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9.便り

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 Dear イデリーナ

 帰国してシュミット侯爵邸に無事につきました。自分の家のはずなのに他人の家にいるような感じがします。そしてリーナがいない生活が寂しくブリューム公爵家が懐かしいです。ごめんね。手紙にだけは弱音を書かせてください。
 ブリューム公爵邸はまるで春の温かさに包まれたような暖かな場所でしたが、私にとってのシュミット侯爵邸は氷の牢獄です。
 明日、婚約者と会うことになっています。その人がこの氷を溶かしてくれるような人だと嬉しいのだけど……。また報告します。お元気で。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 初めて会った婚約者は何というか……男性ながらとても美しい人でした。令嬢よりも綺麗でキラキラしているので気後れしてしまいます。でも緊張する私に優しくエスコートしてくれました。彼となら上手くやって行けそうです。
 イデリーナの勉強は順調ですか? もうじきあなたの王太子殿下が帰国するそうですね。再会の感動を綴った手紙を期待しています。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 先日婚約者と植物園に行きました。とても美しい花々に楽しいひと時を過ごしました。
 私は白いダリアが好きで立ち止まろうとしたけど彼は興味がなさそうでした。帰りに大きな黄色い薔薇の花束を貰いました。豪華で素敵ですが匂いがきつくむせそうになりました。せっかく頂いたのにこんなことを言っては失礼よね。これはリーナと私だけの秘密です。
 でもその花束は、ナディアが欲しいと一輪を残して全てナディアの部屋に飾られてしまいました。今私の机の上の一輪挿しに一本だけ黄色い薔薇が咲いています。私にはこれで充分です。
 そうそう、リーナと王太子殿下の仲睦まじいエピソード、読んでいて私もとても嬉しいですが、10ページにも及ぶ惚気話は多すぎると思います。本を読んでいるようで面白かったです。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 コーンウェル語の本をありがとう。とても面白い冒険談だったわ。興奮して何度も読み返したほどです。リーナはまだ読み取りが苦手ですか? 原文で読んだ方が絶対に面白いと思います。頑張って! (オディリア)



 Dear イデリーナ

 のどかな春の日差しの中、庭の若葉が茂る大木を眺めていたらぷくぷくに太った青虫が落ちてきました。助けるべきか悩んでいると小鳥がやってきて啄んで飛んでいきました。まさに、食物連鎖を目の前で目撃しました。命って尊いですね。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 公園を散歩していたら木蓮の木がありました。二人で猫を助けたことを思い出します。マグは大きくなったかしら。街で美味しそうなチーズの専門店を見つけました。チーズと言えばマグの大好物! 食べさせてあげたいな。次に会ったときマグは私のことを覚えていてくれているかしら。みんなに会いたいです。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 人に優しいっていいことだけど、令嬢にだけ優しいっていいことなのかしら? 私に優しくないということは令嬢と認められていないのかしら。この家にいると自分の存在価値が分からなくなります。明日からまた頑張ります。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 前回は手紙に馬鹿なことを書いてしまったわ。ちょっと気分が沈んでいただけでもう大丈夫です。あなたの手紙には私を心配してくれる気持ちが痛いほど書かれていて勇気づけられました。ありがとう。
 そうそう。それよりも殿下の婚約者候補から正式に婚約者になったのね。おめでとう。リーナの嬉しそうな顔が思い浮かびます。結婚式にはぜひ呼んでね。今から楽しみです。(あなたの親友オディリア)



 Dear イデリーナ

 手紙の返事が遅くなってごめんなさい。屋敷には届いていたのだけど、どうやら手違いで遅れて私の所に届きました。今後も遅れる事があるかもしれませんが、受け取り次第返事を書くので待っていてね。(オディリア)



 Dear イデリーナ

 お願いです! 力を貸して下さい。リーナからもカロリーナ様とディック様に頼んでほしいのです。
 私の婚約は解消されました。彼は妹と結婚することになったのです。両親は私に生涯独り身で領地経営をするよう命じました。分かっています。それは私の義務であり責任でもあります。領民のために働くことは当然で素晴らしいことだと思います。でも両親や妹が投げ出した領地経営をたった一人で続けていかなければならないなんて辛すぎる。貴族としての恩恵を私も受けているのにそれから逃げようとする私を幻滅しますか? それでも今は力を貸してほしいのです。
 私は近いうちに修道院へ行くつもりでその準備をしています。ですが国内だと連れ戻される可能性が高いと思います。どうかカロリーナ様とディック様にローデリカ王国で身を寄せられる修道院を紹介してもらえるよう頼んでほしいのです。こんな風に投げ出すことがいけないことは承知の上です。だけどもうここには居たくない。修道院に入った後はご迷惑をおかけしないと誓います。
 家族が油断したころ合いで家を出てそちらに向かう予定です。どうか助けて下さい。(オディリア)



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 ティバルト・ブリューム公爵子息はその日、仕事は休みで在宅していた。妹のイデリーナに用があり部屋を訪れたが不在だった。退室しようとしたらテーブルの上が視線が落ちる。そこには手紙が乱雑に広げてあり思わず手に取った。

 ティバルトは一通り手紙を読み終わると目頭を指で揉み解し溜息を吐いた。
 これはなんだ? 婚約者と良好そうな内容は最初の頃だけで途中からは一切書かれていない。婚約者のことも家族のことも友人のことすら何もだ。

 ティバルトは一度も会ったことのないオディリアを詳しく知っていた。留学から戻ってから毎日のように家族から聞かされていたからだ。特に妹のイデリーナは彼女の話をティバルトに楽し気に話す。あの勉強嫌いで引っ込み思案の妹がいい意味で変わった。
 これがオディリアの影響なのは一目瞭然だった。ティバルトは密かに感謝していたほどだ。話を聞くうちにティバルト自身も彼女を本当の家族のように感じていた。
 手紙を読む限りあの国でオディリアを助けるものは誰もいない。文面から孤独の中でどうにか前向きに生きようと模索してる姿を想像した。最後の悲痛な助けを求める手紙にじっとしてはいられない。

 ティバルトはローデリカ王国の王太子アルフォンスと共にコーンウェル王国に留学していた。帰国したのはオディリアが帰ってしまった直後で彼女と会う機会はなかったが、イデリーナの話を聞く限り勤勉で活発でお転婆なイメージを抱いていた。この切ない手紙の主と同一人物とは思えないほどだった。彼女の受けた仕打ちを知るうちに腹が立って頭に血が上りそうだった。

 その時部屋に目を赤くしたイデリーナが入ってきた。頬に涙の跡が残っている。

「お兄様? なぜ勝手に私の部屋で私宛の手紙を読んでいるのです!」

 腰に手を当ててぷりぷりと怒っているがテーブル一面に広げっぱなしにしている方が悪いとティバルトは思っている。

「手紙が読んで欲しそうに広げられていたから?」

 飄飄と答えるティバルトにイデリーナは片眉を上げ不満顔だ。兄の方が非常識だと顔に書いてあるが気にしない。

「それより父上と母上は何と言っている?」

 イデリーナはオディリアの質問だとすぐに理解した。

「今オディリアをこちらに呼び寄せる正当な理由を考えてくれているの! そうでなければオディリアがまた連れ戻されてしまうわ……う~……ひっく……」

 イデリーナは両目から大量の涙を溢れさせた。目が溶けそうだ。
 ティバルトはソファーから立ち上がると口角を上げ不敵に言い放つ。

「それなら、私の出番だな。イデリーナ」

「お兄様?」

 イデリーナは目を丸くしてティバルトの言葉に首を傾げた。


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