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11 . 王女との会話
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「ランベルト殿下も、サルトーリ公爵子息も、ヴァレリアに甘すぎますわ」
ピンク色のふっくらとした可愛らしい唇からこぼれた言葉は強い不満だった。
昨日の話をするためにフィオーレに執務室に来てもらた。
「そのようなことはありません。ヴァレリアは甘えることなく精一杯努力してきたのです。王女殿下にそのように言われるのは心外です」
すぐさまエリオが妹を庇う。ランベルトも同じように思っている。王妃教育は厳しく何度も泣きながら歯を食いしばって、努力する姿をそばで見てきたのだ。
「だから、甘いと言うのです。頑張れは必ず報われる生活だったのでしょうね。あなた方が真綿に包む様に、汚い物や厳しい現実から守ってきたから、今回の事を見逃したのではないのかしら。なにもかもお膳立てして笑顔で公務をこなすだけでは、狡猾な人間の目には彼女は赤子も同然です。まあ、お飾りの王太子妃にするつもりだったのなら納得できますけど」
「お飾りなどではない! 彼女は立派な王太子妃にだってなれる。それだけの能力がある」
フィオーレの言葉にランベルトは怒鳴り返した。
確かに彼女は純粋だが愚かではない。今回のことは彼女だけの責任ではない。ランベルトにも周りの者にも責任がある。それを彼女の能力が劣っているように言われるのは我慢がならない。
これを教訓にできる真摯さも持っている。
「ならば今後はあまり甘やかさないほうがいいと思いますわ」
ランベルトもエリオも驚いた。それではまるで王女がヴァレリアが王太子妃になることを認めているような言葉だ。何故だ。ランベルトはフィオーレの我儘で婚約を望んだと聞かされている。
だが、会ってからの王女の態度はランベルトに好意があるとは思えない。遊学という建前や王女の立場を考えて己を律しているのかとも思ったが、思慕の欠片も感じない。それに常に聡明に振舞う姿は我儘だという噂と一致しない。
ランベルトの立場では婚約者がいても愛人狙いなのか言い寄ってくる女性はそれなりにいた。
媚びるように馴れ馴れしくして来る令嬢は多い。王女の態度には二人の距離を縮めるつもりがないと感じられる。ランベルトはヴァレリアを諦めたくない。もしかしたら噂話はただのデマでフィオーレにとっても不本意な婚約話の可能性もある。ランベルトに都合のいい想像ではあるが可能性は捨てきれない。
フィオーレの考えを聞いてしまいたいが、もし婚姻を望むと言われてしまえば拒むことは難しい。退路を塞がれてしまう。決断できずに、後回しにして毒についての報告書を見せることにした。
報告書を読んだ王女は溜息をつく。
「植物の栽培だけでは捕らえられないですわね。その国から持ち出しを禁止されている植物ではありますが、国際的に栽培を禁止されている訳ではないのです。通常の環境では育たないのでそもそも栽培禁止まで及んでいないのです。無理がありますが、もし自生したのを発見して栽培したと言われれば罪には問えません。蜂蜜も毒の混入の現場を押さえなければ罪を認めないでしょうね」
決定的な罪状を用意できない以上、今は泳がせるしかない。
「しばらく、様子を見ましょう。相手はわたくしに死んでほしい様ですから近いうちに何か動きがあるでしょう」
平然と自分が殺意に晒されていることを認める姿にエリオは驚きを隠せない。
王族となればそう言った危険は常に付きまとうが、王女は自身が囮になると言っているのだ。ランベルトにも覚悟はあると思うが、今まで側近をしていてそれほどの危険を目の当たりにすることはなかった。いつかヴァレリアが王太子妃になるのであれば、ここまでの覚悟が必要になる。物事の汚い部分を伏せたままでは、危険を回避できない。ようやくエリオは、妹に甘すぎたことを理解した。
「フィオーレ王女も、御身にはくれぐれも気を付けて下さい。警備の方でなにか気づいたことがあれば直ぐに対応させます」
「わたくしは大丈夫です。それよりもヴァレリアの護衛を強化してください」
「? ヴァレリアが狙われると……」
「宰相はご令嬢を殿下の婚約者に据えたいようですわよ。まだ婚約者がいないようですし。ヴァレリアが婚約解消になってわたくしが毒殺されそうになっている。二人が消えれば邪魔者がいなくなる。そうなると国内でランベルト殿下に最も釣り合うのは宰相の娘になりますわね」
ランベルトは目を見張る。
セラフィーナ・ベナッシ侯爵令嬢、宰相のひとり娘だ。彼女はヴァレリアの親友でもあるし、ランベルトに対しても適切な距離だったと思う。
3年前まで家を継ぐのに婿を探していたが、年の離れた弟が生まれた。宰相は息子に継がせたいと言ってセラフィーナの嫁入り先を探してはいたが、まさか王太子妃を望むなど……。
その為に両陛下に毒を盛ったのか……。宰相はそこまで野心家ではなかったはずだ。いや、植物の栽培を考えれば息子が生まれて考えが変わったのだろうか?
