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Chapter_2:コーズ&エフェクト
Note_28
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機密や暗号などは、情報も人物さえも守ることができる手段である。しかしそんなもの、解き方さえ知られれば一瞬で脆いものとなる。
情報チームの研究棟、地下の広い部屋ではミーティングが行われていた。最初に率先してアルカウス博士が発表する。
「まずは俺から始めよう。今回はレジスタンスの祖と言われる、【キャンサー】の成り立ちについて調べることができた。
内容としては、“エンダー家と不仲だった”!ということがずらりと並んでた。」
「それ、今も同じですよ……」
女性研究員が物申した。
「まあ待て。重要なのはここからだ。
……この星の七大貴族、全員がエンジニアを追い出そうとして【キャンサー】と忌み名を用いたらしい!サド、お前にはとっても関係あることだ。すべての貴族が、お前を敵としてみているかも知れん!」
「待ってください!それは何年前のデータなんですか?もし日数が経ってしまっていれば、貴族のメンバーも一新するはずです!大議員も変わるはずでしょう!」
「キャンサーとなると、200年ぐらい前になるはずだ。貴族もアルゴを除いて、みんな新顔になっている。だが、ルーツを探るのに必要な情報でもある。
俺からは以上だ。次は!」
アルカウス博士の発表は終わった。研究員から誰も発表者は出てこなかった。おそらく何の成果も得られなかったのだろう。
「しょうがねぇなぁ……。んじゃ、サド!」
「はい。」
サドが前に出て発表する。
「今回は、P-botと電波塔との通信記録について調べました。」
“P-bot”の名を聞き、研究員の皆々がサドの方に集中して耳を傾ける。
「……続けろ。」
「使われたチャネルは不明。内容としては、“報告”そのものでした。電波塔の不調により、保存待ちとなっていました。
3年前の6月に送信されたものの、現在はタイムアウト扱いでエラー判定を受けています。」
「3年前……オムニウムが王に就任した年か。もうそんな経ってんのか……。
その報告……他に何か書かれていたか?」
「……彼は反政権的な主張と、人類の邪悪性について書いていました。おそらく惑星に……」
突如として、アラートが鳴り出した。サドは直ちに制御装置を確認する。機密レベルは最大で、絶対に漏洩されないはずである。
「機密レベルは最大です!」
「ということは……夜襲だ!機密レベルを下げてレジスタンス本部のストレージにすぐに保存しろ!」
サドは機密レベルを下げて、記録した内容を本部にアップロードする。簡潔なデータでまとめられ、素早く終えた。
「室内の電源を切って退出してくれ!本部に協力を要請する!それまでに耐え抜くんだ!」
_____
研究棟の外には50m程度のレジスタンス機5台が下で守っている。
敵は政府の50m機体が10機。狙いは不明であり、病棟と情報チームの研究棟を避難場所として指定した。そこに重点的にロボットが配置された。
サドは避難所の案内をしていた。
「奥のホールが避難場所となります!押さないでください!ゆっくり動いてください!」
「……あれ、サド君じゃない?」
その最中に、カプリコ博士が子供達と一緒にいたところを見つけた。
「ピンク髪の眼鏡……サドじゃねぇか!」
「サド兄ちゃん!!」
皆が一斉にサドの所に押し寄せてきた。
「カプリコ博士……みんな!
