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7.小さな社交場
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しばらくすると社交シーズンに入り、ブリューム公爵領から王都の屋敷に移動した。もちろんオディリアも一緒だ。
王都までの旅は、初めてブリューム公爵領に侍女と来た旅と違ってとても充実していた。あの時はただ外を眺めて楽しんでいたが、今はいろいろ質問するとカロリーナ様やディック様が詳しく教えてくれる。道中泊る宿は高級で部屋も食事も素晴らしかった。郷土料理などもあり美味しいものもあれば不思議な味もあって楽しく過ごせた。何よりも大勢の行動が嬉しかった。
王都での屋敷に着くと数日ほど休息をとった後、公爵夫妻は社交に忙しくしているようだった。その間はイデリーナと二人で勉強や王都内を護衛付きで散歩をした。
ある日、貴族の子供も集まる伯爵夫人主催のお茶会にカロリーナ様が招かれ、イデリーナとオディリアも一緒に連れて行ってもらうことになった。将来を見越した子供同士の顔合わせを含むものらしい。
この日の為にイデリーナは薄桃色のフリルたっぷりのドレスを新調していた。癖のある金髪を頭の高い位置に一つに結い、同じ色のリボンをつけている。天使のようなイデリーナによく似合っていた。
カロリーナはオディリアにもクリーム色のドレスを作ってくれた。オディリアの顔立ちに合わせてシンプルにしているがスカートにはレースが重ねられているので十分に可愛い。
実家にいる時はオディリアが新しく手にしたものをナディアがすぐに瞳に涙をためて欲しいと言い出すがここではそんな心配はない。自分が手にしたものは自分のものでいいのだ。カロリーナもディックもイデリーナに接するのと同じように大切にしてくれていた。オディリアはそのことを心から感謝している。
ドレスを着た時は嬉しそうにくるくる回っていたイデリーナがいざ馬車に乗ると暗く沈んでいる。
「リーナ。どうしたの。お茶会が楽しみじゃないの?」
「あのね。意地悪言う女の子がいるの……」
オディリアはびっくりした。いくら子供とはいえ公爵令嬢に意地悪を言うなんて親は注意しないのだろうか。
「リーナ! 大丈夫。私が一緒にいて守るから」
「うん。ありがとう、リア」
イデリーナは琥珀色の瞳をパチパチと瞬くと嬉しそうにする。オディリアは安心させてあげたくてイデリーナの手を繋いで大丈夫だよと合図を送った。イデリーナは不安を隠しきれないがそれでもオディリアに笑って見せた。
会場に着くと大きなテーブルが二か所に置かれていた。一か所は夫人たちが集まる場所でもう一か所は子供達がお茶をする場所だ。子供達だけで社交の真似事を行う。
始めは見知らぬオディリアに令嬢たちが様子見で静かにお茶を飲んでいた。牽制とも観察ともいえるような視線が飛び交う。その様子は幼くても貴族に違いなかった。みんな付き合いは慎重に行うよう親に言われているのだろう。お茶を飲む音とお菓子を食べる咀嚼音だけが響く。はっきり言って気まずかった。
沈黙を破ったのは髪を綺麗にくるくるとカールさせたフリルたっぷりの緑のドレスを着た令嬢だ。その子はイデリーナの前に立った。可愛らしい顔立ちだが立ち振る舞いに威圧や高慢さを感じた。
この子はウルリカ・アメルン侯爵令嬢だとイデリーナが教えてくれた。彼女も王太子妃候補の一人らしい。イデリーナの手が震えていて目が怯えているからこの子が意地悪を言う令嬢なのだろう。オディリアはイデリーナの横に寄り添い気合を入れた。もちろんウルリカが何かするのなら受けて立つつもりだ。
『イデリーナ様。こんにちは。もうコーンウェル語は覚えたのかしら?』
ウルリカはコーンウェル語で話しかけてきた。イデリーナはビクリと肩を震わせ目が泳いでいる。何を言われたか分かっていない様だ。イデリーナが勉強が嫌いな事は知っている。コーンウェル語は発音が難しいので身につけるのが大変だ。返事をしないイデリーナにウルリカは馬鹿にしたように声をかける。
