見せて笑ったかと思ったらカッコよく飛び降り、颯爽と駆け出して行く。
「ユリ姉、後ろの入り口を頼む」
「はいはぁい」
俺達が居る限りただの犬っころなんかには遅れは取らないつもりなので馬車の安全は確保されたと言えよう。
御者席から様子を伺っていると、そんなに遠くない森の中からガウガウキャンキャンと鳴き声が聞こえる。順調だろうか?もっともポピュラーな魔物だとはいえ相手は群れる性質を持つ面倒なヤツら、怪我なく片付けられるようにと祈るばかりだ。
自分も行きたい衝動を抑えつつ森を見てると、黒い物体が街道まで飛んで来てワンバウンドして止まる。大きさは一メートル。全身が真っ黒の短い毛で覆われており、眉間から鼻までの間にかけて茶色くなっている。予想通りおなじみのハングリードッグだったようだ。
四、五匹程度の小規模な群れならランクCに上がったばかりの初心者でも狩れるだろう。しかし大きな群れになると五十匹を越えるという。こうなると集団戦闘を得意としているやつらに分があり、ランクB間近のパーティーでも数に押されて逃げ帰らざるを得なくなるケースも稀にあるらしい。
飛んで来たハングリードッグは胸の辺りに風穴が空いており的確に急所を突いた事が分かる。割と素早い犬系の獣を、槍や棍棒の様な振りの遅い武器を使って一撃で仕留めてることからしても余裕そうなので一安心、流石ベテランパーティーだな。
少しすると森が静かになり護衛の四人が戻って来たが、特に怪我もなさそうだ。
「お疲れ様、問題無しか?」
「もちろんっ」
親指を立ててウインクするサシャ。ビルとクリスも戦闘が無事に終わり安堵の表情だ。
だが、ケネットだけは何か考え込んでる感じで浮かない顔で眉間に皺を寄せていた、なんだ?
「先を急ごう。休憩は移動しながらだ」
そう言うと自分の馬に乗りさっさと歩き出す。何かを感じたみたいだが確信が無いからか、何も口にすることはなかった。
「何かおかしい事があったのか?」
「いや、特には無かったよ。ハングリードッグが二十匹くらいの集団でいたから討伐しただけだ」
その態度が気になり馬車が出発したところでサシャに聞いてみたが、実際に見たわけでもないので考えても分からないか。気になると言えば少しずつだが “瘴気” が多くなって来てる事くらいかな。
瘴気とは自然が発する魔力みたいなもので、濃淡はあれどそこら中に漂っている。モンスターはこの瘴気が集まり生まれるので、瘴気の濃い場所にはモンスターが居る事が多い。勿論、一概に言える事ではないが可能性の話だ。
それからおよそ一時間後、またしてもハングリードッグの群れに遭遇する事になった。
「サシャさん!馬車止めてっ!右から来るよっ。数、さっきと同じくらい!」
ウトウトしていたユリ姉が突如として大きな声を挙げる。何時もの口調とは打って変わり早口だ。静かだった馬車の中は突然の事に緊張が走る。
馬車は急いで停止したのでおっとっとと前のめりになるが、先ほどのように御者席から顔を出し外の様子を観察する。
護衛の四人は直ぐさま戦闘態勢を取るが、気付くのが遅れたことにより打って出ることが出来ずに街道で迎え撃つ形となった。馬車を守りながらの形になってしまった為、行動が制限され不利ではあるがもう遅い。
馬車と森との間に護衛の四人が並んで立ち、森から奴等が出てくるのを待つ。
「ガウガウッ!」
少しするとついに一匹目のハングリードッグが森の中から走り出て来てクリスに飛びかかった。
身を捩り躱しつつも手に持つ短槍で横っ腹を突き刺しアッと言う間に一匹目の処理を終えたのだが、それを皮切りに黒い影が続々と森から飛び出して来る。
「来やがったな!」
「油断するんじゃないよっ!」
ケネットとサシャの剣がそれぞれに襲いかかったハングリードッグの喉元を切り裂くのは同時だった。その隙を狙い、更に一匹がサシャに嚙みつこうと足を狙って飛び付きに行くが間一髪、寸前で気付いたサシャがその足を軸にして反対の足で蹴り飛ばし事無きを得た。
森から出て来たばかりの四匹のハングリードッグは人間を見るなり唸り声を挙げて立ち止まる。そこにビルが切り込み一匹を仕留めるのに成功するが、残りの三匹は一度飛び退いたもののすぐに体勢を立て直し、単身となったビルへと反撃に出る。
だがビルはそんな事では焦りもせずバックステップで三匹の襲いかかるタイミングをズラすと、一匹ずつ確実に剣を叩き込んでいく。そこにケネットが加勢に入り一匹の横っ腹に剣を叩き込むと、振り向きざまに森から飛び出してきたばかりの黒犬の首を吹き飛ばした。
更にそこに二匹が森の中から飛び掛かる。軽やかなサイドステップで避けてみせると、横から近付いたビルが剣で突き、また一匹を仕留める。