「今までそんなそぶりは見せなかった」
「宰相がそんな分かりやすい行動はとらないでしょう。たぶん、殿下の考えている通りだと思いますわ。本当にこの国は平和だったのですね。正直羨ましいですわ」
嫌味ではなく素直な気持ちにみえる。それほどクロリンダは政争があるのだろうか。
「王女には無様な所ばかりで申し訳ない。ヴァレリアの警護を増やすよう指示を出そう」
フィオーレはゆるく首を振って、淡く微笑んだ。それはランベルトが初めてみる優しいもだった。
誰が見ても女神と称えるほどの美しさ、その微笑みを見てもランベルトの心はまったく動かなかった。
ランベルトを喜ばせるのも困られるのも動揺させることが出来るのもヴァレリアだけだ。
それをいまはっきりと理解した。王女とは一緒にはなれない。
「それと殿下、わたくしとの婚約の話は毒の件が終わってからにしましょう。お互いのために」
ドキリとする。避けていたことを見透かされている。
王女の本音は分からないが確かに今は毒を最優先させなければならない。
「……感謝する。それと孤児院の豆の件も報告を受けている。お礼を申し上げる。この情報はアンブラ国内に広めても良いのだろうか?」
「もちろんです。ご心配なく。人を生かすために存在する豆です。どうか、広めて食料不足を補ってください。そもそもあの豆は豊かな土地では育たないのです。今のクロリンダではほぼ見かけませんし、人工的に育てることも何故かできないのです。神の領域ですわ。だからあの豆を神の慈悲と呼ぶのです」
自然とはすごいものだと思う。情け容赦ない災害で人命を奪う事もあれば、限りある恵みで命を潤す。
王女の退室後、国内の豆の自生状況の調査と処理方法を広めるための指示を出した。
ピンク色のふっくらとした可愛らしい唇からこぼれた言葉は強い不満だった。
昨日の話をするためにフィオーレに執務室に来てもらた。
「そのようなことはありません。ヴァレリアは甘えることなく精一杯努力してきたのです。王女殿下にそのように言われるのは心外です」
すぐさまエリオが妹を庇う。ランベルトも同じように思っている。王妃教育は厳しく何度も泣きながら歯を食いしばって、努力する姿をそばで見てきたのだ。
「だから、甘いと言うのです。頑張れは必ず報われる生活だったのでしょうね。あなた方が真綿に包む様に、汚い物や厳しい現実から守ってきたから、今回の事を見逃したのではないのかしら。なにもかもお膳立てして笑顔で公務をこなすだけでは、狡猾な人間の目には彼女は赤子も同然です。まあ、お飾りの王太子妃にするつもりだったのなら納得できますけど」
「お飾りなどではない! 彼女は立派な王太子妃にだってなれる。それだけの能力がある」
フィオーレの言葉にランベルトは怒鳴り返した。
確かに彼女は純粋だが愚かではない。今回のことは彼女だけの責任ではない。ランベルトにも周りの者にも責任がある。それを彼女の能力が劣っているように言われるのは我慢がならない。
これを教訓にできる真摯さも持っている。
「ならば今後はあまり甘やかさないほうがいいと思いますわ」
ランベルトもエリオも驚いた。それではまるで王女がヴァレリアが王太子妃になることを認めているような言葉だ。何故だ。ランベルトはフィオーレの我儘で婚約を望んだと聞かされている。
だが、会ってからの王女の態度はランベルトに好意があるとは思えない。遊学という建前や王女の立場を考えて己を律しているのかとも思ったが、思慕の欠片も感じない。それに常に聡明に振舞う姿は我儘だという噂と一致しない。
ランベルトの立場では婚約者がいても愛人狙いなのか言い寄ってくる女性はそれなりにいた。
媚びるように馴れ馴れしくして来る令嬢は多い。王女の態度には二人の距離を縮めるつもりがないと感じられる。ランベルトはヴァレリアを諦めたくない。もしかしたら噂話はただのデマでフィオーレにとっても不本意な婚約話の可能性もある。ランベルトに都合のいい想像ではあるが可能性は捨てきれない。
フィオーレの考えを聞いてしまいたいが、もし婚姻を望むと言われてしまえば拒むことは難しい。退路を塞がれてしまう。決断できずに、後回しにして毒についての報告書を見せることにした。