「まあ! イデリーナ様。まだコーンウェル語を覚えていないの。王太子殿下の留学先の言葉なのに? それで王太子殿下の婚約者候補なんて恥ずかしくないのかしら?」
くすくすと笑うウルリカにイデリーナは怯えていた。オディリアはイデリーナを庇うように前に出てウルリカににっこりと笑いかけた。
「ウルリカ様。私はオディリアと申します。イデリーナ様の親友です。私はコーンウェル語はすでに学び終わっています。よかったら私とコーンウェル語でお話してくださいますか?」
ウルリカは鷹揚に頷いた。余程自信があるのだろう。だがオディリアだって自信がある。指摘はしなかったがさっきのウルリカの発音はところどころおかしなところがあった。
『コーンウェル王国とローデリカ王国は交換留学を行っていますね? ウルリカ様もこの国については詳しいと思います。そのコーンウェル王国は石炭の埋蔵量が各国一多くて多数の国に輸出していますね。最近、それ以外にも多く輸出しているものがありますが何かご存じですか?』
『ゆ……ゆしゅつ?』
ウルリカは目を丸くして口を開けている。ちょっと難しかったかしらと首を傾げた。王太子妃候補ならば知っているかと思ったのだが。実のところウルリカはオディリアの正確な発音と早い喋りに話の全部を聞き取れていなかった。
「ウルリカ様?」
「……」
唇を悔しそうに噛み睨んでくる。今度は普通に問いかけた。
「コーンウェル王国の主な産業は石炭ですが最近それ以外の輸出品がありますがご存じですか? と言いました」
「そんなこと習ってないわ。だいたい輸出の話なんて淑女には必要ないでしょう!」
逆切れされたことに驚く。オディリアはこの話を必要な知識だとだいぶ前に家庭教師から聞いていた。
「ですが、王太子妃候補であれば友好国の産業の知識がなければ恥をかきます。さっきの答えですが葡萄です。葡萄の交配に成功してコーンウェル王国の新種の葡萄はとても甘くて美味しいと評判で大人気なのです。他国の王族もこぞって注文しているそうですわ」
オディリアがツンと澄まして言うとウルリカは目に涙をためて震えている。今にも涙が零れそうだ。
「おかあさま~」
ウルリカは泣きながら大人のテーブルへ走って行った。その後姿を見てオディリアはイデリーナを無事に守れた達成感に誇らしくなった。イデリーナを見れば両手を顔の下で組み目をキラキラとさせてオディリアを見ている。
「リア、すごいわ! コーンウェル語をあんなに喋れるなんて」
そんなことないけどなと首を傾げればテーブルにいた令嬢たちがイデリーナと同じ反応で目をキラキラさせていて、急に恥ずかしくなってしまった。オディリアは褒められることにも注目されることにも慣れていない。
シュミット侯爵家の家庭教師からはどれだけ頑張ってもまだまだ努力が足りないと叱咤されていた。
照れて真っ赤になったオディリアを可愛いとイデリーナがからかう。それをきっかけになんとなくその場にいた令嬢たちと仲良くなり美味しくお茶を飲んで和やかに過ごした。あれからウルリカはこちらのテーブルには戻ってこなかった。帰宅するとイデリーナはオディリアの手を繋いだままディック様の執務室に突撃した。
「お父様。私、リアと一緒にコーンウェル語の勉強をしたいです」
ディック様はイデリーナの言葉に目を大きく開くと嬉しそうに頷いた。コーンウェル語だけはどれだけ説得しても学びたがらなかったらしい。だが、ローデリカ王国においてコーンウェル語を話せない高位貴族は嘲笑されるほど重要なのだ。ディック様はオディリアへと視線を移す。
「そうか。オディリア。イデリーナに付き合って勉強してくれるかな」
「はい。私もリーナが一緒だと楽しいと思います」
「オディリア。ありがとう」
今までは厳しい家庭教師と二人きりでコーンウェル語を話していて辛かったがイデリーナがいればもっと捗りそうな気がする。その後、思った通り二人でする勉強は楽しかった。学ぶことの喜びをはじめて知りオディリアは貪欲に教師たちに質問をした。それをリーナは感心して見ていたが途中から追いつきたいと猛勉強をするようになった。
王都までの旅は、初めてブリューム公爵領に侍女と来た旅と違ってとても充実していた。あの時はただ外を眺めて楽しんでいたが、今はいろいろ質問するとカロリーナ様やディック様が詳しく教えてくれる。道中泊る宿は高級で部屋も食事も素晴らしかった。郷土料理などもあり美味しいものもあれば不思議な味もあって楽しく過ごせた。何よりも大勢の行動が嬉しかった。
王都での屋敷に着くと数日ほど休息をとった後、公爵夫妻は社交に忙しくしているようだった。その間はイデリーナと二人で勉強や王都内を護衛付きで散歩をした。
ある日、貴族の子供も集まる伯爵夫人主催のお茶会にカロリーナ様が招かれ、イデリーナとオディリアも一緒に連れて行ってもらうことになった。将来を見越した子供同士の顔合わせを含むものらしい。
この日の為にイデリーナは薄桃色のフリルたっぷりのドレスを新調していた。癖のある金髪を頭の高い位置に一つに結い、同じ色のリボンをつけている。天使のようなイデリーナによく似合っていた。
カロリーナはオディリアにもクリーム色のドレスを作ってくれた。オディリアの顔立ちに合わせてシンプルにしているがスカートにはレースが重ねられているので十分に可愛い。
実家にいる時はオディリアが新しく手にしたものをナディアがすぐに瞳に涙をためて欲しいと言い出すがここではそんな心配はない。自分が手にしたものは自分のものでいいのだ。カロリーナもディックもイデリーナに接するのと同じように大切にしてくれていた。オディリアはそのことを心から感謝している。
ドレスを着た時は嬉しそうにくるくる回っていたイデリーナがいざ馬車に乗ると暗く沈んでいる。
「リーナ。どうしたの。お茶会が楽しみじゃないの?」
「あのね。意地悪言う女の子がいるの……」
オディリアはびっくりした。いくら子供とはいえ公爵令嬢に意地悪を言うなんて親は注意しないのだろうか。
「リーナ! 大丈夫。私が一緒にいて守るから」
「うん。ありがとう、リア」
イデリーナは琥珀色の瞳をパチパチと瞬くと嬉しそうにする。オディリアは安心させてあげたくてイデリーナの手を繋いで大丈夫だよと合図を送った。イデリーナは不安を隠しきれないがそれでもオディリアに笑って見せた。
会場に着くと大きなテーブルが二か所に置かれていた。一か所は夫人たちが集まる場所でもう一か所は子供達がお茶をする場所だ。子供達だけで社交の真似事を行う。
始めは見知らぬオディリアに令嬢たちが様子見で静かにお茶を飲んでいた。牽制とも観察ともいえるような視線が飛び交う。その様子は幼くても貴族に違いなかった。みんな付き合いは慎重に行うよう親に言われているのだろう。お茶を飲む音とお菓子を食べる咀嚼音だけが響く。はっきり言って気まずかった。
沈黙を破ったのは髪を綺麗にくるくるとカールさせたフリルたっぷりの緑のドレスを着た令嬢だ。その子はイデリーナの前に立った。可愛らしい顔立ちだが立ち振る舞いに威圧や高慢さを感じた。
この子はウルリカ・アメルン侯爵令嬢だとイデリーナが教えてくれた。彼女も王太子妃候補の一人らしい。イデリーナの手が震えていて目が怯えているからこの子が意地悪を言う令嬢なのだろう。オディリアはイデリーナの横に寄り添い気合を入れた。もちろんウルリカが何かするのなら受けて立つつもりだ。
『イデリーナ様。こんにちは。もうコーンウェル語は覚えたのかしら?』
ウルリカはコーンウェル語で話しかけてきた。イデリーナはビクリと肩を震わせ目が泳いでいる。何を言われたか分かっていない様だ。イデリーナが勉強が嫌いな事は知っている。コーンウェル語は発音が難しいので身につけるのが大変だ。返事をしないイデリーナにウルリカは馬鹿にしたように声をかける。
「まあ! イデリーナ様。まだコーンウェル語を覚えていないの。王太子殿下の留学先の言葉なのに? それで王太子殿下の婚約者候補なんて恥ずかしくないのかしら?」
