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15.それから(本編 完)
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実家に戻り暫くはのんびりとすごしたが、社交界に広まる噂に私は少なからず心を痛めた。
たった半年で離婚だ。ただでさえ離婚すると多くの場合女性側が非難される。もちろん醜聞になることは覚悟をしていたがそれでも堪えるものがある。気にしないようにしていても、夜会に出席する度に遠巻きにこそこそ言われれば不快になる。皆、あえて私に聞こえるように言うので尚更だ。
「侯爵子息に愛人がいて捨てられたらしい」
「夫が不在時に浮気をしていたらしい」
「子供の産めない体だから離縁されたようだ」
「贅沢三昧で浪費が激しいと確かな筋の話だ」
根も葉もない悪意のある様々な言葉はたとえ聞き流しても精神を擦り減らす。風当たりの強さは想像以上だった。それでもパーカー侯爵様は私の誹謗中傷に反論してくれていたが、人々は他人の不幸を楽しむようで火消しにはならなかった。
その後、ロニーはパーカー侯爵領で侯爵様から事業の引継ぎと、今までの行動を反省するよう厳しく指導されている。侯爵様はロニーが王都にいないほうが私の噂話が鎮火するのではと配慮して下さったのだ。
私の両親は私の再婚を望んでいる。今度こそ幸せな結婚をと願ってくれているが現実は厳しいだろう。今の私自身も誰かを好きになれる日が来るとは思えない。
離婚から半年ほど経った頃、私はアバネシー公爵の領地に招かれその娘クリスティアナと過ごしている。
噂から逃げるように段々と自邸に引きこもりがちな私を、心配したクリスティアナがぜひ遊びに来てと声をかけて下さった。
彼女は学園在学中は副生徒会長をしていて、当時ロニーに贈ったタペストリーをくれた人だ。ロニーと私の関係が悪くなったことの責任を感じているようで、夜会でも私に冷ややかな視線が向けられると側で庇ってくれた。私はクリスティアナに感謝している。彼女がいなければきっと心を病んでいただろう。
アバネシー公爵領の屋敷の人達は優しく、王都にいる時とは打って変わって穏やかな気持ちで過ごせている。
私がサロンで本を読んでいると簡素なワンピース姿で現われたクリスティアナが、手に持っている本をひょいと取り上げた。私は驚き顔を上げた。
「ティアナ。今日はゆっくり読書をして過ごすのではなかったの?」
「せっかくいいお天気なんですもの。ピクニックに行きましょう。もうお弁当の準備を頼んでしまったからそのつもりでね? さあ、本の虫はお休みして外出着に着替えて来て!」
クリスティアナはウインクをして微笑む。彼女は本当に可愛らしい。
公の場では公爵令嬢として毅然と振る舞うのに、プライベートで親しくなると気さくで茶目っ気たっぷりの振る舞いをする。私はクリスティアナと過ごすことで心の傷が癒されている。
「すぐに着替えてくるわ」
私が与えられている部屋に行くと、全てを心得ているとばかりに侍女が着替えを用意して待っていた。侍女の手を借り支度をすませ玄関に向かう。
「セリーナ。お弁当が出来たから出発するわよ。行きましょう!」
屈託のない笑顔で手を差し出す彼女に、私は胸に温かなものが込み上げてきて思わず告げた。
「ティアナ。大好きよ。ありがとう」
愛の告白のようになってしまったが私は彼女に心から感謝している。なかなか成長できずに内気なままの私は友人と距離を縮めるのが今でも苦手だ。ヘレンのことでかえって臆病になったかもしれない。それを理解し彼女は適度な距離感で接してくれていた。その得難い優しさにどれだけ救われたか。気付けば私は彼女にすっかりと心を開いていた。彼女を親友と呼びたいと思うほどに。
どうしても今、お礼を言いたくなってしまった。私の言葉にクリスティアナは目を丸くして破顔した。
「私も大好きよ!」
