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33.取引とは
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「発端は王妃様とアメルン侯爵家の取引から始まります。取引のきっかけは王妃様からでした。理由は……簡単に言えば王妃様の親バカです。愛する息子には望む婚約を結ばせたいという、付き合わされる周りはちょっと迷惑ですよね。オディリア様はご存じかしら? この国では王太子妃は候補者から選びます。相応しい能力を有していると見込まれた令嬢が候補者となり振る舞いや語学などの学習の進捗を定期的に貴族議会が確認します。その結果、能力の高い令嬢を貴族議会の総意で推薦し国王の承認で決まります。公正に国母に相応しいか見極めるためらしいのですが、たいていは王の意向、貴族の利益などその時に力を持つ者の意志で決まってしまうので全く意味がない慣習です」
貴族議会は王家の意向に口を出す為に存在すると聞いている。貴族議会が阻めば国王の意志を通すのも難しいそうだ。本来は悪政の抑止力とするための議会だったはずだが、平和であれば自分が権力を握って王家を操りたいと思う貴族が議会を利用しようとする。
それにしてもウルリカはポンポンと辛辣な事を躊躇いなく話す。だがその嫌味のない物言いにオディリアは好感を抱いた。きっとさっぱりとした気性なのだろう。
「候補者を募るという事は殿下の意志を汲んで決定することはできないのですね?」
「ええ。両想いなら令嬢が努力して周りを納得させるしかないのですが……。殿下が14歳になった時に候補者の推薦及び立候補が始まりました。イデリーナ様も殿下を好いていたようですし殿下もイデリーナ様を望んでいたのでその制度がなければそのまま決定でよかったのですが、貴族議員が猛反対をしたのです。イデリーナ様の能力では婚約者に相応しくないから候補者を募るべきだと。ですがそれは建前で本当の理由は議員の中に自分の孫娘を王太子妃にしたいという困ったお爺さん達がいた為ですわ。王妃様は隣国から政略で嫁がれたのですが当時自国に心に思う方がいたようで、息子には自分のような想いをしてほしくなかったようです」
王妃様は国益のためにご自身の恋を諦めなければならなかったのか。だから殿下の婚約者を希望通りにイデリーナにしたかった。その気持ちは母親としての優しさだと分かるが王妃としての立場を考えると感情だけで決める事はできないはずだ。
「それは……」
「候補者の中で爵位が最も高いのはブリューム公爵家でしたが、能力的には……イデリーナ様より上回る令嬢が多くいたのです。王家やブリューム公爵家が権力でねじ伏せて治世が移ったときに禍根になることを懸念しました。そこでイデリーナ様に次いで爵位が高いアメルン侯爵家の娘を比較対象となる対抗馬として据えることにしました。すなわち私です。私の役割はイデリーナ様以外の令嬢をやり込め戦意喪失による辞退を促すこととイデリーナ様に発破をかけて勉強のやる気を出させることでした。それなりに勉強ができるように振舞いつつも完璧になってはいけない上に、性格に問題ありと振舞う必要がありました」
「それでも辞退しない令嬢だっていたのではないのですか? 諦められない家もあるでしょうし……」
「それは父がアメルン侯爵家の圧力で辞退に追い込んだようです」
「えっ? そこまでしたのですか? それではアメルン侯爵家では必要のない泥を被ることになりますよね? 敵を作る事にもなりますしそれに見合う何かを王家が差し出したのですか?」
ウルリカは一瞬目を伏せたが、顔を上げると静かな表情をオディリアに向ける。
「オディリア様。私の父は母をとても愛しています。母のためなら全てを捨てる事も壊すこともいとわないほどに。敵など増えても何とも思わない人です」
ウルリカは肩を竦める。そして表情を明るくするとクッキーを手で摘まみ口に運ぶ。サクサクと軽快に咀嚼して紅茶で喉を潤した。
「母は難産の末に私を産みそのまま意識が戻らず眠ったままでした。父は母を回復させるためにお金も権力も使えるものを全て使い、あらゆる手段で薬を取り寄せ医者を招きました。ですが何年経っても母は目覚めない。そんなとき王妃様が提案されたのです。侯爵家の力では無理でも王妃様の伝手で母を目覚めさせるために助力すると。もともと王妃様は嫁ぐ前は自国で外交に長けた方でした。我が国と国交を持たない国の王族の方々とも親交が深く友人も多い。だからその言葉は信頼に値するものでした。父は取引に応じました。例えアメルン侯爵家の名が地に落ちても母が目覚める事だけが重要な人ですから。候補者を減らし私の悪い評判を流しイデリーナ様こそ王太子妃に相応しいと思わせる、それがアメルン侯爵家の仕事で見返りは母を目覚めさせるための医術の提供でした」
「そ、そんな……知らなかった、何も……」
イデリーナは初めて聞いたであろう話の内容に顔を青ざめさせ震えている。
ウルリカは茶目っ気たっぷりに本当は……と話し出す。
「ちなみにコーンウェル語は小さい頃から普通に話せましたよ? オディリア様と初めて会った時はわざと発音を間違えたりそれっぽく振舞ったのですが上手くできていたでしょう? ですがあの時オディリア様が輸出の話をするとは思っていなくて意表を突かれました。今まであれほどの教養を持った年の近い少女と会ったのが初めてだったので衝撃でした。輸入については本当に知らなくて悔しかったのを覚えています。実は恥ずかしいのですがあの時オディリア様に対して癇癪を起こしたのは演技ではないのです。でもいい感じのおバカさんに見えたと思いますわ」
少し誇らし気に言う。そうだ。ウルリカ様は涙目になっておかあさまと言いながら大人のテーブルへ行っていた。
