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30.閉じ込めたい
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ブリューム公爵邸の自分の執務室で仕事をしていると執事がノックもせずに慌てて部屋に入ってきた。
ティバルトはその無作法に一瞬眉をひそめたが落ち着いたまま問いかけた。
「一体どうした?」
「オディリア様が大変なことに……」
執事は青ざめながら話し始めたが最後まで聞くことなくティバルトは手にしていた書類を机に放るとすぐさま部屋を出て玄関に向かった。
そこにはぐったりとしたオディリアを抱きかかえている騎士団長がいた。
「オディリア! アイスラー殿、これは?」
ティバルトは問いかけたものの話を後回しにして騎士団長からオディリアを受け取り部屋へと連れて行く。オディリアのドレスは汚れており、今は意識もなく顔色も悪い。
護衛をつけて買い物に出かけたはずが一体どういうことなのか。
「すぐに医者を呼べ!」
ティバルトの怒鳴り声にマリーは事態を飲み込めなくても手当てが必要だと判断してメイドに指示を出す。ティバルトがオディリアをベッドに寝かせるとマリーと侍女がオディリアを着替えさせるからとティバルトを部屋から追い出した。お抱えの医者もすぐに来るようだ。本当は側にいたいが仕方なく今のうちに騎士団長から事情を聞いておくことにする。
応接室には執事が騎士団長であるガーラン・アイスラーを案内していたが何故かそこにはウルリカも一緒にいた。
ティバルトが部屋に入ると二人は立ち上がり深く頭を下げ謝罪を口にする。
「この度は私の落ち度で「私が油断したせいでオディリア様に怪我をさせてしまい申し訳ございませんでした。もちろん一番悪いのは騎士団長であるガーランですので責任は騎士団を追及してくださいませ!」
アイスラーの言葉に被せるようにウルリカが謝罪をする。ウルリカは眉間を寄せ沈痛な表情を浮かべている。
アイスラーは目を細め一瞬遠くを見ると諦めたように口を閉じた。
「オディリアに何があったのです? 何故ウルリカ嬢まで一緒に?」
問いかけるティバルトの声は鋭く責めるような強い口調になっていた。それに答えようと口を開きかけたウルリカを手で制してアイスラーが説明を始めた。
「ティバルト様は最近、王都で女性の失踪事件が相次いでいるのはご存じですか?」
「もちろん知っているが?」
未解決の事件で若い女性や少女が行方不明になっている。それを騎士団が調査を行っていたところ、失踪者の共通点がファーナー伯爵家で経営している店を訪れていたという事が分かった。だがどのような手段で攫っているのか分からず、今回証拠を掴むためにウルリカがソフィーに接触し、囮として怪しいと考えられる店の奥に入った。ところが運悪くオディリアが居合わせてしまい巻き込まれたという事らしい。
勿論騎士団長と複数の騎士で店の様子を監視していて、捕らえるための準備は出来ていたのだが踏み込むタイミングが遅れオディリアに怪我をさせてしまったということらしい。
つっこみどころが多すぎる。普通に考えて貴族令嬢がしかも侯爵家の後継ぎであるウルリカが何故騎士団に協力して囮になっているのだ? 危険すぎるだろう。アイスラーと気安く接しているが二人の接点が見えない。まさかウルリカは脅されている訳でもないだろうが……。腑に落ちない。
「それで……ウルリカ嬢には怪我はないのか?」
「はい。私は鍛えているので打撲くらいなら怪我のうちに入りません。それよりもオディリア様は突き飛ばされて頭を打ったようです。お医者様によく見て頂いてください。あっ。あと足も捻っていたようです。とにかく安静にして下さいませ」
「?!」
ウルリカが鍛えている? 病弱ではなかったのか? だいたい打撲は立派な怪我だと思うがそれよりもオディリアが頭を打っている? 執事に目配せでその事を医者に伝えるように指示を出す。それよりも……。
「アイスラー殿。オディリアに手を上げた男の身柄を一時私に預けて欲しい」
「それは……」
