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10.犯人
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フィオーレからの情報を基にした調査の結果は信じがたいものだった。忠臣と信じていた宰相が毒を盛っていたと言うのだ。
侯爵と言う地位にいて特に悪い噂も聞かない。意外だと思ったくらいだ。
この話は他の者には聞かせられないので人払いをしている。
エリオがお茶を用意してテーブルに置きランベルトの正面に座る。その隣にノルベルトが座り報告書に目を通している。ランベルトは考えを整理しながらティーカップに口を付けた。
「毒の精製をしているのは間違いないのか?」
「侯爵領まで行ってきたが精製場所までは確認できていない。ただ栽培場所は小麦の貯蔵庫で間違いない。警備も厳重で騎士の人数が異常に多い。普通じゃ考えられない警備だが、食糧不足の時期だからと言われてしまえば納得できなくはない。既に充分な貯蔵庫があるのに追加の貯蔵庫を干ばつが始まる前に建てられている。その時から警備は厳しかったようだ。かなり前から栽培を始めていた可能性があるな」
エリオは眼鏡を外して眉間をほぐす。寝不足も続き疲労も限界まで溜まっている。
「踏み込んでもダミーの小麦粉くらいは置いてあるだろうし、宰相は栽培禁止であった事は知らなかったととぼけるだろう。私達も王女から聞かなければ植物の存在を知らないくらいだしな」
「蜂蜜については確認できたのか?」
「母上が宰相夫人から勧められたと。夫人は毒入りだと知っているのか、宰相の独断なのか……。どっちにしろ絶対に毒だとバレない自信があったようだな」
「蜂蜜を証拠に出来ないのか?」
「蜂蜜は夫人の親戚から取り寄せている。混入している現場を押さえられなければ責任をそいつに押し付けて切り捨てるつもりだろう」
「陛下と王妃様の容態は?」
「少しずつだが回復してきた。王女の話だと気長に解毒するしかないようだ」
「とにかく回復しているなら朗報だよ」
一旦、二人とも紅茶を飲む。どうせなら酒を飲みたいところだが疲れているから眠くなりそうだ。まだやることがある。休んでいる暇はない。
ノルベルトからも今日の孤児院の話を聞かなくてはならない。
「団長、孤児院の院長の罪状は確認できたのか?」
「はい、横領は間違いありません。虐待についても子供達の証言もありますし、なにより体のあちこちに鞭の痕が残っています。環境は劣悪で、慰問の時だけ取り繕っていたようです」
「そうか、ヴァレリアは気に病んでいるだろうな。時間があれば様子を見に行きたいんだが……」
「そうだな。エリオにはなんとか時間を作ってヴァレリアの様子を見てきてほしい。心配だが私が行くのはよくないだろう。それで団長、厄介豆は本当に食用に適しているのか?」
「それは間違いありません。美味しく食べられることが出来ました。子供達も大喜びです。畑にはまだまだ収穫できる量があります。少なくとも孤児院はこの豆があれば十分麦の代用として食料不足を解消できるはずです!」
いつもは感情を出さない無口な男とは思えない程、興奮して饒舌だ。
「これほどの貴重な情報を開放してクロリンダは反発しないのだろうか?なにか……裏があるのではないか?」
エリオはアンブラが豆の代用で高い小麦を買わずにすめば、大量の小麦の輸出国であるクロリンダは損をする。なにか裏があるのではと勘繰りたくなる。
「そんなことはない! 王女殿下は素晴らしい人だ! 私利私欲などなく、純粋に子供達を助けるために教えて下さったのだ」
ランベルトとエリオは呆気にとられた。冷静な騎士団長とは思えない。
「孤児院行く前はあれほど警戒してヴァレリアを守ると言っていたのに、たった一日で忠誠を王女に乗り換えたのか?」
ランベルトの声は怒りで震えた。
ノルベルトは自分が興奮したこと恥じるように目線を下げる。
「ヴァレリア様はご立派だと今でも思っています。その気持ちは変わりません。ですが王女殿下は平民の孤児を分け隔てなく抱き上げて接して下さった。豆も自ら率先して処理して下さった。院を任せてきたオネストも感動していました。それは否定できません」
エリオは顔を歪ませた。確かにフィオーレには助けられているが、すべてが純粋な気持ちからなのか又、別の目的があるのか分かっていないのだ。無条件で信用することは出来ないのに騎士団長がこれほど心酔するとは不安が残る。
ランベルトは大きく息をつくと、ノルベルトを下がらせた。
「エリオ、宰相が毒の元凶なのは間違いないだろう。だが、目的がはっきりしない以上しばらく様子を見る。宰相の娘とヴァレリアは仲が良かったな。娘が関わっているか分からないが知ればヴァレリアが傷つく。はっきりするまで知らせたくない。明日、宰相について王女に報告するから立ち会ってくれ。それと念のため、王女に豆の話をアンブラで広げていいか確認しないといけないな」
「わかった。ところでランベルト、改めて聞きたいことがある。一人の友人としてだ」
エリオは幼なじみで側近だ。その分他の人間より気安く軽口を叩くこともある。
王太子として常に張りつめている自分にはヴァレリアと同じくらい大事な存在だ。
「なんだ?」
「王女を愛せるのか?ヴァレリアを……諦められるのか?」
「……ヴァレリア以外は愛せない」
「王女はかなり美人だし、頭も切れる。クロリンダの後ろ盾があるなら将来の王妃として申し分ないだろう。それに、アンブラの立場からは婚約の話は断れない」
エリオのブラウンの瞳は悲しげだ。ヴァレリアの瞳を思い出す。
ランベルトは拳を握りしめて、怒りで体が震えるのを堪えた。
「条件だけならば王女が望ましいのは分かる。だが心は別だ。ヴァレリアを諦めることは出来ない。今はまだ王女とは婚約していない。建前とは言え遊学中だ。それまでになんとかする」
「約束の3割の食料はもう受け取っている。婚約を反故にするなら返せと言われるかもしれない。豆でしばらくは持つだろうがすべてを補える訳ではないだろう。
お前がヴァレリアをどれほど大事にして愛してくれているか知っている。きっとヴァレリアも同じ気持ちだろう。だが……」
「エリオ、今はそれ以上言わないでくれ。ギリギリまで抗わせてくれ。これでも自分の立場は分かっている。いざとなれば国を守る。だから、それまでは頼む」
悲痛な声にエリオも引き下がることにした。
妹と親友の幸せを願っていた。干ばつが起こらなければ二人は今頃幸せに寄り添っていたはずだ。
大自然の気まぐれに無力であることを痛感する。エリオに出来るのはランベルトの背負う国を、臣下として友として支えて行くことだけだった。
侯爵と言う地位にいて特に悪い噂も聞かない。意外だと思ったくらいだ。
この話は他の者には聞かせられないので人払いをしている。
エリオがお茶を用意してテーブルに置きランベルトの正面に座る。その隣にノルベルトが座り報告書に目を通している。ランベルトは考えを整理しながらティーカップに口を付けた。
「毒の精製をしているのは間違いないのか?」
「侯爵領まで行ってきたが精製場所までは確認できていない。ただ栽培場所は小麦の貯蔵庫で間違いない。警備も厳重で騎士の人数が異常に多い。普通じゃ考えられない警備だが、食糧不足の時期だからと言われてしまえば納得できなくはない。既に充分な貯蔵庫があるのに追加の貯蔵庫を干ばつが始まる前に建てられている。その時から警備は厳しかったようだ。かなり前から栽培を始めていた可能性があるな」
エリオは眼鏡を外して眉間をほぐす。寝不足も続き疲労も限界まで溜まっている。
「踏み込んでもダミーの小麦粉くらいは置いてあるだろうし、宰相は栽培禁止であった事は知らなかったととぼけるだろう。私達も王女から聞かなければ植物の存在を知らないくらいだしな」
「蜂蜜については確認できたのか?」
「母上が宰相夫人から勧められたと。夫人は毒入りだと知っているのか、宰相の独断なのか……。どっちにしろ絶対に毒だとバレない自信があったようだな」
「蜂蜜を証拠に出来ないのか?」
「蜂蜜は夫人の親戚から取り寄せている。混入している現場を押さえられなければ責任をそいつに押し付けて切り捨てるつもりだろう」
「陛下と王妃様の容態は?」
「少しずつだが回復してきた。王女の話だと気長に解毒するしかないようだ」
「とにかく回復しているなら朗報だよ」
一旦、二人とも紅茶を飲む。どうせなら酒を飲みたいところだが疲れているから眠くなりそうだ。まだやることがある。休んでいる暇はない。
ノルベルトからも今日の孤児院の話を聞かなくてはならない。
「団長、孤児院の院長の罪状は確認できたのか?」
「はい、横領は間違いありません。虐待についても子供達の証言もありますし、なにより体のあちこちに鞭の痕が残っています。環境は劣悪で、慰問の時だけ取り繕っていたようです」
「そうか、ヴァレリアは気に病んでいるだろうな。時間があれば様子を見に行きたいんだが……」
「そうだな。エリオにはなんとか時間を作ってヴァレリアの様子を見てきてほしい。心配だが私が行くのはよくないだろう。それで団長、厄介豆は本当に食用に適しているのか?」
「それは間違いありません。美味しく食べられることが出来ました。子供達も大喜びです。畑にはまだまだ収穫できる量があります。少なくとも孤児院はこの豆があれば十分麦の代用として食料不足を解消できるはずです!」
いつもは感情を出さない無口な男とは思えない程、興奮して饒舌だ。
「これほどの貴重な情報を開放してクロリンダは反発しないのだろうか?なにか……裏があるのではないか?」
エリオはアンブラが豆の代用で高い小麦を買わずにすめば、大量の小麦の輸出国であるクロリンダは損をする。なにか裏があるのではと勘繰りたくなる。
「そんなことはない! 王女殿下は素晴らしい人だ! 私利私欲などなく、純粋に子供達を助けるために教えて下さったのだ」
ランベルトとエリオは呆気にとられた。冷静な騎士団長とは思えない。
「孤児院行く前はあれほど警戒してヴァレリアを守ると言っていたのに、たった一日で忠誠を王女に乗り換えたのか?」
ランベルトの声は怒りで震えた。
ノルベルトは自分が興奮したこと恥じるように目線を下げる。
「ヴァレリア様はご立派だと今でも思っています。その気持ちは変わりません。ですが王女殿下は平民の孤児を分け隔てなく抱き上げて接して下さった。豆も自ら率先して処理して下さった。院を任せてきたオネストも感動していました。それは否定できません」
エリオは顔を歪ませた。確かにフィオーレには助けられているが、すべてが純粋な気持ちからなのか又、別の目的があるのか分かっていないのだ。無条件で信用することは出来ないのに騎士団長がこれほど心酔するとは不安が残る。
ランベルトは大きく息をつくと、ノルベルトを下がらせた。
「エリオ、宰相が毒の元凶なのは間違いないだろう。だが、目的がはっきりしない以上しばらく様子を見る。宰相の娘とヴァレリアは仲が良かったな。娘が関わっているか分からないが知ればヴァレリアが傷つく。はっきりするまで知らせたくない。明日、宰相について王女に報告するから立ち会ってくれ。それと念のため、王女に豆の話をアンブラで広げていいか確認しないといけないな」
「わかった。ところでランベルト、改めて聞きたいことがある。一人の友人としてだ」
エリオは幼なじみで側近だ。その分他の人間より気安く軽口を叩くこともある。
王太子として常に張りつめている自分にはヴァレリアと同じくらい大事な存在だ。
「なんだ?」
「王女を愛せるのか?ヴァレリアを……諦められるのか?」
「……ヴァレリア以外は愛せない」
「王女はかなり美人だし、頭も切れる。クロリンダの後ろ盾があるなら将来の王妃として申し分ないだろう。それに、アンブラの立場からは婚約の話は断れない」
エリオのブラウンの瞳は悲しげだ。ヴァレリアの瞳を思い出す。
ランベルトは拳を握りしめて、怒りで体が震えるのを堪えた。
「条件だけならば王女が望ましいのは分かる。だが心は別だ。ヴァレリアを諦めることは出来ない。今はまだ王女とは婚約していない。建前とは言え遊学中だ。それまでになんとかする」
「約束の3割の食料はもう受け取っている。婚約を反故にするなら返せと言われるかもしれない。豆でしばらくは持つだろうがすべてを補える訳ではないだろう。
お前がヴァレリアをどれほど大事にして愛してくれているか知っている。きっとヴァレリアも同じ気持ちだろう。だが……」
「エリオ、今はそれ以上言わないでくれ。ギリギリまで抗わせてくれ。これでも自分の立場は分かっている。いざとなれば国を守る。だから、それまでは頼む」
悲痛な声にエリオも引き下がることにした。
妹と親友の幸せを願っていた。干ばつが起こらなければ二人は今頃幸せに寄り添っていたはずだ。
大自然の気まぐれに無力であることを痛感する。エリオに出来るのはランベルトの背負う国を、臣下として友として支えて行くことだけだった。
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