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後日談1 (新しい恋)
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私はあれ以降もクリスティアナの好意に甘え、ずっとアバネシー公爵領で過ごしている。
今日は乗馬をしているのだが……、私はおっかなびっくり馬にしがみついている。
「セリーナ。あなたが怯えると馬にもそれが分かってしまう。この馬は気性が穏やかだから心配しなくても大丈夫よ」
「分かってはいるのだけど……」
「ティアナ。少しずつ慣らした方がいい。セリーナをそんなに焦らせては駄目だよ」
クリスティアナの横で彼女を窘めるのは婚約者のスタンリー・ケラー伯爵子息だ。快活なクリスティアナを優しく見守る穏やかな男性で二人並べば見目麗しくお似合いだ。スタンリーは髪を後ろにきっちりと撫で付け身だしなみにも隙がない紳士だ。
数日前から彼女の勧めで乗馬に挑戦しているが、殆ど経験のない私は走らせるどころか座っているだけで精一杯だ。
馬の上は想像以上に高くていつ落ちてしまうのかと全身に力が入る。その緊張のせいか馬が少しピリピリしているようだ。
「セリーナ。肩の力を抜いて、もっと自然に」
馬の手綱を握り私の面倒を見てくれているのはフレデリック・ケラー伯爵子息だ。彼はスタンリーと双子の兄弟で私たちより6歳年上な分、振る舞いに大人の余裕がある。スタンリーが兄でフレデリックが弟なのだが二人の性格は正反対だと言われている。誠実で真面目なクリスティアナ一筋のスタンリーに対し、フレデリックはまだ婚約者もおらず特定の恋人も作らず数々の浮名を流しているらしい。私はクリスティアナに二人を紹介されるまでは面識がなかったので噂程度しか知らなかった。浮名の真実は分からないがフレデリックは意外と世話焼きで面倒見がいい。馬上でおろおろする私に優しく声をかけ手を貸してくれている。
「ティアナ。私はゆっくり馬の上で景色を眺めるだけで充分よ。あなたは少し走らせてきたら?」
ちっとも上達できずにただ馬の上にいるだけの私に、付き合わせることに気が引けてクリスティアナに切り出した。
「私がセリーナを見ているからスタンリーとティアナは近くの湖畔まで行って来いよ」
フレデリックがフォローをしてくれる。彼を私に付き合わせることもと申し訳ないが、クリスティアナとスタンリーの逢瀬を邪魔し続けたくないのでありがたい。
「セリーナを置いていくの?」
クリスティアナが心配そうに眉を寄せる。私は笑顔を作った。
「フレデリック様がいてくれるし大丈夫よ。二人を私につき合わせてしまっていると思うと逆に私が落ち着かないわ」
せっかく領地まで婚約者が来てくれているのに、私のせいで二人の時間が無くなってしまうのは悲しい。
「ティアナ。ここはフレデリックに任せておこう。少しだけ二人で馬を走らせないか? 馬もそわそわしているし」
「そうね。セリーナ、ちょっと走らせたら直ぐに戻ってくるわ」
「そんなこと言わないでゆっくりしてきて?」
私は過保護なクリスティアナに苦笑いをしながら送り出した。
彼女は乗馬が得意であっという間に二人で駆けていく。姿が見えなくなったところでほっと息を吐く。すると横からくつくつと笑う声が聞こえた。
「そろそろ馬から降りますか? お嬢さん」
私は数日前から筋肉痛で馬の上で座っているだけでも辛い。といって一人で降りる事もできなかった。フレデリックは察してくれていた。
「はい。すみませんが手を貸していただけますか」
「どうぞ」
フレデリックは私の手を取り流れるように地面に降ろしてくれた。
「ははは。セリーナは馬がそんなに怖いのか?」
私はそっぽを向いて誤魔化すようにツンと返事をする。
「馬は可愛いです。ただ……高い所が苦手なんです」
「高所恐怖症なのか?」
フレデリックは目を丸くした。
「そこまでではありませんが、できれば高い所にあまりいたくありません。ちょっとだけ苦手なのです」
「それならティアナにそう言えばよかったのに」
彼は呆れ声で顔を顰めた。でもクリスティアナは私を楽しませるために乗馬を教えてくれている。苦手だとは言いにくかった。フレデリックは溜息を吐くと私に手を差し出した。首を傾げつつもエスコートだと判断し手を預ける。彼はそのまま少し離れたところにあるベンチへと足を進めた。スマートにハンカチを出すとベンチに敷いてくれた。
「どうぞ。お嬢さん」
「ありがとうございます。フレデリック様」
軽く会釈をして腰かける。彼も隣に座った。
「セリーナ。君がティアナに気を遣うのは分かるが、もし逆の立場だったらどう思う? 寂しいとは思わないか? ティアナは君に我慢させたい訳じゃない。君を楽しませたいんだ」
(逆の立場? 私が乗馬を勧めてティアナは嫌なのに我慢して笑って楽しんでいる振りをする?)