もちろん犯人は法が裁くだろうがその前にティバルト自らオディリアの味わった痛み以上の物をその男に与えなければ怒りが治まらない。いやそれでも許せないが。このような要求をアイスラーが騎士団長として許可しないことは分かっているが、それでもティバルトは権力を使って手を下すつもりでいた。
言い淀むアイスラーをちらりとウルリカが一瞥するとティバルトを見て緩く首を振った。
「ティバルト様。これ以上は法が裁きます。それに私からその男に報いを与えておきましたので、それでご容赦くださいませ」
「…………」
ティバルトは抑えられない怒りに強く手を握りしめた。許せと言われてもウルリカのような小柄な女性に何が出来たというのか。引き下がるつもりはないと再度、男の身柄を要求するつもりで口を開こうとしたが……。
「オディリア様が突き飛ばされたのを見て私としたことがカッとなって加減を忘れてしまいました。まずは男の足の甲をヒールで踏みつけ、油断した所をわき腹に回し蹴りを食らわせ倒れたところで、急所を思いっきり蹴り上げておきました。騎士が来て止められるまで何回も。男は悲鳴を上げた後悶絶しておりましたわ。その後、騎士に捕らえられても立ち上がることもできないようでしたわね」
ウルリカはニッコリとそう言った。
アイスラーは体をぶるりと震わせると眉を下げ頷いていた。小さくあれはいくらなんでもやりすぎだと聞こえた……。
「あの男はティバルト様が望む以上のダメージを負っていると思われます。後の事は我々に任せて頂きたい」
不本意ではあるがどうやらウルリカは普通の令嬢ではないようだし、アイスラーの顔色を見てその言葉を受け入れ引き下がることにした。
そうするうちに執事が部屋に戻ってきてティバルトに医者の診察が終わったことを告げた。ウルリカの事や事件の解決など疑問は多くあるが今はオディリアが最優先だ。
「分かりました。後日詳しいことをお聞かせ願います」
見送りは執事に任せオディリアの部屋に行こうとしたらウルリカに引き留められた。
「ティバルト様。お願いがあります。あなたからオディリア様に無茶なことはしないよう注意してくださいませ。お淑やかな方だと思っていたので驚きました。オディリア様は事情が分からないなりに私を助けようと男に体当たりしたのです。予想外の行動に私も反応が遅くなり結果オディリア様に怪我をさせてしまいました。それは重ねてお詫び致します。とにかくこれからは向こう見ずな行動はなさらないようにと……。お元気になられたら改めてお詫びとお礼に伺います。どうぞ、お大事にして下さいませ」
ウルリカは再度頭を下げて帰って行った。
ティバルトはオディリアの部屋へ行きベッドの横に椅子を置いて座った。
マリーの手筈で着替えを済ませて綺麗に清拭し医者による手当もされている。
医者は額にたんこぶと足の捻挫があるがあとは異常がなさそうだと言っている。ただ頭を打っているので念のため数日間は安静に経過観察するようにとのことだ。安堵の息を吐きながらもティバルトは自分に失望していた。
今回の件は偶然の出来事で運が悪かったとしか言えないが、それでもオディリアが巻き込まれないように未然に防ぐ方法があったはずだ。失踪事件に関わるなど想像もしていなかったが幾重にも用心できたはずだった。
そもそも護衛が一人では不足だった。その判断をしたティバルトの落ち度だ。こんなことなら仕事は後回しにして自分がついて行けばよかったのだ。
オディリアを守るとあれほど決意したのに現実はこの有様だ。彼女には辛い想いや悲しい気持ちを抱かせたくなかった。守り幸せにしたかったのに怪我をさせるなど……。
正直なところオディリアを屋敷に閉じ込めておきたいが、自分の父親が母親にそうしていているのを見て育っている。母は仕方がないと眉を下げ笑っているが時折憂鬱そうに溜息を吐いていることをティバルトは知っていた。母は活動的な人なので外出がままならないのは辛いのだろう。
ティバルトは自分の妻には絶対にそんなことはしないと誓っていたが今はその自信がなくなってきている。ティバルトは自分の性質が父によく似ているという自覚があった。守るというのは言い訳で本心はオディリアを誰にも会わせず囲い彼女の全てを独占したい。愛するものを手元に置いておきたいのは本能だろう。彼女の意外に行動派なところはティバルトを不安にさせる。
ティバルトは眠るオディリアの手を優しく握った。