今は危険だから、まずは避難所に!」
「……ちょっとこっち来い。」
「博士……?うわっ!」
カプリコ博士がサドの腕を強引に引っ張って、人気のない場所に連れて行かれた。取り残された子供達は避難所に向かう。
「今日の博士……なんかおかしい。」
「そう言えば…博士は、サド君にだけいつもあんな感じなんだよね。すごく心配だけど……。」
「まずは行かなきゃ!」
「おい、走ると危ないだろ!」
マルコが先走り、他の皆が追いかける形で避難所に向かっていった。
カプリコ博士はサドを強く押し倒した。サドは過去の恐怖も相まって、博士に怯えていた。
「……科学者になってから、随分と偉い態度をとるようになったな……。忘れてねぇよな?」
「……っ……。」
「忘れてんなら、思い出させてやるよ……。さっさとくたばれクズ男が!!」
カプリコはサドに蹴りを入れてきた。何度も、何度も、彼女の抑えきれない苛立ちをサドは受け入れた。
「……ごめんなさい……。」
「謝る相手が違うだろ。お前はレオを捨てて逃げたんだ。身内を盾にして生き延びやがって……この畜生がよ!」
何度も蹴った。頭も、腕も、脚も、怪我させるつもりで思い切り蹴った。精神的にも、物理的にも追い詰めていく。そして“仕込み”を終えて、電子たばこを吸う。
サドは息を整えられなかった。レオを救えなかったのは事実。レオを盾にしたのも事実だ。
「……ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
「……スゥ……ふぅ……。今度は誰が犠牲になるんだ?……リンか?リンの命すら盾にするつもりか?アァ?
……暗号でも教えろよ。お前が会ったあの女性は【シア】さんっていう、レジスタンスの仲間だ。仲間さえも信じねぇ……それも無理はねぇよ。お前は根からクズだからな。
仲間を大事にできねぇクズ野郎が、ここにいるべきじゃねぇんだよ。さっさと消えろよ。」
サドは想像してしまった。自分自身が生き延びるためにレオを盾にした自分を、リンを盾にした自分を、そのように仲間を捨てて争いから逃げる自分を心に描かれた。
カプリコに連絡が入る。シアと呼ばれる人からだった。電子たばこをしまって端末に出る。
「……今取り込み中だ。」
『へぇ……まだそこなんだ。ちょっと買い被り過ぎたかもね……。しつけたって言う割には全然なんだね。』
「これからやるんだよ。」
『……無理ね。時間切れ。』
「は?」
カプリコは強く反感を示した。
『上からの命令なの。時間切れ。今どこなの?もし研究棟にいたら、諦めて消えてね。
今、政府の機械10機で一斉に研究棟を壊すつもりなんだけど……。あなたもレジスタンスの一員として扱うことにしたの。
やることやらないとって言ったんだけど……まあ仕方ないね。』
通話が切れた。カプリコは放心した。終わったのだ。彼女にチャンスは落ちてこない。
それもこれも、すべて彼のせいだ。サドのせいである。サドが素直に言わなかったからだと、サドを更に責め立てようとしていた。
「……!?」
「……うっ……く……。」
壁に寄りかかりながら、前へと進んでいた。カプリコは怒りをサドにぶつけようとした。
「サドォ!」
「………。」
「お前……どこに行くんだ?」
サドは虚しい顔をしながら、答えた。
「……行きます。今いる人を守るために……乗ります。僕は……もう逃げません。勝つか、死ぬか……それだけです。だから……僕が生き延びて……みんなが苦しむのはもう嫌なんです。」
サドは自分自身が生む負の連鎖を、自分でかき消すために戦おうとしていた。
「……ふざけんな。今更、正義ぶりやがって……それでお前が死んだところで、他の人が救われるなんて考えるなよ!少なくとも、レオを見捨てたお前を俺は許さないからな!」
「……死んで、今いる仲間が報われるなら……本望です。リンには、僕より頼れる仲間がたくさんいます……あなたも含めて。だから……生きてください。」
カプリコは自暴自棄かと思えるサドの行動を咎めきれなかった。
カプリコは電子たばこで一服する。そして顔に出さないが、後悔した。自暴自棄で身勝手な行動をした対価を、自分で払えなかったことに…。
サドは避難所に向かう。アルカウス博士を見つけて報告する。
