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Chapter_3:機械工の性
Note_81
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夕焼けの空を背にして、姉弟は屋上の柵に寄りかかる。【Kerキャンプ】にて、2人は次の指示を待っていた。2人とも糸が切れたように全身の力が抜けていく。もぬけの殻になりかけた。
冒険に一区切りつけて、一時的に疲れているだけ。ただ今まで多くの障害を乗り越えた上での休息であり、活力が一気に持っていかれる。
「サド。」
「何?」
レオは気を保とうと、サドに話しかける。
「私達さ、よくここまで来れたな。」
「全部レオのおかげさ。」
「それほどでも。」
笑みを浮かべ、褒め言葉を素直に汲み取る。真正面を向いて旅を振り返った。これからの旅について模索する。
「ライラも付いてくるんだよな?あいつの目的は拉致被害者の解放だったはず。」
「そうだね。」
「なら上にライラを乗せるよう持ちかけたい。あいつは最低限、戦える実力を備えている。
それと【戦闘員】の称号を受け取って、【タイタン号】のリーダーになる。そうすれば広範囲の権限を得られる。今の機体は強化が不十分だ。最前線だとすぐに落とされる。真っ直ぐ行かずに、素材を集めながら向かうべきだ。
マークⅢの力と、あんたの技術力を必ず使うときが来る。私が上に立ったら、側近として付いてほしい。コネじゃないことぐらいは自覚しておけよ。その能力を見越しての配置だから、責任は重い。
……やれるか?」
サドは快諾すると思われたが、含みを入れて答えてきた。
「……また、迷惑をかけることになるね。」
「今更言うかよ、素直じゃねえな。」
「ほい。次もあるから、栄養補給に。」
サドはバッグの中から、袋詰めの一口に切ったチュロスを取り出す。甘い香りでレオの目も覚めた。
「さんきゅ。」
「………。」
1つつまみ、揚々と口に運ぶ。対してサドは袋をそのままにして黙り込んでいた。レオは彼の肩を叩いて、おかわりを要求する。
…反応がない。
「食わないならよこせ。」
「ちょっ!」
袋を横取りした。サドは食わずじまいになってしまった。彼の反応はいかにも不自然であった。
レオは疑い、サドに尋問する。
「どうした?手を止めちゃって。」
「いや、少し考えてた。
僕が女性として生まれたら、レオも楽できたのかなって。」
サドは彼の足枷となる部分について、自分の言葉でレオに伝えた。
過去にも自身の最大の欠点が、彼の行動に影響を及ぼしたこともある。そして何より、彼の存在でレオを危険な目に遭わせた。後ろめたい気持ちで彼はいっぱいだったのだ。
「1人にさせることだって無かった。今より幸せになれたかも知れない。この時代に悩まされずに済んだのかも知れない。レオともカプリコ博士とも仲良くできたかも知れない。守りたいものだって、守れたのかも知れない。
レオに責任を負わせることなく、物語のように全て上手くいったのかも知れない。この時代でレオに無理させることも無かった……と思う。」
サドは自分なりに考察する。叶わぬ理想は、自分自身の素質によって簡単に打ち砕かれた。
「……絶対ねーよ。」
砕かれた理想を、レオは自ら粉々にした。サドはこちらを振り向く。
「自分が生まれる前の事なんて、どうすることもできねえだろ。それができたら私はレジスタンスなんて立場にならねえよ。この世界なら貴族みたいに金持ちになって、優雅に生きたかった。今となっちゃ、ありえないけどな。」
愚痴を垂らしてから、サドの誤解を指摘する。
「あんたが妹だったところで、【エンダー家】の奴らは余計にあんたを欲しがる。奴らからは男嫌い以上にドス黒い気配がする。今度は私が取り残されるかもな。
レジスタンスである以上、女性だとしても“卑しい立場”として扱われる。物語そのままで許されるのは、上の貴族共だけだ。」
自分の立場に甘えていたのは、サドも同じであった。すべてを自分の基礎のせいにして、逃げたかったのだろう。レオはそれを止めた。