はっとしてフレデリックの顔を見る。彼は目を細め焦る私を優しく見ていた。
「どうだ?」
「はい……。心から楽しんでほしいのに無理をさせてしまうのは嫌です」
「ティアナをガッカリさせたくないのは分かるが、我慢して呑み込まずにはっきり自分の意志を伝えるべきだ。本当の友人ならばそんなことで気を悪くしたりしないさ」
私はコクンと頷いた。自分がクリスティアナを傷つけたくなくて黙っていたつもりだったが、自分が彼女に嫌われるのを恐れて言いたくなかっただけだと気づいた。これは彼女のためじゃなく自分の弱さだ。
俯く私の頭を大きな掌がポンポンと軽く叩く。手の主を見ればニカッと笑う。
「いい子だ」
私は恥ずかしくて顔が赤くなった。フレデリックから見れば私は未熟な子供に見えるのだろう。幼い子のように扱われると「私は立派なレディです」と言いたくなってしまう。でも彼の指摘は正しいので子供扱いについては黙っていた。
「夜にでもティアナに言ってみます」
「ああ。そうしたほうがいい」
私は夜、クリスティアナの部屋を訪ねた。
「ティアナ。あのね。私……馬は好きなのだけど高い所が怖くて苦手なの」
「まあ! セリーナ。気付けなくてごめんなさい。私ったらずっと怖いのを我慢させていたのね」
クリスティアナは目を丸くして驚く。そして何度もごめんと謝った。私はとても後悔した。始めから伝えておけば彼女に謝らせることもなかったはずだ。
「違うの。楽しかったし、嬉しかったけど、乗馬は向いていないみたいで。でも、今回ティアナが乗馬を勧めてくれたおかげで分かった事なの。それまで高い所が苦手だって自分でも知らなくて。だからそんなに謝らないで。それに馬は可愛くて大好きよ」
「そうなのね。でも、これからは私に気を遣って我慢なんてしないでね。私たちせっかく仲良くなったのに、我慢しなければならない友人ではいたくない。ね? お願い」
「私こそごめんなさい。これからはちゃんと言うわ。その代わりティアナも何でも言ってね」
「あら、私はいつも言っているわ。セリーナが遠慮し過ぎなのよ。でも本当の気持ちを教えてくれてありがとう。これからは私が颯爽と馬に乗っているところを見ていてね」
「ええ、そうするわ」
クリスティアナは私の気持ちを受け入れてくれた。高い所が苦手だと告げても無理に克服しろとか頑張れとは言わない。
今回のことで波風を立てたくなくて黙っていることが正しいことだとは限らないと反省した。
それを教えてくれたフレデリックに心の中で感謝した。
今日は乗馬をしているのだが……、私はおっかなびっくり馬にしがみついている。
「セリーナ。あなたが怯えると馬にもそれが分かってしまう。この馬は気性が穏やかだから心配しなくても大丈夫よ」
「分かってはいるのだけど……」
「ティアナ。少しずつ慣らした方がいい。セリーナをそんなに焦らせては駄目だよ」
クリスティアナの横で彼女を窘めるのは婚約者のスタンリー・ケラー伯爵子息だ。快活なクリスティアナを優しく見守る穏やかな男性で二人並べば見目麗しくお似合いだ。スタンリーは髪を後ろにきっちりと撫で付け身だしなみにも隙がない紳士だ。
数日前から彼女の勧めで乗馬に挑戦しているが、殆ど経験のない私は走らせるどころか座っているだけで精一杯だ。
馬の上は想像以上に高くていつ落ちてしまうのかと全身に力が入る。その緊張のせいか馬が少しピリピリしているようだ。
「セリーナ。肩の力を抜いて、もっと自然に」
馬の手綱を握り私の面倒を見てくれているのはフレデリック・ケラー伯爵子息だ。彼はスタンリーと双子の兄弟で私たちより6歳年上な分、振る舞いに大人の余裕がある。スタンリーが兄でフレデリックが弟なのだが二人の性格は正反対だと言われている。誠実で真面目なクリスティアナ一筋のスタンリーに対し、フレデリックはまだ婚約者もおらず特定の恋人も作らず数々の浮名を流しているらしい。私はクリスティアナに二人を紹介されるまでは面識がなかったので噂程度しか知らなかった。浮名の真実は分からないがフレデリックは意外と世話焼きで面倒見がいい。馬上でおろおろする私に優しく声をかけ手を貸してくれている。
「ティアナ。私はゆっくり馬の上で景色を眺めるだけで充分よ。あなたは少し走らせてきたら?」
ちっとも上達できずにただ馬の上にいるだけの私に、付き合わせることに気が引けてクリスティアナに切り出した。
「私がセリーナを見ているからスタンリーとティアナは近くの湖畔まで行って来いよ」
フレデリックがフォローをしてくれる。彼を私に付き合わせることもと申し訳ないが、クリスティアナとスタンリーの逢瀬を邪魔し続けたくないのでありがたい。
「セリーナを置いていくの?」
クリスティアナが心配そうに眉を寄せる。私は笑顔を作った。
