結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊

文字の大きさ
上 下
5 / 26

5.すれ違いのその先に

しおりを挟む
 私は彼が喜んでくれますようにと綺麗にラッピングをして、明日の授業が終わったら送るつもりで机に置いておいた。翌日、部屋に戻ったら机の上のタペストリーがなくなっていた。私が慌てて探しているとヘレンが部屋に戻ってきた。

「セリーナ。机の上にあったプレゼントなら寮母さんに頼んで送ってもらったわよ? ロニーの名前が書いてあったからあれはロニーに送るものでしょう。早い方がいいと思って今行ってきたところよ」

「ヘレン! ありがとう。助かるわ。私が刺繍したタペストリーなの。ロニーは喜んでくれるかしら?」

「絶対に喜ぶわよ。セリーナが一生懸命彼のために刺繍したものなんだから大丈夫」

 私は彼から手紙が来るのを毎日待ち焦がれた。一言「嬉しかった」その言葉が聞きたかった。でもいくら待ってもとうとう返事は来なかった。
 ロニーなら受け取ったと連絡くらいはあると思ったのに私はすっかり嫌われてしまったようだ。
 
 学園祭も終わりお休みも取れるようになった。外出申請も可能となったが、私は彼に連絡することが怖くなってしまった。彼の怪我を聞いてから一度も手紙が来ていない。また、出しても無視されてしまったら。これ以上決定的な拒絶をされるのを恐れ「会いたい」と伝えられなかった。結局私の内気な性格は治っておらず臆病なまま逃げてしまった。
 ある日、クラスメイトが心配そうに私に話しかけてきた。

「セリーナ様。その、……婚約者の方と大丈夫ですか?」

「大丈夫とは?」

 ロニーのことを想うと胸がギュッとなる。それでも何のことかと首を傾げて問いかけた。

「私昨日、ヘレンと一緒にデートしている所を見たのよ。私だけでなく他にも……。前々から噂になっていたのだけどセリーナは知らないのかと思って心配になったのよ」

「前々から噂?」

 私はその噂を全く知らなかった。ロニーとヘレンは二人でカフェや植物園に出かけているそうだ。最初はヘレンが私の友人であることで偶然会って過ごしていると思ったそうだが、二人は腕を組んで歩いて仲睦まじそうだったと教えてくれた。
 私は頭の中が真っ白になった。ヘレンからは何も聞いていない。信じたくない。それなのにクラスメイトの言葉が心にストンと落ち納得できてしまった。
 ロニーが私に冷たくなったのはヘレンに心変わりしたからだ。 

 私は彼の婚約者だ。二人に噂を問い質すべきだと思ったがその勇気がでなかった。ただの噂だと思っていれば私は傷つかない。そう考え自分を誤魔化した。私はいつロニーから婚約解消を言われるのかとびくびくしながら過ごした。彼を好きな気持ちは変わっていなかった。

 ヘレンは知らない内に寮の部屋の移動願いを出していたらしく、ある日突然、彼女の荷物が無くなり移動したことをクラスメイトの子が教えてくれた。もともとクラスは違うので会いに行かなければ顔を合わせることはない。
 ヘレンも私に会いに来なかった。彼女はもはや親友ではなかった。

 ロニーからは一度だけ手紙が来た。怪我が治ってそのまま休学し侯爵家に戻ったそうだ。単位は足りていたのでそのまま卒業できるらしい。私が学園を卒業したら会おうと書かれていた。まるで業務報告のような内容に彼の心が離れてしまったことを感じた。

 しばらくして私も学園を無事に卒業し寮を出て屋敷に戻った。
 ロニーは卒業をお祝いしに会いに来てくれた。久しぶりの再会はどこかぎこちなかった。
 彼は婚約解消を言い出さなかった。私と結婚する意志があるということなら、もう一度やり直せるかもしれない。ヘレンと別れて私と結婚することを望んでくれた。彼は私を選んでくれたとそう思った。それならまた、昔のような二人に戻れると信じた。

 私は結婚式の準備とパーカー侯爵家の家政を手伝うために頻繁にロニーのもとを訪れた。彼は笑顔で迎えてくれて世間話などで楽しませてくれた。いつのまにかぎこちなさはなくなり、昔のように過ごせていた。
 でも私は気付いていた。ロニーが遠くをぼんやりと眺め切なさそうに溜息をつくことを。もしかしたらヘレンを思い出しているのかもしれない。
 私は自分の不安や不満を必死に押し殺し、作り笑いを浮かべ結婚式の準備を進めた。
 結局私は彼とヘレンの噂の不信感を抱いたまま、彼と一緒になることを諦められなかった。
 結婚することで彼の気持ちが整理されることを願っていた。

 ところが彼は結婚式の前日に私のもとを訪れ「他の人を愛している」と言った。私は自分の考えは都合のいい幻想にすぎないと思い知らされた。

『いまでも彼はヘレンを愛している』

 私とは家のために愛のない結婚をするつもりなのだ。でも彼の本心なんて聞きたくなかった。ヘレンと一緒になれない恨みを私に向け私を傷つけたかったのか。それとも彼は良心の呵責から逃れるために私に愛せないと告げたのか。彼が何を考えているのかは分からない。

 幼い頃、彼との婚約が嬉しくてたまらなかった。待ち望んだ憧れの結婚式は虚しく悲しいものだった。今、愛を誓うこの瞬間も彼の心にはヘレンがいる。最後の望みを捨てきれず提案した契約は最初から無意味だった。
 
 私の結婚生活は、後悔から始まった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...