代わりに、右腕で彼の肩を抱き寄せてあげた。
「どちらにせよ、同じ様にあんたを守ってた。世界が裏切っても……私は曲げない。」
レオは静かに囁きかけた。彼女のサドに対する想いは至って真っ直ぐであった。
「九死に一生を得たんだ。もう後戻りもできねえし、今あるもので挑むだけ。私ならそれで十分だけどな!」
姉としての余裕を見せた。それも相まって水飛沫に打たれたかのように、気持ち良い笑顔を浮かべる。さざ波の音色を聴くたびに、衝動的に海へ連れて行きたくなる。
思い立ったようにサドに尋ねた。
「夜さあ、海でも……ってあれ?」
手に持っていたチュロスの小袋が見当たらない。サドが小袋を密かに奪ったようだ。
「あっ!」
「海に行くの?いいよ!これは夜に取っておくね。もう呼ばれるだろうし。」
「私が預けるから!な?くれよ!」
「食べ尽くすでしょ。」
「1つだけ!1つだけだから!」
袋の奪い合いが始まった。サドは袋を取られないよう回避し、レオは意地でも掴まんと必死になる。戯れてる間に端末から通達が入ってきた。
_____
ウルサは退屈にしていた。司令部のデスク付近で、手錠をかけられ片膝を立てている。彼女が不満を持つ理由は唯一つ、“監視が男である”からだ。
彼女の動きは奴によって制限されている。許されない。今こそ反旗を翻すときだ。
「……おっさん。」
「は、はぃ!」
若人は脅えていた。情けない奴だ。彼が上の立場に立つことなど腹立たしいことこの上ない。
「これ、外してくれない?」
「ぇえと……あの、は、外したら、僕に斬り掛かるんですよね?……嫌です!」
悪党風情が。到底許されるべきものではない。どうやら彼は自分が悪である自覚がないようだ。名前は【カスター】らしいが、“虫ケラ”の方が相応しいだろう。
しかし、彼は悪としても生ぬるい。そんなに危険と思うなら、牢獄に入れても良かったろうに。ウルサは理由を尋ねた。
「脅えてるなら、どうして私を牢屋に入れないの?直接殴れる距離よ?」
「い、いえいえ!とんでもない!あ……あっ、あなたは、仲間にセッ、セクハラをして、その報いってだけです!司令に私が任されたってだけです!
……多分。」
彼には自信がない。勇気がないのだ。
呆れたものだ。彼など下の下にも劣る悪党だろう。こんな奴に醜く怒鳴る必要などない。静かに手早く、策を実行した。
…胸元のジッパーを下げてチャックを開けたのだ。開いた先はすべて白い素肌であった。
「うぇっ!?えっ!!?」
(簡単に引っ掛かっちゃって、馬鹿みたい。まあ男はこんなものね。浅はかで惨めで汚らわしい。)
ウルサは明らさまに馬鹿にしていた。カスターは恥じらい、彼女から目を逸らした。
「そ、そんな、素肌晒したら、ダメです!」
「何がダメなの?今時はこういうのが普通よ?それとも女の子と関わりないの?惨めね~。
手錠のせいで、これ以上見せられないけど……特別に見せてあげてもいいかな~?」
挑発は更に過激になっていく。カスターは耐えようとした。
「ダ、ダ、ダメです!そ、そ、そ、そんな!」
「いいの~?まあ私は構わないけど。女の子も付かないまま、負け組のまま生き続ければ良いわ。」
「………。」
カスターは半ば虚しい顔をしつつ、ウルサに視線をちらつかせていた。
愚かにもほどがある。その姿はすぐに知られていた。
「手錠、外してからよ。」
「……ぅぅ、ぁ、ぁぁ……」
カスターは恐怖と後悔と悲壮で、心中ぐちゃぐちゃになっていた。
…誰かが来る音が聞こえてきた。ウルサは目を逸らして口笛を吹き始める。
やって来たのは、ゾーイであった。
「ターちゃん!進捗どぅ……ウルサ、どうして胸元開けてんの?」
ウルサは無視した。カスターも視線を逸らす。色仕掛けは失敗に終わり、彼女が解放されることはなかった。
_____
司令室の前にいる。レオは一度だけ深呼吸してから、ノックをして入る。
「レオだ。メッセージを受け取り次第、ここに来るよう言われた。」
「入りなさい。」
レオは扉を開ける。キャンプのリーダーである【コルビ】が、立派な椅子に座って待っていた。しかし立ち上がり、付近のソファに案内する。