「……どこに行ってたんだ?しかもなんか、痣があるが……」
「すっ転んだだけです。敵の情報をカプリコ博士が傍受しました。
……敵の狙いはここです。研究棟の破壊が目的とのことです。ここが戦場となりえます。」
「……んだと?それが本当なら、ここは避難所にならねぇな。避難民全員を病棟にやるか。
サド!ありったけの移動用機体を用意するよう手配しろ!」
「はい!」
サドは子供達にすら目もくれず、避難所を後にする。カプリコさえも無視した。
_____
3m移動用機体が28台ある。そこに人を詰め込んでも大体、研究棟と病棟を1台につき、2往復以上はしなければならない。
サドは制御室の管理者に要件を話す。
「……サド・キャンソンです。アルカウス博士より指令です。すべての移動用機体を出してください。緊急避難のためです。
そして、管理職員一同も避難を。敵の狙いはこの研究棟です。」
コンベアから移動用機体が運ばれてくる。
基本的に避難の順序は科学者が最優先。この時代において、技術レベルの低下は次世代の不足より重大なリスクとなる。
しかし科学者以外を見捨てるほど、彼らは腐ってはいない。ゆえに情報チームで操縦もこなせる者達は、責任を持って約2往復の避難を指揮する。
1往復目、科学者による送迎が始まる。サドはその1人であり、後ろにはカプリコ博士の姿もあった。
サドは気にもかけず、前の機体を追いかけていく。
「敵は西より侵入、よって私達は裏ルートを経由して、住居エリア地下通路を介して病棟へ向かいます。
病棟は護衛7機により編成。研究棟に10うち情報チーム棟に5機用意。」
サドは淡々と責務を全うする。
…1往復目は無事、皆で護送することができた。そして研究棟に戻ってきた機体が、2往復目に入る。
サドは子供達を気にかけて、どこにいるか辺りを見回す。彼らの姿は見られなかった。見回してる間に我先にせんと、背後の席が埋まる。
赤子を抱きかかえる女性、戦えぬ老人、そして若者…皆、欠損部を持つ者達であった。全員が走って逃げることのできない者達だった。皆が皆、自分の命を守りたがっていた。
席が埋まったら直ちに向かう。無慈悲だが選り好みしている場合ではない。サドは速度を上げる。赤子の泣き声が響く。
_____
サドは無事、2回目の送迎を終えた。連絡はまだ入ってこない。避難は終わっていないということだ。
サドは3往復目に入る。迂回して、再び研究棟へと向かった。病棟の地下通路を経由する前に、連絡が入る。
(……ようやく全員が……)
通達を受ける。
『研究棟付近にて敵機接近!避難機体は退避せよ!避難機体は退避せ……!』
通達が途絶えた。サドは機体を脇に止めて引き続き連絡を受ける。
『……アルカウスだ。現在、研究棟にてまだ住民がいる報告を受けた。既に敵と交戦している状態であり、接近は難しいと思われる。
よって、この一件をレジスタンス機のパイロット達に一任する。皆々、外に出ないようにしてほしい。移動用機体による救助はこれにて打ち切りとする。』
サドはすぐにアルカウス博士に連絡を取る。
「博士!」
『サドか?もう戻った方が……』
「研究棟の子供達は、全員避難を終えていますか!?建物を直接狙われたら危険です!」
『……まさか、助けるつもりじゃねぇよな?』
「同期の場所だけでも知りたいんです。」
少し間が空いて、博士は答える。
『……君と同い年の奴らは病棟では見かけられなかった。受付にも聞いてみたが、ツアーを受けてた子供達はいないそうだな。
とにかく病棟に来て、安全を確保しろ。』
「……分かりました。帰還します。」
サドは地下通路を通って、群衆の後ろに残っていた子供達を助けるつもりだった。しかし通路を抜けた先に待っているのは戦火である。
アルカウス博士の命令では、救助を打ち切ったとしている。サドは“帰還する”と言う。
サドは地下通路入り口の音を外から耳を澄まして聴く。誰も走っていない。どうやら自分1人のようだ。機体に乗って…
(……博士、すみません。)
…地下通路を走っていった。この時、サドは生まれて初めて嘘をついたのだ。猛スピードで駆ける。
先に行くたびに、周囲が熱くなっている。上が焼け野原にされているのだろうか。間もなく出口を通過する。
(……間に合え!)
