結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊

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後日談10

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 私は身だしなみを整え恐る恐る応接室へ向かう。扉の前で大きな深呼吸を三回して、震えながらドアノブに手を掛けた。
 緊張したまま部屋に入ればそこには真っ白な薔薇を抱えたフレデリックがいた。笑顔を浮かべた彼を見てホッと息を吐く。

「どうしたのですか。フレデリック様」

 フレデリックは恭しく私に薔薇の花束を差し出す。お礼を言いながら受け取り花束に顔を寄せ、その香りを吸い込みうっとりとした。 

「愛しい人に会いに来るのに理由は要らないだろう?」

 気障な口調で通常運転のフレデリックに杞憂がすっかりと晴れ安堵したが、違う意味でのもやもやが発生した。

「フレデリック様は――ああ……いいえ、何でもありません」

 つい、言いかけてしまったが結婚式を控えているのに、余計なことを言ってフレデリックを不機嫌にしたくない。うっかり喧嘩になっても嫌なので言いかけた言葉を呑み込んだ。

「何だい? セリーナ。私たちは明日結婚する。夫婦になるんだ。遠慮などしないで気になることがあるのなら言って欲しい。あなたの中の憂いを残したまま明日を迎えたくないな」

 フレデリックは私の体をそっと引き寄せると、バラの花束を取り上げテーブルに置く。そのままソファーに座ると私をフレデリックの膝の上に座らせ逃がさないとばかりに腰を抱きしめ顔を覗き込む。
 
 いつもこの体勢になると私はフレデリックの追及を躱すことが出来なくなる。私が誤魔化したり隠し事をしようとすると、彼は逃げられないようにして視線で続きを催促する。フレデリックは私が本心を隠して取り繕うことを嫌がる。
 至近距離でフレデリックの整った顔を見れば恥ずかしさも相まって抵抗できなくなる。私はどうせ話さなくてはならないのなら、今まで気になっていたこともまとめて聞いてしまおうと決心した。私だってもやもやを結婚式に持ち越したくない。

「フレデリック様は今でも女性にそんな風に気障なことをおっしゃっているのですか? 私以外の人には甘やかな言葉は言ってほしくないです」

 これはずっと気になっていた。彼はただでさえモテるのだから今後は私以外に言ってほしくない。密かに私の頭の中にいる架空の令嬢に嫉妬をしていた。

「いや、他の女性になど言っていない。セリーナが照れる様が可愛くてつい言ってしまうがあなただけだ。心配なら他の女性には言わないと約束する。それで……他には?」

「あの、ティアナのことは、もう……吹っ切れているのでしょうか?」

 私は禁断の質問をぶつけた。今までどうしても聞けなかったことだった。クリスティアナとの付き合いはこれからも続く。彼の今の気持ちを聞いておきたかった。

「ティアナ? 吹っ切るとは?」

 フレデリックは全く心当たりがないときょとんとする。

「とぼけないで下さい……。私、フレデリック様がティアナを切なげに見ているところを見たのです」

 思い出すと切なくなり、語尾が小さくなっていった。それなのにフレデリックはとびきり嬉しそうに破顔した。

「焼きもちかい? 可愛いなセリーナは。愛しているよ」

「もう! 誤魔化さないで」

 今、はぐらかされたら生きて行けなくなってしまう。

「誤魔化している訳ではないが。そうか、セリーナにはそう見えたんだね。確かに私にとってティアナは初恋だ。だけど自覚した時には失恋していたよ。ティアナはスタンリーに惚れていたからね。もう昔のことだし、今は本当に何とも思っていない。二人の幸せな姿を見て感慨深くは思ったがまったく未練はないよ。今となっては笑い話だ。他には?」

 フレデリックは目を逸らすことなくはっきりと言い切る。それならば彼の言葉を信じるしかない。
 他には……と言われても。私は婚約当初、令嬢たちからのやっかみにひどく落ち込み、ある日気持ちがプツリと切れた。そのままフレデリックに数々の浮名について泣きながら問い詰めた。彼は噂だけで真実ではないと言い切った。軽薄そうな彼に断られたことにプライドを傷つけられた令嬢が、嘘の話を流してしまうらしい。その辺りは過去のことだと呑み込んで解決済なので聞くまでもない。それならば、あと……もう一つだけ切実に知りたいことがある。

「では、私のどこを好きになってくれたのですか?」

 実は一番知りたかったことだが恥ずかしくてどうしても聞けなかった。今、聞かなければもう二度と聞くチャンスはないかもしれない。
 フレデリックはくすりと笑うと私の長い髪に触れて、くるくる指に巻き付けて弄ぶ。

「最初は淑やかな様子が好ましいと思った。なぜか私の周りには気の強い令嬢ばかり集まるからね。ティアナから学園時代に生徒会の仕事に一所懸命取り組む姿が素晴らしいという話も聞いて真面目でいい子だと思った。あとは一緒に過ごすようになってその優しさに惹かれた。セリーナといると楽しくて時間が経つのを忘れてしまう。それと……これについてはくだらないと笑わないでくれ。セリーナは私とスタンリーを一度も間違えたことがなかった。実はアバネシー公爵領に行った時に何度かあなたを騙そうとスタンリーの振りをして行ったことがある。私はわざとスタンリーの振る舞いをまねたがセリーナは迷うことなく一目で見分けていた。それが……すごく嬉しかった」

「ええ? それって普通ですよね? ティアナだって見分けていますよ」

「ティアナは子供の頃からの付き合いだから、セリーナとは条件が違うだろう? 私には大事なことなんだ。ありがとう、セリーナ」

 私はフレデリックの言葉で心が満たされていった。全部の質問に真摯に答えてくれた。私に対する誠実さに心から感謝した。

「フレデリック様のお気持ちを教えてもらえて嬉しかったです。こちらこそありがとうございます」

 フレデリックはそっと私のおでこに口付けをした。彼に愛されていると実感する。

 明日、私は結婚する。きっと世界一幸せな花嫁になるだろう。

 なにしろ結婚式の前日に、婚約者が私に愛を告げに来てくれたのだから。





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