「オディリア……。今度こそあなたを守りたい……。愛しているんだ……」
先程よりいくらか顔色の良くなったオディリアの寝顔を見つめティバルトは思考を逡巡させながら側で夜を明かした。
ティバルトはその無作法に一瞬眉をひそめたが落ち着いたまま問いかけた。
「一体どうした?」
「オディリア様が大変なことに……」
執事は青ざめながら話し始めたが最後まで聞くことなくティバルトは手にしていた書類を机に放るとすぐさま部屋を出て玄関に向かった。
そこにはぐったりとしたオディリアを抱きかかえている騎士団長がいた。
「オディリア! アイスラー殿、これは?」
ティバルトは問いかけたものの話を後回しにして騎士団長からオディリアを受け取り部屋へと連れて行く。オディリアのドレスは汚れており、今は意識もなく顔色も悪い。
護衛をつけて買い物に出かけたはずが一体どういうことなのか。
「すぐに医者を呼べ!」
ティバルトの怒鳴り声にマリーは事態を飲み込めなくても手当てが必要だと判断してメイドに指示を出す。ティバルトがオディリアをベッドに寝かせるとマリーと侍女がオディリアを着替えさせるからとティバルトを部屋から追い出した。お抱えの医者もすぐに来るようだ。本当は側にいたいが仕方なく今のうちに騎士団長から事情を聞いておくことにする。
応接室には執事が騎士団長であるガーラン・アイスラーを案内していたが何故かそこにはウルリカも一緒にいた。
ティバルトが部屋に入ると二人は立ち上がり深く頭を下げ謝罪を口にする。
「この度は私の落ち度で「私が油断したせいでオディリア様に怪我をさせてしまい申し訳ございませんでした。もちろん一番悪いのは騎士団長であるガーランですので責任は騎士団を追及してくださいませ!」
アイスラーの言葉に被せるようにウルリカが謝罪をする。ウルリカは眉間を寄せ沈痛な表情を浮かべている。
アイスラーは目を細め一瞬遠くを見ると諦めたように口を閉じた。
「オディリアに何があったのです? 何故ウルリカ嬢まで一緒に?」
問いかけるティバルトの声は鋭く責めるような強い口調になっていた。それに答えようと口を開きかけたウルリカを手で制してアイスラーが説明を始めた。
「ティバルト様は最近、王都で女性の失踪事件が相次いでいるのはご存じですか?」
「もちろん知っているが?」
未解決の事件で若い女性や少女が行方不明になっている。それを騎士団が調査を行っていたところ、失踪者の共通点がファーナー伯爵家で経営している店を訪れていたという事が分かった。だがどのような手段で攫っているのか分からず、今回証拠を掴むためにウルリカがソフィーに接触し、囮として怪しいと考えられる店の奥に入った。ところが運悪くオディリアが居合わせてしまい巻き込まれたという事らしい。
勿論騎士団長と複数の騎士で店の様子を監視していて、捕らえるための準備は出来ていたのだが踏み込むタイミングが遅れオディリアに怪我をさせてしまったということらしい。
つっこみどころが多すぎる。普通に考えて貴族令嬢がしかも侯爵家の後継ぎであるウルリカが何故騎士団に協力して囮になっているのだ? 危険すぎるだろう。アイスラーと気安く接しているが二人の接点が見えない。まさかウルリカは脅されている訳でもないだろうが……。腑に落ちない。
「それで……ウルリカ嬢には怪我はないのか?」
「はい。私は鍛えているので打撲くらいなら怪我のうちに入りません。それよりもオディリア様は突き飛ばされて頭を打ったようです。お医者様によく見て頂いてください。あっ。あと足も捻っていたようです。とにかく安静にして下さいませ」
「?!」
ウルリカが鍛えている? 病弱ではなかったのか? だいたい打撲は立派な怪我だと思うがそれよりもオディリアが頭を打っている? 執事に目配せでその事を医者に伝えるように指示を出す。それよりも……。
「アイスラー殿。オディリアに手を上げた男の身柄を一時私に預けて欲しい」
「それは……」
もちろん犯人は法が裁くだろうがその前にティバルト自らオディリアの味わった痛み以上の物をその男に与えなければ怒りが治まらない。いやそれでも許せないが。このような要求をアイスラーが騎士団長として許可しないことは分かっているが、それでもティバルトは権力を使って手を下すつもりでいた。
