上 下
11 / 20

11 . 王女との会話

しおりを挟む
「ランベルト殿下も、サルトーリ公爵子息も、ヴァレリアに甘すぎますわ」

 ピンク色のふっくらとした可愛らしい唇からこぼれた言葉は強い不満だった。
 昨日の話をするためにフィオーレに執務室に来てもらた。

「そのようなことはありません。ヴァレリアは甘えることなく精一杯努力してきたのです。王女殿下にそのように言われるのは心外です」

 すぐさまエリオが妹を庇う。ランベルトも同じように思っている。王妃教育は厳しく何度も泣きながら歯を食いしばって、努力する姿をそばで見てきたのだ。

「だから、甘いと言うのです。頑張れは必ず報われる生活だったのでしょうね。あなた方が真綿に包む様に、汚い物や厳しい現実から守ってきたから、今回の事を見逃したのではないのかしら。なにもかもお膳立てして笑顔で公務をこなすだけでは、狡猾な人間の目には彼女は赤子も同然です。まあ、お飾りの王太子妃にするつもりだったのなら納得できますけど」

「お飾りなどではない! 彼女は立派な王太子妃にだってなれる。それだけの能力がある」

 フィオーレの言葉にランベルトは怒鳴り返した。
 確かに彼女は純粋だが愚かではない。今回のことは彼女だけの責任ではない。ランベルトにも周りの者にも責任がある。それを彼女の能力が劣っているように言われるのは我慢がならない。
 これを教訓にできる真摯さも持っている。

「ならば今後はあまり甘やかさないほうがいいと思いますわ」

 ランベルトもエリオも驚いた。それではまるで王女がヴァレリアが王太子妃になることを認めているような言葉だ。何故だ。ランベルトはフィオーレの我儘で婚約を望んだと聞かされている。
 だが、会ってからの王女の態度はランベルトに好意があるとは思えない。遊学という建前や王女の立場を考えて己を律しているのかとも思ったが、思慕の欠片も感じない。それに常に聡明に振舞う姿は我儘だという噂と一致しない。
 ランベルトの立場では婚約者がいても愛人狙いなのか言い寄ってくる女性はそれなりにいた。
 媚びるように馴れ馴れしくして来る令嬢は多い。王女の態度には二人の距離を縮めるつもりがないと感じられる。ランベルトはヴァレリアを諦めたくない。もしかしたら噂話はただのデマでフィオーレにとっても不本意な婚約話の可能性もある。ランベルトに都合のいい想像ではあるが可能性は捨てきれない。

 フィオーレの考えを聞いてしまいたいが、もし婚姻を望むと言われてしまえば拒むことは難しい。退路を塞がれてしまう。決断できずに、後回しにして毒についての報告書を見せることにした。

 報告書を読んだ王女は溜息をつく。

「植物の栽培だけでは捕らえられないですわね。その国から持ち出しを禁止されている植物ではありますが、国際的に栽培を禁止されている訳ではないのです。通常の環境では育たないのでそもそも栽培禁止まで及んでいないのです。無理がありますが、もし自生したのを発見して栽培したと言われれば罪には問えません。蜂蜜も毒の混入の現場を押さえなければ罪を認めないでしょうね」

 決定的な罪状を用意できない以上、今は泳がせるしかない。

「しばらく、様子を見ましょう。相手はわたくしに死んでほしい様ですから近いうちに何か動きがあるでしょう」

 平然と自分が殺意に晒されていることを認める姿にエリオは驚きを隠せない。
 王族となればそう言った危険は常に付きまとうが、王女は自身が囮になると言っているのだ。ランベルトにも覚悟はあると思うが、今まで側近をしていてそれほどの危険を目の当たりにすることはなかった。いつかヴァレリアが王太子妃になるのであれば、ここまでの覚悟が必要になる。物事の汚い部分を伏せたままでは、危険を回避できない。ようやくエリオは、妹に甘すぎたことを理解した。