通過とともに、光がサドを包む。
敵の機体が、サドを足で踏み潰そうとしていた。閃光で反応が遅れ、矮小な機体では一回で壊されるだろう。
『……ぐうあっ!!』
突如として、レジスタンス機が突進を仕掛けてきた。敵機は前方に吹き飛び、サドは九死に一生を得た。
敵機が吹き飛んだ所に、もう1つのレジスタンス機が足で押さえつけて、光線銃を一発撃ち込んだ。
敵機は爆発し、パイロットが緊急脱出して走って遠くに逃げ出した。
『……これだから、戦争知らねぇガキは……扱いが難しいんだよ。』
カプリコ博士であった。サドは一礼して、謝罪と感謝の意を述べる。
「すみません。でも、もう僕は仲間を見捨てるわけにはいかないんです。それは、あなたもお考えになられているはずです……。
……今回は……助けてくださり……本当にありがとうございます。」
『……早く乗り替えろ。それで戦って、研究棟を守れ。』
サドは戦火の中、腰を下ろしたレジスタンス機の腕を駆け抜けて搭乗した。
サドは両手にグローブをはめて、もう逃げられないことを覚悟する。そしてリモコンを両手に持ち、戦うことを心に誓う。
『……病棟と俺のラボは近い。病棟の移動用機体を借りて、すぐにメンテを終わらせて機体を出した。
……死んでも後悔するなよ、クソガキが。』
「……元からそのつもりです。
僕は……“僕”を切り捨てます。
だから、研究棟の子供達を連れて逃げてください……!戦闘は僕に任せてほしいです!
……リンのことを……どうかお願いします。」
カプリコ博士は研究棟の方を向いて、ため息をついた。
『……分かった……師として弟子にお手本を見せるのは、造作もないことだ。』
サドと博士は、研究棟へと向かった。そこにはかつての友人である子供達がいる。そこには地球のネットワークへ繋がるカギがある。
レジスタンスの科学と未来をかけた戦いに、共に挑む。
情報チームの研究棟、地下の広い部屋ではミーティングが行われていた。最初に率先してアルカウス博士が発表する。
「まずは俺から始めよう。今回はレジスタンスの祖と言われる、【キャンサー】の成り立ちについて調べることができた。
内容としては、“エンダー家と不仲だった”!ということがずらりと並んでた。」
「それ、今も同じですよ……」
女性研究員が物申した。
「まあ待て。重要なのはここからだ。
……この星の七大貴族、全員がエンジニアを追い出そうとして【キャンサー】と忌み名を用いたらしい!サド、お前にはとっても関係あることだ。すべての貴族が、お前を敵としてみているかも知れん!」
「待ってください!それは何年前のデータなんですか?もし日数が経ってしまっていれば、貴族のメンバーも一新するはずです!大議員も変わるはずでしょう!」
「キャンサーとなると、200年ぐらい前になるはずだ。貴族もアルゴを除いて、みんな新顔になっている。だが、ルーツを探るのに必要な情報でもある。
俺からは以上だ。次は!」
アルカウス博士の発表は終わった。研究員から誰も発表者は出てこなかった。おそらく何の成果も得られなかったのだろう。
「しょうがねぇなぁ……。んじゃ、サド!」
「はい。」
サドが前に出て発表する。
「今回は、P-botと電波塔との通信記録について調べました。」
“P-bot”の名を聞き、研究員の皆々がサドの方に集中して耳を傾ける。
「……続けろ。」