「どうぞ、こちらへ。」
剣を脇に置いてソファに座った。コルビは早速、要件を伝える。
「レオさん、ですね。まず聞きたいことがあります。」
「何だ?」
「【ウルサ】という女性、あなたが連れてきたのですか……どうして彼女を引き入れたのでしょう。シェルターの存在は私達に危害を与えかねません。」
コルビはウルサの存在を懸念していた。レオは堂々と答える。
「ウルサは自ら戦いたいと志願してきたんだ。彼らと出会い、副長と話してシェルターを味方に付けることができた。」
「奴を【エンダー家】に引き渡せば、7000万の臨時収入が手に入ります。味方に手をかけたなら、その代償を払ってもらう他に、使い道は無いでしょう。」
「今、彼女を売り渡せばシェルターから反感を買われてしまう。彼らは【エンダー家】の救助を待ち、そのまま忘れ去られた。有力なカードになるはずだ。戦中は戦力として、戦後は抑止力になる。切り捨てるには早いと思うが。」
「……信じましょう。ただし、今は監視役をつけて行動を制限させています。必要ならば、司令部のデスクで受け付けなさい。」
ウルサの引き渡しを止めることができた。彼らは秘密裏に行おうとしており、レオの耳からも初めて聞いた事情であった。
流れのままに、レオはコルビに尋ねる。
「リーダーに頼みたいことがある。」
「初対面にしては無礼ですが……いいでしょう。」
「……【戦闘員】の称号が欲しい。その為にテストを受けたいが、今日の日程はもう終わっちまったか?」
コルビは時間を確認する。既に17時を過ぎており、陽も暮れる頃合いだ。すぐにレオに伝えた。
「……時間がありませんね。」
「!………。」
レオは落ち込んだ。しかし、コルビの話は終わっていない。
「フッ、安心なさい。【パイロット】の称号は持っていますか?」
「……あるさ。これ。」
「直ちに返します。」
レオは端末から証明データを見せた。詳細を見て、データベースと照合し、確認を取ってもらう。
偽造されたデータではなく、本物であった。コルビは端末を返してくれた。
「この場の話を済ませてから、すぐにやってもらいます。【パイロット】の称号を持っているので、5問10分のペーパーテスト、そして実技の合計とします。担当者は人事部の【ゾーイ】に担ってもらいます。」
「……ここまでしてくれて、ありがとう。」
レオは不器用かつ不躾ながら、礼を告げた。ゾーイが同一人物か別人かは問題ではない。自分に機会を与えてくれたことに、深く感謝していた。
コルビは問う。
「【戦闘員】になりたいのですか?どうして唐突に。」
レオは自分の流れをそのまま利用して本心を伝えた。
「【タイタン号】のリーダーになるためだ。この旅を通して、【タイタン号】のパイロットとして多くの戦闘をこなしてきた。
【EDSキャンプ】のリーダーである【コーヴァス】から操縦者の条件を聞いた。曰く、【パイロット】の他に【戦闘員】の称号が必要らしい。だからこのテストを受けたかった。」
レオは他に話したいことがあったが、コルビが止めた。
「そっちの方は、少なくとも【タイタン号】への乗組については……諦めなさい。」
唐突に、【タイタン号】からの除外指令を間接的に受けた。レオは諦めなかった。彼女が乗るべき理由をつけてアピールする。
「現状、【タイタン号】の強化は不十分と言える。修理には莫大な金額と素材が必要で、本部で直せる見込みもつかない。直接、本部に向かっても相手の超兵器で簡単に破壊されるだろう。
その為に、多方面の技術に長けたエンジニアである私の弟【サド・キャンソン】を探索班長兼、【タイタン号】のサブリーダーとして配置するつもりだ。【パイロット】の実力もあるし、巨大機体の移動に大きく貢献してくれた。引き続き、力になってくれるはずだ。
レジスタンスの人員不足も目立つ。少しでも人材は欲しいが、その伝手は【エンダー家】の思想と監視が根付いたせいで難しくなっている。
