黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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序章 旅の始まりは波乱と共に

29.夢の終焉(後編)

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「本当にいいのか?ティナと結婚すればお前もお貴族様だぞ?逆玉だぜ?」

「うるせー、決意が揺らぐ事言うなよ」

 しばらく泣き続けたティナは疲れて寝てしまい、そのままベットに寝かせておいた。俺達はカミーノ夫妻に明日の旅立ちを報告するために書斎へと向かった。

「すまんな、ティナが迷惑をかけたようだ。一人娘だと可愛がり過ぎて我儘に育ててしまった。
 それで明日発つとの報告を受けたが、本当か?」

「はい。約束の鞄も頂きましたしベルカイムに戻ります。乗り合い馬車次第ですが、どっちにしても明日の朝この屋敷を出ようと思います。俺はまだまだ弱い人間ですので区切りを付けないとダラダラと居座ってしまいそうなので……お世話になったというのに貰うもの貰ったのでサヨナラみたいで申し訳ないんですが、お許しください」

 苦笑いをするランドーアさんだが、テーヴァルさんとのやり取りもクロエさんから聞いているのだろう、快く承諾してくれた。

「一つだけ条件、と言うか私のお願いを聞いてはもらえまいか?  ティナの事だ。あれがレイ君に好意を抱いていたのは周知の事実だろう。しかし、あれでもカミーノ家の娘だ。その時がくれば婿を取り、家を継がなくてはならない。だが今はまだそんな事はいいんだ、好きにさせたいというのが私の考えでね。
 そこでだ。君達の都合の良い時でいい、たまにで構わないからこの屋敷に遊びに来てもらえないだろうか?もちろん来訪の際には持てなしをさせてもらうし、何か必要なものがあれば支援……」

「ランドーアさん。いつ時間が取れるかはわかりません……ですが、必ず会いに来ますよ。あと、見返りも要りません。友達に会うのにそんなもの、必要ないでしょう?」

 俺の返事でランドーアさんの顔が明るくなる。ほんとティナは愛されてるなぁ、父親のいない俺には少し羨ましいぞ?
 少なくとも半年に一度は来れるようにすると約束し滞在のお礼を言うと「今夜はパーティーだ!」と告げられた。



 俺達三人は夕食までの間にベルカイムに戻る為の乗り合い馬車の手配をしに行ったのだが、都合の良い事に明日の朝乗れる事になった。

 その足で厩舎に向かいウォルマーさんに挨拶をしに行く。実はランドーアさんの計らいで俺達三人が乗っていた馬を売らずに残しておいてくれるそうなのだ。
 報酬は要らないって言ったと思ったけど『遊びに来るなら馬がいたほうがいいだろ?』ってニヤリとされたもんだから……俺の性格も把握済みなのですね、流石大人!
 そんなこんなでシュテーアとは永遠の別れとならずに済んだのだ。ランドーアさん、マジ感謝!

 シュテーアと触れ合いしばしの別れを告げると、俺の言葉が分かっているのか寂しそうにしてるように感じた。俺達、相思相愛だもんなっ!
 シュテーアの為に……あ、ごめん、シュテーアとティナの為になるべく早く会いに来るよ。


 一人で部屋に戻るとティナはまだ俺のベッドにの中にいた。寝てるのかとそっと覗き込めば布団の中から向けられる冷ややかな視線。あからさまに不機嫌だと分かる ムスッ とした顔にお出迎えされてしまい言葉が出てこないまま固まってしまった。
 いや、あの……ごめんなさい!

 伸びてくる白い手、意外にも強い力で腕を掴まれたと思ったときにはベットに引きずり込まれていた──ええっ!普通、逆じゃない?ってかコラっ!
 胸に押し付けられるティナの顔と、背中に回された手が俺の腕ごと力強くホールドし身動きが取れない状態。女の子と密着するなどかつてない体験で、場所が場所なだけに否応無しに想像がかきたてられて急速に鼓動が高鳴る。

「レイさんの我儘は仕方なく、仕方なく、仕方な~く聞き届けました。しかし、交換条件を申し渡します。しばらくこのまま拘束されててくださいっ」

 まぁ、これくらいで機嫌が治るのなら安いもんかな?
 意見を聞き入れたと感じて緩んだ拘束、自由になった左手を背中へと回し、もう一方は押し付けられたままの頭をゆっくりと撫でた。細いオレンジの髪はサラサラしていて、俺の手が滑るように行き来する。ティナの身体は細く弱々しいもので、少し力を込めただけで折れてしまいそうだ。
 仄かな甘い花の香り──ティナの匂いがする。心地の良い香りに包まれティナを堪能していると、もぞりと動いて見上げてくる。 こ、これが上目遣いの破壊力か!かわいい……。

 しばらく見つめ合った後、小さな声で己の欲望を吐き出すティナ。

「キスして」

 囁くような小さな一言に俺の鼓動が跳ね上がる……今、なんて?

 はっきり聞こえたはずの言葉が理解できずに聞き返しそうになるが、そこはどうにか思い留まる。まっすぐ俺へと向かう薄紅色の瞳は真剣そのもので、軽く吐き出した言葉ではないのは明らかだった。

 こんな状況でキスなんてしたら、その先まで突っ走りそうだ。
 どうしたもんかと悩む俺。だがそこに、容赦のないティナの追い討ちが待った無しで襲いかかる。

「私の事、嫌い……ですか?」

 なるようになれっ!と半ば投げやりにゆっくり顔を寄せていけば、可愛らしい桜色の唇に俺が到着するのを目を閉じて心待ちにしている。
 爆発するかと思うほど早くなる鼓動に気圧されながらも、ゆっくり、ゆっくりと距離が無くなっていく。

 やがて触れ合う二つの唇。その瞬間、ビビビッ というなんとも形容し難い心地の良さが背中を駆け抜ける──と同時に暖かな想いが拡がり心を満たしていく。


 “キスってこんなにも気持ちが良いものなんだ” 


 そこで終われれば美しい思い出話となっただろう。だが、これでも俺は男だった。


 “ティナの全てが欲しい” 


 心の底から押し寄せる欲望の波に、理性の全てを総動員させて待ったをかける。
 彼女は貴族のお嬢様。田舎冒険者とは釣り合う筈もなく、ましてや彼女の願いを振り切り明日帰ると告げたばかりなのだ。

 名残惜しくも唇を離せば欲望の嵐も少しだけ弱まった。尚も渦巻く欲望に飲み込まれぬよう必死であらがい理性を保とうと努力する。
 ティナを抱きしめる腕に少しだけ力を入れて嵐が過ぎ去るのを待っていると、だんだんと欲望のうねりが静かになっていく。

「またすぐ会えるさ」

 自分に言い聞かせるよう呟くとティナから離れ、心に燻る欲望を感じさせぬようゆったりとした動作を極力心がけてベッドから逃げ出した。

「そろそろ夕食の時間だろ。ほら、顔洗ってこないとみんなに笑われるぞ?」

 差し伸べた俺の手にティナが手を乗せ渋々といった感じに起き上がる。

「はぁ……もう少し一緒に居たかったなぁ」
「文句言わないの、ほら行くよっ」

 全ての物事には始まりと終わりとが必ず存在する。名残惜しくはあるが、この夢のフィナーレとしてランドーアさんが豪華な晩餐を用意してくれてるはずだ。せっかくの好意をありがたく受け取り『いい夢だった』と終わらせたい。

 最後にもう一度だけとティナの柔らかな唇に短いキスをすると、二人で手を繋ぎ、素敵だった夢の終わりへと向かう為に部屋の扉を豪快に開け放った。


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