「フレデリック様がいてくれるし大丈夫よ。二人を私につき合わせてしまっていると思うと逆に私が落ち着かないわ」
せっかく領地まで婚約者が来てくれているのに、私のせいで二人の時間が無くなってしまうのは悲しい。
「ティアナ。ここはフレデリックに任せておこう。少しだけ二人で馬を走らせないか? 馬もそわそわしているし」
「そうね。セリーナ、ちょっと走らせたら直ぐに戻ってくるわ」
「そんなこと言わないでゆっくりしてきて?」
私は過保護なクリスティアナに苦笑いをしながら送り出した。
彼女は乗馬が得意であっという間に二人で駆けていく。姿が見えなくなったところでほっと息を吐く。すると横からくつくつと笑う声が聞こえた。
「そろそろ馬から降りますか? お嬢さん」
私は数日前から筋肉痛で馬の上で座っているだけでも辛い。といって一人で降りる事もできなかった。フレデリックは察してくれていた。
「はい。すみませんが手を貸していただけますか」
「どうぞ」
フレデリックは私の手を取り流れるように地面に降ろしてくれた。
「ははは。セリーナは馬がそんなに怖いのか?」
私はそっぽを向いて誤魔化すようにツンと返事をする。
「馬は可愛いです。ただ……高い所が苦手なんです」
「高所恐怖症なのか?」
フレデリックは目を丸くした。
「そこまでではありませんが、できれば高い所にあまりいたくありません。ちょっとだけ苦手なのです」
「それならティアナにそう言えばよかったのに」
彼は呆れ声で顔を顰めた。でもクリスティアナは私を楽しませるために乗馬を教えてくれている。苦手だとは言いにくかった。フレデリックは溜息を吐くと私に手を差し出した。首を傾げつつもエスコートだと判断し手を預ける。彼はそのまま少し離れたところにあるベンチへと足を進めた。スマートにハンカチを出すとベンチに敷いてくれた。
「どうぞ。お嬢さん」
「ありがとうございます。フレデリック様」
軽く会釈をして腰かける。彼も隣に座った。
「セリーナ。君がティアナに気を遣うのは分かるが、もし逆の立場だったらどう思う? 寂しいとは思わないか? ティアナは君に我慢させたい訳じゃない。君を楽しませたいんだ」
(逆の立場? 私が乗馬を勧めてティアナは嫌なのに我慢して笑って楽しんでいる振りをする?)
はっとしてフレデリックの顔を見る。彼は目を細め焦る私を優しく見ていた。
「どうだ?」
「はい……。心から楽しんでほしいのに無理をさせてしまうのは嫌です」
「ティアナをガッカリさせたくないのは分かるが、我慢して呑み込まずにはっきり自分の意志を伝えるべきだ。本当の友人ならばそんなことで気を悪くしたりしないさ」
私はコクンと頷いた。自分がクリスティアナを傷つけたくなくて黙っていたつもりだったが、自分が彼女に嫌われるのを恐れて言いたくなかっただけだと気づいた。これは彼女のためじゃなく自分の弱さだ。
俯く私の頭を大きな掌がポンポンと軽く叩く。手の主を見ればニカッと笑う。
「いい子だ」
私は恥ずかしくて顔が赤くなった。フレデリックから見れば私は未熟な子供に見えるのだろう。幼い子のように扱われると「私は立派なレディです」と言いたくなってしまう。でも彼の指摘は正しいので子供扱いについては黙っていた。
「夜にでもティアナに言ってみます」
「ああ。そうしたほうがいい」
私は夜、クリスティアナの部屋を訪ねた。
「ティアナ。あのね。私……馬は好きなのだけど高い所が怖くて苦手なの」
「まあ! セリーナ。気付けなくてごめんなさい。私ったらずっと怖いのを我慢させていたのね」
クリスティアナは目を丸くして驚く。そして何度もごめんと謝った。私はとても後悔した。始めから伝えておけば彼女に謝らせることもなかったはずだ。
「違うの。楽しかったし、嬉しかったけど、乗馬は向いていないみたいで。でも、今回ティアナが乗馬を勧めてくれたおかげで分かった事なの。それまで高い所が苦手だって自分でも知らなくて。だからそんなに謝らないで。それに馬は可愛くて大好きよ」
「そうなのね。でも、これからは私に気を遣って我慢なんてしないでね。私たちせっかく仲良くなったのに、我慢しなければならない友人ではいたくない。ね? お願い」
「私こそごめんなさい。これからはちゃんと言うわ。その代わりティアナも何でも言ってね」
「あら、私はいつも言っているわ。セリーナが遠慮し過ぎなのよ。でも本当の気持ちを教えてくれてありがとう。これからは私が颯爽と馬に乗っているところを見ていてね」
「ええ、そうするわ」
クリスティアナは私の気持ちを受け入れてくれた。高い所が苦手だと告げても無理に克服しろとか頑張れとは言わない。
今回のことで波風を立てたくなくて黙っていることが正しいことだとは限らないと反省した。
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