【エンダー家】の拉致被害者として、パイロットの1人、ライラが全力で協力してくれる。そして【エンダー家】に見捨てられたシェルターの一員として、ウルサが協力してくれる。2人は私らの力になってくれる上に、【エンダー家】に対抗する有力な切り札になるはずだ。
……万全を期して、予定通りに本部へと辿り着くようスケジュールもサドに組ませた。私は【タイタン号】のリーダーを目指して、この戦いに絶対に勝ちたい。どうか……お願いします。」
「気持ちは分かりますが、それでもあなたがリーダーになることは無いでしょう。」
レオの願いも届かず、コルビは優しく拒否した。必死になって、敬語口調になっていた。
コルビは理由を伝え始める。
「レオとサド。あなた方、2人の姉弟を本部に高速船で連れ戻すよう、ボスから伝達が来たのです。
……あなたの母上からです。」
「母が……私を?」
レオの母であるボスは、存在を認知したらしい。一度消えた愛娘の消息が発覚して、すぐに会いたがっていたらしい。
…しかし、レオの答えは辛辣であった。
「……断る。」
「なぜ?」
「会えない。少なくとも、今の私はあの人との約束を破った。合わせる顔がない。」
レオは母に対して後ろめたいことがあった。コルビは気にすること無く話を進める。
「あなたの苦しみも、きっと他人には測れぬほど重いものでしょう。それでも我々は送らなければなりません。キャンソンの子孫を無事に届けるために……。」
「私は!」
「少しは立場を自覚なさい!あなたはキャンソンの子息。次世代のトップとして跡を継がなければなりません。」
完全に止められた。コルビもまた強情に推し進めた。レオの流れは完全に止められたのであった。
説得を諦めて、唇を噛み締める。レオは立ち上がった。
「……【戦闘員】のテストを受けてもらえることだけは、本当だよな?」
「ゾーイに通達を入れました。20分休憩を入れたあとに案内させます。船の移動は2日後の明朝に出立するよう、準備を。」
「……分かったよ。」
レオは素直に振る舞った。不満はあるが、コルビの決定が全てであった。部屋から出て、左腕を見つめる。
(タイムリミットは1日と少し。認められるために、ゾーイにも説得して周りを認めさせる必要があるな。
……サドは【ユーリ】とやらか。仲良くやって親睦を今のうちに深めてもらうとするか。こっちはゾーイに専念する。まずはテストを合格する。やるしかないな。)
レオは諦めていなかった。周囲から認めてもらうことで、意志を認めさせるつもりだ。無理やりでも、レオはやらなければならなかった。
冒険に一区切りつけて、一時的に疲れているだけ。ただ今まで多くの障害を乗り越えた上での休息であり、活力が一気に持っていかれる。
「サド。」
「何?」
レオは気を保とうと、サドに話しかける。
「私達さ、よくここまで来れたな。」
「全部レオのおかげさ。」
「それほどでも。」
笑みを浮かべ、褒め言葉を素直に汲み取る。真正面を向いて旅を振り返った。これからの旅について模索する。
「ライラも付いてくるんだよな?あいつの目的は拉致被害者の解放だったはず。」
「そうだね。」
「なら上にライラを乗せるよう持ちかけたい。あいつは最低限、戦える実力を備えている。
それと【戦闘員】の称号を受け取って、【タイタン号】のリーダーになる。そうすれば広範囲の権限を得られる。今の機体は強化が不十分だ。最前線だとすぐに落とされる。真っ直ぐ行かずに、素材を集めながら向かうべきだ。
マークⅢの力と、あんたの技術力を必ず使うときが来る。私が上に立ったら、側近として付いてほしい。コネじゃないことぐらいは自覚しておけよ。その能力を見越しての配置だから、責任は重い。
……やれるか?」
サドは快諾すると思われたが、含みを入れて答えてきた。
「……また、迷惑をかけることになるね。」
「今更言うかよ、素直じゃねえな。」
「ほい。次もあるから、栄養補給に。」
サドはバッグの中から、袋詰めの一口に切ったチュロスを取り出す。甘い香りでレオの目も覚めた。
「さんきゅ。」
「………。」
1つつまみ、揚々と口に運ぶ。対してサドは袋をそのままにして黙り込んでいた。レオは彼の肩を叩いて、おかわりを要求する。
…反応がない。
「食わないならよこせ。」
