結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊

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8.失望(ロニー)

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 セリーナと結婚する。それはヘレンを愛していても僕の中では揺らぐことのない決定事項だった。
 貴族であれば家の契約が最優先だ。それに婚約を解消して不利益をこうむるのは借金をしているパーカー侯爵家になる。だからヘレンを妻に迎えようと思ったことはない。必ず終わる恋だと覚悟の上だったし、ヘレンにもそのことは最初から伝えていた。それでもヘレンは別れの時まで側にいさせて欲しいと懇願した。その関係もセリーナの卒業と同時に終わりを迎えた。ヘレンは納得できないと食い下がったが説得を繰り返した。

 セリーナに対してわだかまりの思いが残っていたが、立場は僕の方が弱い。そのことに腹が立つが年上である僕が余裕を見せてセリーナとの関係の修復を図るべきだろう。その後、僕は努めてセリーナに優しく接し順調に結婚式の準備を進めた。
 ところがあと数日で結婚式という頃にヘレンが僕を訪ねてきた。断るべきだと思ったが最後にもう一度ヘレンに会いたいという誘惑に勝てなかった。

「どうしたんだ。ヘレン。もう会わない約束をしただろう?」

 ヘレンは涙を流し必死に懇願してきた。

「どうしてもロニーに会いたくて。お願い、助けて。私に縁談が来ていて、年寄りの男爵の後妻で相手の人は40歳も年上なの。うちに借金があってその男爵から借りているの。期限までに返せないなら私に結婚しろって……。そんな男は嫌よ! 私はロニーがいい! ロニーは侯爵家の後継ぎでセリーナより爵位が高いわ。だからあなたからセリーナに婚約破棄を伝えて私と結婚してよ」

 ヘレンが結婚する。そう聞かされて僕はヘレンが一生僕を想って独身でいるような気がしていた。馬鹿なことだ。彼女だって貴族の娘、家のためとなる縁組があって然るべきだ。
 彼女が他の男に嫁ぐと聞いて息がつまる。だが、僕には彼女を救う力はない。我が家も借金を抱えているのでヘレンの家の援助も出来ないし、僕からセリーナとの婚約を破談にすることも出来ない。だからといってヘレンの手を取り貴族であることも守るべき家も捨てて駆け落ちをする覚悟もなかった。

「すまない。ヘレン……。それはできない……」

 ヘレンはその瞳に絶望を浮かべ僕の頬を張った。

「ロニーの意気地なし! 私を愛しているんでしょう? どうして助けてくれないの!」

「……」

「私、いつかロニーと結婚出来るって信じていたのにセリーナを選ぶの? 侯爵夫人になるのは私の方が相応しいはずよ!!」

 返事をしない僕にヘレンは唇を噛みしめその場を立ち去った。
 僕は部屋に戻ると静かに涙を流した。ヘレンを救えないことも、パーカー侯爵家の借金が残っていることもセリーナと結婚する事も全てが理不尽に思えた。

 僕のこの苦しみをセリーナは知らない。そして知らないまま幸せな花嫁になろうとしている。そのことが無性に苛立たしく気づけば結婚式前日にセリーナのもとを訪れていた。

「セリーナ。すまない。私には……愛する人がいる。僕は一生、その人を想い続けるだろう。だが、彼女とは二度と会わないし、もちろん愛人にするつもりもない」

「っ…………」

 セリーナは青ざめ怒りなのか悲しみなのか体を震わせている。
 僕は結婚後に浮気をするつもりはないが心は別の人のもとにあると伝えた。僕の愛情は期待するなと。その言葉で僕は僕と同じだけセリーナを苦しめたかったのかもしれないし、ヘレンのように僕に対するひたむきな愛情をセリーナから欲しかったのかもしれない。
「ロニーが誰を愛していても、愛している」どこかでその言葉を期待していた。ヘレンの愛を手放したかわりにそれ以上のセリーナの愛が欲しいと思った。

 セリーナは表情を消して僕に言った。白い結婚を望み僕がこのままセリーナを愛せなかった時は離婚を要求すると。僕はその言葉に失望した。セリーナは泣いて縋ることもしない。
 僕はセリーナを愛せないと言ったが、彼女も僕に愛しているとは一度も言わなかった。思い返せばセリーナとは仲良く過ごしてきたが内気な彼女は僕に愛を告げたことはない。ヘレンはいつだって言葉を惜しまず愛してると言ってくれた。愛していないくせに僕に愛されることを望むのか? その考えが傲慢に感じセリーナの立場の優位性を見せつけられて見下されているような気がした。

 それでも僕たちは結婚する。
 数年で離婚など醜聞だ。きっとセリーナの両親も僕の両親も反対するだろう。セリーナだってこの国では離婚歴のある女性が下に見られることを知っているはずだ。だから僕に対する意趣返しで本当に離婚する気はないと思った。

 これから長い月日をセリーナと過ごしていかなければならない。僕の心に住んでいるのはヘレンだけだ。それでもギスギスした生活を望んでいる訳じゃない。だから僕が譲歩して結婚生活を穏やかに過ごせる努力をすることにした。
 だけど僕からセリーナを愛したりしない。セリーナが懇願して愛を求めてきたならば愛してもいい。そう決意をして結婚式を迎え二人の生活が始まった。

 
 



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