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31.過剰なほど安静に

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 オディリアはソファーでくつろぎ読書をしていた。
 事件に巻き込まれて1週間ほど経ったがティバルトがオディリアの体調を心配して今はまだ部屋から出る事を許されていない。目を覚ましてから3日間はベッドから出ることを禁じられ、必要があるときはティバルトが抱きかかえて移動したほどだ。
 
 もう大丈夫だと思うのだが心配をかけてしまった引け目があるので大人しく言う事を聞いている。
 怪我自体は大したことはないが頭を打っていると数日経ってから具合が悪化することがあると医者にも安静を言い渡されている。
 ティバルトは忙しい中、時間作ってはオディリアの部屋で一緒に過ごしている。無理をしているようであまり顔色が良くない。これではどちらが病人か分からなくなるから無理せず休んで欲しいと言っているのだが大丈夫の一点張りでオディリアに寄り沿う。流石に1週間も経てば屋敷ぐらい歩いてもといいのではと思ったが、不安そうな彼の瞳を見ると大人しく読書をする以外の選択肢が見つからなかった。その表情にどこか陰りを感じてしまうが気のせいだろうか……。

 あの時の事件の詳細はまだ聞かされていないが、ウルリカも護衛の騎士も無事だったのでまあいいかと思っている。まだ騎士団でも調査中なので解決したら教えてもらうつもりだ。

 あれからウルリカが心配して見舞いに来たいと言ってくれたが彼女も怪我をしているらしいと聞いたので断った。代わりにお互いに全快したら流れてしまったお茶会を開く約束をしている。ウルリカがアメルン侯爵領で栽培しているハーブを使ったお茶や薬湯、入浴剤などを届けてくれた。上質なもので王都でも人気の商品なだけあってオディリアは気に入って愛用している。感想を聞きたいと手紙に書いてあったので、使用後に随時書き留めたものをまとめてみたらかなりの分量のレポートになってしまった。ティバルトには疲れるようなことを控えるようにと注意されてしまった。多すぎて迷惑かと思ったがウルリカからは詳細な内容に感謝しているとお礼の手紙が来たから大丈夫だろう。

 そろそろティバルトが来る頃だ。部屋に控えているマリーを見れば心得たように頷きお茶の準備を始めた。ノックの音がして返事をすればタイミングよくティバルトが顔を出す。

「オディリア。ゆっくりできているか?」

 毎日何度も同じ問いかけをする彼に思わず苦笑いがこぼれる。

「ゆっくりしすぎてボケそうですわ」

「そうだな。明日からは屋敷の中は自由に過ごしていいよ。ただし外出はまだ駄目だ。今外出時の護衛の人数などの見直しをしているから」

 随分と大事になってしまいオディリアは眉を下げた。

「ティバルト様。いくら何でもあんなこと何度も起きませんわ。護衛は今まで通りで大丈夫です」

「駄目だ。私が心配で落ち着かない。受け入れてもらえないと外出を認めることが出来ないよ」

 ティバルトは優しい声で宥める様に言うがそこにオディリアの拒否権は存在しなさそうだ。だがそれを嫌だとは思わなかった。むしろ自分は愛されているなあとふわふわした気持ちになった。

「分かりました。その代わりにお願いがあります」

 オディリアの珍しい要求にティバルトは首を傾げた。

「内容によるかな?」

 警戒しているようだがもちろん無茶な要求をするつもりはない。たぶんささやかな願いだと思う。

「ティバルト様のお仕事が落ち着いたらデートしてほしいのです。一緒に出掛けるのなら問題ありませんよね?」

 ティバルトは目をぱちぱちと瞬くと破顔した。

「それは嬉しいお願いだね。出来るだけ早く仕事を片付けて出かけよう。行きたいところを考えておいて欲しい。目標が出来ると午後の仕事もやる気が出るな」

 ティバルトの嬉しそうな表情にオディリアも嬉しくなる。こんなことで喜んでくれるなんて申し訳なくなってしまうがそれ以上に彼に必要とされていると感じられる。
 ティバルトがオディリアの前髪をそっと掬いおでこを真剣な眼差しで観察する。