「ちょっ!」
袋を横取りした。サドは食わずじまいになってしまった。彼の反応はいかにも不自然であった。
レオは疑い、サドに尋問する。
「どうした?手を止めちゃって。」
「いや、少し考えてた。
僕が女性として生まれたら、レオも楽できたのかなって。」
サドは彼の足枷となる部分について、自分の言葉でレオに伝えた。
過去にも自身の最大の欠点が、彼の行動に影響を及ぼしたこともある。そして何より、彼の存在でレオを危険な目に遭わせた。後ろめたい気持ちで彼はいっぱいだったのだ。
「1人にさせることだって無かった。今より幸せになれたかも知れない。この時代に悩まされずに済んだのかも知れない。レオともカプリコ博士とも仲良くできたかも知れない。守りたいものだって、守れたのかも知れない。
レオに責任を負わせることなく、物語のように全て上手くいったのかも知れない。この時代でレオに無理させることも無かった……と思う。」
サドは自分なりに考察する。叶わぬ理想は、自分自身の素質によって簡単に打ち砕かれた。
「……絶対ねーよ。」
砕かれた理想を、レオは自ら粉々にした。サドはこちらを振り向く。
「自分が生まれる前の事なんて、どうすることもできねえだろ。それができたら私はレジスタンスなんて立場にならねえよ。この世界なら貴族みたいに金持ちになって、優雅に生きたかった。今となっちゃ、ありえないけどな。」
愚痴を垂らしてから、サドの誤解を指摘する。
「あんたが妹だったところで、【エンダー家】の奴らは余計にあんたを欲しがる。奴らからは男嫌い以上にドス黒い気配がする。今度は私が取り残されるかもな。
レジスタンスである以上、女性だとしても“卑しい立場”として扱われる。物語そのままで許されるのは、上の貴族共だけだ。」
自分の立場に甘えていたのは、サドも同じであった。すべてを自分の基礎のせいにして、逃げたかったのだろう。レオはそれを止めた。
代わりに、右腕で彼の肩を抱き寄せてあげた。
「どちらにせよ、同じ様にあんたを守ってた。世界が裏切っても……私は曲げない。」
レオは静かに囁きかけた。彼女のサドに対する想いは至って真っ直ぐであった。
「九死に一生を得たんだ。もう後戻りもできねえし、今あるもので挑むだけ。私ならそれで十分だけどな!」
姉としての余裕を見せた。それも相まって水飛沫に打たれたかのように、気持ち良い笑顔を浮かべる。さざ波の音色を聴くたびに、衝動的に海へ連れて行きたくなる。
思い立ったようにサドに尋ねた。
「夜さあ、海でも……ってあれ?」
手に持っていたチュロスの小袋が見当たらない。サドが小袋を密かに奪ったようだ。
「あっ!」
「海に行くの?いいよ!これは夜に取っておくね。もう呼ばれるだろうし。」
「私が預けるから!な?くれよ!」
「食べ尽くすでしょ。」
「1つだけ!1つだけだから!」
袋の奪い合いが始まった。サドは袋を取られないよう回避し、レオは意地でも掴まんと必死になる。戯れてる間に端末から通達が入ってきた。
_____
ウルサは退屈にしていた。司令部のデスク付近で、手錠をかけられ片膝を立てている。彼女が不満を持つ理由は唯一つ、“監視が男である”からだ。
彼女の動きは奴によって制限されている。許されない。今こそ反旗を翻すときだ。
「……おっさん。」
「は、はぃ!」
若人は脅えていた。情けない奴だ。彼が上の立場に立つことなど腹立たしいことこの上ない。
「これ、外してくれない?」
「ぇえと……あの、は、外したら、僕に斬り掛かるんですよね?……嫌です!」
悪党風情が。到底許されるべきものではない。どうやら彼は自分が悪である自覚がないようだ。名前は【カスター】らしいが、“虫ケラ”の方が相応しいだろう。
しかし、彼は悪としても生ぬるい。そんなに危険と思うなら、牢獄に入れても良かったろうに。ウルサは理由を尋ねた。
「脅えてるなら、どうして私を牢屋に入れないの?直接殴れる距離よ?」
「い、いえいえ!とんでもない!あ……あっ、あなたは、仲間にセッ、セクハラをして、その報いってだけです!司令に私が任されたってだけです!