言い淀むアイスラーをちらりとウルリカが一瞥するとティバルトを見て緩く首を振った。
「ティバルト様。これ以上は法が裁きます。それに私からその男に報いを与えておきましたので、それでご容赦くださいませ」
「…………」
ティバルトは抑えられない怒りに強く手を握りしめた。許せと言われてもウルリカのような小柄な女性に何が出来たというのか。引き下がるつもりはないと再度、男の身柄を要求するつもりで口を開こうとしたが……。
「オディリア様が突き飛ばされたのを見て私としたことがカッとなって加減を忘れてしまいました。まずは男の足の甲をヒールで踏みつけ、油断した所をわき腹に回し蹴りを食らわせ倒れたところで、急所を思いっきり蹴り上げておきました。騎士が来て止められるまで何回も。男は悲鳴を上げた後悶絶しておりましたわ。その後、騎士に捕らえられても立ち上がることもできないようでしたわね」
ウルリカはニッコリとそう言った。
アイスラーは体をぶるりと震わせると眉を下げ頷いていた。小さくあれはいくらなんでもやりすぎだと聞こえた……。
「あの男はティバルト様が望む以上のダメージを負っていると思われます。後の事は我々に任せて頂きたい」
不本意ではあるがどうやらウルリカは普通の令嬢ではないようだし、アイスラーの顔色を見てその言葉を受け入れ引き下がることにした。
そうするうちに執事が部屋に戻ってきてティバルトに医者の診察が終わったことを告げた。ウルリカの事や事件の解決など疑問は多くあるが今はオディリアが最優先だ。
「分かりました。後日詳しいことをお聞かせ願います」
見送りは執事に任せオディリアの部屋に行こうとしたらウルリカに引き留められた。
「ティバルト様。お願いがあります。あなたからオディリア様に無茶なことはしないよう注意してくださいませ。お淑やかな方だと思っていたので驚きました。オディリア様は事情が分からないなりに私を助けようと男に体当たりしたのです。予想外の行動に私も反応が遅くなり結果オディリア様に怪我をさせてしまいました。それは重ねてお詫び致します。とにかくこれからは向こう見ずな行動はなさらないようにと……。お元気になられたら改めてお詫びとお礼に伺います。どうぞ、お大事にして下さいませ」
ウルリカは再度頭を下げて帰って行った。
ティバルトはオディリアの部屋へ行きベッドの横に椅子を置いて座った。
マリーの手筈で着替えを済ませて綺麗に清拭し医者による手当もされている。
医者は額にたんこぶと足の捻挫があるがあとは異常がなさそうだと言っている。ただ頭を打っているので念のため数日間は安静に経過観察するようにとのことだ。安堵の息を吐きながらもティバルトは自分に失望していた。
今回の件は偶然の出来事で運が悪かったとしか言えないが、それでもオディリアが巻き込まれないように未然に防ぐ方法があったはずだ。失踪事件に関わるなど想像もしていなかったが幾重にも用心できたはずだった。
そもそも護衛が一人では不足だった。その判断をしたティバルトの落ち度だ。こんなことなら仕事は後回しにして自分がついて行けばよかったのだ。
オディリアを守るとあれほど決意したのに現実はこの有様だ。彼女には辛い想いや悲しい気持ちを抱かせたくなかった。守り幸せにしたかったのに怪我をさせるなど……。
正直なところオディリアを屋敷に閉じ込めておきたいが、自分の父親が母親にそうしていているのを見て育っている。母は仕方がないと眉を下げ笑っているが時折憂鬱そうに溜息を吐いていることをティバルトは知っていた。母は活動的な人なので外出がままならないのは辛いのだろう。
ティバルトは自分の妻には絶対にそんなことはしないと誓っていたが今はその自信がなくなってきている。ティバルトは自分の性質が父によく似ているという自覚があった。守るというのは言い訳で本心はオディリアを誰にも会わせず囲い彼女の全てを独占したい。愛するものを手元に置いておきたいのは本能だろう。彼女の意外に行動派なところはティバルトを不安にさせる。
ティバルトは眠るオディリアの手を優しく握った。
「オディリア……。今度こそあなたを守りたい……。愛しているんだ……」
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