報告書を読んだ王女は溜息をつく。
「植物の栽培だけでは捕らえられないですわね。その国から持ち出しを禁止されている植物ではありますが、国際的に栽培を禁止されている訳ではないのです。通常の環境では育たないのでそもそも栽培禁止まで及んでいないのです。無理がありますが、もし自生したのを発見して栽培したと言われれば罪には問えません。蜂蜜も毒の混入の現場を押さえなければ罪を認めないでしょうね」
決定的な罪状を用意できない以上、今は泳がせるしかない。
「しばらく、様子を見ましょう。相手はわたくしに死んでほしい様ですから近いうちに何か動きがあるでしょう」
平然と自分が殺意に晒されていることを認める姿にエリオは驚きを隠せない。
王族となればそう言った危険は常に付きまとうが、王女は自身が囮になると言っているのだ。ランベルトにも覚悟はあると思うが、今まで側近をしていてそれほどの危険を目の当たりにすることはなかった。いつかヴァレリアが王太子妃になるのであれば、ここまでの覚悟が必要になる。物事の汚い部分を伏せたままでは、危険を回避できない。ようやくエリオは、妹に甘すぎたことを理解した。
「フィオーレ王女も、御身にはくれぐれも気を付けて下さい。警備の方でなにか気づいたことがあれば直ぐに対応させます」
「わたくしは大丈夫です。それよりもヴァレリアの護衛を強化してください」
「? ヴァレリアが狙われると……」
「宰相はご令嬢を殿下の婚約者に据えたいようですわよ。まだ婚約者がいないようですし。ヴァレリアが婚約解消になってわたくしが毒殺されそうになっている。二人が消えれば邪魔者がいなくなる。そうなると国内でランベルト殿下に最も釣り合うのは宰相の娘になりますわね」
ランベルトは目を見張る。
セラフィーナ・ベナッシ侯爵令嬢、宰相のひとり娘だ。彼女はヴァレリアの親友でもあるし、ランベルトに対しても適切な距離だったと思う。
3年前まで家を継ぐのに婿を探していたが、年の離れた弟が生まれた。宰相は息子に継がせたいと言ってセラフィーナの嫁入り先を探してはいたが、まさか王太子妃を望むなど……。
その為に両陛下に毒を盛ったのか……。宰相はそこまで野心家ではなかったはずだ。いや、植物の栽培を考えれば息子が生まれて考えが変わったのだろうか?
「今までそんなそぶりは見せなかった」
「宰相がそんな分かりやすい行動はとらないでしょう。たぶん、殿下の考えている通りだと思いますわ。本当にこの国は平和だったのですね。正直羨ましいですわ」
嫌味ではなく素直な気持ちにみえる。それほどクロリンダは政争があるのだろうか。
「王女には無様な所ばかりで申し訳ない。ヴァレリアの警護を増やすよう指示を出そう」
フィオーレはゆるく首を振って、淡く微笑んだ。それはランベルトが初めてみる優しいもだった。
誰が見ても女神と称えるほどの美しさ、その微笑みを見てもランベルトの心はまったく動かなかった。
ランベルトを喜ばせるのも困られるのも動揺させることが出来るのもヴァレリアだけだ。
それをいまはっきりと理解した。王女とは一緒にはなれない。
「それと殿下、わたくしとの婚約の話は毒の件が終わってからにしましょう。お互いのために」
ドキリとする。避けていたことを見透かされている。
王女の本音は分からないが確かに今は毒を最優先させなければならない。
「……感謝する。それと孤児院の豆の件も報告を受けている。お礼を申し上げる。この情報はアンブラ国内に広めても良いのだろうか?」
「もちろんです。ご心配なく。人を生かすために存在する豆です。どうか、広めて食料不足を補ってください。そもそもあの豆は豊かな土地では育たないのです。今のクロリンダではほぼ見かけませんし、人工的に育てることも何故かできないのです。神の領域ですわ。だからあの豆を神の慈悲と呼ぶのです」
自然とはすごいものだと思う。情け容赦ない災害で人命を奪う事もあれば、限りある恵みで命を潤す。
王女の退室後、国内の豆の自生状況の調査と処理方法を広めるための指示を出した。
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