お弁当を持って二人で馬車に乗り込み、目的地の湖畔に向かう。馬車の窓から見える空は青く、太陽はキラキラと輝いていて私の未来を優しく照らしてくれている、そんな風に思えた。
(本編:おわり)
たった半年で離婚だ。ただでさえ離婚すると多くの場合女性側が非難される。もちろん醜聞になることは覚悟をしていたがそれでも堪えるものがある。気にしないようにしていても、夜会に出席する度に遠巻きにこそこそ言われれば不快になる。皆、あえて私に聞こえるように言うので尚更だ。
「侯爵子息に愛人がいて捨てられたらしい」
「夫が不在時に浮気をしていたらしい」
「子供の産めない体だから離縁されたようだ」
「贅沢三昧で浪費が激しいと確かな筋の話だ」
根も葉もない悪意のある様々な言葉はたとえ聞き流しても精神を擦り減らす。風当たりの強さは想像以上だった。それでもパーカー侯爵様は私の誹謗中傷に反論してくれていたが、人々は他人の不幸を楽しむようで火消しにはならなかった。
その後、ロニーはパーカー侯爵領で侯爵様から事業の引継ぎと、今までの行動を反省するよう厳しく指導されている。侯爵様はロニーが王都にいないほうが私の噂話が鎮火するのではと配慮して下さったのだ。
私の両親は私の再婚を望んでいる。今度こそ幸せな結婚をと願ってくれているが現実は厳しいだろう。今の私自身も誰かを好きになれる日が来るとは思えない。
離婚から半年ほど経った頃、私はアバネシー公爵の領地に招かれその娘クリスティアナと過ごしている。
噂から逃げるように段々と自邸に引きこもりがちな私を、心配したクリスティアナがぜひ遊びに来てと声をかけて下さった。
彼女は学園在学中は副生徒会長をしていて、当時ロニーに贈ったタペストリーをくれた人だ。ロニーと私の関係が悪くなったことの責任を感じているようで、夜会でも私に冷ややかな視線が向けられると側で庇ってくれた。私はクリスティアナに感謝している。彼女がいなければきっと心を病んでいただろう。
アバネシー公爵領の屋敷の人達は優しく、王都にいる時とは打って変わって穏やかな気持ちで過ごせている。
私がサロンで本を読んでいると簡素なワンピース姿で現われたクリスティアナが、手に持っている本をひょいと取り上げた。私は驚き顔を上げた。
「ティアナ。今日はゆっくり読書をして過ごすのではなかったの?」
「せっかくいいお天気なんですもの。ピクニックに行きましょう。もうお弁当の準備を頼んでしまったからそのつもりでね? さあ、本の虫はお休みして外出着に着替えて来て!」
クリスティアナはウインクをして微笑む。彼女は本当に可愛らしい。
公の場では公爵令嬢として毅然と振る舞うのに、プライベートで親しくなると気さくで茶目っ気たっぷりの振る舞いをする。私はクリスティアナと過ごすことで心の傷が癒されている。
「すぐに着替えてくるわ」
私が与えられている部屋に行くと、全てを心得ているとばかりに侍女が着替えを用意して待っていた。侍女の手を借り支度をすませ玄関に向かう。
「セリーナ。お弁当が出来たから出発するわよ。行きましょう!」
屈託のない笑顔で手を差し出す彼女に、私は胸に温かなものが込み上げてきて思わず告げた。
「ティアナ。大好きよ。ありがとう」
愛の告白のようになってしまったが私は彼女に心から感謝している。なかなか成長できずに内気なままの私は友人と距離を縮めるのが今でも苦手だ。ヘレンのことでかえって臆病になったかもしれない。それを理解し彼女は適度な距離感で接してくれていた。その得難い優しさにどれだけ救われたか。気付けば私は彼女にすっかりと心を開いていた。彼女を親友と呼びたいと思うほどに。
どうしても今、お礼を言いたくなってしまった。私の言葉にクリスティアナは目を丸くして破顔した。
「私も大好きよ!」
お弁当を持って二人で馬車に乗り込み、目的地の湖畔に向かう。馬車の窓から見える空は青く、太陽はキラキラと輝いていて私の未来を優しく照らしてくれている、そんな風に思えた。
(本編:おわり)
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