……多分。」
彼には自信がない。勇気がないのだ。
呆れたものだ。彼など下の下にも劣る悪党だろう。こんな奴に醜く怒鳴る必要などない。静かに手早く、策を実行した。
…胸元のジッパーを下げてチャックを開けたのだ。開いた先はすべて白い素肌であった。
「うぇっ!?えっ!!?」
(簡単に引っ掛かっちゃって、馬鹿みたい。まあ男はこんなものね。浅はかで惨めで汚らわしい。)
ウルサは明らさまに馬鹿にしていた。カスターは恥じらい、彼女から目を逸らした。
「そ、そんな、素肌晒したら、ダメです!」
「何がダメなの?今時はこういうのが普通よ?それとも女の子と関わりないの?惨めね~。
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挑発は更に過激になっていく。カスターは耐えようとした。
「ダ、ダ、ダメです!そ、そ、そ、そんな!」
「いいの~?まあ私は構わないけど。女の子も付かないまま、負け組のまま生き続ければ良いわ。」
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「……ぅぅ、ぁ、ぁぁ……」
カスターは恐怖と後悔と悲壮で、心中ぐちゃぐちゃになっていた。
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「何だ?」
「【ウルサ】という女性、あなたが連れてきたのですか……どうして彼女を引き入れたのでしょう。シェルターの存在は私達に危害を与えかねません。」
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「ウルサは自ら戦いたいと志願してきたんだ。彼らと出会い、副長と話してシェルターを味方に付けることができた。」
「奴を【エンダー家】に引き渡せば、7000万の臨時収入が手に入ります。味方に手をかけたなら、その代償を払ってもらう他に、使い道は無いでしょう。」
「今、彼女を売り渡せばシェルターから反感を買われてしまう。彼らは【エンダー家】の救助を待ち、そのまま忘れ去られた。有力なカードになるはずだ。戦中は戦力として、戦後は抑止力になる。切り捨てるには早いと思うが。」
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「……時間がありませんね。」
「!………。」
レオは落ち込んだ。しかし、コルビの話は終わっていない。
「フッ、安心なさい。【パイロット】の称号は持っていますか?」
「……あるさ。これ。」
「直ちに返します。」
レオは端末から証明データを見せた。詳細を見て、データベースと照合し、確認を取ってもらう。
偽造されたデータではなく、本物であった。コルビは端末を返してくれた。
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「……ここまでしてくれて、ありがとう。」
レオは不器用かつ不躾ながら、礼を告げた。ゾーイが同一人物か別人かは問題ではない。自分に機会を与えてくれたことに、深く感謝していた。
コルビは問う。
「【戦闘員】になりたいのですか?どうして唐突に。」
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「【タイタン号】のリーダーになるためだ。この旅を通して、【タイタン号】のパイロットとして多くの戦闘をこなしてきた。
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「そっちの方は、少なくとも【タイタン号】への乗組については……諦めなさい。」
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「現状、【タイタン号】の強化は不十分と言える。修理には莫大な金額と素材が必要で、本部で直せる見込みもつかない。直接、本部に向かっても相手の超兵器で簡単に破壊されるだろう。
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……万全を期して、予定通りに本部へと辿り着くようスケジュールもサドに組ませた。私は【タイタン号】のリーダーを目指して、この戦いに絶対に勝ちたい。どうか……お願いします。」
「気持ちは分かりますが、それでもあなたがリーダーになることは無いでしょう。」
レオの願いも届かず、コルビは優しく拒否した。必死になって、敬語口調になっていた。
コルビは理由を伝え始める。
「レオとサド。あなた方、2人の姉弟を本部に高速船で連れ戻すよう、ボスから伝達が来たのです。
……あなたの母上からです。」
「母が……私を?」
レオの母であるボスは、存在を認知したらしい。一度消えた愛娘の消息が発覚して、すぐに会いたがっていたらしい。