「使われたチャネルは不明。内容としては、“報告”そのものでした。電波塔の不調により、保存待ちとなっていました。
3年前の6月に送信されたものの、現在はタイムアウト扱いでエラー判定を受けています。」
「3年前……オムニウムが王に就任した年か。もうそんな経ってんのか……。
その報告……他に何か書かれていたか?」
「……彼は反政権的な主張と、人類の邪悪性について書いていました。おそらく惑星に……」
突如として、アラートが鳴り出した。サドは直ちに制御装置を確認する。機密レベルは最大で、絶対に漏洩されないはずである。
「機密レベルは最大です!」
「ということは……夜襲だ!機密レベルを下げてレジスタンス本部のストレージにすぐに保存しろ!」
サドは機密レベルを下げて、記録した内容を本部にアップロードする。簡潔なデータでまとめられ、素早く終えた。
「室内の電源を切って退出してくれ!本部に協力を要請する!それまでに耐え抜くんだ!」
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研究棟の外には50m程度のレジスタンス機5台が下で守っている。
敵は政府の50m機体が10機。狙いは不明であり、病棟と情報チームの研究棟を避難場所として指定した。そこに重点的にロボットが配置された。
サドは避難所の案内をしていた。
「奥のホールが避難場所となります!押さないでください!ゆっくり動いてください!」
「……あれ、サド君じゃない?」
その最中に、カプリコ博士が子供達と一緒にいたところを見つけた。
「ピンク髪の眼鏡……サドじゃねぇか!」
「サド兄ちゃん!!」
皆が一斉にサドの所に押し寄せてきた。
「カプリコ博士……みんな!
今は危険だから、まずは避難所に!」
「……ちょっとこっち来い。」
「博士……?うわっ!」
カプリコ博士がサドの腕を強引に引っ張って、人気のない場所に連れて行かれた。取り残された子供達は避難所に向かう。
「今日の博士……なんかおかしい。」
「そう言えば…博士は、サド君にだけいつもあんな感じなんだよね。すごく心配だけど……。」
「まずは行かなきゃ!」
「おい、走ると危ないだろ!」
マルコが先走り、他の皆が追いかける形で避難所に向かっていった。
カプリコ博士はサドを強く押し倒した。サドは過去の恐怖も相まって、博士に怯えていた。
「……科学者になってから、随分と偉い態度をとるようになったな……。忘れてねぇよな?」
「……っ……。」
「忘れてんなら、思い出させてやるよ……。さっさとくたばれクズ男が!!」
カプリコはサドに蹴りを入れてきた。何度も、何度も、彼女の抑えきれない苛立ちをサドは受け入れた。
「……ごめんなさい……。」
「謝る相手が違うだろ。お前はレオを捨てて逃げたんだ。身内を盾にして生き延びやがって……この畜生がよ!」
何度も蹴った。頭も、腕も、脚も、怪我させるつもりで思い切り蹴った。精神的にも、物理的にも追い詰めていく。そして“仕込み”を終えて、電子たばこを吸う。
サドは息を整えられなかった。レオを救えなかったのは事実。レオを盾にしたのも事実だ。
「……ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
「……スゥ……ふぅ……。今度は誰が犠牲になるんだ?……リンか?リンの命すら盾にするつもりか?アァ?
……暗号でも教えろよ。お前が会ったあの女性は【シア】さんっていう、レジスタンスの仲間だ。仲間さえも信じねぇ……それも無理はねぇよ。お前は根からクズだからな。
仲間を大事にできねぇクズ野郎が、ここにいるべきじゃねぇんだよ。さっさと消えろよ。」
サドは想像してしまった。自分自身が生き延びるためにレオを盾にした自分を、リンを盾にした自分を、そのように仲間を捨てて争いから逃げる自分を心に描かれた。
カプリコに連絡が入る。シアと呼ばれる人からだった。電子たばこをしまって端末に出る。
「……今取り込み中だ。」
『へぇ……まだそこなんだ。ちょっと買い被り過ぎたかもね……。しつけたって言う割には全然なんだね。』
「これからやるんだよ。」
『……無理ね。時間切れ。』
「は?」
カプリコは強く反感を示した。
『上からの命令なの。時間切れ。今どこなの?もし研究棟にいたら、諦めて消えてね。
今、政府の機械10機で一斉に研究棟を壊すつもりなんだけど……。あなたもレジスタンスの一員として扱うことにしたの。
やることやらないとって言ったんだけど……まあ仕方ないね。』
通話が切れた。カプリコは放心した。終わったのだ。彼女にチャンスは落ちてこない。
それもこれも、すべて彼のせいだ。サドのせいである。サドが素直に言わなかったからだと、サドを更に責め立てようとしていた。
「……!?」
「……うっ……く……。」
壁に寄りかかりながら、前へと進んでいた。カプリコは怒りをサドにぶつけようとした。
「サドォ!」
「………。」
「お前……どこに行くんだ?」
サドは虚しい顔をしながら、答えた。
「……行きます。今いる人を守るために……乗ります。僕は……もう逃げません。勝つか、死ぬか……それだけです。だから……僕が生き延びて……みんなが苦しむのはもう嫌なんです。」
サドは自分自身が生む負の連鎖を、自分でかき消すために戦おうとしていた。
「……ふざけんな。今更、正義ぶりやがって……それでお前が死んだところで、他の人が救われるなんて考えるなよ!少なくとも、レオを見捨てたお前を俺は許さないからな!」
「……死んで、今いる仲間が報われるなら……本望です。リンには、僕より頼れる仲間がたくさんいます……あなたも含めて。だから……生きてください。」
カプリコは自暴自棄かと思えるサドの行動を咎めきれなかった。
カプリコは電子たばこで一服する。そして顔に出さないが、後悔した。自暴自棄で身勝手な行動をした対価を、自分で払えなかったことに…。
サドは避難所に向かう。アルカウス博士を見つけて報告する。
「……どこに行ってたんだ?しかもなんか、痣があるが……」
「すっ転んだだけです。敵の情報をカプリコ博士が傍受しました。
……敵の狙いはここです。研究棟の破壊が目的とのことです。ここが戦場となりえます。」
「……んだと?それが本当なら、ここは避難所にならねぇな。避難民全員を病棟にやるか。
サド!ありったけの移動用機体を用意するよう手配しろ!」
「はい!」
サドは子供達にすら目もくれず、避難所を後にする。カプリコさえも無視した。
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3m移動用機体が28台ある。そこに人を詰め込んでも大体、研究棟と病棟を1台につき、2往復以上はしなければならない。
サドは制御室の管理者に要件を話す。
「……サド・キャンソンです。アルカウス博士より指令です。すべての移動用機体を出してください。緊急避難のためです。
そして、管理職員一同も避難を。敵の狙いはこの研究棟です。」
コンベアから移動用機体が運ばれてくる。
基本的に避難の順序は科学者が最優先。この時代において、技術レベルの低下は次世代の不足より重大なリスクとなる。
しかし科学者以外を見捨てるほど、彼らは腐ってはいない。ゆえに情報チームで操縦もこなせる者達は、責任を持って約2往復の避難を指揮する。
1往復目、科学者による送迎が始まる。サドはその1人であり、後ろにはカプリコ博士の姿もあった。
サドは気にもかけず、前の機体を追いかけていく。
「敵は西より侵入、よって私達は裏ルートを経由して、住居エリア地下通路を介して病棟へ向かいます。
病棟は護衛7機により編成。研究棟に10うち情報チーム棟に5機用意。」
サドは淡々と責務を全うする。
…1往復目は無事、皆で護送することができた。そして研究棟に戻ってきた機体が、2往復目に入る。
サドは子供達を気にかけて、どこにいるか辺りを見回す。彼らの姿は見られなかった。見回してる間に我先にせんと、背後の席が埋まる。