見れば森に向かって左側には新たに六匹のハングリードッグが出て来ていた。ケネット達護衛パーティーは見事な連携を保ち、一匹たりとも馬車に近付けまいと奮闘するものの倒しても倒しても後から続々と湧いてくる。
「クソったれがっ!」
叫びながら切り掛かって行くものの完全に見切られ空振りに終わる。増え続けるハングリードッグに『抜かれては駄目』というプレッシャーを感じつつ、背後を気にしながら戦わなくてはならない為に思うように動けず苛立つケネット。
馬車が目に付かない場所での戦闘ならもっと自由に立ち回れたのだろうが、気付くのが遅れたので仕方がない。
サシャは右手側に新たに出て来た三匹に切り掛かり一匹の片足を斬り落とした。
「文句言うんじゃないよっ!」
叫びながらも飛び掛かって来る奴の腹を切り裂く。それにクリスがトドメを刺すと残りの二匹が駆けて行き飛びかかったのだが、見事な剣裁きを見せたサシャが二匹とも斬り裂き返り討ちにした。
「このぉ!」
ビルが気合と共に斬りかかり、それにケネットが続く。ビルが隙を作りケネットがトドメを刺すという二人の見事な連携で一気に四匹を仕留めている。
森から後続が出てこなくてなり、終わりを感じ取ったケネットが苛々を握りしめて一気に畳み掛けにかかる。
「おらぁっ!」
気合と共に斬り込み一匹を両断すると、そこに飛び掛かってきた奴をギリギリで躱しつつ首元を捕まえ、勢いそのままに顔面から地面へと叩きつけた。イライラの所為なのかその威力は強く、ゴキッ という嫌な音と共に首があらぬ方向へと曲がる。
サシャとクリスが割って入り二匹を仕留め、ビルも飛び込んで来て一匹の首が宙を舞う。ケネットは叩き伏せた奴にトドメを刺し、残りの二匹に切り掛かるが剣が空を切る。そのままもう一度踏み込み一匹を斬り伏せ、ビルとクリスが残りを片付けたところで全てのハングリードッグの討伐完了となった。
「お疲れ様、犬ばっかりだな。何時もこんなに何回も襲われるのか?」
街道に散らばった犬の後片付けが終わって一息付くケネットに近付き声をかけてみる。
「いや、いつもなら町に着くまでに多くても二回とかだぜ?今回は二日目で既に三回目、もう来ないと思いたいよ。まぁそんなこと言ってても仕方ないから早いとこ宿場に着いちまおうぜ」
その後は何事もなく無事に二日目のキャンプ地へ辿り着くと、護衛四人はお疲れだろうと言う話になり馬車の内に居た人だけで食事の用意をした。今夜は昨日作ったベーコンを炙り、町から持って来ていたパンに挟む。あとは女性陣の作った乾燥野菜を使ったスープだ。
こういう旅での食事は保存の効く乾燥野菜や干し肉なんかでスープを作り食べるのが一般的だなのだが、昨晩の特別メニューを除くと、炙っただけで食べられるベーコンのサンドイッチがあるだけでも豪華な食事と言える。
出来上がった夕飯を護衛組の所に持って行ってやる。ケネットに手渡しながら俺も隣に腰を下ろした。
「なぁ、最初の襲撃の後、何考えてたんだ?なんか違和感があったんじゃないのか?」
俺は戦闘に加わってないから何か分からない、だからストレートに聞きたいことを聞いてみる。馬車旅は一蓮托生なので些細なことでも情報は共有しておきたい。
「あぁ、それなんだがな……あのときハングリードッグの群れが二ついたような気がしたんだ。二つの群れの共存なんて聞いた事も無いし、俺の気のせいだったのかもしれないが、リーダーっぽい奴が二匹いたように感じてな。確信は無いんだけどよ、こういう時の直感って当たる気がするんだよな。だから早くあの場を離れたかったのさ」
「なるほどな~。で、進んだ先に二十匹近い群れか、なんか気になるな。瘴気も少し多い気がするからモンスターが出る可能性が有る事だけは頭に置いておいてくれ」
「了解だ。夜もいつも以上に気を配ろう」
俺とユリ姉も独自に警戒をする為、一番危険な時間帯である夜中に備えて早めに就寝する事にした。
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
アリスと女王
ちな
ファンタジー
迷い込んだ謎の森。何故かその森では“ アリス”と呼ばれ、“蜜”を求める動物たちの餌食に!
謎の青年に導かれながら“アリス”は森の秘密を知る物語──
クリ責め中心のファンタジーえろ小説!ちっちゃなクリを吊ったり舐めたり叩いたりして、発展途上の“ アリス“をゆっくりたっぷり調教しちゃいます♡通常では有り得ない責め苦に喘ぐかわいいアリスを存分に堪能してください♡
☆その他タグ:ロリ/クリ責め/股縄/鬼畜/凌辱/アナル/浣腸/三角木馬/拘束/スパンキング/羞恥/異種姦/折檻/快楽拷問/強制絶頂/コブ渡り/クンニ/☆
※完結しました!
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる