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5.要求
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その夜はほとんど眠ることが出来なかった。
翌日、王宮にお父様と一緒に呼び出され、ランベルトからメアリーの事と今後の話をされた。
「メアリーの解毒は間に合ったがしばらく後遺症が残るだろう。専門的に治療できるところで療養させてから家族の元へ帰す予定だ。君にも迷惑をかけた。それとメアリーを庇ってくれてありがとう」
その言葉にようやく安堵することが出来た。ランベルトの顔は隈があり疲労の色が濃い。
「陛下には厳しく叱責された。私情を挟んでメアリーを助けたことは甘いと。もちろん分かっている。あの場で処断出来なかったことは王太子失格だ。情けない」
「それならば私も責めを負わなければなりませんわ。助命を乞うたのですから」
ご自分を責める姿に胸が痛む。
「いや、メアリーの事は別にしても、周りの従者や侍女の質が余りにも酷い。何故このような事が起きたのか配置を決めた責任者の確認もしているが、すぐに選定し直して新しい者をつけている。これ以上の失態は許されない。王女殿下が理不尽な要求をしないことを願うしかないな」
「それで、ランベルト殿下、今日はそれ以外にも話があるのでしょう。王女殿下はヴァレリアになにか要求してきたのでは?」
お父様は厳しい口調で問いかけた。ヴァレリアを案じてくれている。
ランベルトの口は重い。
「ああ、今回のことで王女殿下の要求を拒むことが出来ない。迷惑をかけるが力を貸してほしい。まずは話し相手にヴァレリアを指名してきた。今後は食事やそれ以外の行動も共にしてほしいとのことだ。不安はあるが警備体制を強化することで王女殿下の行動の監視ができればと思っている。頼めるか?」
ヴァレリアはしっかりと頷いた。お父様も一つ息をついて受け入れた。
そのまま王女殿下の隣の部屋に案内される。これから暫くこの部屋を使うようだ。いつでも呼び出しに応じられるようにとの事らしい。王太子妃教育で王宮内の事はほぼ把握しているので戸惑いはない。
午後のお茶に呼ばれ、王女の部屋を訪れた。
王女はヴァレリアを見ると微笑んで招き入れてくれた。
「これからはヴァレリアと呼んでもいいかしら。わたくしのことはフィオーレと」
恐れ多いことだがありがたくお名前で呼ぶことにした。
「フィオーレ様、メアリーを助けて下さりありがとうございました」
何よりもまずお礼を伝えたかった。
「ランベルト殿下もヴァレリアもよほどメアリーが大事なのね。わたくしはもう気にしていないわ。ところで何故毒が入っていることにわたくしが気づいたと思う?」
首を横に振る。確かにそれは気になっていたがランベルトもその話は避けているようだったので聞けなかった。
「あの毒は接種した経験があるのよ。処置が早かったから後遺症はないわ。わたくしの幼い頃は食事によく毒が盛られていて珍しいことではなかったのよ。幸い側に毒や薬草に詳しい人がいたのである程度は回避できていたのだけど」
驚きになんと返せばいいか分からない。詳しい人とは毒見役の事なのだろうか。大国の王族ともなれば幼いうちから危険なことが多いのかもしれない。フィオーレの口調には毒に恐れを抱く様子がない。それほど慣れているのだろう。だから許してくれたのだろうか。
「ふふ、この国は穏やかね」
最初の冷たい印象を忘れてしまうくらい優しい声だ。
「はい、ありがとうございます」
「まあ、褒めたのではないわ」
呆れたような口調から嫌味だったのかもしれないが柔らかい雰囲気に素直にお礼を言ってしまった。
確かにこの国は他国に比べて平和だと思う。目立つような貴族の派閥争いなども特にない。小さい国ではあるが鉱山を多く所有しているのでどこの領地も経済的に豊かだ。ランベルトに兄弟はいないので王位争いも起こらない。凶悪な犯罪も耳にしたことはなかった。
今日のフィオーレは躊躇うことなくティーカップを口元に運ぶ。その所作は音もなく指先まで美しい。その動き全てに感嘆のため息が出てしまいそうだ。
ヴァレリアのことを侍女たちが完璧だと言っていたことが恥ずかしい。しかも自分でもそうなるべく努力して結果がついてきていると自惚れていたのだ。
フィオーレの顔を見ていたら噂を思い出した。そばかすが有るというのは彼女を妬んだものだったのだろうか。
薄化粧しかしていないが肌にはシミ一つない。
フィオーレはヴァレリアの視線に頭を傾げた。
「もしかしてそばかすがないと思っている?」
何故分かったのか。非礼なほど見つめていたことに気づく。
「申し訳ございません」
「咎めたわけではないのよ。その噂があるのは知っているわ。実際に10歳ころまではあったのよ。あの頃はかなり悩んだわ。年齢と共に消えたのよ。よかったわ」
その後も穏やかな会話が続いた。フィオーレは博識で話題が尽きない。
ヴァレリアにとってはランベルトを奪った憎い王女だったはずなのに、一緒に過ごすほどその人柄に魅せられていく。このまま一緒に居れば、フィオーレならばランベルトに相応しいと認めてしまいそうだ。そうするべきという思いと、絶対に認めたくないという気持ちが胸の中でせめぎ合う。ランベルトの中からヴァレリアへの愛が消えて、いつかこの人を心から愛するようになるのだろうか。その時……私はどうなるのだろう。
