25 / 26
後日談10
しおりを挟む
私は身だしなみを整え恐る恐る応接室へ向かう。扉の前で大きな深呼吸を三回して、震えながらドアノブに手を掛けた。
緊張したまま部屋に入ればそこには真っ白な薔薇を抱えたフレデリックがいた。笑顔を浮かべた彼を見てホッと息を吐く。
「どうしたのですか。フレデリック様」
フレデリックは恭しく私に薔薇の花束を差し出す。お礼を言いながら受け取り花束に顔を寄せ、その香りを吸い込みうっとりとした。
「愛しい人に会いに来るのに理由は要らないだろう?」
気障な口調で通常運転のフレデリックに杞憂がすっかりと晴れ安堵したが、違う意味でのもやもやが発生した。
「フレデリック様は――ああ……いいえ、何でもありません」
つい、言いかけてしまったが結婚式を控えているのに、余計なことを言ってフレデリックを不機嫌にしたくない。うっかり喧嘩になっても嫌なので言いかけた言葉を呑み込んだ。
「何だい? セリーナ。私たちは明日結婚する。夫婦になるんだ。遠慮などしないで気になることがあるのなら言って欲しい。あなたの中の憂いを残したまま明日を迎えたくないな」
フレデリックは私の体をそっと引き寄せると、バラの花束を取り上げテーブルに置く。そのままソファーに座ると私をフレデリックの膝の上に座らせ逃がさないとばかりに腰を抱きしめ顔を覗き込む。
いつもこの体勢になると私はフレデリックの追及を躱すことが出来なくなる。私が誤魔化したり隠し事をしようとすると、彼は逃げられないようにして視線で続きを催促する。フレデリックは私が本心を隠して取り繕うことを嫌がる。
至近距離でフレデリックの整った顔を見れば恥ずかしさも相まって抵抗できなくなる。私はどうせ話さなくてはならないのなら、今まで気になっていたこともまとめて聞いてしまおうと決心した。私だってもやもやを結婚式に持ち越したくない。
「フレデリック様は今でも女性にそんな風に気障なことをおっしゃっているのですか? 私以外の人には甘やかな言葉は言ってほしくないです」
これはずっと気になっていた。彼はただでさえモテるのだから今後は私以外に言ってほしくない。密かに私の頭の中にいる架空の令嬢に嫉妬をしていた。
「いや、他の女性になど言っていない。セリーナが照れる様が可愛くてつい言ってしまうがあなただけだ。心配なら他の女性には言わないと約束する。それで……他には?」
「あの、ティアナのことは、もう……吹っ切れているのでしょうか?」
私は禁断の質問をぶつけた。今までどうしても聞けなかったことだった。クリスティアナとの付き合いはこれからも続く。彼の今の気持ちを聞いておきたかった。
「ティアナ? 吹っ切るとは?」
フレデリックは全く心当たりがないときょとんとする。
「とぼけないで下さい……。私、フレデリック様がティアナを切なげに見ているところを見たのです」
思い出すと切なくなり、語尾が小さくなっていった。それなのにフレデリックはとびきり嬉しそうに破顔した。
「焼きもちかい? 可愛いなセリーナは。愛しているよ」
「もう! 誤魔化さないで」
今、はぐらかされたら生きて行けなくなってしまう。
「誤魔化している訳ではないが。そうか、セリーナにはそう見えたんだね。確かに私にとってティアナは初恋だ。だけど自覚した時には失恋していたよ。ティアナはスタンリーに惚れていたからね。もう昔のことだし、今は本当に何とも思っていない。二人の幸せな姿を見て感慨深くは思ったがまったく未練はないよ。今となっては笑い話だ。他には?」
フレデリックは目を逸らすことなくはっきりと言い切る。それならば彼の言葉を信じるしかない。
他には……と言われても。私は婚約当初、令嬢たちからのやっかみにひどく落ち込み、ある日気持ちがプツリと切れた。そのままフレデリックに数々の浮名について泣きながら問い詰めた。彼は噂だけで真実ではないと言い切った。軽薄そうな彼に断られたことにプライドを傷つけられた令嬢が、嘘の話を流してしまうらしい。その辺りは過去のことだと呑み込んで解決済なので聞くまでもない。それならば、あと……もう一つだけ切実に知りたいことがある。
