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1.婚約者は私にだけ冷たい
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誰かに愛されたい。そして同じくらいその人を愛してみたい。それは無謀な願いなのだろうか。
中途半端な愛じゃなく、息が出来なくなるほどの一途な愛情を向けられたらきっとそこにはオディリアの知らない幸せがあるはずだから。どうかそう思える人と出会えますように……。
それは婚約者が決まる前までのオディリアが、心に秘めたたった一つの願いだった。
******
オディリアは夜会が終わり帰宅するための馬車の中にいる。そして正面に座る二人を仏頂面で眺めていた。オディリアの瑠璃色の瞳には不快感が露わになっている。この表情は貴族令嬢としては失格だろう。
この日のオディリアは瑠璃色の髪を複雑に編み込んで高い位置に結い上げている。深緑のドレスは真っ白い肌に良く映えている。夜会のために整えた美しい姿はたとえ仏頂面でも一つも損なわれてはいなかった。
正面にはオディリアの婚約者であるリカード・アクス伯爵子息が座っている。隣には可愛らしい令嬢が彼の肩に寄りかかっている。名前は……知らない。
リカードの話だと夜会会場で貧血を起こした令嬢を見かけ介抱した。放っておけないので送って行きたいと言い出した。騎士道精神を発揮した婚約者にはオディリアの拒絶の言葉は届かなかった。おかげで見知らぬ令嬢と同乗し、彼女を送ることになってしまった。
オディリアから見て令嬢は具合が悪そうには見えなかった。頬を桃色に染めリカードを見つめる瞳はうっとりと潤んでいる。さりげなくリカードの腕に自分の腕を回している。この状態の令嬢を本気で具合が悪いと思っているならばリカードは阿呆だろう。オディリアは我慢した。令嬢が馬車を降りる瞬間までは。
「リカード! なぜ私の家の馬車で見ず知らずの令嬢を送らなくてはいけないの? 令嬢の家族を探せばよかったのでは? しかもあの令嬢、あなたには礼を言ったけど私には何も言わなかったわ。私の家の馬車なのに」
ふっくらとした形の良い唇からは遠慮なくリカードを責める言葉が飛び出す。社交界でのオディリアは美しいが氷のような令嬢だと言われている。常に無表情で笑ったところを誰にも見せないからだ。時折、社交的に僅かに口角を上げるだけ。リカードに対して笑顔はなくても怒りの感情を出すのはある意味、心を許しているのかもしれない。
オディリアはシュミット侯爵家の長女で跡取りでもある。彼は婿入りの立場だが自分自身が次期侯爵のように振舞う。馬車はシュミット家の家紋があり、その権限はオディリアのものだが彼は自分のもののように自由に使う。以前にも同じような理由で令嬢を送っていった。その時は何故かオディリアを夜会会場に置いて。仕方なく自分で馬車を手配して帰宅したが悲しかった。誰が見ても彼の優先順位は間違っていると思う。
「誰の馬車とか……相変わらずオディリアは心が狭いね。確かにオディリアの家の馬車だけど婚約者である以上私の馬車でもあるはずだ。人に親切にすればいずれは自分に返ってくる。きっとあの令嬢も心の中では君に感謝しているよ。ゆくゆくはシュミット侯爵家の為になるのだから、僕の行動を感謝してほしいくらいなのに何故非難されなくてはならないんだ」
リカードは眉根を寄せ煩わしそうに反論する。最もなことを言っている風だが納得できない。先程の令嬢にとってオディリアは敵になる存在だ。感謝などしないだろう。
リカードはとにかく女性にモテる。やや暗めの金髪にガーネット色のくっきりとした二重の瞳を持ち顔は非常に整っている。その辺の令嬢よりも美人という言葉が似合うほど綺麗な顔をしている。そして女性への心配りは完璧でかなりの人気がある。リカードに優しくされれば自分にもチャンスがあると思うようで、困っている風を装って近づく女性が後を絶たない。オディリアに宣戦布告をする令嬢もいるほどだ。
だが今夜の行動は彼が女性にモテたいがためのものに過ぎない。社交を重視するならもっと男性同士や家同士の付き合いを重視してほしい。低位貴族の令嬢ばかりに優しくしても成果は見込めない。これではただの愛人候補の選抜にしか見えない。
それ以降馬車の中では互いに睨み合う険悪なまま過ごして別れた。リカードを送って行ったあとオディリアはようやく帰途に就いた。
帰宅すると湯浴みを済ませベッドに入り天井を見つめる。リカードと初めて会ったのはオディリアが13歳の4年前の事だ。二人は同じ年で緩やかに距離を縮めていった。出会った頃のリカードはオディリアにも優しく気配りをして婚約者として相応しい行動をしていた。
その関係は一年を過ぎた頃に変化する。気づけば彼はオディリアだけに優しくなくなった。ある時期から冷たくなった態度に困惑して自分が何か気に障る事でもしたのかと不安になった。
その頃まではオディリアも彼に対して好感は抱いていた。恋心はないが将来の伴侶として良好な関係を築けていると思っていたのだが、彼の冷たい態度の理由が分からないままではよくないと、早いうちに関係改善をする為にリカードに問いかけた。
「リカード。私何か貴方に不快な思いをさせた? 最近のあなたの態度が冷たく感じるわ」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「オディリアにどれだけ優しくしてもそうじゃなくても婚約者であることは変わらないだろう。だったら優しくする意味はないじゃないか。オディリア以外の人は態度次第で関係が変わるからそちらに注力したいんだ」
なるほど。リカードは釣った魚に餌をやらないタイプだった。オディリアの両親や妹には優しいのに自分にだけぞんざいな態度をとる。どうせ結婚するのは決まっているのだからオディリアに優しくするのは無駄だと思っているらしい。
彼は子爵家の三男で身分的には低いが実家のアクス子爵家の羽振りがよく自分がオディリアと結婚してあげるのだと考えている。実際にオディリアの家はアクス子爵の恩恵で事業がうまくいっている。オディリアが婚約解消したいといっても絶対に許されないだろう。
オディリアは早々に彼との関係改善を諦めた。よくある貴族の政略結婚だと思い我慢するしかない。
自分自身を納得させたつもりだったが、心のどこかで本当は愛されたいと思っていた。
両親に愛されない自分を一生の伴侶となる人に愛してほしかった。そして相手を愛したいと夢見ていた。
叶わぬ願いを頭から追い出して眠りについた。
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