くすくすと笑うウルリカにイデリーナは怯えていた。オディリアはイデリーナを庇うように前に出てウルリカににっこりと笑いかけた。
「ウルリカ様。私はオディリアと申します。イデリーナ様の親友です。私はコーンウェル語はすでに学び終わっています。よかったら私とコーンウェル語でお話してくださいますか?」
ウルリカは鷹揚に頷いた。余程自信があるのだろう。だがオディリアだって自信がある。指摘はしなかったがさっきのウルリカの発音はところどころおかしなところがあった。
『コーンウェル王国とローデリカ王国は交換留学を行っていますね? ウルリカ様もこの国については詳しいと思います。そのコーンウェル王国は石炭の埋蔵量が各国一多くて多数の国に輸出していますね。最近、それ以外にも多く輸出しているものがありますが何かご存じですか?』
『ゆ……ゆしゅつ?』
ウルリカは目を丸くして口を開けている。ちょっと難しかったかしらと首を傾げた。王太子妃候補ならば知っているかと思ったのだが。実のところウルリカはオディリアの正確な発音と早い喋りに話の全部を聞き取れていなかった。
「ウルリカ様?」
「……」
唇を悔しそうに噛み睨んでくる。今度は普通に問いかけた。
「コーンウェル王国の主な産業は石炭ですが最近それ以外の輸出品がありますがご存じですか? と言いました」
「そんなこと習ってないわ。だいたい輸出の話なんて淑女には必要ないでしょう!」
逆切れされたことに驚く。オディリアはこの話を必要な知識だとだいぶ前に家庭教師から聞いていた。
「ですが、王太子妃候補であれば友好国の産業の知識がなければ恥をかきます。さっきの答えですが葡萄です。葡萄の交配に成功してコーンウェル王国の新種の葡萄はとても甘くて美味しいと評判で大人気なのです。他国の王族もこぞって注文しているそうですわ」
オディリアがツンと澄まして言うとウルリカは目に涙をためて震えている。今にも涙が零れそうだ。
「おかあさま~」
ウルリカは泣きながら大人のテーブルへ走って行った。その後姿を見てオディリアはイデリーナを無事に守れた達成感に誇らしくなった。イデリーナを見れば両手を顔の下で組み目をキラキラとさせてオディリアを見ている。
「リア、すごいわ! コーンウェル語をあんなに喋れるなんて」
そんなことないけどなと首を傾げればテーブルにいた令嬢たちがイデリーナと同じ反応で目をキラキラさせていて、急に恥ずかしくなってしまった。オディリアは褒められることにも注目されることにも慣れていない。
シュミット侯爵家の家庭教師からはどれだけ頑張ってもまだまだ努力が足りないと叱咤されていた。
照れて真っ赤になったオディリアを可愛いとイデリーナがからかう。それをきっかけになんとなくその場にいた令嬢たちと仲良くなり美味しくお茶を飲んで和やかに過ごした。あれからウルリカはこちらのテーブルには戻ってこなかった。帰宅するとイデリーナはオディリアの手を繋いだままディック様の執務室に突撃した。
「お父様。私、リアと一緒にコーンウェル語の勉強をしたいです」
ディック様はイデリーナの言葉に目を大きく開くと嬉しそうに頷いた。コーンウェル語だけはどれだけ説得しても学びたがらなかったらしい。だが、ローデリカ王国においてコーンウェル語を話せない高位貴族は嘲笑されるほど重要なのだ。ディック様はオディリアへと視線を移す。
「そうか。オディリア。イデリーナに付き合って勉強してくれるかな」
「はい。私もリーナが一緒だと楽しいと思います」
「オディリア。ありがとう」
今までは厳しい家庭教師と二人きりでコーンウェル語を話していて辛かったがイデリーナがいればもっと捗りそうな気がする。その後、思った通り二人でする勉強は楽しかった。学ぶことの喜びをはじめて知りオディリアは貪欲に教師たちに質問をした。それをリーナは感心して見ていたが途中から追いつきたいと猛勉強をするようになった。
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