「では、私のどこを好きになってくれたのですか?」
実は一番知りたかったことだが恥ずかしくてどうしても聞けなかった。今、聞かなければもう二度と聞くチャンスはないかもしれない。
フレデリックはくすりと笑うと私の長い髪に触れて、くるくる指に巻き付けて弄ぶ。
「最初は淑やかな様子が好ましいと思った。なぜか私の周りには気の強い令嬢ばかり集まるからね。ティアナから学園時代に生徒会の仕事に一所懸命取り組む姿が素晴らしいという話も聞いて真面目でいい子だと思った。あとは一緒に過ごすようになってその優しさに惹かれた。セリーナといると楽しくて時間が経つのを忘れてしまう。それと……これについてはくだらないと笑わないでくれ。セリーナは私とスタンリーを一度も間違えたことがなかった。実はアバネシー公爵領に行った時に何度かあなたを騙そうとスタンリーの振りをして行ったことがある。私はわざとスタンリーの振る舞いをまねたがセリーナは迷うことなく一目で見分けていた。それが……すごく嬉しかった」
「ええ? それって普通ですよね? ティアナだって見分けていますよ」
「ティアナは子供の頃からの付き合いだから、セリーナとは条件が違うだろう? 私には大事なことなんだ。ありがとう、セリーナ」
私はフレデリックの言葉で心が満たされていった。全部の質問に真摯に答えてくれた。私に対する誠実さに心から感謝した。
「フレデリック様のお気持ちを教えてもらえて嬉しかったです。こちらこそありがとうございます」
フレデリックはそっと私のおでこに口付けをした。彼に愛されていると実感する。
明日、私は結婚する。きっと世界一幸せな花嫁になるだろう。
なにしろ結婚式の前日に、婚約者が私に愛を告げに来てくれたのだから。
緊張したまま部屋に入ればそこには真っ白な薔薇を抱えたフレデリックがいた。笑顔を浮かべた彼を見てホッと息を吐く。
「どうしたのですか。フレデリック様」
フレデリックは恭しく私に薔薇の花束を差し出す。お礼を言いながら受け取り花束に顔を寄せ、その香りを吸い込みうっとりとした。
「愛しい人に会いに来るのに理由は要らないだろう?」
気障な口調で通常運転のフレデリックに杞憂がすっかりと晴れ安堵したが、違う意味でのもやもやが発生した。
「フレデリック様は――ああ……いいえ、何でもありません」
つい、言いかけてしまったが結婚式を控えているのに、余計なことを言ってフレデリックを不機嫌にしたくない。うっかり喧嘩になっても嫌なので言いかけた言葉を呑み込んだ。
「何だい? セリーナ。私たちは明日結婚する。夫婦になるんだ。遠慮などしないで気になることがあるのなら言って欲しい。あなたの中の憂いを残したまま明日を迎えたくないな」
フレデリックは私の体をそっと引き寄せると、バラの花束を取り上げテーブルに置く。そのままソファーに座ると私をフレデリックの膝の上に座らせ逃がさないとばかりに腰を抱きしめ顔を覗き込む。
いつもこの体勢になると私はフレデリックの追及を躱すことが出来なくなる。私が誤魔化したり隠し事をしようとすると、彼は逃げられないようにして視線で続きを催促する。フレデリックは私が本心を隠して取り繕うことを嫌がる。
至近距離でフレデリックの整った顔を見れば恥ずかしさも相まって抵抗できなくなる。私はどうせ話さなくてはならないのなら、今まで気になっていたこともまとめて聞いてしまおうと決心した。私だってもやもやを結婚式に持ち越したくない。
「フレデリック様は今でも女性にそんな風に気障なことをおっしゃっているのですか? 私以外の人には甘やかな言葉は言ってほしくないです」
これはずっと気になっていた。彼はただでさえモテるのだから今後は私以外に言ってほしくない。密かに私の頭の中にいる架空の令嬢に嫉妬をしていた。