赤子を抱きかかえる女性、戦えぬ老人、そして若者…皆、欠損部を持つ者達であった。全員が走って逃げることのできない者達だった。皆が皆、自分の命を守りたがっていた。
席が埋まったら直ちに向かう。無慈悲だが選り好みしている場合ではない。サドは速度を上げる。赤子の泣き声が響く。
_____
サドは無事、2回目の送迎を終えた。連絡はまだ入ってこない。避難は終わっていないということだ。
サドは3往復目に入る。迂回して、再び研究棟へと向かった。病棟の地下通路を経由する前に、連絡が入る。
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通達を受ける。
『研究棟付近にて敵機接近!避難機体は退避せよ!避難機体は退避せ……!』
通達が途絶えた。サドは機体を脇に止めて引き続き連絡を受ける。
『……アルカウスだ。現在、研究棟にてまだ住民がいる報告を受けた。既に敵と交戦している状態であり、接近は難しいと思われる。
よって、この一件をレジスタンス機のパイロット達に一任する。皆々、外に出ないようにしてほしい。移動用機体による救助はこれにて打ち切りとする。』
サドはすぐにアルカウス博士に連絡を取る。
「博士!」
『サドか?もう戻った方が……』
「研究棟の子供達は、全員避難を終えていますか!?建物を直接狙われたら危険です!」
『……まさか、助けるつもりじゃねぇよな?』
「同期の場所だけでも知りたいんです。」
少し間が空いて、博士は答える。
『……君と同い年の奴らは病棟では見かけられなかった。受付にも聞いてみたが、ツアーを受けてた子供達はいないそうだな。
とにかく病棟に来て、安全を確保しろ。』
「……分かりました。帰還します。」
サドは地下通路を通って、群衆の後ろに残っていた子供達を助けるつもりだった。しかし通路を抜けた先に待っているのは戦火である。
アルカウス博士の命令では、救助を打ち切ったとしている。サドは“帰還する”と言う。
サドは地下通路入り口の音を外から耳を澄まして聴く。誰も走っていない。どうやら自分1人のようだ。機体に乗って…
(……博士、すみません。)
…地下通路を走っていった。この時、サドは生まれて初めて嘘をついたのだ。猛スピードで駆ける。
先に行くたびに、周囲が熱くなっている。上が焼け野原にされているのだろうか。間もなく出口を通過する。
(……間に合え!)
通過とともに、光がサドを包む。
敵の機体が、サドを足で踏み潰そうとしていた。閃光で反応が遅れ、矮小な機体では一回で壊されるだろう。
『……ぐうあっ!!』
突如として、レジスタンス機が突進を仕掛けてきた。敵機は前方に吹き飛び、サドは九死に一生を得た。
敵機が吹き飛んだ所に、もう1つのレジスタンス機が足で押さえつけて、光線銃を一発撃ち込んだ。
敵機は爆発し、パイロットが緊急脱出して走って遠くに逃げ出した。
『……これだから、戦争知らねぇガキは……扱いが難しいんだよ。』
カプリコ博士であった。サドは一礼して、謝罪と感謝の意を述べる。
「すみません。でも、もう僕は仲間を見捨てるわけにはいかないんです。それは、あなたもお考えになられているはずです……。
……今回は……助けてくださり……本当にありがとうございます。」
『……早く乗り替えろ。それで戦って、研究棟を守れ。』
サドは戦火の中、腰を下ろしたレジスタンス機の腕を駆け抜けて搭乗した。
サドは両手にグローブをはめて、もう逃げられないことを覚悟する。そしてリモコンを両手に持ち、戦うことを心に誓う。
『……病棟と俺のラボは近い。病棟の移動用機体を借りて、すぐにメンテを終わらせて機体を出した。
……死んでも後悔するなよ、クソガキが。』
「……元からそのつもりです。
僕は……“僕”を切り捨てます。
だから、研究棟の子供達を連れて逃げてください……!戦闘は僕に任せてほしいです!
……リンのことを……どうかお願いします。」
カプリコ博士は研究棟の方を向いて、ため息をついた。
『……分かった……師として弟子にお手本を見せるのは、造作もないことだ。』
サドと博士は、研究棟へと向かった。そこにはかつての友人である子供達がいる。そこには地球のネットワークへ繋がるカギがある。
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だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
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