結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊

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後日談5

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 王都に戻り暫くすると社交シーズンに入った。あまり気が進まないがいつまでも逃げる訳にも行かない。両親の意向が私の再婚である以上、それなりの活動をしなければならないのだ。
 夜会は煌びやかでとにかく人が多い。つい尻込みしてしまう。 

 今回は兄のエスコートで出席するが兄にも付き合いがあるので、ずっと側で守ってもらうわけにはいかない。

「セリーナ。大丈夫か。出来るだけ側にいるようにするが挨拶で外すこともある。どうしても辛かったら帰ってもいいからな?」

 兄は私の背を安心させるように大きな手でポンポンと軽く叩く。幼いころはこうやってよくあやしてもらった。

「ありがとう、お兄様。でも頑張ってみるわ」

「そうか。無理はするなよ」

「はい」

 会場に入るなり視線を感じ体に力が入る。

「セリーナ。会場入りした人間に目を向けるのは当然のことでお前だからという訳じゃないだろう。意識し過ぎない方がいい」

「そうよね」

 兄の言葉にホッと息を吐いた。確かに誰が出席したか確認して当然だ。皆が自分を見ているなど自意識過剰だったと反省した。私はやはり気にし過ぎてしまう。
 そのまま兄と一曲ダンスを踊り二人で顔なじみの人達に挨拶をした。会場内を観察すれば私に向ける視線はさほどない。思い返せば離婚してから一年も経っている。きっと社交界には新たな話題が流れ私のことなど忘れてしまったに違いない。

 ふいにフレデリックの「そのままでいい」という言葉を思い出し、顔を上げ背筋を伸ばした。
 離婚は女性にとって瑕疵になるが私は悪いことをした訳じゃない。罪人のように俯く必要はないのだから堂々としようと気持ちを鼓舞した。

 そのとき会場内が大きくざわめいた。その出処をみれば、クリスティアナがフレデリックのエスコートで会場入りしたところだった。私は何故エスコートがスタンリーではないのか不思議に思い首を傾げた。

 クリスティアナの装いは素晴らしくブルーのドレスがよく似合っている。
 髪をアップに結い上げているので、スタンリーとフレデリックの瞳の色と同じブルーサファイアのイヤリングがよく映える。
 私がフレデリックを正式な夜会で見るのは初めてかもしれない。彼はいつも下ろしている前髪をきっちり後ろに撫でつけている。そうすると甘い雰囲気が消え、スタンリーそっくりな真面目な紳士に見える。まあ、どちらにしても眉目秀麗であることに変わりはないが。二人は会場入りするなり次々と声をかけられてなかなか前に進まない。次期アバネシー公爵となるクリスティアナと親しくなりたい人は多い。この調子では今夜は二人に話しかけるのは無理かもしれないと残念に思った。

「セリーナ。私は挨拶に行ってくる。一人が心細いなら一緒に来るか?」

「私はここで休んでいるから、お兄様は気にしないで行ってきて」

 私はひっそりと壁の花になり果実水を飲みながらぼんやりと過ごす。久しぶりの人ごみにあてられてしまったようで疲れてきた。

「もう、セリーナったら。せっかく綺麗なドレスを着ているのに、壁の花になっているなんてもったいないわ」

 顔を上げればいつのまにかクリスティアナが目の前にいた。

「ティアナ。挨拶は終わったの? 沢山の人に捉まっていたわね」

「本当よ。早くセリーナとお話ししたかったのにちっとも先に進めなくてうんざりしてしまいそうだったわ」

 頬をぷくりと膨らませ不満を言うクリスティアナが可愛くて笑ってしまった。私は隣のフレデリックを見た。

「セリーナ。今日は一段と美しいな」

 ドレスアップした姿を褒められるのはお世辞でも嬉しい。

「こんばんは。フレデリック様。今日はいつもより紳士に見えますね。その格好も素敵ですよ」

 私の言葉にクリスティアナとフレデリックは目を丸くして押し黙った。

「あの……どうしました?」

「セリーナは私がフレデリックと分かっていたのか?」

 不思議な質問に困惑する。

「はい。えっ? フレデリック様で間違いありませんよね?」

「そうだが……なぜ分かった?」

「逆になぜ分からないと思うのでしょうか?」

 質問の意図が理解できずに首を傾げた。

「ふふふ。やっぱりセリーナはすごいわ」

 クリスティアナは手を叩いてころころ笑う。

「一体何が? ティアナ、説明して。私を揶揄っているの?」

 私は何か変なことを言ったのかと不安になり、クリスティアナに縋るように視線を向けた。クリスティアナは首を横に振り揶揄っていないと言いながらフレデリックと意味ありげに頷き合う。

「セリーナは本気で私たちを見分けているんだな」

「見分ける……とは?」

「ねえ。フレデリックってきっちりするとスタンリーとものすごくそっくりだと思わない? 会場に入ってからみんなフレデリックのことをスタンリーだと思って挨拶していたわ。私のエスコートをするのはスタンリーだという思い込みもあるとは思うけど、セリーナ以外は本当に誰も気付いていなかったのよ」

 確かに二人は双子だけあってそっくりだ。でも雰囲気が全然違う。間違えようがないと思うのだが。

「まさか……。そういえばスタンリー様はどうされたの?」

「彼は急な仕事で来れなくなってしまったの。そしたらフレデリックがスタンリーの振りをして出席するって言い出すから、お願いしてしまったの。生憎おじい様も出席できなくてどのみちエスコートの代打はフレデリックに頼むつもりだったからいいかなって……」

 笑って誤魔化しているがクリスティアナもフレデリックも周りの様子を面白がっていたようだ。

「そんなことをして大丈夫なの?」

「もともと今夜は顔だけ出して帰るつもりだったの。セリーナにも会えたからもう帰るわ。これらからは嫌というほど夜会に参加するし、さすがにこんなこと今回だけよ?」

 クリスティアナは唇の前に人差し指を立てて「このことはもちろん内緒ね?」とウインクした。私は肩を竦めて仕方ないと頷いた。

「セリーナはまだゆっくりしているのかい?」

「いいえ。人が多くて疲れてしまったので帰ろうと思っていたところよ」

「それなら送ろう。いいだろう? ティアナ」

「もちろんよ。一緒に帰りましょう」

「ありがとう。ではお兄様に伝えてくるわ。ちょっと待っていて」

 有難い申し出に甘えることにした。お兄様を探して二人に紹介して、先に帰ることを告げる。そのままアバネシー公爵家の馬車に乗せてもらった。さすがに公爵家の馬車は乗り心地が違う。振動も少なく快適だ。

「せっかく夜会で会えたのにセリーナとダンスが出来なかったのは残念だったな」

「では、次の夜会で相手をしてくれますか?」

「ああ、ぜひ申し込ませてもらおう。お姫様」

「フレデリック様ったら揶揄わないでください」

「フレデリックはリードが上手いから踊りやすわよ。もちろんスタンリーの方が上手だけど」

「はいはい。ティアナは本当にスタンリー贔屓だな」


 笑顔のクリスティアナと、お道化るフレデリック、二人のおかげで夜会の憂鬱さが消し飛んでいった。




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