「いや、他の女性になど言っていない。セリーナが照れる様が可愛くてつい言ってしまうがあなただけだ。心配なら他の女性には言わないと約束する。それで……他には?」
「あの、ティアナのことは、もう……吹っ切れているのでしょうか?」
私は禁断の質問をぶつけた。今までどうしても聞けなかったことだった。クリスティアナとの付き合いはこれからも続く。彼の今の気持ちを聞いておきたかった。
「ティアナ? 吹っ切るとは?」
フレデリックは全く心当たりがないときょとんとする。
「とぼけないで下さい……。私、フレデリック様がティアナを切なげに見ているところを見たのです」
思い出すと切なくなり、語尾が小さくなっていった。それなのにフレデリックはとびきり嬉しそうに破顔した。
「焼きもちかい? 可愛いなセリーナは。愛しているよ」
「もう! 誤魔化さないで」
今、はぐらかされたら生きて行けなくなってしまう。
「誤魔化している訳ではないが。そうか、セリーナにはそう見えたんだね。確かに私にとってティアナは初恋だ。だけど自覚した時には失恋していたよ。ティアナはスタンリーに惚れていたからね。もう昔のことだし、今は本当に何とも思っていない。二人の幸せな姿を見て感慨深くは思ったがまったく未練はないよ。今となっては笑い話だ。他には?」
フレデリックは目を逸らすことなくはっきりと言い切る。それならば彼の言葉を信じるしかない。
他には……と言われても。私は婚約当初、令嬢たちからのやっかみにひどく落ち込み、ある日気持ちがプツリと切れた。そのままフレデリックに数々の浮名について泣きながら問い詰めた。彼は噂だけで真実ではないと言い切った。軽薄そうな彼に断られたことにプライドを傷つけられた令嬢が、嘘の話を流してしまうらしい。その辺りは過去のことだと呑み込んで解決済なので聞くまでもない。それならば、あと……もう一つだけ切実に知りたいことがある。
「では、私のどこを好きになってくれたのですか?」
実は一番知りたかったことだが恥ずかしくてどうしても聞けなかった。今、聞かなければもう二度と聞くチャンスはないかもしれない。
フレデリックはくすりと笑うと私の長い髪に触れて、くるくる指に巻き付けて弄ぶ。
「最初は淑やかな様子が好ましいと思った。なぜか私の周りには気の強い令嬢ばかり集まるからね。ティアナから学園時代に生徒会の仕事に一所懸命取り組む姿が素晴らしいという話も聞いて真面目でいい子だと思った。あとは一緒に過ごすようになってその優しさに惹かれた。セリーナといると楽しくて時間が経つのを忘れてしまう。それと……これについてはくだらないと笑わないでくれ。セリーナは私とスタンリーを一度も間違えたことがなかった。実はアバネシー公爵領に行った時に何度かあなたを騙そうとスタンリーの振りをして行ったことがある。私はわざとスタンリーの振る舞いをまねたがセリーナは迷うことなく一目で見分けていた。それが……すごく嬉しかった」
「ええ? それって普通ですよね? ティアナだって見分けていますよ」
「ティアナは子供の頃からの付き合いだから、セリーナとは条件が違うだろう? 私には大事なことなんだ。ありがとう、セリーナ」
私はフレデリックの言葉で心が満たされていった。全部の質問に真摯に答えてくれた。私に対する誠実さに心から感謝した。
「フレデリック様のお気持ちを教えてもらえて嬉しかったです。こちらこそありがとうございます」
フレデリックはそっと私のおでこに口付けをした。彼に愛されていると実感する。
明日、私は結婚する。きっと世界一幸せな花嫁になるだろう。
なにしろ結婚式の前日に、婚約者が私に愛を告げに来てくれたのだから。
92
お気に入りに追加
2,941
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる