上 下
18 / 20

18.囮

しおりを挟む
 ランベルトはヴァレリアを部屋に送り届け公爵へ伝言を頼むと取り調べの部屋に向かった。
 
 今日の歓迎会はフィオーレの体調が優れない事を理由に解散となった。もちろん建前で最初から切り上げる予定だった。国王も王妃も長い時間の夜会を過ごせるほど体調が回復していない。それを皆に気付かれる前に理由をつけて早めに終わらせなければならなかった。

 いずれ開かなければと思っていた歓迎会だったが、フィオーレが宰相を誘導したいから早めに開いてほしいと言ってきた。そしてその為にヴァレリアを囮にすることを提案してきた。
 宰相やセラフィーナは早くフィオーレとヴァレリアを始末したがっている。
 今回の歓迎会で必ず動くからヴァレリアの警備を甘くしてくれと言われた。フィオーレはアンブラでは持ちえない情報取集の能力を持っている。それでも一度は断った。冗談ではない。ヴァレリアを危険にさらしたくない。
 だが、解決すれば自分は遊学を終えて帰国する。必ず婚約の話をなかったことにする。すでに渡した小麦は無償援助で、これ以上の小麦は正当な価格での取引に応じるからと言われ、更に自分に毒を盛ったことを不問にしたはずだと言われて折れるしかなかった。
 それもこちらに良い条件過ぎて怪しんだが、それに対して誓約書を出してきた。
 それほどフィオーレは帰国を焦っていた。ランベルトも早く解決したい気持ちは同じだった。やむを得ず囮の件を承諾した。

 そして夜会当日、フィオーレをエスコートした。隣にいるのがヴァレリアでないことに激しい違和感がありそして不快でもあった。

 会場内は一瞬でフィオーレの存在感に呑まれていた。そしてファーストダンスに誘う。フィオーレとのダンスは踊りやすかった。目を合わせればやはりフィオーレは美しい。だがそれだけ、それ以上の何かを感じることはなかった。

 ヴァレリアのショコラのようなダークブラウンの髪は少し癖がありふわふわと愛らしい。
 ヴァレリアの紅茶色の瞳を見つめ、そこに自分が写れば独占欲が満たされ、更に愛おしい気持ちが湧いてくる。
 どれほど一緒に過ごそうと、このような気持ちをフィオーレに抱くことはないと断言できるほどヴァレリアの事しか考えられなかった。

 ダンスをしながら宰相の様子を注意して見れば、従者に指示を出し公爵をヴァレリアから離した。
 公爵には協力を頼んであるがヴァレリアを危険に晒すことは言えなかった。後で叱責を受けるだろう。
 宰相の思惑はともかく、ランベルトはセラフィーナがヴァレリアに悪意を抱いていることには半信半疑だった
 二人はいつも仲が良かった。宰相の独断で娘を利用しているのではと思っていたが、フィオーレは確信があるようでセラフィーナの悪意を断言した。
 
 そして一番大切なものを守りたいなら間違えるなと、年下のフィオーレに窘められた。
 この王女は噂に聞くような我儘で傲慢な人ではなかった。自分より優れた決断力と目を持っている。
 彼女の力を借りなければヴァレリアを守れない。ならば頭を下げて助力を乞うのに躊躇いはなかった。

 そして今、先ほど捕らえた宰相とセラフィーナが目の前にいる。二人とも手を後ろで拘束され横に騎士が立ち監視をしている。ヴァレリアを襲った騎士は既に牢に移した。この手でその男を切り捨てたいのを必死で堪えた。
 ランベルトの横にはフィオーレがいる。一緒に話を聞くためだ。

「殿下、これはどういうことです。いったい何の罪で捕らえられているのですかな。このような真似をするだけの証拠はあるのでしょうね」

 宰相の態度は太々しい。ばれないという自信があるのだろう。

「宰相、お前は王女殿下に毒を盛る指示を出し実行させた。そして今夜ヴァレリアを襲うよう指示を出した。娘と捕らえた男は実行犯だ」

 二人を睨みつけ吐き捨てるように追及する。

「ランベルト殿下、なにか誤解があります。私とヴァレリアは親友なんです。そんなことをするはずがないでしょう」

 涙を流しながら自分の無実を必死に訴える儚げな姿は、知らぬものが見れば信じてしまうだろう。だがランベルトにとっては決して許すことのできない女だ。

「牢に移した男が宰相の指示だと証言しているが?」

「そんな男は知らない」

 牢の男は体調の変化に怯えて、全てを自供していた。

「ランベルト殿下、どうして信じて下さらないのです! 私もヴァレリアもあの騎士に無理やり部屋に連れ込まれたのです。誤解です!」

「あなたがヴァレリアを連れ込ませたことは部屋を見張らせたていた騎士から確認を取っている。言い逃れは出来ない。あなたは間違えなく罪人だ。ヴァレリアを傷つけた人間を私が許すことはない」

 宰相は僅かに肩を揺らし、セラフィーナは驚愕した後、醜悪に顔を歪ませた。

「なぜヴァレリアを選ぶのです。なぜ私ではいけないのですか。私の方が妃としての能力もあります。ヴァレリアより私の方が殿下を愛している! それなのに……あの女さえいなければ!」

「だから襲わせたと? 自分の利のために罪を犯す者が私の妃に相応しいとは思わない。私があなたを愛することなど絶対にない」

 ランベルトの怒りのこもった声を聞き、セラフィーナは絶望に目を見開き体を震わせると嗚咽を漏らした。宰相はそんな娘の姿を侮蔑するように眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(11/21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

初恋の結末

夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...