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2.私のものは妹のもの

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 婚約者との険悪な夜会から3日後、両親に呼ばれて応接室に行くとそこにはアクス子爵夫妻とリカード、そして両親と妹がいた。妹のナディアは外出の予定もないのに何故かめかし込んでいる。萌黄色の髪をハーフアップにして新しいワンピースを着ている。髪と同じ萌黄色の瞳と愛らしい顔立ちからナディアは“春の妖精”と言われている。

 ナディアはリカードの隣に座り頬を染めニコニコとしている。対照的にリカードは顔を青ざめさせて体を強張らせていた。さっきからオディリアの目を見ない。ものすごく嫌な予感がした。
 オディリアの父シュミット侯爵家当主であるハーゲンが口を開いた。

「オディリア。お前とリカード君との婚約は解消してナディアが婚約者となりこの家を継ぐ事になった。オディリアには領地に行って経営を任せたい。領民のためだ。頼んだぞ。もちろんアクス子爵ご夫妻も快く受け入れてくれた」

「えっ? なぜそんな話に?……」

 オディリアは戸惑いながら聞き返す。幼いころから自分は侯爵家を継ぐために我慢を強いられ、様々な勉強をしてきた。跡継ぎとして不足はないはずだ。母カーラがニッコリと微笑んで説明をする。

「ナディアちゃんの婚約者がなかなか決まらないのは知っているでしょう。いい人が見つからなくて……。可愛いナディアちゃんを変な家に嫁がせるくらいならこの家を継がせてあげたいわ。でもお勉強が苦手だから領地の事はオディリアちゃんにお願いしたいの。お姉さんだもの。いいわよね?」

 オディリアは怒りで頭が沸騰しそうだった。
 両親はいつだって妹を優先する。この話だって一言もオディリアの意志を確かめもしない。
 幼いころからお姉さんなんだから妹に譲りなさいと言われてきた。ナディアはいずれお嫁に行ってしまうから一緒にいる時間が短い分大切にしたいという両親の気持ちを優先し我慢してきた。それを全部ひっくり返されたのだ。しかも自分は結婚せずに家のために働けという。辛い教育も侯爵家を継ぐからと頑張ってきた。それなのに地位を与えず使い勝手のいい駒として家に残れと言う。ナディアには努力をさせず恩恵だけを与えるのだ。アクス夫妻はこの家にリカードが婿入りできれば姉でも妹でもどちらでもいいのだから反対はしないだろう。

「お姉様。ナディアはお姉様が大好きです。私が家を継いでお姉さまが領地にいて下されば二人ともお嫁に行かずに済んでずっと一緒にいられるわ。もし私に子供が生まれたらお姉様に家庭教師をしてほしいと思うの。ねえ、お父様。素敵な考えでしょう?」

 ナディアは興奮で頬を染め胸の前で手を合わせ自分の考えにうっとりしている。両親はその娘を幸せそうに見つめていた。

「ああ、そうだね。ナディア。お前はオディリアのことも考えて優しい子だね」

 それはナディアだけの幸せで自分本位な考えだ。オディリアの心は急速に温度を失くし虚しさに襲われる。この家には、いや、この国に自分の味方は一人もいない事など初めから分かっていたではないか。

「……分かりました。もう部屋に戻ってもよろしいですか?」

 満足そうに父が頷くのを確認して自室へと戻る。退室する前にリカードをチラリと見れば悔しそうに口を引き結んでいる。いつもナディアに優しくしていたからオディリアよりナディアが好きだと思っていた。もっと嬉しそうな顔をすればいいのにそんな顔をする意味が分からなかった。

 オディリアは部屋に入るなりクッションを持ってベッドに叩きつけた。本当は叫び出したいが歯を食いしばり拾っては投げる。他に怒りをぶつける場所がないからだ。オディリアは反論も抵抗もしなかった。無駄だと分かっていたからだ。
 昔の自分なら悲しくて臥せっていただろうが、今のオディリアは本来の気の強い性格が表に出ているので落ち込むよりもクッションにあたるほうを選ぶ。クッションには可哀そうではあるが。もう一度クッションを掴むと今度はそれを抱きしめてベッドに寝転がった。

 妹のナディアは幼いころからオディリアのものを何でも欲しがる。まさか婚約者まで奪われるとは思っていなかった。

 今ナディアは自分の2歳下の15歳だ。数年前から婚約者を探していたがナディアが納得できる人がいないと山ほど送られてくる釣書を断っていた。両親はナディアが納得しなければ無理に見合いの話を進めたりはしないだろう。おっとりした性格と無邪気な振る舞いとその可愛さから貴族令息からは人気があり慌てなくてもいいと思っていたようだ。

 幼い頃のナディアはオディリアのことが大好きでいつもおねえさまと笑顔で抱き着いてくる。それを抱きとめてよしよしと撫でれば嬉しげにする。オディリアもナディアが可愛くて大好きだった。そう、昔は確かに妹を大好きだと思っていたのに、気づけば疎ましく思うようになってしまった。

 理由は……積み重なる日々の不満が限界を超えたからだ。
 例えば私の新しく誂えたドレスをズルいといい涙を流し両親に訴える。新しい本を買ってもらえばそれが欲しいという。両親は新しく買ってあげるからと宥めるがオディリアの持っているそれが欲しいと我を通す。一緒に読もうと誘えば、それは自分の本じゃないから嫌だと頬を膨らませる。結局両親はナディアの説得を諦めて「あなたはお姉さんだからあげなさい、また買ってあげるから」と言ってオディリアに我慢を強いた。ナディアに駄目だと理解させることが面倒になりお姉さんという理不尽な口実でオディリアに逃げたのだ。

 一度そうすれば、ずっと続く。なんでも叶うとナディアは我慢や諦めを身につけずに望みは増長したまま育った。自分の願いは必ず叶うし皆もそれを望んでいると本気で信じているので罪悪感を感じたことはないだろう。両親がそれを肯定し続けたせいだ。一つ一つは些細な事だがまだ幼い自分には蔑ろにされているとしか思えなかった。いや、実際にそうなのだ。

 ナディアは望みが叶うと涙を両手で拭い、今まで泣いていたのが嘘のように満面の笑顔を向け「ありがとうおねえさま」という。次第にオディリアはそれに笑顔で返すことが出来なくなっていった。そしてオディリアが諦めを身につけると両親はナディアを優先することが当然となっていく。今日まで続いた悪循環の結果が婚約者の変更だった。

 両親はナディアがお嫁に行くまでナディアを優先することを我慢してねと言っていたのに結局はナディアを手元に置くことを選んだ。

 自分の存在がひどく虚しいものに思える。姉だからと生まれた順番の違いだけでなぜ理不尽な思いを我慢しなければならないのか。オディリアは幼い頃それを家庭教師に聞いてみた。それは貴族だからだと教えられた。親の言うことが絶対で我儘は許されないと。
 もし自分が嫡子でなければ、後から生まれていたのならば愛されたのは自分だったのだろうか……。それともオディリアが後から生まれても愛されるのはナディアだったのだろうか。
 その疑問に答えてくれる者はいない。

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