ヴァレリアはその考えを強引に押しやることにした。
翌日、王宮にお父様と一緒に呼び出され、ランベルトからメアリーの事と今後の話をされた。
「メアリーの解毒は間に合ったがしばらく後遺症が残るだろう。専門的に治療できるところで療養させてから家族の元へ帰す予定だ。君にも迷惑をかけた。それとメアリーを庇ってくれてありがとう」
その言葉にようやく安堵することが出来た。ランベルトの顔は隈があり疲労の色が濃い。
「陛下には厳しく叱責された。私情を挟んでメアリーを助けたことは甘いと。もちろん分かっている。あの場で処断出来なかったことは王太子失格だ。情けない」
「それならば私も責めを負わなければなりませんわ。助命を乞うたのですから」
ご自分を責める姿に胸が痛む。
「いや、メアリーの事は別にしても、周りの従者や侍女の質が余りにも酷い。何故このような事が起きたのか配置を決めた責任者の確認もしているが、すぐに選定し直して新しい者をつけている。これ以上の失態は許されない。王女殿下が理不尽な要求をしないことを願うしかないな」
「それで、ランベルト殿下、今日はそれ以外にも話があるのでしょう。王女殿下はヴァレリアになにか要求してきたのでは?」
お父様は厳しい口調で問いかけた。ヴァレリアを案じてくれている。
ランベルトの口は重い。
「ああ、今回のことで王女殿下の要求を拒むことが出来ない。迷惑をかけるが力を貸してほしい。まずは話し相手にヴァレリアを指名してきた。今後は食事やそれ以外の行動も共にしてほしいとのことだ。不安はあるが警備体制を強化することで王女殿下の行動の監視ができればと思っている。頼めるか?」
ヴァレリアはしっかりと頷いた。お父様も一つ息をついて受け入れた。
そのまま王女殿下の隣の部屋に案内される。これから暫くこの部屋を使うようだ。いつでも呼び出しに応じられるようにとの事らしい。王太子妃教育で王宮内の事はほぼ把握しているので戸惑いはない。
午後のお茶に呼ばれ、王女の部屋を訪れた。
王女はヴァレリアを見ると微笑んで招き入れてくれた。
「これからはヴァレリアと呼んでもいいかしら。わたくしのことはフィオーレと」
恐れ多いことだがありがたくお名前で呼ぶことにした。
「フィオーレ様、メアリーを助けて下さりありがとうございました」
何よりもまずお礼を伝えたかった。
「ランベルト殿下もヴァレリアもよほどメアリーが大事なのね。わたくしはもう気にしていないわ。ところで何故毒が入っていることにわたくしが気づいたと思う?」
首を横に振る。確かにそれは気になっていたがランベルトもその話は避けているようだったので聞けなかった。
「あの毒は接種した経験があるのよ。処置が早かったから後遺症はないわ。わたくしの幼い頃は食事によく毒が盛られていて珍しいことではなかったのよ。幸い側に毒や薬草に詳しい人がいたのである程度は回避できていたのだけど」
驚きになんと返せばいいか分からない。詳しい人とは毒見役の事なのだろうか。大国の王族ともなれば幼いうちから危険なことが多いのかもしれない。フィオーレの口調には毒に恐れを抱く様子がない。それほど慣れているのだろう。だから許してくれたのだろうか。
「ふふ、この国は穏やかね」
最初の冷たい印象を忘れてしまうくらい優しい声だ。
「はい、ありがとうございます」
「まあ、褒めたのではないわ」
呆れたような口調から嫌味だったのかもしれないが柔らかい雰囲気に素直にお礼を言ってしまった。
確かにこの国は他国に比べて平和だと思う。目立つような貴族の派閥争いなども特にない。小さい国ではあるが鉱山を多く所有しているのでどこの領地も経済的に豊かだ。ランベルトに兄弟はいないので王位争いも起こらない。凶悪な犯罪も耳にしたことはなかった。
今日のフィオーレは躊躇うことなくティーカップを口元に運ぶ。その所作は音もなく指先まで美しい。その動き全てに感嘆のため息が出てしまいそうだ。
ヴァレリアのことを侍女たちが完璧だと言っていたことが恥ずかしい。しかも自分でもそうなるべく努力して結果がついてきていると自惚れていたのだ。
フィオーレの顔を見ていたら噂を思い出した。そばかすが有るというのは彼女を妬んだものだったのだろうか。
薄化粧しかしていないが肌にはシミ一つない。
フィオーレはヴァレリアの視線に頭を傾げた。
「もしかしてそばかすがないと思っている?」
何故分かったのか。非礼なほど見つめていたことに気づく。
「申し訳ございません」
「咎めたわけではないのよ。その噂があるのは知っているわ。実際に10歳ころまではあったのよ。あの頃はかなり悩んだわ。年齢と共に消えたのよ。よかったわ」
その後も穏やかな会話が続いた。フィオーレは博識で話題が尽きない。
ヴァレリアにとってはランベルトを奪った憎い王女だったはずなのに、一緒に過ごすほどその人柄に魅せられていく。このまま一緒に居れば、フィオーレならばランベルトに相応しいと認めてしまいそうだ。そうするべきという思いと、絶対に認めたくないという気持ちが胸の中でせめぎ合う。ランベルトの中からヴァレリアへの愛が消えて、いつかこの人を心から愛するようになるのだろうか。その時……私はどうなるのだろう。
ヴァレリアはその考えを強引に押しやることにした。
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