「フィオーレ王女も、御身にはくれぐれも気を付けて下さい。警備の方でなにか気づいたことがあれば直ぐに対応させます」

「わたくしは大丈夫です。それよりもヴァレリアの護衛を強化してください」

「? ヴァレリアが狙われると……」

「宰相はご令嬢を殿下の婚約者に据えたいようですわよ。まだ婚約者がいないようですし。ヴァレリアが婚約解消になってわたくしが毒殺されそうになっている。二人が消えれば邪魔者がいなくなる。そうなると国内でランベルト殿下に最も釣り合うのは宰相の娘になりますわね」

 ランベルトは目を見張る。
 セラフィーナ・ベナッシ侯爵令嬢、宰相のひとり娘だ。彼女はヴァレリアの親友でもあるし、ランベルトに対しても適切な距離だったと思う。
 3年前まで家を継ぐのに婿を探していたが、年の離れた弟が生まれた。宰相は息子に継がせたいと言ってセラフィーナの嫁入り先を探してはいたが、まさか王太子妃を望むなど……。
 その為に両陛下に毒を盛ったのか……。宰相はそこまで野心家ではなかったはずだ。いや、植物の栽培を考えれば息子が生まれて考えが変わったのだろうか?

「今までそんなそぶりは見せなかった」

「宰相がそんな分かりやすい行動はとらないでしょう。たぶん、殿下の考えている通りだと思いますわ。本当にこの国は平和だったのですね。正直羨ましいですわ」

 嫌味ではなく素直な気持ちにみえる。それほどクロリンダは政争があるのだろうか。

「王女には無様な所ばかりで申し訳ない。ヴァレリアの警護を増やすよう指示を出そう」

 フィオーレはゆるく首を振って、淡く微笑んだ。それはランベルトが初めてみる優しいもだった。
 誰が見ても女神と称えるほどの美しさ、その微笑みを見てもランベルトの心はまったく動かなかった。
 ランベルトを喜ばせるのも困られるのも動揺させることが出来るのもヴァレリアだけだ。
 それをいまはっきりと理解した。王女とは一緒にはなれない。

「それと殿下、わたくしとの婚約の話は毒の件が終わってからにしましょう。お互いのために」

 ドキリとする。避けていたことを見透かされている。
 王女の本音は分からないが確かに今は毒を最優先させなければならない。

「……感謝する。それと孤児院の豆の件も報告を受けている。お礼を申し上げる。この情報はアンブラ国内に広めても良いのだろうか?」

「もちろんです。ご心配なく。人を生かすために存在する豆です。どうか、広めて食料不足を補ってください。そもそもあの豆は豊かな土地では育たないのです。今のクロリンダではほぼ見かけませんし、人工的に育てることも何故かできないのです。神の領域ですわ。だからあの豆を神の慈悲と呼ぶのです」


 自然とはすごいものだと思う。情け容赦ない災害で人命を奪う事もあれば、限りある恵みで命を潤す。
 王女の退室後、国内の豆の自生状況の調査と処理方法を広めるための指示を出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)可愛いだけの妹がすべてを奪っていく時、最期の雨が降る(全5話)

青空一夏
恋愛
可愛いだけの妹が、全てを奪っていく時、私はその全てを余すところなく奪わせた。 妹よ・・・貴女は知らない・・・最期の雨が貴女に降ることを・・・ 暗い、シリアスなお話です。ざまぁありですが、ヒロインがするわけではありません。残酷と感じるかどうかは人によるので、わかりませんが、残酷描写シーンはありません。最期はハッピーエンドで、ほのぼのと終わります。 全5話

愛と浮気と報復と

よーこ
恋愛
婚約中の幼馴染が浮気した。 絶対に許さない。酷い目に合わせてやる。 どんな理由があったとしても関係ない。 だって、わたしは傷ついたのだから。 ※R15は必要ないだろうけど念のため。

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

嘘つきな私が貴方に贈らなかった言葉

海林檎
恋愛
※1月4日12時完結 全てが嘘でした。 貴方に嫌われる為に悪役をうって出ました。 婚約破棄できるように。 人ってやろうと思えば残酷になれるのですね。 貴方と仲のいいあの子にわざと肩をぶつけたり、教科書を隠したり、面と向かって文句を言ったり。 貴方とあの子の仲を取り持ったり···· 私に出来る事は貴方に新しい伴侶を作る事だけでした。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

処理中です...