「たんこぶがだいぶ小さくなってきたな。安心したよ」

 貴族令嬢のおでこにたんこぶってよく考えたらかなり恥ずかしいし、前髪を上げて顔を見られるのも恥ずかしい。ティバルトはまったく気にしていないがオディリアはお互いの顔の距離の近さにドキドキしてしまう。それなのに彼が手を離すとちょっと寂しくなる。
 心の中で照れていると、ティバルトは急に背筋を伸ばしてオディリアを見つめた。

「体調もだいぶ良くなったようなのでオディリアに話しておきたいことがある」

 その様子から大切な話に違いないと思いオディリアも居住まいを正した。

「オディリア。もしも……万が一危険な場面に遭遇することになっても自分を一番に守って欲しい。ウルリカ嬢から彼女を逃がすためにオディリアが無茶をしたと聞いた。それはオディリアの美点でもあるが、行動自体は無謀に近いと思う。下手をすれば二人とも大変なことになっていただろう。何があっても私が必ず助けに行くから無理をせずに待っていてほしい。絶対に危険な行動はしないでくれ。いや、実際には守れていなかったが今後は守ると誓う」

 お説教だった……。そして言い返せない……。ティバルトの言う事は充分理解できるし正論だ。今、冷静になって考えれば無謀なことをしたと思う。あの行動のせいでかえってウルリカに怪我をさせてしまったようだ。だが、目の前に危険な状態にある人間を見捨てて自分だけ助かる事を考えるのは難しい気がする。あの行動は咄嗟の物なので次に同じ目にあったときはじっとしていられると約束は出来そうになく言い淀んでしまう。

 それに今の言葉で彼の時折見せる陰りの表情の意味が分かった気がした。ティバルトはオディリアが怪我をした事の責任が自分にあると思っている。そんなはずないのに。でもそれをオディリアが否定しても彼は納得しないだろう。どう伝えればいいのか言葉が見つからなかった。

「…………」

「本心を言えばウルリカ嬢を囮にして犠牲にしてもオディリアだけは無事でいて欲しかったと思っている」

「まあ! ティバルト様……」

 ティバルトがそこまで無情なことを言うなんて……。

「オディリアは? もし私が誰かを助けるために犠牲になったとしたら?」

「嫌です! 誰かなんて見捨てて逃げて来てください!」

 オディリアは条件反射で答えてしまった。そしてはっとする。ティバルトもこういう気持ちなんだと理解した。心情としては人を助けたいと思うがオディリアはやっぱり誰かを助けるよりもティバルトに無事でいて欲しい。他人がそれを責めたとしても、自分勝手だと詰られたとしてもだ。自分もティバルトを守る為ならきっと非情な人間になってしまえる気がした。

「ティバルト様が自分を大事にして下さると約束してくれるのなら……私も自分を大事にします」

 いざとなったらどうなるかなんて分からない。それでもティバルトの気持ちに応えたかったし、自分も彼から気休めでもそう言ってほしかった。

「ああ、約束する。例えアルフォンスが目の前で襲われていても見捨てて我先に逃げて必ずオディリアのもとへ戻るよ」

 ティバルトはどこかおどけてそう言ったがその瞳は真剣だった。現実では公爵家の嫡男が王太子殿下を見捨てる事はないだろうが、誰よりもオディリアを優先すると言うティバルトの優しさがものすごく嬉しい。ティバルトはいつでもオディリアの心を満たしてくれる。
 マリーが二人の前にハーブティーを置いた。ティーカップを手に取り爽やかなその香りにほっと息をつく。
 そうして幸せな気持ちでお茶の時間を穏やかに過ごした。


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