「それならあの時には侯爵夫人はお元気になられて、あのお茶会に出席されていたのですか?」
「いいえ。まだ目覚めていなかったので家で療養していました。私、あの気まずいお茶会が嫌いで早く帰りたくて泣きまねをして帰宅したのです。母は……有り難いことに王妃様の伝手で根気よく治療にあたったおかげで6年前に目を覚ますことが出来ました。これもイデリーナ様のおかげで王妃様と取引できたからです」
ウルリカの言葉にはイデリーナを責めるようなものは一言もなかった。
貴族議会は王家の意向に口を出す為に存在すると聞いている。貴族議会が阻めば国王の意志を通すのも難しいそうだ。本来は悪政の抑止力とするための議会だったはずだが、平和であれば自分が権力を握って王家を操りたいと思う貴族が議会を利用しようとする。
それにしてもウルリカはポンポンと辛辣な事を躊躇いなく話す。だがその嫌味のない物言いにオディリアは好感を抱いた。きっとさっぱりとした気性なのだろう。
「候補者を募るという事は殿下の意志を汲んで決定することはできないのですね?」
「ええ。両想いなら令嬢が努力して周りを納得させるしかないのですが……。殿下が14歳になった時に候補者の推薦及び立候補が始まりました。イデリーナ様も殿下を好いていたようですし殿下もイデリーナ様を望んでいたのでその制度がなければそのまま決定でよかったのですが、貴族議員が猛反対をしたのです。イデリーナ様の能力では婚約者に相応しくないから候補者を募るべきだと。ですがそれは建前で本当の理由は議員の中に自分の孫娘を王太子妃にしたいという困ったお爺さん達がいた為ですわ。王妃様は隣国から政略で嫁がれたのですが当時自国に心に思う方がいたようで、息子には自分のような想いをしてほしくなかったようです」
王妃様は国益のためにご自身の恋を諦めなければならなかったのか。だから殿下の婚約者を希望通りにイデリーナにしたかった。その気持ちは母親としての優しさだと分かるが王妃としての立場を考えると感情だけで決める事はできないはずだ。
「それは……」
「候補者の中で爵位が最も高いのはブリューム公爵家でしたが、能力的には……イデリーナ様より上回る令嬢が多くいたのです。王家やブリューム公爵家が権力でねじ伏せて治世が移ったときに禍根になることを懸念しました。そこでイデリーナ様に次いで爵位が高いアメルン侯爵家の娘を比較対象となる対抗馬として据えることにしました。すなわち私です。私の役割はイデリーナ様以外の令嬢をやり込め戦意喪失による辞退を促すこととイデリーナ様に発破をかけて勉強のやる気を出させることでした。それなりに勉強ができるように振舞いつつも完璧になってはいけない上に、性格に問題ありと振舞う必要がありました」
「それでも辞退しない令嬢だっていたのではないのですか? 諦められない家もあるでしょうし……」
「それは父がアメルン侯爵家の圧力で辞退に追い込んだようです」
「えっ? そこまでしたのですか? それではアメルン侯爵家では必要のない泥を被ることになりますよね? 敵を作る事にもなりますしそれに見合う何かを王家が差し出したのですか?」
ウルリカは一瞬目を伏せたが、顔を上げると静かな表情をオディリアに向ける。
「オディリア様。私の父は母をとても愛しています。母のためなら全てを捨てる事も壊すこともいとわないほどに。敵など増えても何とも思わない人です」
ウルリカは肩を竦める。そして表情を明るくするとクッキーを手で摘まみ口に運ぶ。サクサクと軽快に咀嚼して紅茶で喉を潤した。
「母は難産の末に私を産みそのまま意識が戻らず眠ったままでした。父は母を回復させるためにお金も権力も使えるものを全て使い、あらゆる手段で薬を取り寄せ医者を招きました。ですが何年経っても母は目覚めない。そんなとき王妃様が提案されたのです。侯爵家の力では無理でも王妃様の伝手で母を目覚めさせるために助力すると。もともと王妃様は嫁ぐ前は自国で外交に長けた方でした。我が国と国交を持たない国の王族の方々とも親交が深く友人も多い。だからその言葉は信頼に値するものでした。父は取引に応じました。例えアメルン侯爵家の名が地に落ちても母が目覚める事だけが重要な人ですから。候補者を減らし私の悪い評判を流しイデリーナ様こそ王太子妃に相応しいと思わせる、それがアメルン侯爵家の仕事で見返りは母を目覚めさせるための医術の提供でした」
「そ、そんな……知らなかった、何も……」
イデリーナは初めて聞いたであろう話の内容に顔を青ざめさせ震えている。
ウルリカは茶目っ気たっぷりに本当は……と話し出す。
「ちなみにコーンウェル語は小さい頃から普通に話せましたよ? オディリア様と初めて会った時はわざと発音を間違えたりそれっぽく振舞ったのですが上手くできていたでしょう? ですがあの時オディリア様が輸出の話をするとは思っていなくて意表を突かれました。今まであれほどの教養を持った年の近い少女と会ったのが初めてだったので衝撃でした。輸入については本当に知らなくて悔しかったのを覚えています。実は恥ずかしいのですがあの時オディリア様に対して癇癪を起こしたのは演技ではないのです。でもいい感じのおバカさんに見えたと思いますわ」
少し誇らし気に言う。そうだ。ウルリカ様は涙目になっておかあさまと言いながら大人のテーブルへ行っていた。
「それならあの時には侯爵夫人はお元気になられて、あのお茶会に出席されていたのですか?」
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ウルリカの言葉にはイデリーナを責めるようなものは一言もなかった。
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