…しかし、レオの答えは辛辣であった。
「……断る。」
「なぜ?」
「会えない。少なくとも、今の私はあの人との約束を破った。合わせる顔がない。」
レオは母に対して後ろめたいことがあった。コルビは気にすること無く話を進める。
「あなたの苦しみも、きっと他人には測れぬほど重いものでしょう。それでも我々は送らなければなりません。キャンソンの子孫を無事に届けるために……。」
「私は!」
「少しは立場を自覚なさい!あなたはキャンソンの子息。次世代のトップとして跡を継がなければなりません。」
完全に止められた。コルビもまた強情に推し進めた。レオの流れは完全に止められたのであった。
説得を諦めて、唇を噛み締める。レオは立ち上がった。
「……【戦闘員】のテストを受けてもらえることだけは、本当だよな?」
「ゾーイに通達を入れました。20分休憩を入れたあとに案内させます。船の移動は2日後の明朝に出立するよう、準備を。」
「……分かったよ。」
レオは素直に振る舞った。不満はあるが、コルビの決定が全てであった。部屋から出て、左腕を見つめる。
(タイムリミットは1日と少し。認められるために、ゾーイにも説得して周りを認めさせる必要があるな。
……サドは【ユーリ】とやらか。仲良くやって親睦を今のうちに深めてもらうとするか。こっちはゾーイに専念する。まずはテストを合格する。やるしかないな。)
レオは諦めていなかった。周囲から認めてもらうことで、意志を認めさせるつもりだ。無理やりでも、レオはやらなければならなかった。
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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。
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虚界生物図録
nekojita
SF
序論
1. 虚界生物
界は、生物学においてドメインに次いで2番目に高い分類階級である。古典的な生物学ではすべての生物が六界(動物界、植物界、菌界、原生生物界、古細菌界、細菌/真正細菌)に分類される。しかしこれらの「界」に当てはまらない生物も、我々の知覚の外縁でひそかに息づいている。彼らは既存の進化の法則や生態系に従わない。あるものは時間を歪め、あるものは空間を弄び、あるものは因果の流れすら変えてしまう。
こうした異質な生物群は、「界」による分類を受け付けない生物として「虚界生物」と名付けられた。
虚界生物の姿は、地球上の動植物に似ていることもあれば、夢の中の幻影のように変幻自在であることもある。彼らの生態は我々の理解を超越し、認識を変容させる。目撃者の証言には概して矛盾が多く、科学的手法による解析が困難な場合も少なくない。これらの生物は太古の伝承や神話、芸術作品、禁断の書物の中に断片的に記され、伝統的な科学的分析の対象とはされてこなかった。しかしながら各地での記録や報告を統合し、一定の体系に基づいて分析を行うことで、現代では虚界生物の特性をある程度明らかにすることが可能となってきた。
本図録は、こうした神秘的な存在に関する情報、観察、諸記録、諸仮説を可能な限り収集、整理することで、未知の領域へと踏み出すための道標となることを目的とする。
2. 研究の意義と目的
本図録は、初学者にも分かりやすく、虚界生物の不思議と謎をひも解くことを目的としている。それぞれの記録には、観察された異常現象や生態、目撃談、さらには学術的仮説までを網羅する。
各項は独立しており、前後の項目と直接の関連性はない。読者は必要な、あるいは興味のある項目だけを読むことができる。
いくつかの虚界生物は、人間社会に直接的、あるいは間接的に影響を及ぼしている。南極上空に黄金の巣を築いた帝天蜂は、巣の内部で異常に発達した知性と生産性を持つ群体を形成している。この巣の研究は人類の生産システムに革新をもたらす可能性がある。
カー・ゾン・コーに代表される、人間社会に密接に関与する虚界生物や、逆に復讐珊瑚のように、接触を避けるべき危険な存在も確認されている。
一方で、一部の虚界生物は時空や因果そのものを真っ向から撹乱する。逆行虫やテンノヒカリは、我々の時間概念に重大な示唆を与える。
これらの異常な生物を研究することは単にその生物への対処方法を確立するのみならず、諸々の根源的な問いに新たな視点を与える。本図録が、虚界生物の研究に携わる者、または未知の存在に興味を持つ者にとっての一助となることを願う。
※※図や文章の一部はAIを用いて作成されている。
※※すべての内容はフィクションであり、実在の生命、科学、人物、出来事、団体、書籍とは関係ありません。
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